そして、いつまでも甘やかす
そして、いつまでも甘やかす
最近、幼馴染のイケメン具合が増しているような気がしてならない。
「あ、さ、桜ちゃん…これ…!」
「ん?なあに、これ」
「桜ちゃん、食べたがってた…やつ」
寝起きのぼんやりした頭で見たものは、はにかみながらおずおずと差し出された箱の中に、詰められた美味しそうなケーキは最近話題の人気店のモノだった。
私の幼馴染は少しだけ頬を赤らめながら、一緒に食べよう?と小首をかしげている。可愛い。
元からわかっていたことだが、美少年が美青年に変わる成長段階でキラキラしさが格段とパワーアップしているので、破壊力は抜群だ。一撃必殺・小首を傾げる。
高校生でありながら、前世の記憶もちの私の精神年齢は、昔の年齢と今の年齢を足して30すぎであるがしかし、男の人への免疫は皆無だった。その攻撃は私にクリティカルヒットして、きゅん、と枯れたはずの私をときめきという名の沼へ突き落す。
多少のことでは動じない私も、最近リツくんのキラキラ具合には、完敗気味である。
金曜日の夜、幼馴染のリツくんの家に泊まって、二人でゲームを遅くまでしてそのままリビングのソファで寝ていた、と思っていた。のだが、私の体はリツくんの部屋のベッドに寝かされていて、というのが最近のデフォルトになりつつある。
気を付けなければと思っていたというのに、また今日もそのパターンで、私は休みの日をリツくんの家で迎えていた。
リツくんが一緒に、というので入り浸ることの多い彼の部屋には徐々に私のものが増えていて、そしてそれはまた逆もしかりなのだ。私の部屋には彼の着替えだとか色々置かれ場締めている。もうどっちかに住めば早いよと、友達に白目をむかれたのは記憶に新しい。
桜ちゃん、と呼ばれて私は意識を差し出されたケーキに移す。悉く私の好きな種類ばかり詰められているのはもしかしたらリツくんチョイスだからか。
朝からケーキ、とか、どういうことなのと言いたい言葉をこらえる。キラキラした目で見られて、しかもそのケーキは私がつい先日食べたいねと言っていたものだったのだ。――ほめずして、喜ばずしてどうしろと。
「リツくん大好き!」
「うん…、桜ちゃんに、たべてほしくて…」
「一人で買いに行ったの?混んでたでしょ?」
「朝早くに…いったから、一番乗りで…」
なんということだろうか。
私の幼馴染が可愛すぎて今日も明日の私は幸せである。きっと私が寝こけている間に開店間際から並んで、私が好きそうなケーキをいっぱい買ってきてくれたという姿を想像して私の顔はデレデレに緩んだ。こんなに可愛い子を、私は知らない。
ケーキをテーブルに置いたリツくんに近寄って、私はその頭をなでた。くすぐったそうに笑うリツくんに、私の幸せゲージは振り切れるかと思った。
「…桜ちゃん、ごはんにする…?」
「もしかして、ごはん作ってくれたの?!」
「…ん、でも、簡単なのしかできなくて」
「もう!いいの、ご飯くらいは私にやらせてよ。でもリツくんがしてくれるのは凄く嬉しいよ。ありがとうね」
幼馴染の部屋を出て、私とリツくんはリビングへと向かう。私はまず顔を洗い、ケーキの箱を抱えたリツくんはキッチンに。
ざばざばと水で顔を洗いながら、一人で買い物に行けるようになった幼馴染の成長に目を細めた。実は彼、中学生に上がるまでは一人でコンビニにも行けなかったのだ。
徐々に活動範囲を増やしたリツくんは、今では人ごみの多い所は多少尻込みするものの、電車もバスもどこにでも行けるようになった。特に苦手だったのは、女の子たちが多いような場所で、私と一緒なら大丈夫だと笑っていたのが懐かしい。
こうしてきっとどんどん独り立ちしていくのだろうなあと、少しだけしんみりしてしまった。気分はお姉ちゃんだ。
