ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら
第1節—大海に浮かぶ方舟—
大海に浮かぶ巨大な海上都市“センチュリオン・ノア”。そこは、人類にとってのノアの方舟の呼ばれる、荒廃した土地からの避難所。
空は雲ひとつない快晴。気温は、春らしくそこそこに暖かい。都市を囲む海はとても穏やかである。そこの住人にとっては特になんでもない、平和な1日だ。
「アルビナ大佐、センチュリオンテクノロジー所属部隊少尉。結月静流、只今よりアラタ造船所有、航空戦艦アルバレストの護衛、及び本土偵察任務へ向かいます」
海上都市のとある軍事基地、その執務室。黒く長い髪に白い肌、少しばかり青みがかかった瞳を持った、美しく、純粋な日本人とは思えない女性が手を後ろで組んでいる。そして胸を張り、声高々に言葉を発した。
「この任務は、他企業への依頼をわざわざこちらへ回してもらった、貴重な任務だ。わかっているな?」
「はい」
「お前の、わがままでだ。結月静流少尉」
「う……はい」
灰色の長い髪、切れ長の目、凛とした面立ちに厳しい口調。
どこか、結月静流という女性と似ているその上司は、静流を責めるような目つきで厳しく言いつける。
静流は罰が悪そうに苦笑いしながら、その言葉を粛々と受入れていた。
「お前が出した赤字をしっかり理解した上で、行ってこい。馬鹿娘が」
「はい、ありがとうございます。大佐」
「私はこれからロシアへ向かい、怪物共の制圧任務に就く。流石にお前が戻ってくる頃には、こちらへ帰っていると思うが……。“目的の人物”が見つかれば連絡しなさい。引き渡しに人を用意しているが、私が立ち会いたいのでな」
「了解です、大佐」
そこまで言うと、彼女は一礼し、執務室を出て行く。
今から護衛対象である、戦艦アルバレストが停泊している軍港まで移動しなければならない。が、その前に、自分の仕事道具の輸送がどうなっているか、見に行く必要があった。
センチュリオンテクノロジーという看板を上げる、巨大な企業。その企業が所有する軍事基地内、その兵器格納庫へ。
「結月少尉、戦術機のメンテナンスはバッチリ済ませておいたからよ! おお、それはもうバッチリにな! わはは」
「いつもありがとうございます、エンジニアの皆さん」
広大な土地に巨大な格納庫。その中にドッグまで完備されているそこは、至る所からバーナーの音、金属部品を断ち切るカッターの音、メンテナンスの指示を飛ばす怒号が聞こえてきている。
そんな中、トランスポーターに乗せられ、今まさに格納庫を出ようとしている巨大な何か。
その巨大な何かは、特殊繊維で編まれたカバーに隠され、全貌を見ることは叶わない。
「今回、武装はかなり減らしてるぜ。予算が下りないんだってな、可哀想によ!」
「ええ、まあ今回は、私のわがままを通してもらえただけでもありがたいので」
「はっは、そうだったな、オイ。うちの稼ぎ頭兼看板娘にゃあ、社長も頭が上がんないとよ!」
一等年老いた古株エンジニアの言葉に、後ろに控えていた若手、中堅エンジニアたちは笑顔を見せ、高らかと笑う。
竹を割ったように豪快な方々だ。若くして軍人である静流は、この明るさがあるから、不安なく任務に就くことができていると言っても過言ではない。
「主兵装ムラクモの本数も減らしてるが、あまり無茶はせんようにな。ありゃあ、お前さんの頭にかかる負担がでかいからよ」
「留意しておきます。……では、行ってきますね」
静流は、オイルまみれのエンジニアたちに負けないくらいの笑顔でそう言った。そしてその後、格納庫の端に停めてあるタイヤのないバイクのような乗り物に跨る。
手元のスイッチを押しエンジンを起動させると。
心地いい振動と共に、先ほどまで地面についていたスタンドが畳まれることなく、ふわりと車体ごと空中に浮いた。
エアバイク。これは静流の持ち物で、名が示唆する通り、空を進む乗り物である。
