ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

ー尾行者ー

 食事も終え、とんでもなく満足した様子のガーネットを連れて人ごみの中を歩く。
 結果としてガーネットの、食事に対する印象はうなぎのぼりだったわけだが、辛いものが苦手だということがわかった。
 これから自宅で料理をする際には気をつけようと頭の中にメモをしておき……。

「しどぉ? 次はどこ行くのぉ?」
「あー……そうだな」

 ガーネットも少しばかり乗り気でいるが、彼女は彼女で雛樹の仕草に疑問を持っていた。 
 雛樹の挙動がレストランを出たあたりからおかしいのだ。しきりに辺りを気にする素振りを見せたり、人ごみの中に自ら入っていったりと。

「しどぉ、さっきから落ち着かなぁい?」
「ん……そんなことないぞ」

 受け答えもどこかおかしい。別のことに気を向けているような気がするが……。

「ふぅん……」

 まあ、ガーネットにはその理由を隠すまでもなくバレバレなわけだが。
 おそらく、雛樹が気にしているのは常時こちらに向けられている複数の視線だろう。
 吹き抜けの2階から、後方十数メートルから、その他いくつか。

(うっとぉしぃ……)

 二階の不審人物へ剣呑な視線を向けたが、身を隠そうともしない。
 おそらく、正規の命令を受けてこちらを見張っているのだろう。
 相手はおそらく企業連、もしくは企業連傘下の企業のはず。

 企業連はGNC所属、伊庭少尉を使い秘密裏に指導雛樹を殺害しようとした。
 結局のところそれは失敗に終わったわけなのだが、それで終わるとはとても思えない。
 なんらかの形でこれからも接触してくることは予測していたことだが……。

 ガーネットにとってそれはとんでもなく不愉快な状況だった。
 別段何かを期待して、ここまで雛樹についてきたわけではない。
 近くに雛樹を感じていたかったから、くっついてきただけだ。

 しかし、なかなかどうして楽しいものだ。
 自分がただただ兵器として使役されていた時からは考えられないほど鮮やかな光景が、当たり前のように我がものになっている。

 いろいろな物を見るのは楽しい、食べるのは幸せだ。そしてなにより、対等に言葉を交わせる相手がいるというのは、安心する。

……——殺そうかしらぁ。

 安定した精神に、水を差す輩など、消えてしまえばいい。
 冷たく研ぎ澄まされた怒りを湛え見開いた眼を、こちらに向けられる視線に対してぶつけてやった。
 すると先ほどまで目すらそらさなかった尾行者が、腰を抜かす勢いで後退した。 

「よせ」
「……なんのことよぅ」
「……くそ、気付いてたのか。その辺の洞察眼は戦闘経験だけじゃ身につかないもんなんだけどな。つくづく高性能なやつだよほんと」

 あまりにあけすけな敵意を放っていたガーネットに気づき、雛樹が歩む速度を緩めて頭をがしがしと掻いた。

「何事もなく撒ければよかったんだけどな。気にしだすとお前も落ち着かないだろ……。歯ぎしりやめろ、歯が悪くなるぞ」

 苛立ちが最高潮に達しているのか、後方のガーネットからぎりぎりと歯ぎしりの音がする。
 これでは楽しむどころではないため、本格的に撒くしかない。

「モールはこれで終わりだな。走るぞ」
「逃げるのぉ?」
「今、俺の立場はかなり弱くてな。下手なことしてただでさえクソみたいな肩書きをこれ以上貶めたくないんだ」
「あたしがヤル分には問題ないでしょお」
「夜刀神PMCのメンツに関わる」
「……わかったわよぉ」

 と、同意も得たところで雛樹は壁沿いに歩き、さりげなく肘を使って火災報知器のボタンを押し込んだ。
 途端に鳴り出すけたたましい電子音、ざわつくモール内。
 突然のことに驚いたのか尾行者の視線が切れ、その隙を突いて雛樹とガーネットは身を隠し、モールから出て行った。

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