三題小説第三十一弾『なまり』『バッドエンド』『決断』タイトル「異世界に転生したら若干大阪風だった」

山本航

それでにいちゃんは何が出来んの?

沢見雄平
状態:緊張

 騒々しい居酒屋『笑う猛虎亭』の一角にある座敷の一つで俺は縮こまっていた。べたべたする机から手を離し、どこかから聞こえてくる「うぇーい」という声に注意をひきつけられそうになる。
 三人の奇妙な格好の女性に囲まれてどうすればいいのか分からない。
 向かいの女性は年季の入ったビキニアーマーだ。幾つもの傷とくすみで百戦錬磨という印象を受ける。筋肉質の指で長い茶髪を掻き上げて俺に微笑んだ。

「それでにいちゃんは何が出来んの?」

 俺はカラカラに乾いた喉を酷使して返事をする。

「何が、と言いますと?」
「いやいや。『縞々姉妹』に入るに当たって何が出来るんや? って話やんか」
「え? しましましまい?」
「ウチらのパーティー名や」

 パーティー? あのロールプレイングゲームの仲間を指す言葉の事か? それともこの居酒屋で今まさにパーティーしているのだろうか。

「あ、あのその前に質問しても良いですか?」
「アタシの名前ならイズリハやで。よろしく」
「あ、沢見雄平です。じゃなくて、ここどこですか?」
「冒険者の居酒屋やけど」
「いやそうじゃなくて、その、変な話に聞こえるかもしれないですけど、この世界、というか何というか」
「ご注文はお決まりでしょうか?」

 そう言った店員には蝙蝠のような翼が4枚生えていて脇の通路に着地した。つまり飛んでやって来たという事だ。

「とりあえず生4つ!」

 と大声で注文したのはイズリハさんの隣に座っている女性だ。黒いローブに煌びやかな宝石を幾つも身に付けている。不健康そうな肌の青白さとは対照的に常に太陽のような笑顔の女性でどうにもアンバランスな印象を受ける。

「あれやろ! 雄平君は異世界から転生して来た人やからそこら辺疑問なんやろ!? ちなみにウチのなまえはエサシやで! よろしく!」

 黒ローブのエサシさんが言った。そう言って握手を求めるように腕を伸ばしてきた。俺はそれに応えつつ答える。

「あ、はい。よろしくお願いします。そうです、異世界なんですよね、ここ」
「いや、それにいちゃんの視点での話やからな。アタシらからしたら異でも何でもないわけで」

 イズリハさんが子供を諭すようなニュアンスで言った。

「それもそうですよね。すみません」
「謝らんでええけど。とりあえずこの世界はオース・アクアって呼ばれてるで。古語で水の国って意味や。元々干潟やったらしいわ」
「大阪?」
「オース・アクア」
「なるほど」

 俺は箸を取って突き出しのキュウリのたたきを食べた。歯ごたえが好みでとても美味しい。少し緊張がほぐれてきた。

 俺の隣に座る女性もキュウリのたたきをポリポリ食べている。金糸の刺繍が入った純白のローブを着たおかっぱ髪の女性だ。無表情でじーっと俺の横顔を見ている。

「あの、あなたの名前も聞いて良いですか?」

 とりあえず挨拶だ。

「……オリオノはオリオノ」
「オリオノさん。よろしくお願いします」

 返事はなかった。
 生4つがやって来たのでとりあえず乾杯した。エサシさんが次々と注文していく。

「乾杯。オリオノがあんたの事助けたんやで。感謝しいや」
「鳳凰のから揚げ!」

 イズリハさんがやって来たビールジョッキを飲み干す。

「そ、そうなんですか。ありがとうございます。具体的に俺はどうなってたんですか? 俺、転生前後の記憶が無くて」
「……沢見、転生樹の側で転がっとった。血みどろオオカミに半分食われて」

