最強は絶対、弓矢だろ!

矢追 参

いや、てめぇが言ったから

 俺が言って直ぐに、レシアが目だけを動かして一帯の状況を確認する。
 場所は大通り、右左には商店があり、人も多い。旅人や行商人、町人も混じっている。
 その中に、異質な視線を俺たちにずっと向けている奴らが数人いる。
 レシアも確認できたようで、目を細めつつ俺に言った。

「よく気がつきましたね。私でも……言われなければ気がつきませんでした。不甲斐ない……」

 悔しそう……というよりも、少し自分を責めているような感じだった。お嬢様の護衛にも関わらず、真っ先に気が付かなかったからだろう。
 だが、ここら辺は悪いが……俺の専売特許だ。

「村じゃ、狩人だったかんな。視線だとか、気配には敏感なんだよ……つっても、レシアが気がつかないか……結構やべぇんじゃなねぇか?」

 俺が言うと、シールが不安そうな表情をする。それはお嬢様も同じで、二人ともレシアに目を向けた。
 レシアは二人の視線を受け、なんと言うべきか迷った挙句に、こう切り出した。

「ロアの……言う通りです。私の予想では、第二王子派閥の精鋭部隊です」
「精鋭部隊?」
「はい。もともと、ハンガーの部隊はその精鋭部隊と一緒に私たちを追っていたようです」

とても自信満々に答えているので、何か根拠があるのだろうと……そこまで考えてそういえばと俺は思い出した。

「ハンガーから聞き出したのか」
「はい……とはいえ、ハンガーの部隊は全滅でした。どうして私たちがこの街に来たと知られたのでしょうか……」

 あの道でハンガー達を倒したのなら、必然的にここに来るのは知られるだろう。だが、昨日の今日で行動が早い……あの後直ぐに、ハンガー達の死体を発見したのだろうか。
 だが、死体はそう簡単にばれないところに隠しておいたのだ。そのままにするわけがない。

「まあ、偶々ここで張ってたら俺たちがいた……とかそんなところかもしんねぇな。しっかし、どうするよ?精鋭部隊って強いのか?」

 俺たちは大通りを歩きつつ、周囲の状況を確認しながら宿へと向かう。この分だと、泊まっている宿もバレているだろう。

「私でも、シールやお嬢様を守りながらでは……守り切れないかもしれません」
「なるほど……」

 それは強いわなぁ……この化物剣士、剣の素人の俺から見てもかなり強い。ハンガーとの戦いの時、俺がいてもいなくてもこいつは勝てたはずだ。ハンガーには、厳しいだとか言っていたが、それは二人を守りながらの話……守りながらでも勝てるということである。俺がわざわざ、あんなことをしなくてもレシアは問題なかったはすだ。
 だが、今こいつは守りながらだと勝てないと言った。本気で戦えばどうにかなるかもしれないレベルということだ。

「それに、精鋭部隊には伝説の武器を装備しているスレイプという男がいます」
「伝説の武器だぁ?」

 レシアの言葉に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。

「す、スレイプ……」
「たしか、あの方が下のお兄様から授かっているのは神槍『グングニル』……だったよね……」
「ぐんぐにる?」

 シールが顔を引きつらせ、エルフィアの言ったことに鸚鵡返しで聞き返すとエルフィアが暗い顔で答えた。

「文献だと、神が人間の醜い争いに嘆き、神罰を下すために投げた槍なんだって。雷を纏い、降り立つ神槍、天を切り裂き、大地を滅ぼす……これが文献に載ってた一節。実際には使用者の魔力量で威力が左右されるんだって」
「魔力……」

 なんだっけ……魔法を使うのに使う力だっけ?
 まあ、いいや。とにかく、そのグングニルってのはヤバイのか。なるほど……理解。

「で、どうすんの?」
「そうですね……宿は割れているでしょう。狙われるとしたら、恐らく今晩……」
「それなら、やっぱり街の人たちを巻き込まないために……夕方にここを出ないとね……」
「お嬢様……」

 レシアも含め、シールもエルフィアも表情が暗い。

「なんだなんだ?てめぇら、なんかもう負ける感じなのか?おいおい?やめてくれよ。いや、マジで」
「誰が負けると……とはいえ、厳しい戦いにはなるでしょう」
「うん……」

 エルフィアが俯く。いや、シールもだ。こいつらは自分には戦う力がなく、全てレシアに任せっきりなってしまうのが心苦しいのだ。

「はぁー雰囲気が暗いわー。つーか、お嬢様?夕方にはここから出るんだろ?まあ、あいつらは多分待ち伏せしてるんだろーが……言い換えりゃあ、お嬢様はその……なに?スレイプ?を迎え撃つってことだろ?喧嘩買うっつーなら、大将は大将らしくしやがれ」
「む、迎え撃つなんて……そんなっ」

