最強は絶対、弓矢だろ!

矢追 参

まあ、願わなくもない→いいえ、私は……

 ☆☆☆


 シールの提案で、お嬢様とシールが買い物に行くことになった。俺はレシアの代わりに仕方なくエルフィアの護衛のために武装して、仲良く並んで歩く二人の後ろを歩く。レシアはいつも、こんな風に二人の後ろか前を俺の隣で歩いていた。

 ……。

「ごめんね?本当はロアさん……レシアのこと気になるよね?」
「あ?」

 街中の大通りをぼーっと歩いている折に、唐突とエルフィアがそんなことを言った。尻目に向けられた視線に俺は眉を顰めた。

「別に……気にならねぇよ。なんで俺がレシアのことなんざ気にかけんだよ……」
「その言い方だと、レシアのことを信用してるって意味にも聞こえるけど?」
「馬鹿言うんじゃねぇっての」

 エルフィアにそう言うと楽しそうにクスクスと笑った。とても居心地が悪い。腹立たしい。
 俺が少し痛い目にでも合わせてやろうかと唸ると、シールがハッとしてエルフィアに言った。

「お、お嬢様……あんまり刺激すると怒りますよ」
「俺は爆発物がなんかかオラァ!!」
「ロアさんが怒った!」

 いつもはレシアに止められるが、今日は邪魔者はいない!
 俺は両手をワキワキさせ、乾いた笑顔を浮かべるエルフィアに迫る。その途中で、シールが止めに入ったので俺は舌打ちしながらも止めた。

「たくっ……人をおちょくりやがって」
「おちょくるというか……うーん。私、馬鹿にしてるわけじゃないんだけどなぁ……」
「おいおい?俺がレシアにどうのこうのとか、馬鹿にしてるとしかとれねぇんだよ」
「ロアさんはもっと素直になった方がいいと思うの」
「あ?素直?」

 何を言っているのだろうこのお嬢様は。

「俺ほど素直な人間はいないだろ?こんなに弓矢に一途な、この俺が」
「たしかに……」

 シールが納得した。当然だ。

 しかし、お嬢様は納得できていないようでシールを睨みつけた。

「ちょっと!そこで納得しちゃダメだよ!」
「あ、すみません!」
「待てシールその調子だ……お前は俺の味方だな?男同士だろ?んんー?」

 俺はシールがお嬢様の味方になる前に手を打つべく、その両肩を掴んで有無を言わせずに迫る。すると、シールは呆気なくこちら側に付いた。推しに弱すぎるだろ……。

「むぅ〜!シールなんて知らない!」
「え?あ、お嬢様!?」
「……拗ねた」

 餓鬼か。

 エルフィアはスタスタと俺たちを置いて歩いて行く。だが、慌てたシールが隣に並ぶと歩調がゆっくりとなる。分かりやすいお嬢様だ。
 俺は肩を竦めながら、楽しそうな二人の後を追って……ふと頭に電流が走ったかのような衝撃が走る。

 攻撃の気配。

「……ちっ」

 お嬢様を狙っているようだ。位置は民家の屋根上。
 俺は気配を頼りに探し、目視して装備を確認する。
 装備は弓矢の派生型、ボウガンだ。邪道である。腹立たしいことこの上ない。
 目測ではお嬢様とシールはボウガンの射程には入っていない……距離は二百?