 オリオノさんが大した事でもないかのように淡々と呟いた。

「え? 半分? え?」
「スモークレヴィアタンのサラダ!」

 エサシさんは叫ぶように注文している。

「……イズリハとエサシが血みどろオオカミ追っ払った。私が回復呪文で失われた上半身を生やしたった」
「え、そっち? 上半身? 今の俺は今も俺なの?」
「……普通助からへん。沢見凄い」
「いや凄いのはオリオノさんでしょ。いや俺も凄いのか? っていうか怖いこの世界」

 オリオノさんを見ると目を逸らされた。頬が赤くなっている。

「あーあー。オリオノは惚れっぽいねんで。あんまりかっこいい事せんといてや」
「今の話で俺にカッコいい所ありました?」
「バジリスクのオムレツ! ミノタウロスタン焼! コカトリス南蛮!」
「それでにいちゃん、異世界に帰りたいんやろ?」
「はい。そうですね」

 この世界に来たかったわけでも元の世界を去りたかったわけでもない。

「でも手がかりはないってわけや。アタシらも異世界への移動方法なんて知らん。ちなみに転生樹は一方通行や」
「そうですか……」
「じゃあ「刺身10種盛り!」って話や」
「え? 何ですか?」
「じゃあどうするって話や! エサシうるさい! ボリューム下げ!」

 イズリハさんがちょっとキレ気味に言った。

「ごめんやで!」
 一つも懲りてない。
「ええんやで」
 良いのか。

「どうしましょう。手がかりを探すしかないですよね」
「何に付けても先立つものが必要やろ? だからうちらのパーティーで働けばええやんって話や。にいちゃんぼーっとしてたんやな」
「すみません。ショックが大きくて」
「まあしゃあない。それで最初の話や。兄ちゃん何が出来るん? 特技とか」
「いやあ。これといって。車の免許くらいですかね」

沢見雄平
状態:ほろ酔い
資格:普通自動車第一種運転免許(AT限定) 

「オリオノ。ステータス読んだって」

 オリオノさんが俺を見つめながら呪文を唱え、最後に俺の耳たぶを引っ張った。

「職業:無職
Lv:1 経験値:0 次のレベルまで:100
HP:30/30 MP:0/0
攻撃力:2 防御力:1 敏捷性:3
魔法:なし スキル:なし 耐性:なし 良いとこなし」
「とりあえず以上で!」
「ナイスタイミングです。エサシさん」
「雑魚やな」

 イズリハさんが正直に辛辣に言った。

「そうなんじゃないかとは思いましたよ」
「……でも経験値:0の人間を生贄に捧げたら一角獣召喚できるで」
「ひゅうひゅう! オリオノが男の子をフォローしてんで!」

 エサシさんが囃したてると、オリオノさんはさらに頬を赤らめていた。

「フォローになってます? 追い討ちかと思いました。ちなみに皆さんのステータスはどんな感じなんですか?」
「死ね」
「ドン引きや!」
「……女の敵」
「すみません。そういうものなんですね」
「これやから異世界もんは。とりあえず職業だけ知っとけばええねん。アタシは戦士でエサシが魔術師。オリオノが僧侶や」
「なるほど。分かりやすいですね」

 大体予想通りでもある。

 スモークレヴィアタンのサラダとオムレツがやって来た。持って来た店員の姿は見えない。空中に浮かんでいる手書きの名札によるとケナさんが持ってきてくれたようだ。理由は分からないが透明な店員さんなのだろう。

 エサシさんがオムレツを取り分ける。オリオノさんはサラダに手を出した。

「クエストのご注文はお決まりでしょうか?」

 名札より少し下の辺りから声が聞こえた。どこに名札を付けているんだろう。ただ透明なだけではなさそうだけど深くは考えない事にする。
 イズリハさんがまた別のメニュー表を取る。

「ちょっと待ってな。しかしそうなると大したクエストには行けへんな」
「パーティーに入れてくれるんですね」
「にいちゃんと一緒にオリオノが抜けかねんからや。しゃあなしやで」
「ありがとうございます」