 弱気なことを言い出しそうなその口に、俺は人差し指をビシッと向けた。

「だまらっしゃい。てめぇ、王様になんだろ?第二王子とか、第一王子とか押し退けてよ?だったら、それらしくあれ。てめぇは王様だ。王様で、旗印だ。俺たちのな」

 俺はそう言って三人の前を二歩も、三歩も前を歩く。呆然としている三人な俺は背中で語ってやる。てめぇらに、戦いに赴く時の心構えを教えてやる……と、俺が格好付けてやろうとすると、レシアが俺の隣まで来て歩き出す。

「なに格好付けようとしているのですか?」
「あー?てめぇらが逃げ腰だからだよ」

 続くようにシールが小走りで俺の隣にやって来る。そして、困ったように苦笑いしながら言った。

「僕はなんの役にも立てないけど……死んでもお嬢様は守る!」
「おうよ。それはてめぇの仕事で、てめぇにしか出来ねぇからな。どこかの剣士様は、敵と鉄の棒をカンカンし合ってるだけで手一杯だってよ?」
「誰が手一杯だと言ったのですか!余裕ですよ!」

 レシアが叫んだところで、俺たちは後ろを振り返る。
 すると、視界にはもう逃げ腰の大将の姿はなかった。うちの大将は……もう笑っていた。

「……なんだろうな、みんながいてくれたら大丈夫な気がしてきたよ」
「ったりめーだ。この俺がいれば、十分だぜ」
「私はお嬢様の剣です。お嬢様にあだなす敵は私が全て斬り伏せます」
「僕はお嬢様の盾になります!任せてください!」

 お嬢様は各々の言うことをゆっくりと、噛みしめるように聞くと、とても良い笑顔で笑って言った。

「うん。それじゃあ、行こう!」

少しは大将らしくなったんじゃねぇか?

俺はエルフィアを見ながら……ふと、そんなことを思った。


 ☆☆☆


 定刻……夕方。

 日が傾き、辺りが夕暮れ色に染まる。そんな中、俺たちは街を出た。もうすぐ夜だというのに街を出た俺たちに、衛兵が訝しげな目を向けてきたが……特になにも言われなかった。
 そして、暫く道に沿って歩いていると……少し先のところで複数の人間が俺たちを待ち構えていた。

「ははははは!来たぞ、間抜けどもだ!はははは!」

 そいつは何が面白いのか、ものすごく笑っている……頭大丈夫かなぁ。と、俺が心配してしまうくらいには狂ったように笑っている。

「さて、年貢の納め時ですぞ?エルフィア様。大人しく、伝説の武器を我々にお渡しするというのなら、生かしてやらんこともありませんぞ?」
「スレイプ……私はあなたに渡すものは何もない!私は王よ!」

 シールがお嬢様の前に出て、さらにその前に既に両手剣を構えている。
 臨戦態勢……あ、ちなみに俺はお嬢様の隣で頭の後ろに腕を組んでいます。

 え?なんかやれって?いや、俺には出番ないらしいし……。
 ここへ来る前、作戦会議があったわけだが……敵は『グングニル』を持ったスレイプと、身体を鎧で覆った重装備の男達が数名、そして魔法使い達が数名だ。

 まず、重装備相手では矢を射る隙間がないため俺は役に立たないのだという。ハンガー達のような鎧とは違うらしい。そして、魔法使い……こいつらに風を吹かされたら弓矢じゃどうにもならないらしい。つまり、今回俺は役に立たないという……格好付けた意味ねぇじゃねぇか。

 お嬢様の返答にスレイプはやれやれと肩を竦めると、どこからか槍のようなものを取り出した。

 それは、木の蔦が何本も絡み合ったかのような形状で、先は二又に分かれている。それを見て、俺は直ぐにその槍が神槍『グングニル』なのだと……直感した。

「それでは、仕方がありませんねぇ……これも任務なのですよ、エルフィア様?伝説の武器の収集中、エルフィア様は不慮の事故によりその命を落としてしまった……はははは!」
「っ!まずい!あいつ、グングニルを使うつもりです!」

 レシアが焦ったように叫ぶ。
 その叫び声に、スレイプはまるで答えるように下卑たように笑い……槍を投げるために構える。

「はははは!ご覚悟ですぞ!」

 ビリビリと、スレイプの周囲に稲妻が走り出す。

「レシア!『グングニル』の発動には時間が掛かります!その間にスレイプを!」
「っ!」

 レシアはエルフィアの声に反応し、直ぐに走り出す。だが……遅くはないが、速くもない。あのスピードでは、間に合わない。

 俺の目測ではスレイプまでの距離は60メートルと少し……どれだけ溜めが必要か分からないが、間に合うようには思えない。

 そう思ったが、そんな心配はいらなかった。

「【パージ】!」

 プシュッと、レシアの叫び声と共に彼女の重装備が全て一瞬にして外れる。そして、身軽なったレシアが物凄い速さで駆け抜ける!