せり出していたスタンドは自動で畳まれ、愛用のミラーシールドのゴーグルを着用する。エンジニアたちの送りの言葉を後ろに聞きながら、広い格納庫内を低空滑走する。ぐんぐんと加速していき、大きな出口から大空へ、巻き上げた塵の尾を引きながら飛び出していった。
「今日もいい天気ですね」
眼下に見えるは、強大な海上都市、その街並み。幾つもの高層ビルが立ち並び、商業施設が立ち並ぶ。中に浮かんだ数あるホログラムモニターには、この都市に存在している様々な企業の広告が表示されている。
その中の一つに無意識に目を背けたくなるものがあった。
“戦う女性は美しい”そうでかでかと宣伝広告を入れられた、ホログラムモニター。そこには、暗めの青を基調した軍服を身に纏い、その美貌を惜しげもなく披露している結月静流の姿。手ぬぐいで首筋を拭っている横顔が、なんとも凛々しく、そして蠱惑的だ。
「う……この前の取材写真がこんなところに使われるなんて……。帰ったら社長に直訴しないといけませんです。まったく……いくらビジネスと言えど、限度というものがですね……」
半ば呆れながら、この都市に張り巡らされた“空を飛ぶ乗り物”用に作られた道路、“エアライン”の乗り口へ差し掛かる。
(サウスゲートの第三ネイヴァルポートへは……。15番エアルートが近いですね)
空中に浮くエアラインゲートをくぐり抜け、淡い青色の光を放つ、半透明な道へエアバイクを沿わせる。
そこから、任務の出発点となる軍港へはあっという間だ。
……————————————。
「各員、全員整列!!」
第三ネイヴァルポート、そこに停泊している巨大な戦艦、その甲板。
本土偵察任務へ向かう人員全てを前にして、刈り上げた茶髪頭の強面中年男性が声高々に命じる。
その声により、甲板に集結したクルー達は皆、同じ動作で、一つのズレもなく整列し、居住まいを正した。
「今回行われるなァ……ああ、本土偵察任務。その総括として就くことになった、ジャックス・バルカ・アーノルドだぁ。一週間と長い任務にならぁな。各員、気を引き締めておきやがれ。そいで、こっちが……」
「アラタ造船、戦艦アルバレストの護衛。又、各指揮を担当するセンチュリオンテクノロジー特戦部隊所属、結月静流少尉です。偵察任務といえど、気を抜くことは許しません。一人でも協調性を欠くような人間がいればその場で降りるお覚悟を。これからの日程は、把握していますね?」
静流がそう言うと、青空の下、お甲板にずらりと並んだ兵士たちは皆、声を揃えて短く、肯定の言葉を返す。
「わかりました。あなた方が、返事がいいだけの有象無象でないことを願います」
「かーっ、堅いねぇシズルちゃんは」
「企業連正規軍所属、ジャックス大佐」
「あん? なんだよシズルちゃん」
「睾丸握りつぶされたくなかったら、その軽いお口を縫い付けておくことをお勧めします……が?」
「……オゥ、ソーリー」
「くそ、性格までアルビナの奴に似てきやがったな」などという呟きを横に聞きながら、静流はクルーや兵士たちに持ち場へ就くよう命じた。
「あなたもです、ジャックス大佐」
「あいあい、わァったよ」
黒いロングコートと、黒いカーゴパンツと、黒ずくめの軍服を着たその男は渋々と艦内へ向かっていく。
その男の背中を一瞥し、静流は近寄ってきた、背の高いポニーテールの女性と向き合った。
「よっす、シズルちん。ちょっと怖すぎるんじゃないのー? センチュリオンテクノロジーの看板娘の名が泣くぞー」
「何を今更。姫乃、先日話した通り、あなたはこの戦艦アルバレスト運行における、オペレーティングを主にこなしてもらいます。護衛のため、私が戦闘に移る際は機体のオペレーティングを」
「おーけーおーけー。へへ。尉官になってお母様に似てきたね、シズルちん」
「そんなことは……。それより姫野」
「んん?」
「任務中もその言葉遣いで話しかけてきたら、直々に処罰を与えますのでくれぐれもご注意を。東雲姫野准尉……?」
「イエス、マム」
「では、艦橋へ行きましょうか。出港です」
そうして、彼女の護衛任務は始まった。