 ミノタウロスタン焼とコカトリス南蛮もやって来た。

「はぐれ小鬼討伐とかでええやん!」

 ミノタウロスタンをはふはふと食べながらそれでも一切声のボリュームを落とさないエサシさん。

「Lv:1やで? ある意味足手まといにはならへんやろうけどな。にいちゃん即死やろうし」
「もうちょっと軽めのでお願いします」
「アタシらがおるから推奨レベルより少し上でもええとは思うけど。やるならこん中のどれかやろなあ」

 イズリハさんに手渡されたメニューには手書きでクエストが書かれていた。

 推奨Lv:1~5
  冒険初心者にオススメです♪

 ・厳選! 薬草3kg採集クエスト(★☆☆☆☆) 受注額500円(税抜き)
  近場でお手軽クエストです♪
  クエスト地キズリの森は百足虎の生息地でもあります。運が良ければエンカウントするかも♪

 ・新鮮な魚20kg狩猟クエスト(★☆☆☆☆) 受注額500円(税抜き)
  ※季節によって内容が変わる場合がございます。 

 ・期間限定! 一つ目魔豚狩猟クエスト(★★☆☆☆) 受注額1500円(税抜き)
  魔豚の本場キズリの森で大量発生中♪
  府政から独占受注(店長すごい!) 当店自慢のクエストです。
  火炎魔法でお挑みくださいね。火属性装備(ナイフとロングソードの2種)ご用意しております♪

 次のページでは新着オ・キナウアフェアという文字が書いてあったが推奨レベルが高すぎた。
「この中なら薬「却下や」いします。……じゃあ新鮮な「しょぼ過ぎや!」すか。分かりました。豚でお願いします」
「一つ目魔豚狩猟クエストを4名様ですね。ご注文を承りました。クエスト詳細はお食事の後がよろしいですか?」
「今持ってきてください。あとビールおかわりください。食べながら作戦会議するで」

 オムレツを口に頬張りながらイズリハさんはそう言った。たぶんこの人がリーダーなんだろうな。
 しばらくしてお刺身10種盛りとクエストの詳細が書かれた羊皮紙を透明な店員のケナさんが持って来た。

「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「から揚げがまだやで!」

 ケナさんは慌てて厨房に戻っていった、と思われる。

「一人当たり2頭かー。ちょっと面倒やな」
「オリオノちゃんは回復と補助やし、雄平君は囮やからな! 実質ウチらで4頭やで! あいつら豚の癖にめっちゃ速いし!」

 イズリハさんとエサシさんがお互いの眼を見て会話している。めんどくさいなー、そうだなーと言っている眼だ。どうしよう。

「……でもオリオノ、敏捷性強化呪文覚えたやん。あれ使えばいける」
「ありがとうございます。オリオノさん!」

 俺の隣に天使がいる。天使はまだキュウリのたたきを食べている。
 俺は囮らしく申し訳なさそうに刺身を食べる。イズリハさんは豪快にコカトリス南蛮にかぶりついていた。

「しゃあないなあ。オリオノに免じて許したろ。作戦はこうや。アタシが豚を斬る。エサシが豚を焼く。にいちゃんはアホみたいに逃げ回る。それらの敏捷性をオリオノが強化するわけや」

 から揚げがやって来た。俺のプライドはどこかに行った。

「作戦って程のものでもあらへん!」
「よっしゃ。食い終わったら腹ごなしの運動や。ちなみに勘定は割り勘やで」

 イズリハさんとエサシさんの食いっぷりからすると不公平な気もしたが、この後のクエストは二人の方がより働くだろうから黙っておく事にした。
 それはともかく金なんて一銭もないのだけど、どうしよう。

沢見雄平
職業:囮
Lv:1 経験値:0 次のレベルまで:100
HP:30/30 MP:0/0
攻撃力:2 防御力:1 敏捷性:3
魔法:なし スキル:なし 耐性:毒舌
状態:満腹
資格:普通自動車第一種運転免許(AT限定) 
所持金:0円

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