真夜中の約束、君からのオブコニカ

些稚絃羽

8.発見と疑問は隣合わせ

 志賀さんには食堂に戻っておいてもらう事にし、僕は金属探知機と懐中電灯、<KEEP OUT>と印字された黄色い規制テープをもって雪さんの部屋へと戻って来た。入るのが怖い気持ちもあるが、まだ八時を過ぎた所だ。死亡推定時刻から約五時間程度。まだ腐敗臭はしないだろう。
 意を決してドアを開く。照明を点けなくても太陽の光で十分明るい。布団を被った彼女は大して変化が見られるようには思えなかった。

 内側から外に向けて規制テープを貼る。うっかり誰かが入って来て、部屋の状態を壊されたくはない。このテープを持っているのは……ただの趣味だ。
 貼り終わると、まず“花瓶”を確認する。やっぱり紛れも無くコップだ。茎の長さに丁度合っているとはいえ、それなら用具室の小さいものを使えば良かったのに。存在を知らなかったという事も無いだろう。
 この疑問は一先ず置いて、エレベーターを起動させる。いや、本当はそんなにすんなり行かなかった。だってどれを押しても証明が付くばかりだったから。あの時一瞬だけ見た雪さんの指の動きを必死で思い出し、半ば投げ遣りに端の二つを一緒に押すとエレベーターが出現した。これは偶然ではない、僕の力だ。

 エレベーターが下る中、懐中電灯を点けてみる。ただの丸くくり抜かれたトンネルだと分かった。それでも用意するにはかなり大変だったんじゃないかと思う。そういえばこのトンネルの通る一階の客間は半分が潰れているから殆ど使われていないそうだ。まぁ、当然だろう。
 音もなく地下へ到着する。エレベーターを乗っている時に気が付いたが、このエレベーター、金色をしているが金属ではないらしい。うっかり金属探知機のスイッチが入ったものの音は出なかった。お陰で地下を隈無く探せそうだ。

 ……寧ろ、案外あっさり見つかりそう。ゆっくり歩き始めた途端、イヤホンに小さな電子音が流れる。少し行き過ぎると反応が消えた。数歩後ろ歩きで戻ると、やっぱり同じ所で反応が出る。念の為、一番奥まで走ってみたが他に反応する場所は無かった。駆け足で反応のあった所まで戻る。端から三つ目の角だった。この小さな音なら恐らく15M程先だろう。ちょっと操作して聞こえる範囲を広げておいた。その分精度は劣るが、それでもその辺のやつより余程有能だ。
 懐中電灯で照らしながら、その廊下を進んで行く。頼りないセンサーライトに懐中電灯の強い光が加わる。反応はどんどんはっきりしていく。大きさを増し、激しさを増していく。その勢いに僕は確信した。

 懐中電灯の光が触れる場所に小さく何かが落ちているのが見えた。それに駆け寄る。電子音が甲高い音で鳴り響く。
 僕は頭痛のしそうな程の電子音を止められないまま、目の前に転がる指輪を見つめていた。



「地下通路から、雪さんに使われたと思われる注射器が二本、酒の匂いのするハンカチ、そして、指輪が見つかりました」

 僕の報告は、皆の顔に少なからず戸惑いの色を差した。見つからなければこの中の誰かが犯人だと疑わなくて済む、と考えていたのかもしれない。未だ疑いたい気持ちはあるかもしれないけど、現物が目の前に出された以上、皆納得せざるを得ない。詩園さんの涙は止まっていたが、項垂れるように頭を沈めた。顔の殆ど見えない稲葉さんでさえ、その表情が歪んだのが分かった。

「地下通路とは、何の事です?」

 若干一名、戸惑いの焦点が違う人がいた。問い掛けられて言い淀む壱さんの代わりに冷静に伝える。

「万が一の時に雪さんがすぐに逃げられるように、地下から裏庭へと続く通路があるんです。彼女の部屋からその地下通路へ繋がるエレベーターがありましてね」
「だからあの時……」
「あの時、とは?」
「あ、いや」

 部屋を訪ねたら雪さんが居ない時が何度かあったと言う。誰もまさか部屋から地下へ行けるなんて思わないから、気付かなかったのも当然だろう。寂しそうな目が少し気にかかった。