巨大な戦艦は軍港をゆっくりと離れ、海上都市を背に外海へと進む。
大規模地殻変動を境に現れた、巨大な海溝を埋める、海原へと。
空は雲ひとつない快晴。気温は、春らしくそこそこに暖かい。都市を囲む海はとても穏やかである。そこの住人にとっては特になんでもない、平和な1日だ。
「アルビナ大佐、センチュリオンテクノロジー所属部隊少尉。結月静流、只今よりアラタ造船所有、航空戦艦アルバレストの護衛、及び本土偵察任務へ向かいます」
海上都市のとある軍事基地、その執務室。黒く長い髪に白い肌、少しばかり青みがかかった瞳を持った、美しく、純粋な日本人とは思えない女性が手を後ろで組んでいる。そして胸を張り、声高々に言葉を発した。
「この任務は、他企業への依頼をわざわざこちらへ回してもらった、貴重な任務だ。わかっているな?」
「はい」
「お前の、わがままでだ。結月静流少尉」
「う……はい」
灰色の長い髪、切れ長の目、凛とした面立ちに厳しい口調。
どこか、結月静流という女性と似ているその上司は、静流を責めるような目つきで厳しく言いつける。
静流は罰が悪そうに苦笑いしながら、その言葉を粛々と受入れていた。
「お前が出した赤字をしっかり理解した上で、行ってこい。馬鹿娘が」
「はい、ありがとうございます。大佐」
「私はこれからロシアへ向かい、怪物共の制圧任務に就く。流石にお前が戻ってくる頃には、こちらへ帰っていると思うが……。“目的の人物”が見つかれば連絡しなさい。引き渡しに人を用意しているが、私が立ち会いたいのでな」
「了解です、大佐」
そこまで言うと、彼女は一礼し、執務室を出て行く。
今から護衛対象である、戦艦アルバレストが停泊している軍港まで移動しなければならない。が、その前に、自分の仕事道具の輸送がどうなっているか、見に行く必要があった。
センチュリオンテクノロジーという看板を上げる、巨大な企業。その企業が所有する軍事基地内、その兵器格納庫へ。
「結月少尉、戦術機のメンテナンスはバッチリ済ませておいたからよ! おお、それはもうバッチリにな! わはは」
「いつもありがとうございます、エンジニアの皆さん」
広大な土地に巨大な格納庫。その中にドッグまで完備されているそこは、至る所からバーナーの音、金属部品を断ち切るカッターの音、メンテナンスの指示を飛ばす怒号が聞こえてきている。
そんな中、トランスポーターに乗せられ、今まさに格納庫を出ようとしている巨大な何か。
その巨大な何かは、特殊繊維で編まれたカバーに隠され、全貌を見ることは叶わない。
「今回、武装はかなり減らしてるぜ。予算が下りないんだってな、可哀想によ!」
「ええ、まあ今回は、私のわがままを通してもらえただけでもありがたいので」
「はっは、そうだったな、オイ。うちの稼ぎ頭兼看板娘にゃあ、社長も頭が上がんないとよ!」
一等年老いた古株エンジニアの言葉に、後ろに控えていた若手、中堅エンジニアたちは笑顔を見せ、高らかと笑う。
竹を割ったように豪快な方々だ。若くして軍人である静流は、この明るさがあるから、不安なく任務に就くことができていると言っても過言ではない。
「主兵装ムラクモの本数も減らしてるが、あまり無茶はせんようにな。ありゃあ、お前さんの頭にかかる負担がでかいからよ」
「留意しておきます。……では、行ってきますね」
静流は、オイルまみれのエンジニアたちに負けないくらいの笑顔でそう言った。そしてその後、格納庫の端に停めてあるタイヤのないバイクのような乗り物に跨る。
手元のスイッチを押しエンジンを起動させると。
心地いい振動と共に、先ほどまで地面についていたスタンドが畳まれることなく、ふわりと車体ごと空中に浮いた。
エアバイク。これは静流の持ち物で、名が示唆する通り、空を進む乗り物である。
せり出していたスタンドは自動で畳まれ、愛用のミラーシールドのゴーグルを着用する。エンジニアたちの送りの言葉を後ろに聞きながら、広い格納庫内を低空滑走する。ぐんぐんと加速していき、大きな出口から大空へ、巻き上げた塵の尾を引きながら飛び出していった。
