異世界レストランガイド
ミルクティー
社長室ではミルクティーを並々まで注いだティーカップが二つ、それぞれソーサーに置かれていた。
「……こうして私が考える物語になっていきましたね、ブランシュ・インダストリィ社長、ロック・ブランシュ」
そう言ってロックの目の前に腰掛けている人間はくつくつと笑みを浮かべながらティーカップを傾け、中に入っているミルクティーを啜った。
ロック・ブランシュにとって目の前にいる人間は男なのか女なのかも解らなかった。老人なのか若者なのかすら、解らないのだ。ただ、青い髪を生やした人間としか解らない。
「……あなたはいったいどういう物語を考えているのですか?」
本当は、そんな丁寧に話したくなかった。
でも、その人間の放つ目力が、圧倒的迫力が、オーラが、彼にそのように丁寧に話させるのだ。
「私はただ、世界を見ていたいだけですよ。ロック・ブランシュ。あなたは私のような地位につけたとき、何をしますか? 悪逆非道の限りを尽くしますか? それとも善人めいた行動ばかりをして神と崇められたいですか?」
「……つまり、あなたは自分の思うがままの世界を作ろうとしているのですか?」
「近い、非常に近い考えですね。ですが、違います。それは大きく違いますよ。まったく違うとはさすがに言い切れませんが、ね」
その存在の考えはあまりにも筋が通っていた。否、通り過ぎているのだ。
「……ミルクティー、この茶葉は随分と高価なものでしょう。香りがまったく違う」
唐突に。
その存在は彼とロックが飲んでいたミルクティーについて話し始めた。その存在の言う通り、今彼らが飲んでいるミルクティーは一般市民が日常的に飲めるほどの値段のものではない。寧ろ、その逆――世界樹の近くから採れた茶葉のみを利用した紅茶と、ストレスを与えることなく丁寧に丁寧に育て上げた牛乳を使用した世界最高峰のミルクティーである。茶葉には僅かな苦味と、それ以上に深みとコクが広がり、さらに牛乳のまろやかな風味と仄かな甘味とが混じわることでミルクティーという一つの味が出来上がっているのだ。
余談だが、このミルクティーに使用されている茶葉は、あくまでも『ミルクティー専用』である。レモンティーやストレートでも美味しく戴けないことはないが、この茶葉の風味を一番引き立てることが出来るトッピングがほかでもない牛乳――即ちミルクティーなのだった。
しかしながら、そんな最高級のミルクティーですらロックの目の前にいる存在には凡庸なものだといえるだろう。
何故ならその存在は。
「……しかして、どうして『天界人』のあなたが下界のこのような辺鄙な場所に興味を持ったことについて、些か疑問が浮かんでくるのもまた事実なのですがね」
天界人と呼ばれた存在は笑みを浮かべる。それは自分の正体を知られてもなお動じない、天界人が余裕の表情を浮かべていたというわけではない。
その言葉は天界人にとって愉悦の表情を浮かべるに等しいものだったからだ。天界人にとって地上人の驚きや怨瑳は嬉々として喜ぶべきことだったからだ。
天界人はとても長い間、世界樹の上に聳え立つという『竜神の館』を中心とした天界に暮らしている。だから、そのままならば地上人と合い見えることなど一生なかった――はずだった。
ある時、大きな争いがあった。
世界樹を誰のものにするか、争いがあったのだ。争いははじめ小さなものだったが、やはり世界樹は世界で一番有名かつ単純なシンボルだ。その小さな火種は次第に大きくなっていった。
そして世界樹の所有権を奪い合うために、非常に巨大で非常に醜い戦いは幕を開けていく、はずであった。
ところが戦いはあっという間に終着した。理由は単純明解、痺れを切らした天界人が地上に降り立ち、一言こう言い放った。
――争いをやめなければ一瞬でこの世界を滅ぼせる力を持った機械を、我々は使うことが出来る。
それはデコイだったのか本当だったのか未だに地上人たちは理解出来ていない。どちらにしろ、その事件以後この世界のパワーバランスが大きく変化したのは事実だ。
「……私は別にあなたたちに強迫しているわけではない。寧ろ、私が考えたストーリー通りに話が進行していることについて喜びを覚えているのですよ」
