最強は絶対、弓矢だろ!

矢追 参

あ?先生?

 ☆☆☆


 そろそろ頃合いだろうと火元の場所まで戻ると、まだ眠いのか目を擦るエルフィアとシールが起き上がっており、ディースがいつものように腕を組んで立っていた。
 レシアは俺とハニーの接近に気がつき、チラリと視線を俺に向けてきた。

「遅いです」
「そーかよ……」

 ブスッと大変気に食わないという俺の不満を前面に出して言うと、その態度にイラっとしたようでレシアが俺を睨みつけながら口を尖らせる。

「そんなに時間を稼ぐ必要はないでしょう」
「エルフィアとシールが直ぐに起きるとは限らんだろーが。見てみろ、めっちゃおネムじゃねぇかよ。これ、事情は頭に入ってねぇんじゃねぇかよ?」

 俺が二人に視線を送りながら言ってやると、レシアは僅かに頬を引攣らせた。そこら辺はレシアにも自信がないらしい。 俺もシールやエルフィアとの旅の回数もそこそこ重ねている。二人の寝起きのボーッと加減には定評がある。
 俺たちのやり取りを見て、シールは珍しく拗ねたように唇を尖らせた。

「む……僕、そんなに子供じゃないよ!ちゃんと事情も頭に入ってるよ?」
「そーか。んで、そっちのお嬢様はどうなんだ?」
「んー……朝御飯はー……しーるぅ」

 全然起きてない。頭をフラフラと揺らし、もはや瞼は閉じていた。
 エルフィアは頭を隣に座るシールの肩に預け、小さな寝息を立てて再び眠りにつく……。俺は短くため息を吐いた。

「はぁー……」
「お、お嬢様……うぅ」

 寄りかかられている当の本人たるシールは、困ったようでいてどこか嬉しそうだ。アホか。

「シールくんよぉ……喜んでねぇで起こせよ」
「よよよよ、喜んでなんか……」
「では、嬉しくないのかね?それは男としてどうかと思うのだがなぁ」


 ディースがウンウンと頷きながら言うと、逃げ場がなくなったウサギのようにはシールは縮こまってしまった。だから俺は助け舟を出してやるつもりで、ディースに注意した。

「おいおい、ディース。シールはピュアなんだよ。あんまり刺激してやんなよ」
「む?」
「ピュア……純粋な心ってのは若い男の子にありがちなもんだ。俺たちみてぇな大人と違って、手を繋いでするだけでもドキドキしちゃうお年頃だ」
「なんと!我輩、男と女といえば致すことしか……」
「きったねぇ大人出して……」

 俺もだけど。

 俺とディースが純真さを忘れた汚い大人会話をしていると、レシアが全く呆れたというかゴミを見る目で俺たちを見てから、顔を赤くしてアワアワしているピュアな少年にこう言った。

「ダメですからね。シールはこの二人のようになっては」
「全くその通りであるな!ガッハッハッハッ!」
「俺をこいつと一緒にするんじゃねぇ……」

 そもそも俺はシールと歳は大差ないのだ。シールも成人しているといえばしている。
 おれの唸るような発言を拾ったレシアは、フッと嘲笑うようにして言った。

「あぁ……お前の方が余程、汚い大人ですね。ディースの方が礼節を重んじていますし」
「あ?んだとゴラァ……喧嘩売ってんのか」
「売られてないとでも?」
「上等じゃ!アホ!今直ぐ面でろやぁ!」
「おー……儂の存在、もしかして忘れられてるのかえ……?」

 む……俺とレシアはそういえばと、魔法使いのハニーの存在を思い出し、同時に剥き出しの矛を納めた。
 俺は舌打ちし、レシアは澄まし顔で互いに顔を背け……俺はハニーへと目を向ける。

 ディースもハニーへと目を向け、まず一言述べた。

「ほぅ……これはこれは妖艶な肢体であるな!美しい女子である」
「おぉぅ……直接的に褒められると照れてしまうのぅ。素直に嬉しいわい。ありがとーのう」

 ディースが素直に褒めると、ハニーは照れ臭そうにはにかみながらそう返した。その表情に偽りはなく、本当に照れているようだ。
  おかしいなぁ……俺が褒めた時はこんな反応じゃなかったはずだが。
  俺がそう思って首を捻っていると、俺が何を考えているのか見透かしたように隣に立つハニーが含み笑いをしながら言った。

「ほほほー。儂はそれが本心からなのかどうか見極めることができるのじゃよ」
「……いや、俺は本心から言ったんだがな」
「だが、儂が一番ではないじゃろ?そんな世辞や褒め言葉も、それが偽りではなく本心からであっても二番目では嬉しさも半減じゃて〜」