 これで分かった事がある。まず、犯人は指輪の場所を知っていた、もしくはその人自身が指輪を盗んだという事。
 あの通路を歩いている時、不思議だったのは探知した音の性質。注射器で金属の部分は針だけだ。そんな微量の金属なら、近付いてももっと弱くか細い音の筈だった。なのにあの時、近付けば近付く程に音は強くけたたましく鳴っていた。だから確実に、もっと多い金属を含む何かがあると思った。その先にあったのがあの指輪だ。
 見つけた指輪は、折れて短くなった注射器の針に引っ掛かっていた。折れた針の先も近くに転がっていた。針が折れているという事は、犯人はこれを通路に投げ込んだという事だろう。そして針に指輪が引っ掛かっているのは恐らく、注射器に指輪を通して投げたという事だと思う。何の為かは分からないが、犯人は注射器も指輪も隠したかったのだと思う。

 それから別の点。宇加治順は犯人ではない。答えは単純。本当に地下通路の存在を知らないからだ。そして指輪を隠す動機が無い。
 犯行時の犯人の行動は恐らくこうだ。雪さんを睡眠薬で眠らせ、注射を打つ。そして用意していた酒を染みこませたハンカチで消毒をして、エレベーターを使って地下まで降りる。隠し場所を三つ目の角に決めて、持っていた指輪と共に注射器とハンカチを投げ込む。そしてエレベーターで部屋まで戻り、音を立てずに自分の部屋へ帰って行った――。

 分かった点もあるが、疑問も出て来た。犯人はどうやって雪さんに睡眠薬を飲ませたのか。何故注射器が二本必要だったのか。そして何故、これから死ぬ人の為にわざわざ消毒をしたのか。宇加治があの時間に、死亡してから恐らく一時間も経たずに部屋を訪ねたのは偶然なのか。

 探してばかりでは見つからないものもある。探偵には“聞き込み”も非常に重要である。


「皆さん、これから僕がする幾つかの質問に正しく、或いは率直にお答え下さい」

 立ち上がり告げた言葉に、全員の顔が上がる。誰が犯人なのかと不安がるような、それでいて値踏みするような目をしていた。僕は努めて自信ありげな態度で続けた。

「まず宇加治さん、貴方はどうしてあの時間、雪さんの部屋を訪ねたのですか?」
「それは……。このメモがあったからだ」

 溜息混じりにそう言って、ポケットから一枚のメモを取り出した。
 <仕事が終わったら来て下さい。待っています。雪>
 受け取ったメモにはそう書いてあった。逢引きを求めるような内容だ。

「三時頃、ノックが聞こえた気がしてドアを開けたら誰も居なくて、気のせいだったかと思ってドアを閉めたら、メモが入っていたのに気が付いた。多分ドアの隙間から入れて、気付かせる為にノックをして引っ込んだんだろう。仕事は終わっていたしあとは片付けるだけだったから、片付けをしてから雪の部屋に入った」
「この字は雪さんのもので間違いないですね?」
「あぁ」
「これまで、このようにメモが入っていた事は?」
「無い」
「何故今まで、このメモの存在を黙っていたのですか?」
「婚約者との間の事を、何故人に話さなくてはいけない?」

 確かに送った人が本当に 他の人に聞いてもこの字は雪さん本人のもので間違い無さそうだ。三時頃という事はこの時、雪さんはもう亡くなっていた筈だ。という事は、このメモを入れノックをしたのは犯人。それなら、どうやってこのメモを書かせた? そして犯人の狙いは死体を宇加治さんに発見させる事だったのか? それとも出来るだけ早く死体を見つけさせたかった?
 一先ず、宇加治が部屋に行った事への疑問は解けた。次だ。

「志賀さん。貴女はどうして雪さんの部屋に行ったんですか?」
「……私は、ランドリーから自分の部屋に戻る時にお嬢様の部屋のドアが少し空いていたので、閉め忘れかなと思って近付いたら、宇加治様が居らして。声をお掛けしたんですけど反応が無いので中に入ったら……宇加治様が、死んでると一言。それで、怖くて」
「落ち着いて下さい。どうしてあの時間にランドリーから?」
「い、いつも一時には終わらせるんですけど、洗濯機を回したまま取り込むのを忘れてしまって。寝ようと思った時に思い出したので、あの時間に……」
「そうでしたか。ありがとう」

 志賀さんを怪しいとは思っていない。あの時志賀さんが悲鳴を上げなかったら他の誰もすぐに気付けなかったかもしれないと思うとぞっとする。だからこそ彼女があの場に居た事の理由が知りたかった。それだけだ。

