最強は絶対、弓矢だろ!

矢追 参

いや、暴力剣士とかないから

 ☆☆☆


 村を出てから、俺は道に沿って街を目指した。ちなみに、街に行ったことはないから楽しみだ。

「ほぁ……まだかねぇ。まちぃ……」

 ただ歩いているというのも、割とつまらない。いや、本当に。
 弓のことを考えながら歩いていると、最初の方は時間を潰せたのだが、だんだんと歩いているのに飽きてきた。街までいけば、馬車とかあるんだろうが……あれだ、街の外壁も見えねぇ。脚も疲れたし……。
 こりゃあ、ダメだわ。

「疲れたなぁ……ちょいと休んでいくっかな」

 俺は近くにあった木の木陰に入る。この道、片側は山道になっており、もう片側は草原が広がっている。この木は、草原側に立っているのだが、なんともこの木がポツンっと立っているのは、面白い。

「ぼっちの木……ぼっ◯……いやいや、さすがに不味いだろ」

 一人旅は独り言が増えると言われたが、マジだ。独り言、尽きない。というか、意外と楽しいかもしれない。

 独り言、楽しい。

いよいよ持って末期だが、本当に独り言は尽きない。声に出して語るのは、誰かに聞かせる達成感と似ている。独り言は自己満足できる。だから、楽しい。

「あ……はぁ」

 眠くなってきたな……寝るか。どうせ、誰も通らねえだろ。

 おやすみ。


 ☆☆☆


 ガラガラ……と、そんな音が遠くから聞こえて俺は目を覚ました。
 この音、馬車だ。だが、普通じゃない。かなり急いでいる。

「ん……ふあぁ。なんだ?」

 音のする方向……俺が来た道を見てみる。しばらくして、来た道から猛スピードで馬車が走ってきた。御者は顔面蒼白で手綱を握っているが、スピードを落とすつもりはないようでそのまま突っ込んでくる。

「あ、危ない!」
「あ?」

 馬車はあまりのスピードに曲がりきれなかった。
 馬だけが曲がり、馬車が横転する。危うく巻き込まれそうになった俺は、慌てて避けた。

「うおっ……っぶね。てめぇ!」

 俺が文句をつけてやろうと、御者台から投げ出された御者に寄ると、御者が苦しそうにしながらも馬車を指差す。

「お、お嬢様を……」
「あ?」

 指差す方向を見ると、馬車の中から投げ出されたのか……綺麗な身なりの女が地面にうつ伏せで倒れていた。
 それがどうした。

「おいおい、人を轢きそうになって謝りもないんかい!オラオラオラ」

 胸ぐらを掴んで揺さぶったが、どうやら気を失ってしまったらしい。
 なんて奴だ。なんか、身なりはいいが躾がなってねぇ!

「ったく……」

 とりあえず、こいつが起きて謝るまで待つか。
 俺は御者を担ぎ、ついでに倒れている女も担いで二人とも草原の方に寝かせて放った。
 馬車の方を見ると、馬はどっかに行ったようでいない。馬車も横転してるようだし、もう使い物にならなそうだ。

「はぁ……」

 俺はため息を吐いた。
 勢い込んで、村を出たはいいが……なんだかつまんね。別に、すぐになんかあるとか思ってたわけじゃねーけど。これじゃあ、村で弓をパスパス打ってんのと変わんねぇ。
 なんか、面白いことねぇかなぁ……そう思っていると、ふいに馬車が走って来た方向が騒がしくなった。
 なんだ?と思って目をやると、誰かが物凄い勢いで走って来ていた。
 見た所、重武装で、背中には両手剣を背負い、長い綺麗な銀髪の、女だった。すげぇ、顔立ちの整った綺麗な女だった。
 キリア以外に、あぁいう女がいるのかと俺は思わず見惚れた。そして、すぐにそれを後悔した。
 その女は、鬼の形相で俺に向かってくるとそのままの勢いで俺を殴り飛ばしたのだ。

「ぐべっ!?」

 俺はそれで気絶した。


 ☆☆☆


「本当にごめんなさい……てっきり、お前がお嬢様を襲った不届き者かと……」
「あぁ!?不届き者!?それはてめぇのことだろーが!!事情も聞かずに殴り飛ばしやがって!」
「調子に乗らないでください。こちらが下手にでれば……」
「あぁ!?」
「ちょ、ちょっと……レシア……」

 お嬢様が毒吐いた暴力剣士を咎めようとするが、暴力剣士は止まらなかった。

「ふんっ。大体、殴っただけで気絶って……弱すぎませんか?」
「上等だ。おぉー?やるか?おいおいおい?」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
「すみません!すみません!」

 御者とお嬢様が一緒になって、暴力剣士の尻拭いをしている。ザマァ。
 なんだか、いい気分だ。今、俺が一番偉いんだと思える。うん、悪くない。

「おーい?暴力剣士。自分の失敗を仲間がカバーしてくれるってどんな気持ち?ちゃんと謝らないと二人が可哀想だろ?おら、頭下げろや」
「……嫌です」
「おやおや?いいのかなー?」