「おい」

 俺が声をかけると、雰囲気の違いを感じたのか二人の顔つきが和やかなものから一変し、警戒態勢に入る。

「敵……?」

 エルフィアが周りの道行く人々に聞こえないくらいの声で訊いてくる。俺はそれに簡潔に答えた。

「あぁ」

 レシアのいない状況だ。狙われたと知ったら、あの剣士がうるさそうだなぁ……。

「とりあえず、この通りはダメだな。さすがに強引に襲ってはこないだろうよ……人目のある場所は」

 俺が含めて言うと、レシアとシールは理解して頷く。

「お買い物は中止?」
「続けたら頭の中お花畑すぎるわな。それか肝が据わってるか……大馬鹿か」

 エルフィアがアホなことを抜かすので嘲笑して言ってやると、ムッとした表情で俺を睨んだ。

「聞いただけだもん」

 だもんって……餓鬼か。
 仮にも王族だが、このお嬢様はよく分からない。

「とりかく、シールはお嬢様の近くにしっかり付いてろ。後は俺に任せとけっての」
「うん。分かった!」

 シールは元気よく使命感に駆られたような顔をしながら、お嬢様の側に付いた。
 この通りをまっすぐに進むと狙撃されるだろう。かといって、路地裏は危険だ。接近戦になると俺は正直役に立たん。

 ……なんか、レシア頼りになっていたのかと自分を疑い始めてきた。

 いや、俺は弓使いだ。わざわざ敵に合わせる必要はない。

「来た道戻って、宿に戻ろうぜ」
「「了解!」」

 二人は頭に手をやって、ビシッと敬礼した。
 なんの遊びだよ。

 俺は内心で突っ込んでから、来た道を戻る。気配を探るとさっきのボウガン使いが動いた。屋根上を移動しながら、ジッとこちらの様子を伺っている。
 いっそ、こちらから手を打ってもいいが……この町中で騒ぎを起こすのは面倒だ。衛兵が駆けつけた時、エルフィアの正体を明かせば済むかもだが……衛兵に第二王子や第一王子派閥の手が回っていないとは断言もできない。

「本当にあれだな。お嬢様って、味方すくねぇよな」

 ボソッと言うと、前を歩いていたお嬢様が立ち止まった。それから若干啜り哭く声が……っ!?

「わ、悪かった!無神経だった!マジすんません!」
「嘘泣きです」
「張っ倒すぞ」

 パッと笑顔で振り返ったエルフィアに言ってやると、あははーと笑った。その隣でシールも笑っているので呑気な奴等だなと俺は頭を掻いた。
 そういえば、レシアがいる時こいつらはいつもこんなに状況でも笑っていることが多かった。あのスレイプ戦の時は別として……そう考えると、大分信頼されたと見れば、そう悪いものでもないのかもしれない。
 とはいえ、さすがに安心し過ぎだ。

「おら、くっだらねぇ小芝居してねぇでさっさと歩けよ」
「はーい」
「お嬢様、あまりからかっているとロアも怒りますよ」
「多分、もう半分は怒ってると思うの」
「分かってんならやるな……」

 レシアのことといい、とことんこのお嬢様は……人をからかうのが好きなようだ。それに便乗してシールも加わるのだから、俺一人では手に負えない。

 はやく、レシアの奴戻ってこねぇかなぁ……。
 そう俺は、願わなくもなかった。


 ☆☆☆


 私は最近、ふと考えることがある。それは最近私たちの伝説の武器収集の旅に加わった弓使いの男だ。名前はロア・キース。
 口が悪い男ではあるが、面倒見が良く、察しもいい。教養がないとは言っていたが、日々の狩生活で培った圧倒的な観察眼と洞察力は並大抵ではなかった。正直、あれ程の男を見たのは生まれてから指で数えるほどしか見たことがない。
 とはいえ、こんなことを本人に言おうものなら鼻を長く伸ばして調子に乗るのが目に見えているので口が裂けても言ってやることはない。
 それに、顔を合わせればいつも言い争いだ。素直に褒めるなどできようもない。否、したくない。
 いつも飄々と余裕ぶった男である。褒めたりなんかしたら図に乗った天狗になること間違いない。
 だが、まあ……弓の腕だけは多少なりとも認めないこともないのだが。