タオルでごしごしと顔をぬぐっていれば、キッチンから私を呼ぶ声がしたので移動する。いつかこんな風にいられなくなったとしても、私はいつだって一番にリツくんを甘やかすのだし、それは変わらない。
「桜ちゃん…、濡らしすぎ…」
「ん?ああ…びしょびしょだね」
パジャマ代わりのTシャツが濡れて冷たい。勢いよく水を使ったので首回りがびしょ濡れになってしまっていた。呆れたようなリツくんがタオルを私の首元にかけた。すぐに乾くから大丈夫、と言っても聞き入れないので大人しく首にタオルをぶら下げたままにした。
「リツくん、最近お世話焼きだよね」
「ん、桜ちゃん限定だよ。…ずうっと、こうやってお世話させて、ほしいな」
そっと私を見下ろしながらふわりと笑ったリツくんに、きゅんとしたのは、内緒だ。そもそもお世話焼きは私の特権なので。
なにこれなんだこれ、と内心慌てる私を気にせず、リツくんはそっと私の肩に手を置いて、顔を覗き込む。
「ごはん、たべよう?それで、ケーキ、一緒に」
「…っ、うん…」
ぼん、と顔が赤くなるのが抑えられない。
心臓が破裂しそうなくらいにドキドキしていて、血液がどんどん顔に集まってくる感じに卒倒しそうだった。そんな私を見てリツくんはくす、と笑うと頬に手を当てた。
「…真っ赤だね、桜ちゃん」
「も、はなして!リツくんの天然!たらし!」
「ふふ、はやくしないと…たべちゃうよ…?」
そのまま親指が私の唇をなぞって、離れた。
食べるって、ご飯のことでいいんだよね?と思っても、口には出せなかった。というより、出す勇気がなかった。私にはまだちょっと早い扉が開かれたような気がしないでもない。
ちなみに、リツくんが用意してくれたスープとトーストを食べ終えた後、二人でケーキをたくさん食べてそのままお昼寝した。起きたら私の頭はリツくんの腕を枕にしていて、幼馴染のイケメン具合に私はそろそろ自分の将来を心配するレベルである。――目が肥えすぎて理想が高くなりすぎている、という意味で。
そして、私とリツくんはそんな休日を過ごし、いつものように一緒に朝食を食べて登校しているのである、が。
「桜ちゃん、あの、手…つないでもいい?」
「え、あ、うん。もちろんデス」
「ん、手あったかいね。…すべすべ」
「いいけど、歩きにくくない?」
全然そんなことないよ?ときょとんとした顔で言ってくるリツくんに完敗した。なにこれ。普段からスキンシップは多かったけれど、主に私からしていたわけで、リツくんからされることに慣れているわけではないのだ。
むずがゆさとこそばゆさと、心臓の暴れ具合に呼吸困難に陥りそうである。動悸息切れ眩暈と性質の悪い病気になったみたい。どこからどう見ても、挙動不審である。
おずおずと握られた手は、指と指が絡むように繋がれており、嬉しそうなリツくんにこちらも嬉しくなるがしかし、周りの目が痛かった。
「どうしたの?なんかあった?」
「? なにか、って?」
「んと、リツくんいつもより甘えただから何かあったのかなって」
「うん…あ、いや、だった…?」
「ええ、そんな!いやじゃないよ!ドキドキするだけで!」
「桜ちゃん、どきどき…してるの?」
「当たり前でしょ!」
えへへ、とへにゃりと笑ったリツくんはこの間までのリツくんだった。
変わったわけではないのだ、と少しだけ安心する。ただ、周りに花が飛ぶくらいにご機嫌なリツくんは私を見下ろしながら、つないだ手をゆすった。
「桜ちゃんに、いつもどきって、させられてるから…お返し、だよ」
「……っ――!」
もうこの人何とかしてほしい…!と、開いている右手で口元を覆った私は悪くないと思う。間違いなく奇声を発してしまうところだった。
目を細めて笑いながら、私を見やる目はいつもと同じようで、くらくらする。