 俺はまるで示し合わせたかのように合図すると、なぜか御者くんとお嬢様が先ほどと同じように謝ってきた。うん、いい気分だ。

「くっ……」

 暴力剣士はどこか悔しそうだ。なんか、もう満足した。
 俺はとりあえず、立ち上がって現状の把握をする。
 まだ、馬車の横転している草原にいるようで日が傾いていた。宿場町すらまだ着いていないというのに……あぁ、これは野宿コースだわ。

「ちっ……野宿かよ」

 俺が空を見ながら言うと、お嬢様が不安そうに言った。

「あの……本当に申し訳ありません。その、野宿の準備は私たちで行いますから!」
「え?マジ?やってくれんの?」
「はい!お任せください!」

 御者くんとお嬢様が張り切っていた。あ、じゃあ任せちゃうわ。殴られた頬が痛いし……グルリと目を暴力剣士に向ける。なんか、ぐぬぬと拳を握っている。

「これだから剣士は……人に頭下げることもできねーのか?」

 つい、さっきまでと変わって冷たい声が出てしまった。その声に、暴力剣士は一瞬だけ肩をビクリと震わせる。

「そんなことは……」
「大体、なんでてめぇの失敗を二人がフォローしてやがんだよ。なめてんの?ねぇ?なんの意地はってるかしらねぇけど、誰かのために頭下げられる奴が……ホントーにすげぇ奴だろ。剣の腕がどうこうじゃねぇ」

 それ以上は楽しい話でもなんでもなかった。だから、俺はここで終いだと肩を竦める。すると、お嬢様が少しだけ笑った気がした。
 そして、小声でだがポツリと言った。

「感謝します……」

 別にお礼を言われることをしたつもりはねぇけど……ただの説教だ。説教。


 ☆☆☆


 夜になった。

 近くに川はなかったし、動物もいなかったわけだが……代わりに馬車の中に水と食料がいくらか入っていた。荷馬車ではないので、そんなに多くねぇけど。
 火を囲んで食事をしていた折に、ふとお嬢様がこんな提案をした。

「あの……自己紹介とか……は」
「んぁ?必要あんの?」
「あります。なんと呼べばいいのか、分かりません」

 暴力剣士がパンをちぎりながら言った。所作は綺麗だ。パンなんて、そのまま頬張って食えばいいのに……と、俺が口にパンを入れると、その柔らかさに驚いた。

「なんだこりゃぁ……小麦のパンか?初めて食ったわ」
「あ、柔らかいですよね!僕、お嬢様のところに仕えるまでは一般庶民だったので……分かります」

 御者くんはどこかしみじみとした感じだった。
 俺はちょっと気分が良くなった。美味い飯ってのは、口を回らせるものだ。

「名前ね……俺はロア。ロア・キース。今日、故郷の村を出たばっかの田舎もんだよ」
「ロア様……ですね。私はエルフィア・メルファーです」
「シール・バキットン。お嬢様の専属御者です」
「様なんていらねぇよ。あと、敬語もいらねぇって。ガラじゃあねぇやい。そういえば、随分と若いが……幾つだ?」

 俺が言うと、二人は顔を見合わせる。それから俺に目を向けると、言った。

「僕は17ですね」
「私も同じです」
「へぇ〜?やっぱ若いな……俺は20だぜ。まあ、よろしく頼むわ」
「はい……じゃなくて、分かった。こちらこそ宜しくね、ロアさん」
「さん?」
「これは許して貰えるかな……」

 お嬢様……エルフィアの口調がさっきよりも柔らかい。うん、こっちの方がしっくりくる。
 お嬢様は青髪の綺麗な女だ。上等の服を着ていて、まさに貴族令嬢といった感じである。

「じゃあ、僕も宜しくね。ロア」
「おうよ!シール!」

 シールは礼儀正しく、気さくな奴だ。赤毛の髪で、イケメンだった。身長は少し低いので、かっこいいというよりも可愛い系男子だろうか。うん、シール可愛いかも。
 いやまて、男だ。
 ふと、チラッと暴力剣士を見るとこっちを見ていた。俺を見ていた。だから、俺は言ってやった。

「お前は?」

 聞かれると思っていなかったのか、暴力剣士は驚いたような顔をしている。だが、直ぐに頭を振って言った。

「私は、レシア・ブレーメンです。お嬢様の護衛をしています……19です。あと、敬語は標準装備なので」
「はーん……」
「……」
「……」
「えっと……」
「な、仲良くしようよ?ね?」