 つまり、俺が良い女だと……ハニーに向け言った言葉のその上に、ハニーよりも良い女が俺の中に無意識に存在していたということになる。

 俺は目を瞑るだけで何も言わなかった。その反応を見たハニーもディースが笑った。

「ほほほ。素直なのは好きじゃよ〜?」
「ガッハッハッハッ!これは一本取られたのであるな!」
「うるせぇ……」

 ふと、目の前のレシアに目を向けて見ると興味がなさそうに瞳を明後日の方向へと向けていた。

 …………。

「んじゃ、約束通りに飯を分けてやっから。てめぇのこと、話してもらうぜ?」

 俺が言うと、ハニーは笑顔で頷いた。

「うむ!了解なのじゃ〜」


 ☆☆☆


「……エルフィアの魔法の先生だと?」
「うむ!むぐっ……んむ……わひはひんはいひて」
「食べてから喋れよ」

 ハニーは小麦パンを一口で頬張り、リスみたいな顔して喋ったので俺は半眼を作りながらそうに言った。

 こうなる前に少し聞いた話では、ハニー・ハニー・ロンドスタッフは昔エルフィアの魔法の授業の家庭教師だったという。
 それはシールが、そしてレシアがエルフィアに出会うよりもずっと以前の話のようでレシアは知らなかった。ハニーが魔法の先生だったという話も、レシアはエルフィアから聞いたことがないという。

 本人に確認しようにも、呑気にシールに膝枕されたまま寝ているので確認できない。俺がデコピンして無理矢理起こそうとしたら、レシアとシールの両方に止められたので仕方なく止めた。

 とりあえず、ハニーが喋れない間に俺はレシアに尋ねた。

「こいつのこと知ってんだろ?どういう奴なんだ?」

 背後の樹木に背を預けながら座り、眠りこけるエルフィアの隣に正座しているレシアにそう言った。レシアは首を回して俺に目を向けてからパンを喉に詰まらせて大慌てなハニーに呆れたような視線を向けた。

「……この世界で初めて、刻印魔法を作った偉大なる天才魔法使い……ハニー・ハニー・ロンドスタッフ。刻印魔法というのは私の鎧にもあるもので、予め決められた言葉を発するだけで発動する魔法です。魔法とは古代より伝わる魔法言語"ルーン"で構成された文章を、魔力を込めて詠まなくては効果を発揮しません。
 魔力を込めて詠む……そうして詠唱されたルーンは魔法といって、この世のありとあらゆる事象を改変するのです」

 俺はレシアの説明を受け、なるほどなと頷いた。

「つまりだ。刻印魔法ってのは、そのルーンってのを刻印……なんか適当な印にしてだ。そいうに魔力を込めると詠唱無しで魔法を発動することができる……ってか?」

 俺が纏まるとレシアは驚いたように頷き、それからとても失礼なことを言いやがった。

「前々から思っていましたが、お前……馬鹿みたいに見えて頭が回りますね」
「うるせぇ……」

 そういうてめぇは頭良さげに見えて脳筋じゃねぇか。

 内心でボソッと呟くと、まるで心を読んだようにレシアが俺を睨んだが無視した。

「まあ、なんとなくだがハニーがすんげぇ奴ってことは分かったわ」

 喉を詰まらせ、ディースに飲み水を貰って看病されるような魔法使いだが……まあ、すごい奴なのだろう。

 ハニーはパンを丸ごと飲み込み終えると、胸を張って自信満々に言い放った。

「如何にも!儂こそが刻印魔法の理論を確立し、世に放った偉大なる美しき大魔法使い!さぁさぁ!恐れおののけーい!」

 本当にそんなにすごいのか。

 チラッと他のメンツに目を向けると、レシアも俺と同じように半眼で疑うようである。ディースは多分、話を半分も理解していない。ウンウンとずっと頷いているだけだ。シールは目を輝かせ、少し腰を低くしている。エルフィアは言うまでもない。

 ……やっぱ、エルフィアを起こすのが一番手っ取り早い。

 俺がデコピンする構えでエルフィアに手を伸ばすと、その途中でレシアがペシッと俺との手を叩いた。

「ダメです」
「なんでだよ!こいつに聞くのが一番早いだろーが!」
「今日一日、私たち含めてお嬢様は気を張り続けていたのです。疲れている中、無闇に起こすものではありません」
「じゃあ、この自称大魔法使いはいいのか?」

 俺が指をさして言うと、「自称!?」とワザとらしく大きなリアクションをハニーがとった。
 レシアは額に手を当て、ため息を吐くと言った。

「一先ず、今日はこの話を終わりにしましょう。ディースは眠ってください。火の番兼そこの人の監視は私とロアで行いますから。シールも」
「え」

 俺も起きるの?

 その内心の呟きは届かず、シールとディースは何故か大人しく寝入ってしまった。

「あれ?俺も寝ようと思ってたんだが……」
「私一人にこの頭のおかしな人の相手をしろと?」
「酷すぎはせんかのー」

 俺の意見も、ついでにハニーの嘆きも無視するようにレシアは澄ました顔で剣の手入れを始めた。



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