御曹司の召使はかく語りき

ノベルバユーザー172401

11 苦手なものと好きなもの


「ほう…、なかなかに興味深いな」
「…………」
「見てみろナギ、この独特のフォルム」
「…………」

――楽しそうで、何よりです。
気分的には白目をむきながら、私はふむふむと歩き回る主の後ろをついて歩いている。
平日の昼間、主はどうやら大学の生徒から情報を得たらしく、私にスカートとブラウスを着せて髪を結い上げさせると、車に乗せて星城家から連れ出した。どこに行かれるのです、という問いにはつけばわかるとの返答。
正直に言って、こういう時にあたったことなどないのである。
そして、車であちこちに寄り道して家を出てからだいぶ時間がたった時に、たどり着いたのがここだった。

虫の博物館。所狭しと並べられた、虫。昆虫や蝶を見ているときはまだよかったのだ。
今、私と主がいるところは寄生虫を飾ってあるブースである。特に偏見などはないが、できれば知らないままで生きていたかった。夢に出そうである。寄生虫も一生懸命に生きているのだとしても、別次元のものとして存在していてほしかった。要するに、見たくない。
そして驚くなかれ、意外と人がいる。
私は胡乱気な目をもってして主の背中をにらみつけている。透哉様は、実に面白げに眺めているので、今日のこの方の夢にここにいる寄生虫たちがオールスター出演してやって欲しいものである。そうすればこの寝汚い主も、ちゃんと起床することができるだろう。

「どうした?さっき蝶を見ていた時は楽しそうだっただろう」
「…お言葉ですが、蝶とコレは違いますので」
「ん?どれも虫だろう」

これだからちょっと感性の違う人間は!と私は口元をひきつらせた。虫は虫でも形態が違うのだ。どこがいいのか、どこが美しいのか正直全く分からないし、小さいころから見慣れているカブトムシや蝶はまだ見ることに苦痛がなかっただけだ。一粒の欠片でさえ興味のない博物館で、私にどれがいいのかほとんど区別のつかない虫の標本たちを眺める苦行。これが修業なのだろうか、できれば御免こうむりたい。そしてできればそっとしておきたい、触れたくないジャンルであるし、つまりなんというか、身もふたもないが私も世間一般の女子らしく、虫は苦手な部類に入るわけだ。ついでに言えば、私は空腹だった。お昼ご飯は軽く食べただけで連れ出され、おやつの時間もとれずに通り過ぎたのだ。お腹が減っていた。
太古の虫もいる?ロマンがある?ロマンで私の御仲は膨れない。マロンならば食べたいところだ。――かくして、空腹に加えて興味のない博物館に連れてこられた私の機嫌は、主がため息を吐くくらいには低くなってきていた。
余りたいした反応を示さなかったので薄々気づいていたらしいが。

「…プラネタリウムやら科学博物館は喜んだのにな」
「あれは別です」
「映画館でアマゾンのドキュメンタリーを見た時も別に嫌がってなかっただろう」
「確かにあれには虫が出ておりましたが、主人公は違いました。肉食動物は好きです」
「なんで虫はダメで、ゾンビは平気なんだ」
「…ゾンビは元人間だからでしょうか…?」
「………、ケーキでも食べに行くか」
「喜んでお供させていただきます」

主はため息交じりに腕時計を見ながらそう言った。
私は、語尾にハートマークが付きそうなくらいに甘ったるい声で返事をする。額を小突かれた。痛い。

「なかなかに有意義な展示でした。特に蝶々のところは」
「お前はそれ以外は説明書きしか読んでなかったじゃないか」
「………カブトムシとクワガタのところもみました」
「…………俺の選択ミスだということは判った」

わかっていただけて、召使は感激です。もちろん言わなかった。
主自身は虫も寄生虫も、そうなのかとあっさり受け止めてしまうので気持ち悪いだとかいう感想は持たないらしい。ただ、自分の未知のものへの興味が大きいだけで。しかしながら、それに私を巻き込むのはやめてほしい所である。
こうしてケーキを食べさせてくれるのでなければ断固拒否させていただいている所なのだ。――とか言いながら、主から私への命令において拒否権は全くないのだが。

「腹が減ったんだろう、好きなものを食べさせてやる」
「もったいないお言葉にございます」

と、言いながらもにやにやしていたのが分かったのか、主は呆れたように肩をすくめた。お前は最近どんどん食い意地が張っていくなあと笑われた。
食欲は人間の三大欲求なのだから仕方ないのだと胸の内で呟く。美味しいものは正義だ。もちろん、私はファーストフードだってコンビニのごはんもファミレスのお料理やチェーン店の料理だって美味しく食べられる。好き嫌いはない。若干、星城家に染まってきているので星城の方々に連れられて行くお店に目がないだけで。