「な、なんだあれ」

疾風のように野を駆けるその速度や否や……俺は頬を引攣らせながら言った。

「レシアの魔法!あの鎧には刻印魔法が掛けられていて、レシアが決まった言葉を言うと発動する仕組みなんだ!」

 シールが説明している間にも、レシアはスレイプへ近づいていく。
 これなら……と思ったが、レシアとスレイプの直線上に重鎧を着た盾装備の奴らが何人も立ちはだかった。

「邪魔です!」

 だが、身軽になったレシアはそれを飛び越える。その動きは常人のそれを遥かに凌駕していて、俺は思わず呆気にとられて、「す、すげぇ」と呟いてしまった。

 レシアは飛び越えた後も止まらず走り……スレイプがもう直ぐ目の前というところで、突然その動きが止まった。

 まるで、何かに堰きとめられたかのように。

「なっ!?これは……」
「はははは!レシア殿……あなたのことを知っている私からしたら、あなたがここまで来るのは想定内なのですよぉ……」

 見ると、スレイプの近くには杖を持った奴らが数人おり、そいつらが何やらブツブツと口をモゴモゴさせていた。

「魔法使い……っ!」

 シールの言葉に、俺は眉を顰めた。
 つまり、何らかの魔法によってレシアの動きが封じられたわけだ。魔法に詳しくはないので、何かは知らんけど。

「くっ……小癪な」
「はははは!ハンガー達がまさかレシア殿一人に全滅させられるとは思いませんでしたぞぉ?一人くらいは、生き残ると思ったのですがねぇ……全く使えない捨て石でしたよ?はははは!」

あまりにも醜悪な考え方故に、誇り高き女騎士は外道を睨みつけて罵倒する。

「下衆……」
「なんとでもどうぞ!ははははは!レシア殿、あなたは生かしてあげますよぉ?私のお嫁さんにしてあげますよ?あなたは出自もしっかりしていて、それでいて美しい!むしゃぶりつきたくて堪らない!」

外道も外道……俺はたしかに人形にするならレシアは見た目がいいから、悪くない考えだなと思った。おっと、これではスレイプと変わらないな……。

レシアは何とか首だけこちらに回すと鬼気迫る勢いで叫ぶ。

「くっ……シール!ロア!お嬢様を連れて逃げなさい!私はもういいです!」

 レシアの叫び声に、エルフィアが首を激しく横に振った。

「そんなことできるわけない!」
「聞き分けてください!」

 エルフィアはまた何か言おうとして、だがさっきレシアを止めようと出て来た盾装備の奴らがこっちまで来ていた。

「さぁ?我がグングニルと、その男達に貫かれるのは、どちらがお好みですかな?あはははは!」

 スレイプの笑い声と、迫る男達の下卑た笑い声が重なる。

「く、来るな!お嬢様は僕が守る!」
「し、シール……」

 男達がシールへ迫る。鎧に包まれた手がシールに伸ばされる。きっと……その兜の向こう側には外道の部下に相応しい下卑た笑みが浮かべられていることだろう。

 俺はその手がシールに触れる前に……男の首を矢で刎ね飛ばした。

「え、は?」

 突然、仲間の首が飛んだことに男達が困惑している。その間に、矢を射て男達の首を全て同時に・・・に四本矢を番て、刎ね飛ばした。

「はぁ!?」

 というのは、スレイプの叫び声だった。シールもエルフィアも、少し呆然とした表情でも俺を見ている。

「ろ、ロア?あれ?どうやって……相手は重装備なのに、隙間なんて……」

呆気に取られながらもシールがポツポツと俺にそんなことを訊ねてくる。俺は肩を竦めながら答えた。

「あ?あぁ……近くで見て見たら、射る隙間があったから」
「え?そんなのどこに……」

 シールが呆然と訊いてきたので、俺は簡潔に教えた。

「首当てのとこ、首を動かすための隙間があんだろ?」
「え……?」

 シールはそれでも分からないらしく、ただ俺を見上げている。お嬢様も同じで、レシアも目を見開いていた。

「重装備が?矢に?な、なんなんですか!?お前は!?」
「んあ?俺か?」

 言われて、俺は矢を番ながら答える。

「弓使い」

 答えながら、俺は内心でレシアに文句を言っていた。

 重装備相手には射る隙間が無いって?まさかだが、その基準は普通の弓使いの基準じゃないだろーな?確かに、的は極小だった。鏃の先端が入ればいいくらいの隙間だ。

 だが、それでも十分だ。首を飛ばすには……。
 少しの隙間が、鏃を滑り込ませられる隙間があるのならそこに貫通力があり、高威力、高速度の矢を射ることで人の首など飛ばすには簡単すぎる。

