最強は絶対、弓矢だろ!

矢追 参

あ?邪魔をするな!

 ☆☆☆


 ザオスの持つ聖剣『エクスカリバー』とやらは、正直とんでもなかった。俺の矢が全てザオスに届く手前で障壁のようなものに弾かれ、全く通用しない。それはレシアの剣や、ディースの拳も同じだった。

「は!」
「せいやぁ!!」

 レシアの両手剣の振り下ろしと、ディースのアッパーがザオスを襲う。だが、ザオスはそれに対して何一つアクションを起こさずに余裕そうに目を閉じて笑み、そしてレシアとディースの攻撃が弾かれる様を見て大きく笑い叫んだ。

「あっはっはっ!!どうですか?馬鹿にしていた私の実力を目の当たりにしてみて?えぇ?くっくっ……この程度ですか?」

 ザオスに攻撃を弾かれた二人は間合いをとるために飛び退き、二人して肩で息をしていた。

「はぁはぁ……かたい。あれが『エクスカリバー』ですか……」
「いやいや、想像以上……我輩の拳が届かんとは」
「マジで強いな……『エクスカリバー』」

 ザオスの剣術自体はレシアが瞬殺できるくらいで、実際ザオスの剣がレシアやディースを傷つけた場面はない。だが、あの防御力は驚異的だ。実際に常人よりも遥かに体力のありそうな二人が肩で息をしているのだ。体力の消耗の方が問題だ。

「もう終わりですかな?」
「まだまだ……私は余裕です」
「無論、我輩もな」

 そうは言う二人は再びザオスへ向かって地面を蹴る。
 俺はその二人の後ろで思考を巡らせているとエルフィアが言った。

「私……何も出来なくてごめんなさい」
「気にすんな。てめぇは俺らの大将だ。胸張ってろ」
「うん……」

 だが、やはり何も出来ないことが心苦しいのかエルフィアが顔を俯かせる。俺はシールをちょいちょいと呼び、こっちに寄ってきたシールの肩に腕を回して耳元で言った。

「お嬢様が不安がってんだろ……不安解消もお前の役目だぜ」
「わ、分かった……僕も何も出来ないから。身体を張ってお嬢様を守るくらいしか僕にはできないから……ね」
「……」

  お前も気にしてんのか……男だから余計にそう思ってしまうのだろう。俺はガシガシと頭を掻いて、励ますように言ってやる。

「てめぇにはてめぇにしか出来ねぇことがあんだろーが。俺たちはバカだからよ……その分、てめぇがしっかりしてくれや」
「ば、バカって……レシアが聞いたら怒りそうだね」
「大丈夫だろ?あいつもバカだからな」

 一見、頭いい風の令嬢に見えるが……実際は負けず嫌いの剣一筋バカな脳筋暴力剣士だ。
 俺がそんな思考を巡らせると、それを読んだかのようにキッと鋭い視線をレシアが俺に向けてきた。

 戦闘中だろ……ザオスを見てやれよ。

 無論、余所見程度でレシアがザオスに遅れを取ることはない。ザオスが振るった上段振り下ろしを俺に目を向けたまま半身になって躱わし、さらにそこからレシアが反撃を加える。が、やはりレシアの刃はザオスには届かず弾かれた。
 それでもレシアは諦めず、弾かれてすぐに両手剣を振るう。

「くっくっ……無駄無駄!無駄なんですよ!」

 ザオスはその攻撃を余裕そうな表情でバックステップで回避……レシアの剣の切っ先がザオスの翻ったマントの布を数ミリほど切り裂いた。

「お」

 それを見た俺はあることに気付いた。
 そうかそうか……所持者に害なす全てを弾く例の障壁みたいな物は……。
 俺が確信したところで、俺の様子を不審に思ったのかシールが訝しげな目をしながら俺に尋ねた。

「どうしたの?」
「あ?あーいや、ちょっと『エクスカリバー』の弱点に気がついてな」
「弱点?どんな?」

 シールが驚いて、続けて尋ねてきたが俺は首を横に振った。

「残念だが、こいつは教えられねぇんだなー」
「え!?で、でもそれを教えたらレシアやディースさんで……」

 分かってないなぁ……。
 俺はやれやれと首を振り、理解していないシールに教えやる。

「俺とかレシアとか……今は休戦してるだけで敵同士なのは変わらないんだよ!」
「えぇ!?さっきの争いってまだ続いてたの……」

 シールが驚愕し、目を丸くして叫んだ。何を今更……。

「言っとくが、レシアもディースも同じだぜ?あいつら連携してるように見えて、どっちが先にザオスを倒せるか競ったんだ」
「うそ……」
「嘘じゃねぇよ。ぶっちゃけ、あのザオスってのは全く驚異じゃねぇんだ」
「あ、うん……それは見てれば素人の僕でも何となく……。僕が言いたいのはレシアも……」
「だから言ったろ?あいつもバカなんだよ」

