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真夜中の約束、君からのオブコニカ

些稚絃羽

Epilogue

「んん? またここかよ……」

 僕はポケットから携帯を取り出し、掛け慣れた番号へ電話を掛ける。

「あ、もしもし、高橋さん。見つかりました。はい。因みに前回と同じ所にありました。そうですね、これから帰るので十五、いや三十分程見てもらえますか。はい、では後程」

 電話を切ると同時に深く溜息をつく。見つけ慣れた真っ赤な財布を拾って、砂埃を払う。しかし、どうして一ヶ月前と同じ場所に同じように落とすかな。気を付けようよ、高橋さん。まぁ、それでお金貰っている訳だから何とも言えないんだけど。……正直、いつか高橋さんの旦那さんからぼったくりと言われるんじゃないかとヒヤヒヤしている。いや、正規の金額だし、高橋さんが悪いんだけどね!
 そんな事を思いながら、事務所までの道程を歩き始めた。いつの間にか舗装された歩道が異様に真新しくて浮いて見える。三月半ばの風は少しだけ、これから来る春を予感させた。


 たった二日間の事が、こんなにも胸に残った事なんてこれまであっただろうか。
 あれからもう一ヶ月が過ぎたなんて、月日の流れは早いもので。でもあの強烈な体験は、まるで昨日の事のように鮮明に思い出せる。見たものも触れたものも嗅いだものも、全てを五感が覚えている。でもそれは消したい記憶ではなく、寧ろいつまでも残って欲しいと願う類の記憶だ。
 あの場所の静けさから帰ったら、隣を通り過ぎていく大型トラックの騒音も何だか懐かしく思えたよな。今はただの騒音だけど。

 まだ二月の間に、志賀さんから事務所宛に手紙が送られてきた。丸っこい小粒の文字が並んでいるのを見て、いつかの線の細い字を思い出し胸が詰まりそうになったのが蘇る。
 使い慣れていなそうな堅苦しい時候の挨拶から始まったその手紙には、今回の事の侘びと礼、そして近況がざっくりと書かれていた。それを読めば、それぞれがいつもと変わらない日常を過ごしている事が分かった。――ただ一つ、大切な女性を失った事以外は。

 優しいそよ風に、何故だか鼻の奥がツンとする。


 後悔の念に苛まれた宇加治は姫井家との一切の関わりを絶とうとしていたけど、壱さんがその手腕を高く評価し、これからはただの副支配人として明灯ホテルを守っていって欲しいと引き留めた。大きな恩義を感じている宇加治はこれまで以上にホテルの為、姫井家の為に尽力する事を誓ったそうだ。
 僕は、奴が支配人になった頃にスイートルームを手配させようかと目論んでいる。

 主人の壱さんはこれを機に、全面的にホテル経営から退く事にしたと言う。会長の称号はまだ付いたままだけど、今のホテルを支えている従業員達に託す事にしたようだ。そして余生を妻の詩園さんと二人、あの家で娘の思いを慈しみながらのんびりと過ごしていく事に決めたらしい。最近は裏庭で並んで話すのが日課になられました、と書かれていた。
 またお越し下さい、とあったけどもう行く事は無いだろう。あの家に僕は必要無い。

 執事の木村さん、庭師の稲葉さん、メイドの志賀さんは今まで通り、いやそれ以上に姫井家に誠意の限りを尽くしていく事と改めて決意したという。これは志賀さんだけの言葉だけど。でも黙々と仕事を続けているだろう二人の姿を思い出すだけで、その忠義みたいなものは伝わってくる。――今も裏庭のオブコニカは綺麗に咲き誇っているようだ。

 稲葉さんからの謝罪の言葉には驚かされた。指輪が無くなっていなかった事、隠し持っている事を偶然知っていたらしい。あの時の探しても無駄だという言葉の真意をそこで知る事になった。もしあの時言っていれば、と稲葉さんは肩を落としているらしいが、きっと言っていたとしても結末は変わらなかったように思う。――彼女の意思はそれだけ強いものだったから。


 続く文面を思い出す。すれ違った三毛猫の首元で鈴がチリンと鳴った。

『――匠君は執事見習いではなくなりました。でも、お嬢様の友人としてこれまで通り一緒に住んでいます。本人はここに置いてもらえる理由は無くなったからと出て行くつもりだったようですが、旦那様と奥様が友人から見たお嬢様を知りたいと、そしてお嬢様が愛した人を知りたいと、屋敷に居てくれるようお願いしておられました。
 執事見習いではなくなりましたが、私の仕事をこっそり手伝ってくれます。私より器用なので木村さんにはバレてしまっていますが……。
 旦那様と奥様が裏庭に居られる時、一緒に並んでいる姿を何度か見かけています。約束通りお嬢様の話をしているのだろうと思います。その背中を見る度に私は、そこにお嬢様も居られるような気がしてしまうんですよ。温かな家族が見えるんです。
 可笑しいですよね。でも本当にここに、お嬢様の生きた証というものを感じています。――』


 彼のした事は、世間的に見れば難しい漢字の羅列を付けられるような行為だったかもしれない。どんな経緯があれ、間違った事だったのかもしれない。
 彼女のした事は、世間的に見れば辛辣な言葉を浴びせられるような選択だったかもしれない。どんな状況にあれ、間違った事だったのかもしれない。
 でも僕には、分からない。全てを知って尚、全てを知ったからこそ。
 この出来事には彼女の――雪さんの想いがあって、そこに加わる人達の愛があって。それらは不器用で、真っ直ぐで、ひたむきで。偽りないそうした想いが溢れる程に積み重なっているから。だから何が良いとか悪いとか、僕には判断する事が出来ない。きっと他の誰にも。
 ただ彼等が全てを受け入れ、涙せずにこの事を思い出せるようになるなら、それが答えなんじゃないかと思っている。


 見上げた青空に白い月が見える。微かで朧げでも確かにあるから、そこに彼等の未来を――幸せを、願わずにはいられない。
 遠くにまでは届かなくとも、優しく柔らかな光が灯るような。そんな“家族”であって欲しいと。



 こうしてこの悲しい愛の物語と、僕の人生初の“本当の探偵もどき”は幕を閉じた。
 そして“探し物探偵”の日々を、また送っている。やっぱりこれが性に合っている。


 めでたい事に昨日、築六十一年を迎えた古ぼけた倒れかけのビルは相変わらずガタガタで、高橋さんがジャンプすれば崩壊しそうな程だけど、帰って来てから愛着を感じているのもまた事実で。壁に走った新たな亀裂は見なかった事にして、本当に倒れるまではここに居ようと思っている。先月の内に一階のテナントは出て行ってしまったけれど。
 もう暫く、よろしくな。

 端の削れたコンクリートの階段を駆け上がる。小さな欠片が後ろで弾けた音がした。正面に現れた簡素なアルミのドアには、<只今捜索中!>の銀色に光るプレート。
 それをくるりと裏返す。<只今待機中。ようこそ!>の文字に笑みを一つ零して、勢いよくドアを開けた。


「“探し物探偵”神咲歩、只今戻りました!!」




END

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