「どこのケーキになさいますか」
「ああ、いつも行く所にしてくれ」

運転手さんにそういうと、車は滑らかに走り出した。
楽しかったですか、とほんわかした雰囲気のおじさまが聞いてくれる。星城家の運転手の一人のこの人は、いつもにこにこと私やともすれば東輝様まで孫の様に見守っている人だ。しかしながら運転のテクニックはぴか一で、今まで誰も酔った事がないという。ぜひとも私が運転免許を取った暁にはご教授願いたいものである。

「実に個性的でした」

真顔で言うと、主は微妙な顔をしたし、その主の顔を見た運転手さんは心底楽しそうに笑っていた。
全く、と言いながら主は手を伸ばして私のこめかみをつつく。ゆらゆら揺れる頭を守ろうと、突いてくる指から守るように手をかざせば、そのまま手を掴まれた。座席のシートに転がる、私の手と、それを握っている主の手。

「ついたら起こせ」
「――承りました」

聞こえるか聞こえないかくらいの声で囁くと、主はそのまま目を閉じた。少しだけ顔を横にして、すやすやと寝入り、そして私ははっとする。

「…………いったん寝たら、起きない……」
「ちょっと遠回りしていこうね」

苦笑を浮かべた運転手は、ウィンカーをだして進行方向を変えた。そして、ぐうぐうなりそうになるお腹を押さえながら、私は主が満足するであろう時間を車の中で過ごすことになったのだった。
――ちなみに、あの後2時間のドライブを終えてひたすらゆさぶり起こした主はすっきりした顔をしていた。私は手を拘束された上に下手に動けなかったので体中が痛かった。
外はもう夕飯を取る時間になっていたので、ケーキ店で主が目についたケーキを買い占めて家へと戻ることになった。私のお腹が限界をこえそうである。ひもじい。

「食事が終わったら部屋に来い。好きなだけ食べさせてやるから」
「本当ですね?好きなもの全部いただきますからね?」
「わかった、わかったから」

人間を飢えさせてはならないのだ。
言質をとったとばかりに機嫌を直した私に、主はもう何も言わなかった。
ちなみに、今日の私の夕飯はナシゴレン。厨房の人に、ご飯の量はどうするかと聞かれたが、この後ケーキをたらふく食べることを考慮して、普通盛りでお願いした。私の中に残っている数少ない乙女心が勝った瞬間だった。気分的には、大盛りでも大丈夫ですと言いたいところだったのだが。


***

「あは、あははははは!なにそれ、虫の博物館?!」

お腹を抱えて笑っているのは、言わずと知れた昴様である。私が夕食を終えてから透哉様のお部屋へと向かうと、もういらしていた。
そして今日一日の話になったので、正直に全て話したところである。面白がってもらえて、何よりです。主の顔が怖い。

「そ、そんなところに女の子を…!連れてくなんて…っ」
「……………別にデートじゃないんだからいいだろうが」

息も絶え絶えに笑いながらソファーを叩く昴様の姿を、彼の親衛隊に見せたいところだ。透哉様は拗ねたように顔を背けていた。デートでなかったのでよかったけれど、これでデートに虫の博物館に無理やり連れていくという暴挙をしていたら私の中の好感度は下がる。ただし双方の同意があれば、良し。

「昴様、お茶を煎れましたが…、大丈夫ですか?」
「大丈夫、うん、…やっぱりだめだ!」

完全につぼに入ったようで、また声を上げて笑い出した昴様に、私は遠い目をした。透哉様は完全に無関心を貫きケーキの箱を開けている。

「ナギ、どれにする?」
「お先に透哉様と昴様がお選びください」
「お前のための物なんだから、好きなだけ選べ。俺は別にいらん」

ということで、主の言葉にいそいそと私はお皿を手に箱を覗き込む。
色とりどりのタルト、パイ、シフォンケーキ、チョコレートケーキ、ザッハトルテ等々が詰め込まれている。昴様はレモンのパイがお好きなのでそれは残す。透哉様はザッハトルテが好きなので、それも残す。
ということで、私はフルーツタルトと紅茶のシフォンケーキ、オレンジとブラックベリーのムース、チーズケーキをセレクトした。食べ過ぎという言葉は禁句である。運動量を増やせばいいのだ。大丈夫なのだ。

「あ、レモンパイ食べて良い?」
「好きにしろ」

私の残したセレクトは間違っていなかったようだ。箱の中にはまだまだ残っているケーキがある。
しかし、透哉様は、どうやら私が好きそうなケーキを選んだらしい。箱の中身は私が全部食べられそうなほどに好きなものが詰まっていた。

「ありがとうございました、今日は、楽しかったです」

フルーツタルトを口いっぱいに頬張れば、キウイフルーツの甘酸っぱさが広がった。
――なんというか、思うことは在れどこうしてこの方と出かけることは嫌いではないのである。
透哉様は、何も言わずにザッハトルテをフォークに乗せて私の口に突っ込んできた。さすが、チョコレートケーキの王様は、大変おいしかった。
昴様は、にやにやしていたので、あえてそちらを見ないことにしておく。






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