ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

ー不意打ちー

……——。

 手頃な石ころを拾って、海岸から軽く投げた。
 綺麗な弧を描いて飛んで行った石は海に落ちて飛沫を上げる。
 思えばあの頃から自分はどれだけ強くなれたのだろう。
 あの日の雛樹くらいにはなれているだろうか。彼のように、何の力を持たない人間をちゃんと守れるようになっているのだろうか。

《結月ちゃーん。そろそろ寝ておかないと、後が辛いよー》
「あっ、はい! そうですね」

 パイロットとしての自分を支えてくれているオペレーター、東雲姫乃から通信が入った。
 常に静流の体調をモニターし、最善を保つことにも尽力している姫乃には世話をかけっぱなしだ。

《なんかセンチメンタル入ってた?》
「いえ、少しいろいろ思い出していまして……姫乃。私は、強くなれているでしょうか」
《なーにいってんの。誰に聞いたって文句無しでしょ》
「だといいのですが……」

 突然の問いかけに、東雲姫乃は変なのと笑ったが……静流はあくまでも真面目な表情で戻って寝ることを告げて通信を切った。

 結局二日に渡って行われたその任務を終えた頃にはかなりの疲弊を皆見せていた。
 連続する高位ドミネーターとの海上戦闘と、夜通し行われた隆起の破壊。

《結月少尉、噂通りのご活躍でした。あなたと共に任務に当たれたことを誇りに思います》
「ええ。こちらこそ感謝します。随分と助けていただきました」
《機会があれば、また》
「はい。では」

 他のパイロットからのそういったやり取りを終えて、海上都市本部に戻り任務完了の報告をしてようやく自分の家の部屋に戻った頃にはほぼ目を閉じた状態だった。

 疲労からの睡魔がひどい。

「着替えてお風呂に……入らないと……」

 と、頭では考えてはいるのだがもう我慢ができない。
 ふかふかのベッドにうつ伏せで倒れてしまえばもうおしまいだ。
 そのふくよかな胸がつぶれて形を変えるのもいとわず、そのまま深く深く眠ってしまった。

……——。

 くうくう、くうくう。延々とそんな寝息を立てながら、何時間寝てしまっただろうか。
 いくら疲れていたからといって、寝すぎではないだろうか。
 半分覚醒した意識の中でそんなことを思いながらも、いまいち起きる気にならなかった静流だったのだが……。

「んん……ぅん……」
「ん、起きたか」
「……?」

 ここは自分の部屋のはずなのに、自分以外の人の声がする。
 男の声だ。しかも、かなり聞きなれた……というか聞きたかった声。
 気怠げに上半身を起こしながら、ぼやける視界の中その声の主を見定めた。

「——————!!」(なっ、なんでヒナキが私の部屋にいるの!)
「日本語で頼む」

 あまりに突拍子のないことに母国語でまくしたててしまった。
 髪も寝癖でボサボサ、着ていた制服もシワがついてしまっていて見栄えが悪い。
 そんな状態を見られてしまった静流は顔を真っ赤にして洗面所へ慌てて入って行ってしまった。

「悪い悪い。あまりによく寝てたんでちょっと待たせてもらってたんだよ」
「ちょっ……入ってこないでください!!」
「昔はよく一緒に顔洗ってたろ」
「そうですがッ……!! もうそういうの気にするようになったんですから!」

 笑いながら洗面所から出て行った雛樹に、疲れてたのでだの、いつもはこんなだらしなくないだの言い訳を怒鳴りながらものすごい速さで身なりを整えていった。

 シャワーを浴びて、私服に着替えて濡れた髪をバスタオルで乾かしながら部屋に戻った時には……。

「アルビナさんに言われてな」
「全くあの母親は……!!」

 褒美とはこれのことかと静流はため息をついた……が。
 素直に嬉しい。当分会えないと思っていたのだから仕方ない。
 先に言っておけという母に対しての怒りから、目元は怒っているのだが口元が恥ずかしさと嬉しさでモニョモニョと波打っているようだ。

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