「ちなみに皆さん、夕食の時間以降に雪さんの部屋を訪れた方は居られますか? 雪さんの姿を見た、というのでも結構です」

 誰も肯定する人は居なかった。皆申し訳なさそうに首を振るだけ。この中の誰かが嘘を吐いているのに、それを知る術はまだ無かった。
 気を取り直し、僕は出すタイミングを見計らっていた物を内ポケットから取り出す。正直ここが出し時かどうかも怪しいけど。

「この万年筆は、どなたの物ですか?」
「それは私のだ。どこにあった?」
「……雪さんの部屋のベッドの下に」

 予想通りというか何と言うか。持ち主は宇加治だった。

「いつ、無くされたんですか?」
「三、四日前だ。似たような物を幾つも持っているから大した事ではなかったが」

 嫌味かよ。雪さんの部屋で落としたかもしれない、という気はしていたと言う。

「雪さんのお部屋の掃除はどなたが?」
「あ、私です」
「では、志賀さん。最後に彼女の部屋を掃除した時、万年筆を見ましたか?」
「いいえ。昨日の夕方にお掃除しましたけど、ありませんでした。それにもし見ていたら拾ってお返ししてます」

 三、四日前に無くした万年筆が昨日の夕方以降、部屋に転がっていた。つまり、これは故意に置かれた証拠の可能性が高い。
 犯人は、宇加治順に罪を着せようとしているのか?

「では最後に。この包装紙のような物、見覚えはありませんか?」

 くしゃくしゃになった薄い赤色の切れ端を取り出す。実は、見つけた注射器の一方は、この包装紙に包まれていた。この家にあるものだろうと思う。

「……私の持っているラッピング紙の一つです」

 そう答えたのは、意外にも詩園さんだった。虚ろな目を上げて、僕の持つ赤い紙切れを見ていた。

「何に使われているのです?」
「種類によって用途も変えていますが、その薄手のものなら……花束を作るのに。むつみちゃん。取って来てもらえる?」
「はい」
「……季節が変わる毎に稲葉さんが色々な花を植えてくれて、それをお客様にプレゼントする事もあったので。雪も大好きで、肌が弱いからあまり触っては駄目、って言うのにどうしてもって、よく手伝ってくれ、て……雪……」

 俯いてまた込み上げてくる涙を堪える姿が痛ましい。血の繋がらない親子だとしても、そこに深い愛があれば、血の繋がり以上の強い絆が生まれる。この家族は確かに本当の家族だったんだと思えた。少しだけ羨ましかった。
 志賀さんが持って来たものと比べてみる。皺だらけで、しかも湿っている為にかなり分かりづらいが同じ素材のように思えるし、端が四角く切り取られていたからここから切り取ったものだろうと判断した。

「稲葉さん。裏庭の花は誰でも取って来る事が出来ますか?」
「大抵は俺が見ているから、誰かが何かしてたら分かる。……お嬢さんが勝手に触ったりしないように見ておかないといけなかったからな」
「そうですか。ありがとうございます」

 皆に聞きたい事は、もうこのくらいだ。推理を詰めていかなくては。

「皆さん、ありがとうございました。僕は少し考えたいので部屋に戻らせて頂きます。皆さんも部屋でお休みになられた方が宜しいかと」
「詩園、部屋に行くかい?」
「……出来れば皆と居たいわ。その方が気が紛れるから」
「そうだな。皆はどうする。今日は仕事はしなくて良いから、部屋に戻っても良いぞ」

 使用人を気遣う主人の声が優しく食堂に舞う。でも四人はただ首を振ってここに居る意思を伝えた。仕える事が仕事だからではないだろう。主人達を思うが故、そして雪さんを大切に思っている故に、彼等は二人を支えたいと思うのだろう。亡くなった雪さんの分まで、主人達の傍に居たいと思うのだろう。

「では、僕は失礼します。……あぁ、英君」
「はい?」
「この本、借りても良いかな?」
「……はい、どうぞ」

 花図鑑を取り出して聞くと、一瞬目を見開いて驚いた様子だったものの快諾してくれた。積まれた本の下の方にあったものだから、あれを崩したのがバレてしまったかな?

 しんとした廊下。何故だろう、少しだけ昨日よりひんやりとしている。――雪さんが足りないからだろうか。

 彼女は最期の時、何を思っただろう。苦しまずに逝けただろう事だけが幸いだった。彼女が最期に見た夢が幸せなものであった事を、今更ながらに願った。

 

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