最強は絶対、弓矢だろ!

矢追 参

最強は、弓矢だろ!

 ☆☆☆


 俺がまだ、6歳の頃の話である。
 親父や、その知り合い達が狩をしていた。そこで見たのだ――俺は。弓に矢を番た親父がヒュッと弦から指を離すと矢が飛んでいって獲物に突き刺さったのを。
 それを見て、当時の俺は確信したのだ。

 あれは……世界最強の武器だ!

 ――と。

 弓という武器に魅了されてから、俺は親父に狩の仕方を……弓矢の使い方だけを聞いて……一人で黙々と練習した。
 最初は動かない的を。木とかを適当に。子供の力では、大人用の弓は使えなかったから自分で作った。
 それから、少しずつ上達してきた俺は、自分が動きながら的を射たりしたが、気付いた。
 別に、弓矢は遠くから狙うものだし……相手に気づかれなければ別に自分が動きながら放つ必要もない。

 と……。

 それからは、遠くから的を射る練習をした。

 暫くして、俺も狩に連れて行かせてもらうようになった。この村では、作物の他に大人達が狩ってくる獲物が大事な食料源だった。それに連れていかせてもらうのは、この村では一人前の証である。
 だから、それからは動く標的に当てられるように練習した。
 そして、さらに俺は気付いた。

 当てるだけじゃダメだと。

 矢の本数には限界がある。だから、一撃で、一矢にして、目標を仕留める必要があった。では、一撃で倒すにはどうするか……急所を狙えばいい。頭、首、心臓……とにかく急所だ。獲物の急所を狙うのだ。

 それから俺は、走る獲物の急所を的確に射る練習をした。

 ふと、ある時狩をしている時に思った。森の中でも開けている場所なら、弓矢は多少なりとも使える。だが、木々が乱立しているところでは取り回しが悪い。木が邪魔なのだ。
 だから俺は考えた。

 放った矢を自在にコントロールできるようになればいい。

 と……。

 それから俺は、木々が乱立した森の中でも正確に標的を射ぬけるように練習した。

 練習して、失敗して、怒られて。それからまた練習して、狩で失敗しては怒られて……。
 そんなことを続けて、俺はいつのまにか6歳児ではなくなっていた。俺は、20歳になっていた。16歳で成人だと考えると、いつのまにか俺は成人していたことになる。

「あぁ……あれから14年かぁー」

 思えば、弓矢に魅了されてからの俺の生活は弓一筋。本当に弓以外の狩猟道具を使ったことがなかった。今じゃ、村一番の弓の名手なんか呼ばれているが……実際どうなのだろうか。

「ちょっと、試したいもんだなぁ」

 俺の弓の腕がどれくらいなのか。
 世界ってのを見て回ってみたい……俺は初めて、弓以外に興味を持ったかもしれない。

「修練の果てに、夢幻に至る」

 なんて言葉がある。夢幻とは、「一」を余すことなく極め尽くした武人が最終的に辿り着く境地だ。その境地に比べれば、俺なんざまだまだだろう……。しかし、まあこれくらいは名乗ってもいいだろう。

 俺の名前はロア・キース、弓の名手です。なんちって。


 ☆☆☆


 狩の帰り、村に戻ると俺の幼馴染であるキリア・ノールが両手に野菜を抱えて歩いているのを見かけた。
 この村はそんなに裕福でもないので、大抵の女が痩せている。キリアも痩せていている。だが、顔立ちはよく、村一番の美人と言われている。
 そんなのと幼馴染なので、俺は昔から男連中に因縁を付けられたことがあった。
 ま、今はそんなことはないけど。

「よぉ、キリア。なんそれ?」

 俺が小走りで、キリアの隣に並んで言うと、キリアは俺の顔を見て一瞬驚いてから答えた。

「あ、あーうん。これ、おじさん達からもらったのよ。……そんなことより、なんかアンタから話しかけられたの久々かも」
「は?なんだそりゃ?」
「いや、そうでしょ?だって、アンタ狩から帰ってくると、角度がどうとか意味わかんないこと言ってるし……」
「ふむ……そうだっけか?」
「そうよ」

 キリアはどこか呆れたようなまで俺を見て、ふっとため息を吐いた。
 ふむ、そうか……それはあれだな。感じ悪いっていうか、変な奴だな!