 と、私が歩きながらボンヤリと考えていると隣で歩いていた大柄な男性……ディース・シュトロンガーという人が私の顔を覗き込むようにして見ていた。

「何か?」

 私が問うと、ディースは頷いて笑った。

「いや……どこか遠くを見て物思いに更けていたのでな。やはり、迷惑だったかね?」
「いえ。ただ、お嬢様のことが心配なだけです」
「なるほど……やはり、迷惑だったか。すまんな……」
「お気遣いなく。それより、どこへ行くのでしょう」

 私はお嬢様の命令により、このディースという男性とデート(?)することになった。異性とこのように出かけるのは初めてだが、人から聞き及んでいたよりも緊張などはしない。ただ、お嬢様から離れている今この状況に不安を覚えていることはたしかだ。
 私が訊くと、ディースは笑顔で通りを指差した。

「うむ!まずは何か買ってやろう!小物など女子は好きであろう?」
「いえ。戦闘中に邪魔になりますので」
「むぅ?なるほどそうか……レシア殿はあれだな!我輩と趣向が似ていそうだ!」
「そうなのですか?」
「うむ。我輩もアクセサリーなど邪魔なように思うのでな。しかし、女子はそういうものを好むというので我輩、求婚の際には花や宝石類を持っていくのだ。大抵はそれだけ持っていかれてさよならだがな!がっはっはっはっ!」


 思わず私は同情した。
 絶対に程のいい男扱いをされている。きっと、悪い女の方にひっかけられたのだろう。それも何度も。

「ふむ……それならば武器やなどはどうだろうか?レシア殿は剣に詳しいのだろう?我輩、剣は扱えないがな。剣士について、色々と知りたいと思っていたのだ」
「剣士について?」

 私が首を傾げて尋ねると、ディースは当然のように言った。

「まずは敵を知ることから……剣士と相対した時、剣士のことを少なからず知っていれば、それだけ我輩が有利であるかな!我輩、無手の使い手であるからな!」

 ディースはそう言って、拳を握る。重厚な拳は私のものよりも何倍も大きく、どれだけの修練を積んできたのかが分かった。その拳には、私の手のひらのような修練の跡が刻み込まれていた。

「そうですか。たしかに、私たちは趣向が似通っているようです」

 私が言うと、ディースは嬉しそうに微笑んだ。

「がっはっはっはっ!」

 微笑ん……だ?

 それから私たちは武器や防具屋などを見て回り、あれこれと話し込む。武道家と聞いたが、剣士である私と同じクロスレンジでの立ち合いを得意としていることもあり、意外と会話が続いた。

「絶対領域……我輩にもある」
「恐らく、武人に共通することでしょう」

 絶対領域とは、私の剣の間合いのこと。私の剣の刃の届く範囲は絶対領域と言って、その範囲に不用意に入れば死角であっても即座に切り捨てることのできる私だけの領域……普段、お嬢様の護衛をしている時はこの領域に入るようにしている。

「すべての武人……となると、ロア殿のような弓使いはどうなのかね」
「ロア?」
「うむ。ロア殿は弓使いだと聞いている!果たして、どれだけの腕前か……レシア殿は知っているのであろう?」
「ええ……まあ。一応……」

 ロアの弓の腕は……正直分からない。とにかく凄いのだということくらいだ。あのクラスになると、弓に関して素人な私では上手く説明が出来ないのだ。
 ただ、ロアに関しては常識で考えてはいけないのだということは最近確信している。
 しかし、ディースに言われて思った。私やディースにもある絶対領域……それがロアのレベルの弓使いだと一体どうなのだろうか。弓使いに絶対領域があるのかそもそもだが、ロアは死角にいる敵も気配のみで正確に射抜く技術や能力がある。

「私が知ったいる限りでは、ロアの射程は目で見える範囲全て」
「目で見える範囲全て?それは……また」

 自分でも言っていたが、ロアは目が良い。夜目が利く。遠くもはっきりと見えている。つくづく、弓を使うための能力は全て備えているというわけだ。
 性格に難ありだが、本当に弓に対してだけは真摯な男である。そんなところは正直……嫌いじゃない。



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