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異世界レストランガイド

巫夏希

ビスケット・リターンズ(前編)

「ふうん……なるほどね」

 社長室の真上と、その一つ上のフロアの間にある隙間――正確に言えば排気ダクトの中に一人の女性が隠れていた。
 彼女は旅団の『D班』だ。ただし、班という定義で呼ぶには少々心細い。理由は単純明解で、彼女は班ではなく一人で行動するからだ。班全部が別々に行動するとかそういう訳ではなく、彼女は単独行動であるからこそその真価を発揮するともいえる。
 かつては東国にそういうのを専門とし生業とする人間――ニンジャなるものがいたとされているが、今は殆ど残っていない。幻になりつつあるのが現状だ。

「……さて、報告に参りますか」

 イントネーションで漸く理解出来る程度の声で呟くと、彼女は奥の方へと進んでいった。


 ◇◇◇


 入り組む本社屋内を俺たちは走っていた。何かから逃げているわけではない。証拠が見つからないからだ。書類でもあればいいのだがその書類すら見つからない現状になっていた。
 徐々にハルが苛立ちはじめていたのは、なんとなく気分で汲み取っていた。なるべく急いで見つけたほうがいいだろう。
 そんな時だった。ハルが唐突に立ち止まった。

「どうしたハル――」

 俺はハルにそれを訊ねようとしたが、それよりも早くハルに口を塞がれた。

「誰かこっちに来る。隠れたほうがいいだろう」

 そう言うが隠れる場所がまったく見当たらない。このままだと簡単に見つかってしまう。
 しかし、ハルは悠長にも円を床に描き始めた。その円は俺たちを取り囲むように描かれていく。
 そして。
 パチン、と彼は指を鳴らした。
 ……が、変化は特に見られない。

「お、おい! そんなので何とかなるのか……!?」

 俺は思わず叫んでしまった。
 まずい、と思ったがしかし今度はハルのおとがめはない。
 ハルは呟く。

「まあ、見ていれば解るって」

 そして俺たちの目の前に男が姿を見せ――。


 ――そのまま、通り過ぎていった。


「あ、あれ? どういうことだ?」

 俺は何があったのかまったく理解できなかった。
 対してハルはドヤ顔で言った。

「今の僕たちは可視化を無意識にしているわけだろ。そういうことで人々に、他人に自分の姿を視認させているんだから。……それをブロックしたのがこれだよ。面倒臭いけど正式名称で言うならば……『不可視フィールド』とでもいうのかな?」
「不可視フィールド……」

 俺は魔法がからっきしだから意味が理解出来ない。だが、それを目の前で見せつけられてしまえば、それがなんであろうと、その存在は認めざるを得ない。
 不可視フィールド(しかしこちらからは見ることが容易である)を見ながら、ハルは言った。

「……よし、気配は消えたな。急いで向かおう。社長室なんて行ってみるのもありだけど、社長室は恐らくD班が行っているだろうから却下。となると……やはり下水を探索すべきか? しかしさっきの下水道は汚れていなかったし……それともカモフラージュ?」
「いや、違う」

 もっと、何かあるはずだ。
 俺が考えていると、ハルは俺を見つめてきた。

「どうした。もしかして何か見つけたとか?」
「見つけた……というわけでもないが……。俺がビスケットを食べたのを覚えているか?」
「ビスケット……ああ、僕と一緒にラーメンを食べに行った時のことだね」

 そうだ。
 俺は頷いて、さらに話を続ける。

「俺はなんて言ったか覚えているか? 『一週間洗っていない靴下の匂い』ってことを言ったんだよ。あのときは我ながら何を言っているんだこいつなんて思ったが……今冷静に考えてみれば、一つの仮説が導かれる」
「一つの……仮説。おい、それってもしかして……」

 ハルも何かに気づいたらしい。
 ああ、そうだ。出来ることなら俺だってこの可能性を提示したくなかったが、でもこの可能性が浮上するならばこれについても調べる必要がある。
 そして俺は言った。

「ブランシュ・インダストリィの生産するお菓子には……人間が含まれている、と思う」



 俺たちは工場へと戻った。理由は単純明快、その俺が考えた仮説を確かめに行くためだ。それがあっていてもあっていなくてもそれを考えてしまう自分がとても胸糞悪い。だが、あくまでもこれは可能性だ。間違っている可能性だって充分に考えられるわけだ。寧ろ、そうであってほしい。
 工場は騒音が鳴り響いている。それは機械を動かす音だ――と思っていた。
 よく聞いてみると騒音に混じって何かの音が聞こえてくる。その音の正体は理解出来ないが叫び声だったり啜り泣きの声だったりする。もしかしたらほんとうに……。

「おい、急ぐぞ」

 ハルの表情は暗かった。きっとハルにもその声が聞こえていたのかもしれない。
 いや、そうに違いない。なぜなら、正確にその声が聞こえる方向目掛けて走っていたのだから。誰かに見つけられる可能性も考えられたがこの際関係なかった。この証拠さえ世界にばら撒いてしまえばブランシュ・インダストリィは終了してしまうからだ。終わってしまうからだ。
 そして、俺たちは一つの部屋へたどり着いた。
 壁を耳に当てると、やはり声が聞こえてくる。命令を下しているような、そんなテキパキとしたそれではなく、助けを求めているようにも思える。

「ここだ!」

 俺が言うと、ハルは頷く。
 そしてハルは手をかざす。ただ、それだけのことだった。なのに、扉が消失した。破壊したわけでも移動させたわけでもなく、どこかに消えてしまったのだ。
 中には十人ほどの人間がいた。いずれも女性だ。女性たちはそれぞれ身を寄せ合って蹲っていた。彼女たちはそのタイミングをずっと待っていたのだろうか。

「大丈夫ですか!」

 ハルの言葉に女性たちは頷く。
 それを聞いて俺は安堵した。そしてポケットに入っているカッターナイフを用いて女性たちの腕と足を縛っていた縄を解いた。

「ありがとうございます……!」

 女性は涙を流していた。

「このままだと、私たち食料に……ビスケットやらお菓子とかになっちゃうところだったんです」

 それを聞いて俺はある一つの感情を抱いた。


 ――怒り、だ。


 人の命を冒涜してまで、食べ物を作る必要があるのだろうか? 少なくとも俺には考えられない。いや、考えたくないことだった。

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