「今日もいい天気ですね」
眼下に見えるは、強大な海上都市、その街並み。幾つもの高層ビルが立ち並び、商業施設が立ち並ぶ。中に浮かんだ数あるホログラムモニターには、この都市に存在している様々な企業の広告が表示されている。
その中の一つに無意識に目を背けたくなるものがあった。
“戦う女性は美しい”そうでかでかと宣伝広告を入れられた、ホログラムモニター。そこには、暗めの青を基調した軍服を身に纏い、その美貌を惜しげもなく披露している結月静流の姿。手ぬぐいで首筋を拭っている横顔が、なんとも凛々しく、そして蠱惑的だ。
「う……この前の取材写真がこんなところに使われるなんて……。帰ったら社長に直訴しないといけませんです。まったく……いくらビジネスと言えど、限度というものがですね……」
半ば呆れながら、この都市に張り巡らされた“空を飛ぶ乗り物”用に作られた道路、“エアライン”の乗り口へ差し掛かる。
(サウスゲートの第三ネイヴァルポートへは……。15番エアルートが近いですね)
空中に浮くエアラインゲートをくぐり抜け、淡い青色の光を放つ、半透明な道へエアバイクを沿わせる。
そこから、任務の出発点となる軍港へはあっという間だ。
……————————————。
「各員、全員整列!!」
第三ネイヴァルポート、そこに停泊している巨大な戦艦、その甲板。
本土偵察任務へ向かう人員全てを前にして、刈り上げた茶髪頭の強面中年男性が声高々に命じる。
その声により、甲板に集結したクルー達は皆、同じ動作で、一つのズレもなく整列し、居住まいを正した。
「今回行われるなァ……ああ、本土偵察任務。その総括として就くことになった、ジャックス・バルカ・アーノルドだぁ。一週間と長い任務にならぁな。各員、気を引き締めておきやがれ。そいで、こっちが……」
「アラタ造船、戦艦アルバレストの護衛。又、各指揮を担当するセンチュリオンテクノロジー特戦部隊所属、結月静流少尉です。偵察任務といえど、気を抜くことは許しません。一人でも協調性を欠くような人間がいればその場で降りるお覚悟を。これからの日程は、把握していますね?」
静流がそう言うと、青空の下、お甲板にずらりと並んだ兵士たちは皆、声を揃えて短く、肯定の言葉を返す。
「わかりました。あなた方が、返事がいいだけの有象無象でないことを願います」
「かーっ、堅いねぇシズルちゃんは」
「企業連正規軍所属、ジャックス大佐」
「あん? なんだよシズルちゃん」
「睾丸握りつぶされたくなかったら、その軽いお口を縫い付けておくことをお勧めします……が?」
「……オゥ、ソーリー」
「くそ、性格までアルビナの奴に似てきやがったな」などという呟きを横に聞きながら、静流はクルーや兵士たちに持ち場へ就くよう命じた。
「あなたもです、ジャックス大佐」
「あいあい、わァったよ」
黒いロングコートと、黒いカーゴパンツと、黒ずくめの軍服を着たその男は渋々と艦内へ向かっていく。
その男の背中を一瞥し、静流は近寄ってきた、背の高いポニーテールの女性と向き合った。
「よっす、シズルちん。ちょっと怖すぎるんじゃないのー? センチュリオンテクノロジーの看板娘の名が泣くぞー」
「何を今更。姫乃、先日話した通り、あなたはこの戦艦アルバレスト運行における、オペレーティングを主にこなしてもらいます。護衛のため、私が戦闘に移る際は機体のオペレーティングを」
「おーけーおーけー。へへ。尉官になってお母様に似てきたね、シズルちん」
「そんなことは……。それより姫野」
「んん?」
「任務中もその言葉遣いで話しかけてきたら、直々に処罰を与えますのでくれぐれもご注意を。東雲姫野准尉……?」
「イエス、マム」
「では、艦橋へ行きましょうか。出港です」
そうして、彼女の護衛任務は始まった。
巨大な戦艦は軍港をゆっくりと離れ、海上都市を背に外海へと進む。
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