 俺が再び言うと、またレシアに睨まれた。

 俺がその視線を邪険に思っていると、シールがブツブツと隣で何か小声で言った。

「僕がみんなの分もしっかり……僕にできること……」
「シール?」

 と、エルフィアがシールの変化に戸惑いその隣に立ってシールの顔を覗き込むように見る。シールは顎に手を当てて顔をうつむかせて何やら考え込んでおり、そんなお嬢様の視線に気づいていない。
 ふと、シールが徐に顔を上げたかと思うとシールは俺に言った。

「できたら……ロアが気付いたっていう弱点、僕に教えて欲しいなー……なんて」
「ダメだっつったろ?」
「うん……。あのね?僕、弓ってカッコいいと思うんだ」
「……ほぅ?」

 何故か突然シールが満面の笑みで褒めてきた。悪い気はしないので、俺は少し得意気になってウンウン頷いた。

「なんだ?ついにシールも弓の良さが分かったのか?」
「うん。死角から矢を放って、目標を射るって……すごくカッコいいよね?ロアはそんな弓を上手に扱える腕があって、すごいなって僕、思うよ」

 よく分かってる。シールのやつ、弓のカッコいいところをよく分かってる!

 俺はついに理解者が現れたことに感激し、気分がよくなって口が回った。

「ほうほうほう?よくわかっってるじゃねぇかよ!で、なに?『エクスカリバー』の弱点が知りたいって!?しょーがねぇーなぁ……シールくんにゃあ特別に教えてやらぁ!」
「うん。ありがとう、ロア」

 俺が気分良く教えてやろうとすると、エルフィアがシールの隣で苦笑いしていたので俺は訝しげな顔をして尋ねた。

「なんだ?どうしたんだ?」
「え?あーうん……シールすごいなぁ……って」
「……?」

 俺はよく分からず首を捻り、まあいいやとシールに『エクスカリバー』の弱点を教えてやる。

「いいか?『エクスカリバー』の鞘は所持者に害なす全てから、所持者の身を守る鉄壁の防具ってレシアが言ったろ?だが、それは盾とか鎧みたいに守っているようでそうじゃねぇ……。さっきレシアが空振りしたときにマントの布を僅かにだが切り裂いてたんだ」

 そこまで言うと、なるほどとシールが顎に手をやった状態で言った。

「つまり……所持者に害をなさなければいいってこと……かな?所有物とか……」
「その通りだなー。そして、そいつは……」
「『エクスカリバー』の鞘も含まれる……」

 そういうとこと……もちろん、仮説にすぎないが少なくとも正解だろうとは考えている。
 俺のこの素晴らしい観察眼により発見した弱点を教えたことで、シールが俺の凄さに感激するだろうとその時を今か今かと花を膨らませて待った。
 すると、なにを思ったのかシールがニッコリとした笑顔でザオスと戦闘中のレシアとディースにこう叫んだ。

「レシア!ディースさん!ザオス公ではなく、『エクスカリバー』の鞘を直接狙って!そうすれば、その障壁も消えるはず!」
「「っ!」」

 レシアとディースは即座に反応する。
 俺は突然のことに驚き、そしてハッとなってシールを怒鳴った。

「て、てめぇ!なんてことしやがる!先を越されたらどうすんだ!」
「だからだよ。今は争ってる場合じゃないよ。早くここから出ないといけないのに……みんながしっかりしてない分、僕がしっかりすればいい……そう言ったのはロアでしょ?」
「ぐっ……や、やるじゃねぇかよ……」

 ぐーの音も出ない。ばっちりと返されてしまった。この場合騙された方が悪いのだろう……と、ザオスの方へに目をやると余裕こいてた顔が嘘みたいに焦り、そしてレシアに鞘を腰から弾き飛ばされた辺りで泣き出した。それはもうガキみたいに。

「お、終わった……ね」
「そうですね。お嬢様」

 シールはエルフィアにそう返した。
 なにか吹っ切れたのか、幾分かさっきよりも男らしく見えるのは気のせいではないだろう。
 ザオスは「ひぇー!!」と叫び上がって逃げ出し、後に残ったのは倒した衛兵達と俺たち……そして投げ出されて放置された『エクスカリバー』の刃と鞘だ。