 御者とお嬢様が重っ苦しい空気に耐えられなかったのか、そう言った。
 やがて、暴力剣士は何か諦めたようにため息を吐くと俺に頭を下げた。

「さきほどは、申し訳ありませんでした」
「うん。いいよ」
「かるっ」

 シールが思わずと言った感じに言った。別に謝ってくれるんなら、特にそれ以上言うこともない。

「んじゃ、飯食ったら寝ろよ。俺が火、見てやるからよ」
「え?でも……」

 エルフィアとシールが眉根を寄せる。これは……あれか、警戒してんのか。それか、俺にやらせんのを悪いと思ってんのか。

「てめぇらが火見てたら、なんか危なそうだろ」
「し、信用ないんだね……」
「あるわけねぇだろ」

 俺が言ってやると、二人は悩んでいる。と、暴力剣士がため息を吐いてから、しかし主人にはしっかりとした態度で言った。

「私も火を見ていますから、お二人はお休みください」
「でも、レシアに悪いような……」

 おい、待て。俺には悪くないのか?おい、シールくん?

「大丈夫です。私は護衛ですから……そこの男に任せる方が不安です」
「あぁ?おいおい、暴力剣士ー?喧嘩売ってんのか?」
「暴力剣士?失礼な……私はレシアです。……暴言弓使い」
「あ?」

 と、暴力剣士が俺の傍に置いてあった短弓と矢筒を見て言った。

「大体、今の時代弓なんて……魔法の方が強力ですし、剣や槍の間合いでは役に立たないではありませんか」
「おぉー言ってくれるなぁ、暴力剣士……上等じゃボケェ!」

 俺は弓矢をとって立ち上がる。暴力剣士も傍に置いてあった自分の剣に手を伸ばし、立ち上がる。

「あの、二人とも」
「落ち着いて、落ち着いて」

 エルフィアとシールが言うが、もはや俺の烈火のごとく燃え上がった激情を抑えることは出来ない。喧嘩を売られて、黙ってられるかボケェ。
 そう思って二人して立ち上がって睨み合っている折に、俺は何かが近づいてくる気配を感じた。

 …………。

「おい、暴力剣士」
「……なんですか、暴言弓使い」
「気付いたか」
「えぇ」

 火を見て群がってきたようだ。魔物が。

 魔物……野生の獣がなんらかの要因で変化した奴らだ。とても攻撃的で、普通の野生の獣よりも強い……。

「暗くてよくわかりませんが……狼型の魔物でしょうか?」
「あぁ……ここらじゃあ、あれが一番多いからなぁ」

 アシッドウルフ。たまに、村で狩をしている時に見かけることがある。ときに、戦ったりしたこともあったが……奴らは常に群れで動くから厄介だ。
 そして、より厄介なのは夜闇に紛れて襲ってくること……。

「てめぇら、薪に何使ったなんだ」
「え?それは……落ちていた木の枝を」
「ちっ」

 素人に任せたのは、俺の失敗だ。薪の木は、こういう魔物が寄り付かないようにある木を使わなくてはならない。これは、ダメだ。
 いや、もう過ぎたことはいい。

「おい、その物騒なもん飾りじゃねぇだろーな」
「お前こそ……というか、こんな暗くて役に立つのですか?」
「おいおい?あんまし、バカにすんじゃねぇ」

 俺は徐々に草原の向こう側から走ってきている奴らに向けて、矢の先を向けた。弓に矢を番て、暴力剣士に言ってやる。

「見てろよ、暴力剣士……」

 スパンッ

 俺の放った矢が、夜闇を駆けて走ってきていたアシッドウルフの群れの先頭を走っていた奴の頭を吹き飛ばした。
 すると、そいつは地面を転がって倒れて後ろから走ってきていた奴は勢いそのままに足を引っ掛けて何匹か倒れる。

 ザマァ

「それそれそれ!」

 俺は矢を高速で連射する。
 まさに、百発百中!奴らは全滅じゃあ!!

「はっははははは!!」

 あれが高笑いしていると、仲間達の死体を飛び越えて何匹かまだ突っ込んできた。

 何回来ても同じことだ!

「おらおら!これでも……あ」

 と、矢筒に手を伸ばしたら何も感触がなかった。

「あ、矢が切れた」

 俺が言うと、隣で暴力剣士がため息を吐いた。

「これだから弓は……そこで見ていてください」

 そう言って、暴力剣士は両手剣を背中から引き抜いて構える。
 そして、向かって来たアシッドウルフを水平に、縦に、一刀両断する。
 一刀両断……見ていて簡単に見えるが魔物の強靭的な皮膚や筋肉、それに骨を断ち切るほどだ。相当な腕なのかもしれない……この暴力剣士。

「剣は、弓のように矢が尽きることはありません」
「刃こぼれすんだろ!ぎゃっ!?」

 暴力剣士は、俺を蹴り飛ばす。そして、俺に向かって襲いかかってきたアシッドウルフを斬り伏せた。
 剣を肩に担ぎ、銀髪を手で払った。

「ふっ」
「あ!?」

 嘲笑った。俺を見下ろして。

 この野郎。

 それから、暴力剣士が襲ってきたアシッドウルフを全て倒した。


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