「魔法使い共!風だ!」

 魔法使い達はスレイプの指示に従って、スレイプの周囲には風を起こす。
 強風だ。風が、右から左へと吹いている。

「さぁ!我が『グングニル』で貫いてやろう!」

 電撃を纏いう槍をスレイプは、今正に投げようと力を溜める。 
 それを見つめながら、俺は顔を顰めた。
 なるほど、たしかに強風ではあるが……あいつを殺せないほどではなかった。

 全く、レシアの中での俺の信用度を疑う。どれだけ、俺の弓の腕を疑っていたのか。どれだけ俺の弓の腕を舐められていたのか。

 段々腹が立ってきた。

「ふさげんな!レシア!」

 俺は強風吹き荒れるスレイプの下に向けて、矢を放つ。
 矢は風の吹いている方向とは大きく反対方向へと飛んでいく。

「はははは!どこに向けてっ!?」

 だが、矢は風に乗って真っ直ぐにスレイプの方へ飛んで行く。
 迂闊すぎる……風で矢を吹き飛ばすのは別に悪手ではないと思うが、矢を風に乗せるだけでもいいのだ。それは風が強ければ強いほど、矢の威力も上がる。
 それが竜巻のようなものだったら、矢はスレイプの周囲を回ってしまうが……この風は悪手だ。

 ヒュン

 そんな効果音とともに、強風に乗っていた矢がスレイプの首を飛ばした。

 プシャーっと吹き出す鮮血が風に乗って魔法使い達に降りかかり、恐怖でレシアを留めていた魔法が解かれる。それと同時にレシアがその場から飛び出し、己の両手剣でもって魔法使い達を斬り伏せた。

 スレイプの投げようとしていた『グングニル』は、纏っていた電撃を拡散させて地面に転がる。

「ふぅ……終わったなぁ」
「……ろ、ロアさん。すごい……」
「か、かっこいい……」

 だろ?もっと、褒めろよ諸君。

 レシアの方に目を向けると、レシアは夕暮れを背にこちらへ戻ってくる。だから俺は、文句を言ってやろうと思い、口を開いた。

「ったく……お前、なーにが役に立たないだっつの。全然、よゆ」

 余裕といいかけて、俺は押し黙った。
 レシアが、あの誇り高い剣士が涙目だったからだ。

「おい、どうし……」
「どうして何も言ってくれなかったのですか!」

 いいかけて、レシアが泣き叫ぶように言った。

「ちょっ、落ち着けって……」

俺の胸に飛び込み、少し痛いくらいにポカポカとレシアは俺を叩きながら泣き叫ぶ。


「ロアが、ロアが……あんなことができると知っていたら、私は……どうして」

涙ながらに言われてしまうと、俺も何かいう言葉が思い浮かばなかった。たくっ……こういうのは苦手なんだがなぁ……。

俺はどこか言い訳するように言葉を紡ぐ。

「いや、知らなかったんだよ……重装備の奴には矢が無意味なんて言われて、腹立たしかったけど……まあ、レシアが言うならそんなもんなんかなって思ったんだよ!魔法使いの風も、あんなもんだと思わなかったし……俺は今まで、森で獣の尻追っかけることしか、知らなかったんだよ……」

 なんだか、すごく餓鬼の言い訳じみていて今の俺はかっこ悪かった。だから、言葉尻はとても弱々しいものになってしまった。

 レシアを見ると、まだ涙目だったが……凛とした瞳を俺に向けて、一言言った。

「信じていなかったのは……私の方……?」
「いや、んなことはねぇ。俺が、言わなかったせいだな……悪かったな」

 凛としているのに、今にも泣き崩れてしまいそうな相手にとても言い返せない。なんでも、はいはい答えてしまいそうだった。

「と、とりあえず……私達の勝ちってことでいいの……かな」
「はい。……ロアがいてくれたおかげだよ」
「いや、まあ……おう」

 普段ならエルフィアとシールの言葉に、調子に乗ったが、レシアの視線を受けているとふざける気も起きない。

 レシアと目を合わせると、とても胸が痛む。
 そんなに泣きそうな顔をするじゃねぇよ……てめぇは、いつもみたいに……俺にグチグチと、澄まし顔で、凛として、そうあって欲しい。

 そう願うのは、単なる俺の我儘だろうか。


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