「呆気ねぇ……前回の苦戦が嘘みてぇだな」

 俺は先を越された話を有耶無耶にしてやろうと話を振る。レシアは両手剣を鞘へ仕舞いながら答えた。

「前回は……魔法使いがいましたから。私、魔法使いが苦手ですから」
「ほぅ?つまりそれは弓矢が最強という……」
「魔法使いが苦手なのはロアも同じでしょうに……」

 否定はしない。俺は肩を竦めた。あいつらに風とか起こされたら矢の軌道が逸れる。つまり、太刀打ちできない。
 とはいえ、苦手というだけで弓矢が魔法に劣るかと言えば話は別だ。

「まあ、いいではないか!これにて一件落着……はやく街を離れようではないか」
「そうですね……」

 レシアは答えながら地面に落ちている『エクスカリバー』へ目を向け、それを拾おうと手を伸ばす。
 まあ、今回も計らずして伝説の武器を入手できるわけだ。貰っておくのが普通……というか、レシアの奴躊躇いがねぇな……などと思っていると、不意にレシアの背後……民家の影になっている一点が光った。

「っ!」

 俺は咄嗟に矢を放ち、民家の影から放たれた何かがレシアを射抜く前に空中で迎撃する。

 キンッ

 金属と金属がぶつかり合う音が響き渡り、その音でレシアとディースが咄嗟に何かが放たれた方向へ目を向ける。
 それと同時に光る何かが放たれる。まるで矢のようなそれは、ディースとレシアの額を狙って飛んでいく。だが、背後からの奇襲ではなく二人が完全にそれを目視した状態であるならば防ぐのは容易だった。
 レシアは首の動きでそれを避け、ディースは手の甲でそれを防ぐ。

 俺はその光景を見つつ、敵の狙いが二人ではなく伝説の武器だと気が付いて矢を放つ。
 丁度、伝説の武器に目掛けて飛んできた糸のようなものが付いた光の矢が伝説の武器……聖剣『エクスカリバー』の本体と鞘……合わせて二本を狙う。
 俺が放った矢はその二本が直線上に並ぶ位置でその細い線を射抜き、光の矢を二本とも弾き飛ばす。
  
 続けて仕掛けてくることはなく、敵は民家の屋根に姿を現して俺たちを見下ろした。そいつは黒装束で、肩に弓を下げていた。
 そいつを見たレシアが目を見開かせて、震える声で言った。

「……っ!アルファス……」

 そう呼ばれた男……アルファスは少し歳のいった老人だった。皺だらけの顔で、よく手入れの行き届いた白い髭で、同じ色の髪を後ろでひと束にしているくらいには髪が長かった。
 アルファスは俺たちを見下ろしつつ、ゆっくりと口を開く。

「まさか……私の放った二本の矢を一本の矢で弾いてしまうとは……。貴方は一体何者なのですか?」

 どうやら俺に言っているらしく、俺は眉を寄せてアルファスという爺さんに言ってやった。

「おいおい?急に現れて不意打ちして、そんでもって上から見下ろして何者かって?そいつはこっちのセリフだぜ?ジィさんよぉ……名前を尋ねる前に、まずは自分の名前を名乗るのが筋だろーが」

 俺の言葉を聞いて、アルファスは頷く。

「ふむ……手垢塗れの常套句ですが、一理あります。申し訳ありません」

 アルファスはそう素直にいって、屋根から飛び降りて俺たちの前へ躍り出る。着地の際に足音はなく、アルファスの気配を事前に感じなかった理由を理解した。

 アルファスは……俺と同じだ。

 アルファスは俺たちの前で胸に手を当てて一礼すると、名乗った。

「申し遅れました。私はアルファス・アルドゴート……裏の道に生きて数十年の、だだのジジイにございます」

 見に纏う雰囲気がザオスのような小物とは大違いで、さっきまで感じなかったほどの大きな威圧感を感じさせる気配を、アルファスは放っている。
 アルファスは俺と同じだ。俺よりも随分と年季の入った……そう、弓使い・・・だ。

 俺はレシアやディースが身構える中、シールとエルフィアが不安に思っている中、ただ一人だけ感激した。

 俺以外にも、これだけの弓使いがいるのか!
 弓矢が最強だという証明のため、世界一の弓の名手を目指して小さな村を出てきた。だが、これほどの弓使いに会ったことは一度もない。俺が世界一なのかどうか、正直にいってどうすればいいか分からなかった。とにかく、有名になろうと……川の流れるまま乗りかかった船でエルフィア達に付いてきたが、正解だった。

 俺が世界一で、弓矢が最強の武器だという証明……そのための第一歩が目の前にいる!