多分、もう少ししたら鼻血とか出てしまうかもしれないのでこれ以上は勘弁してほしい所存。もうやめて、私のライフはゼロ通り越してマイナスを行く。
最近のこのリツくんからの攻撃によって私の精神はがんがんに削られている。耐性なんてものは持ち合わせていない。――といっても、たぶん私の受け取り方がおかしいだけで、リツくん的には普段通りなのだろうな、とは思う。
過剰反応してしまう私がいけないのだ。でもでもだって、と続けたくなる気持ちをこらえて私はそっと嘆息する。
幼馴染がイケメンになりすぎてて日常生活に支障が来るレベルだ。
「もうリツくんのせいでお嫁にいけなかったらどうしよう…」
「え、?」
「リツくんが基準になってるから私の理想がうなぎのぼりだよ…」
「桜ちゃん、は…僕の、お嫁さんじゃないの…?」
「………………ん?」
きょとん、とぶち込まれた疑問に、私も疑問で返す。
つないだ手をきゅ、と力を籠められて、心なしかうるんだ瞳が私を責めるように見てきたので、つい立ち止まってしまった。ちなみに、今は、登校途中である。
「僕の隣は…桜ちゃんが、いてくれるんだよ…ね?」
「え、もちろんいるけど…、リツくんにも選ぶ権利はあるしさ」
「僕はずっと、桜ちゃんがいいって、言ってるでしょ?」
そっと、私の方を向いたリツくんが私を見下ろしながらつないでいる手を口元に持っていく。手を離されて、手の甲にちゅ、という音と共に唇が触れ、私はかばんをどさりと落とす。
手の甲から口を少しだけ離して、手を掲げもちながらリツくんはいつものふんわりした優しい笑みではなくて、まるで男の人の様に、目を細めた。決して、笑っている顔では、ない。
「一緒に幸せになろうね…って、約束、だったよね?」
「あ…うん…」
そうだったね、と頷けば、とろけるような笑みと共に抱擁を受けた。
今ここは通学路のど真ん中で、なにしてるんだろうとか、公衆の面前でとか、いろいろ思うことは多い。多いけどしかし、目の前のリツくんがあんまりにも幸せそうに笑うものだからどうでもよくなってしまったのだ。
――私は、幼馴染に激甘でかつ、幼馴染限定で流されやすいということが認識できた日だった。
「桜ちゃん、だいすき」
「ありがと…」
今日もお泊り、してってね?なんて言われてしまえば断りずらい。しかも一緒にご飯作ろう、とか、僕も桜ちゃんにお弁当作ってあげたいから教えてほしいな、なんて言われたらもう何も言えない。白旗をあげるしかないだろう。拒める人がいるのなら見てみたい。
そしてなんというか、私がリツくんの傍を離れるという未来が全く見えず、このまま二人で家族になっていくのも、悪くはないなと思ってしまったのも敗因だとは思う。
「最初にね。手を伸ばしてくれた…桜ちゃんが、いたから。僕は、今こうして世界がきれいだって、幸せだって…思えるんだ。だからね、お願い。…桜ちゃんの一生分の幸せ、僕に作らせて?」
これを言われて陥落しない人間がいるのであれば、見てみたい。
――私は、きっと、最後の瞬間までもこの大好きな幼馴染を甘やかして過ごしていくのだろうと、そんな未来が何とも言えずに幸せなようで。
分別も周りへの迷惑も、全部放り投げて私は自分の欲求のままにリツくんに抱き着いた。
「もう、高校卒業したらはやくお嫁に来て!」
「ふふ…、僕、お婿さんにしかなれないよ」
「なんでもいいわ、任せといて!」
バカップルとののしられようが引かれようが、私の優先順位の第一位は、リツくんと家族なのだ。
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コメント
ノベルバユーザー601499
ヒロインのキャラに救われています。
ほんわかした関係を築けてしまうなんてすごいなぁと思います。