 あ、俺のことか。

「ま、そんなんどーでもいいだろ。で、ヘリドは?」

 ヘリド・カールマン……こいつも俺の幼馴染だ。男で、この村では唯一の衛士をやっている。衛士はこの村を守る役目を負っている。顔も中々のもので、村中の女どもから人気を集めており……例によってそんなのと幼馴染な所為か俺が目の敵にされていた。

 あれ?おかしくね?

 まあ、今更な気もするので俺はそこに触れることなく……キリアは俺の問いかけに少し思考を巡らせるようにしてから言った。

「多分、家じゃないかしらね……なにか用なの?」
「んー……まあな。お前にもあんだけどな」
「アタシにも?」
「あぁ」

 キリアは何か意外そうに、俺を見た。どこか居心地が悪かった。
 自分でもいつもと違うことくらいは分かっているからだ。

「んだよ……」
「え?あーうん……なんか改まった感じのアンタ見るのも初めてっていうか。なによ?何の用なの?相当大事な用なんでしょ?」

 さすが幼馴染だ。どうやら、俺の雰囲気で察したらしい。

「おうともよ……よく分かったな。さすが幼馴染ってか?」
「なにそれ、面白くないから」
「あ、そう……」
「ただ、まあそれはあるけどね。アンタの雰囲気、いつもと違うし」

 なんだよ、やっぱり幼馴染パワーじゃねぇか。素直じゃねぇなぁー。

「じゃ、ヘリドのとこに行こうぜ」
「わかった」

 俺はなにも言わずにキリアの抱える野菜を半分ほど請け負った。驚かれたが、直ぐにクスクス笑われた。そんなに意外なのだろうか……まあ、手伝ったりしてやったことはないかもな。
 まあ、こんくらいいいだろ。別に。

 なにせ、もう会うことはなくなるかもしれないしな。

 それから俺とキリアは並んで村を歩く。そういうわけだから、例の如く男連中に睨まれるわけだが……さすがに正面切って喧嘩を売ってくるような奴はいない。

 キリアはどこか楽しそうに、鼻歌交じりで歩いている。さっき会った時はそうでもなかったはずだが……なんかすげぇ機嫌が良いぞ?

「なんか機嫌がいいじゃねぇか」
「ん〜……そ、そう?気の所為じゃない??」
「馬鹿め。お前と何年馴染みだと思ってやがる。機嫌が良いか悪いかくらいは見て分かるっての。で?何かいいことでもあったのか?」

 俺が再び尋ねると、キリアはどこか恥ずかしげに俯き……スタスタと俺よりも先を歩いていく。呼びとめるも、「うるさい!バカ!」と理不尽に怒鳴られる始末……機嫌が良くなったり悪くなったり、何年馴染みをしていても分からないことは分からない。




 ☆☆☆


 俺とキリアは二人でもう一人の幼馴染……ヘリドの家へと到着し、そこで軽く夕食を厄介になった俺は、頃合いを見計らって二人の幼馴染に言った。

「俺、村出るわ」
「「え?」」

 キリアとヘリドは同時に素っ頓狂な声を上げた。それから数瞬後に、我に返ったヘリドが言った。

「え?村を出るって……おまっ。え?マジか?本気か?真剣に言ってんのか?」
「同じこと三回言ってるからな……それ。とりま、落ち着けヘリド。俺は真面目に言ってる」
「あ、あぁ」

 ヘリドはどこか気が抜けたように、言った。

「本気……なの?」
「おうともよ」
「そう……」

 キリアも少しおかしい。なんというか、いつもの強気なキリアとは違い、どこか弱々しく……意気消沈している状態に近い。力が抜けた様子で、キリアはその場にへたり込んでいた。

 まるで、俺が居なくなることに反対するような……そんな反応である。

「おいおい、なんだ?お前ら……なに?寂しいの?俺がいないと?悲しいか?寂しいか?ガキじゃあねぇんだからよ……」

 俺は煽りも込みで、幼馴染二人に向けて言い放つ。男の旅立ちというのは、常に笑顔であるべきというのが……何となく俺の夢なのである。それを崩すようなことはして欲しくない。

 ヘリドは至って真剣な眼差しを俺に向けると咎めるような声で言った。

「茶化すな……こっちは、本気で寂しんだぞ」
「え?マジ?」
「当たり前だ!」
「えと……う、ん……い、いや……かな。うん。ロアが居なくなるのは、いや」

 はっきりとした拒絶と反対の意思……この村で親と同等くらいに長い時を過ごしてきた二人に拒まれるのは、割とショックが大きかった。俺の予定では、すんなり笑顔で見送ってくれると思っていたからだ。

 こうやってヘリドもキリアも、俺が村を出ていなくなるのが寂しいと思ってくれている事実は……なんかちょっと嬉しいじゃなぇかこの野郎と思う自分もいる。

「そか……なんかサンキュな。俺はあんまり寂しくないけど」
「だろうな!お前、弓一筋だもんな!」
「もう!人の気も知らないで!バカ!弓矢バカ!」
「おう!もっと褒めろよ、諸君」

 二人ともやれやれと言った感じだった。その困った子を相手にする感じ、やめて下さらないかしらねぇ…。大変失礼ですよ?