 これほどの震えたことは、過去にそうはない。そう、俺が弓矢に出会った時の感動に近いほどに。

「アルファス・アルドゴート……俺はロア・キースだ。特に理由はないがエルフィアお嬢様と旅をすることになった……ただの弓使いだ!」

 俺は自分の弓をアルファスへと突き出す。すると、アルファスもそれに答えるように弓を突き出す。アルファスの弓は、少し不思議な形状をしていた。

「私も弓使いでしてね。いやはや、何十年も生きてきましたが、貴方ほどの弓の名手にはそうそう……お若いのに」
「ジィさんこそ……良い腕だぜ?光の矢はその弓の仕組みか?」
「えぇ……霊弓『ユキカゼ』。私に与えられた伝説の武器にございます」

「伝説の武器!」と、シールやエルフィアが驚く。それに続いて、レシアやディースは怪訝な目でアルファスを見る。なぜ、そんなことを伝説の武器を集める自分たちに教えるのかと。
 勿アルファスはそんな疑問を察したように口を開いた。

「ほっほっほっ。別に他意はございませんよ。私のことは、レシアさんやエルフィア王女殿下が知っておいでですから」

 それを聞いて、俺はシールは知らないのかと尻目にシールへ目を向ける。シールは俺の視線に気付くと、ゆっくり頷いた。
 つまり、アルファスとの出会いはシールと出会うよりも前……伝説の武器を集め出した時かもっと昔……。
 レシアはアルファスの答えを聞いて、ふっと一息吐きながら全員に聞かせるように言った。

「アルファス様は第一王子殿下の側近……秘書兼護衛兼暗殺者兼……第一王子殿下のためなら何でもするお方です」

 そのレシアの説明に続くようにして、エルフィアが口を開く。

「霊弓『ユキカゼ』を上のお兄様から与えられた……凄腕の弓使いと聞いたわ」

 それを聞いて、俺はほくそ笑んだ。
 そうか……俺がこいつの仲間になった時にレシアが言っていた凄腕の弓使いって……こいつかぁ!!

「あははははははははは!!!」

 俺があまりの感動に高笑いすると、若干後ろのメンツが引いた気配を感じたがどうでもいい!今は無性に気分がいい!

「うぉいぃ……ジィさんよぉ?」

 俺が楽しげに呼ぶと、アルファスは弓を再び肩に下げつつ瞳を俺へと向ける。アルファスの瞳もまた、少し楽しげだ。否、嬉しそう……だろうか。

「ちょっと勝負でもどうだ?なんなら、聖剣賭けるぜ?」
「なって……お前!馬鹿なことを言わないでください!」
「うるせぇ!レシア!!邪魔をするな!」
「っ……」

 俺が本気で怒鳴りつけて尻目に睨むと、レシアはハッとしたように息を呑んだ。
 俺はそれを確認してからアルファスへ視線を戻す。
 アルファスと俺は暫し視線を交わし、アルファスは首をゆっくりと横へ振って穏やかに笑った。

「いえ、遠慮しておきましょう。貴方とは、また合間見える時があるでしょう。その時まで、その王の剣は預かっておいてくれませんか?」
「……そうか」

 俺は拍子抜けしたが、そこまで悪い気分にもならなかった。仕方ない……その合間見えるって時までは待っていてやろう。
 俺は口の端を吊り上げて、アルファスへ向けて言った。

「じゃあ、その時会った時には……どっちが強ぇのか勝負を受けてもらうぜ?」

 俺が言うと、アルファスは今度こそ頷く。それから口を開いた。

「今回は、貴方に免じて大人しく帰りましょう。それではまた次の機会にも……」

 アルファスはそう言って、俺たちの前から煙なように一瞬で姿を消す。
 気配を完全に殺すことで姿そのものまでも消してしまう技の極致だ。見ればみるほど、アルファスというジィさんは面白い。
 今回は戦うことができなかったが……まあ、次があるかと俺は残念に思いながら後ろを振り返ると三人が奇妙なものを見るような目で俺を見ていた。

 ディースはウンウンと頷いており、エルフィアとシールは困ったように苦笑している。
 そして、レシアはどこか物悲しげで俺と視線を合わせにくいのかオロオロと目を泳がせている。

「うむ!今度こそ一件落着であるな!!」
「私……ディースさんみたいな気楽さが欲しいわ」
「そうですね……。と、とりあえずこのままここにいるよりは早く行こうか?」
「うむ!そうであるな!」

 そう言って、歩き出す三人の後ろを俺は続いていく。さらに俺の後ろをついて歩くようにレシアが付いてくる。

 こうして俺たちは聖剣『エクスカリバー』を手に入れ、ついに王都へもあと一歩というところになった。俺の目指す場所がそこにあるかは分からねぇけど……。



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