「寂しくなるな」
「…………うん」
「ん……」

 なんだか、俺も少しだけだが寂しく思った。

「このこと、親父さんには?」
「この後言うよ」
「反対されたら?」
「そんときはそんときだっつの!反対されたら、黙っていきますから!」

 俺が胸を張って高らかに言ってやると、二人からお前らしいと言われた。そうかいそうかい。

「それにしても、お前が村を出たいか……どういう理由なんだ?」
「あん?決まってんだろ、んなもん」

 俺は右手の人差し指を掲げて、叫んだ。

「世界だ。こんな村で一番の弓の名手なんか、やってられるか!俺は世界で一番の弓の名手になって、最強は弓だと知らしめたいんだよ!」
「ほんとーに弓バカだな、お前」

 ヘリドが笑った。笑いながら、泣いていた。なんだよ、そんなに俺がいなくなるのが寂しいのかよ。ホント、かまちょかよ……ったく。

「ま、世界一になったら……もどってくるっつーの」
「そうか」
「おう」

 俺はそれから二人と別れてから、親父とお袋にこの話をした。二人とも、泣きながらも許してくれた。

 なんだよ、みんなして。泣きやがって。
 男の旅立ちくらいは、笑顔でいて欲しいもんだぜ。


 ☆☆☆


 俺が村を出る日、村人総出だった。

 なにこれ。

 俺の家の扉から、村の出口まで村人たちが道を作るみたいに並んでいた。ものすごい拍手と歓声で、みんな笑顔で俺を送り出す。

 やりゃあできるじゃん。

「んじゃ、いってくらぁ」

 みんなにそう一言言って、俺は村を出た。最強が弓矢だと世界に知らしめるために。

 そして……俺が村を出て直ぐにの時だった。決意新たに、外の世界がどんな風なのか棟に期待を脹らませて歩む俺の背中にトンっと軽い衝撃が走る。何事かと振り返ると、そこには俺の背にしがみ付くように顔も身体も押し付けるキリアがいた。

「ん?あぁー……?なんだよ?」

 村人たちはキョトンと俺たちを遠くから眺めている。俺も困惑気味にキリアへ呼び掛けるが、応答がない。キリアは俺の身体に自分の身体を押しつけるように腕を回して抱きつく。所詮は女の力だが、不思議と振りほどけない……そんな気がした。

「…………バカ」
「そうだな。俺様は、弓バカだ」

 それで本望だ。

「…………アホ」
「お、おう……俺様は弓アホだな」

 そ、それで本望だぞ?

「…………好き」
「あぁ、俺様は弓好きだな」

 それは周知の事実……と、キリアは俺の不意を突くように首へ腕を回し、俺にぶら下がるような体勢になると思いっきり飛びつくように……しかし、フワリと優しく俺の頬に柔らかな唇の感触を落としていった。

「なっ……」
「――ッ!」

 キリアは直様俺から離れると、あっかんべーと手を後ろに組んで前かがみになって舌をペロっと出す。悪戯が成功した子供のような幼稚さだが、どうやら俺には効果抜群だったらしい。

 俺はぐぬっと苦悶の声を上げた。

「いつか、アンタを追いかけるために私も村を出るから!」
「はぁ?」
「だから!私のこと……絶対に忘れないでね」

 何をバカなことを……俺は頭の後ろを掻きながら、呆れた声で返す。

「忘れるわけねぇだろーが。まあ、俺様を追いかけたけりゃあ追いかけろよ。待ってねーからよ」
「そこは待ってなさいよ!バカ!」
「ははは」
「笑ってんじゃないわよ!」

 ムスッとしたキリアは、いつもの調子でそう怒鳴る。そして、パタパタと微笑ましいものを見たという顔付きの村人たちのところへと戻っていく。

 俺はそんなキリアの背を見つめながら、今度こそ自分が生まれ育った村を出た。




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