ミルクティーを飲み干したのか、ティーカップをソーサーにおいて、その存在の話は続く。
「だから、私は監視としてここにいるわけです。どういう風に物語が進んでいくのか、楽しみで仕方ありませんから」
「……今回、旅団と呼ばれる一員がこのタイミングでやってきたのも、それもあなたたちの筋書き通り。そうおっしゃりたいんですか」
ええ、といって天界人は頷いた。
「そもそも、我々天界人は地上人にそれほどまえの力を与えることもなければ、我々は寧ろあなたたちに呆れ果てている。だからたまにこうやって視察めいたことをするわけです」
「視察めいた、ですか」
ロックは呟いて、ミルクティーを一口。どうやら彼の方もミルクティーが無くなってしまったらしく、わざとらしくティーカップをソーサーにテンポよく当てる。
直ぐに後ろに控えていた彼の秘書と思われる女性が二つのティーカップに新たなミルクティーを注ぐ。いつ注いでもいいように待機していたのか、その注がれたミルクティーからは湯気が出ていた。温かい、それでいて熱すぎないちょうどいい感じになっているということだ。
それを飲んで、小さく溜息を吐く。
「……ともかく、あなたが書いたシナリオに私は従いませんよ。絶対に」
そういってロックは立ち上がる。
それから少し遅れて天界人は立ち上がると、ロックの耳元に顔を近づけ、囁いた。
「みんな、そう言うんだよ」
そして天界人はドアの前に立っていた秘書に「ミルクティー、ちょっと蒸かしすぎかな。あれじゃ、紅茶の味がダメになるよ」というアドバイスをしていって、部屋を後にした。
「……こうして私が考える物語になっていきましたね、ブランシュ・インダストリィ社長、ロック・ブランシュ」
そう言ってロックの目の前に腰掛けている人間はくつくつと笑みを浮かべながらティーカップを傾け、中に入っているミルクティーを啜った。
ロック・ブランシュにとって目の前にいる人間は男なのか女なのかも解らなかった。老人なのか若者なのかすら、解らないのだ。ただ、青い髪を生やした人間としか解らない。
「……あなたはいったいどういう物語を考えているのですか?」
本当は、そんな丁寧に話したくなかった。
でも、その人間の放つ目力が、圧倒的迫力が、オーラが、彼にそのように丁寧に話させるのだ。
「私はただ、世界を見ていたいだけですよ。ロック・ブランシュ。あなたは私のような地位につけたとき、何をしますか? 悪逆非道の限りを尽くしますか? それとも善人めいた行動ばかりをして神と崇められたいですか?」
「……つまり、あなたは自分の思うがままの世界を作ろうとしているのですか?」
「近い、非常に近い考えですね。ですが、違います。それは大きく違いますよ。まったく違うとはさすがに言い切れませんが、ね」
その存在の考えはあまりにも筋が通っていた。否、通り過ぎているのだ。
「……ミルクティー、この茶葉は随分と高価なものでしょう。香りがまったく違う」
唐突に。
その存在は彼とロックが飲んでいたミルクティーについて話し始めた。その存在の言う通り、今彼らが飲んでいるミルクティーは一般市民が日常的に飲めるほどの値段のものではない。寧ろ、その逆――世界樹の近くから採れた茶葉のみを利用した紅茶と、ストレスを与えることなく丁寧に丁寧に育て上げた牛乳を使用した世界最高峰のミルクティーである。茶葉には僅かな苦味と、それ以上に深みとコクが広がり、さらに牛乳のまろやかな風味と仄かな甘味とが混じわることでミルクティーという一つの味が出来上がっているのだ。
余談だが、このミルクティーに使用されている茶葉は、あくまでも『ミルクティー専用』である。レモンティーやストレートでも美味しく戴けないことはないが、この茶葉の風味を一番引き立てることが出来るトッピングがほかでもない牛乳――即ちミルクティーなのだった。
しかしながら、そんな最高級のミルクティーですらロックの目の前にいる存在には凡庸なものだといえるだろう。
何故ならその存在は。
「……しかして、どうして『天界人』のあなたが下界のこのような辺鄙な場所に興味を持ったことについて、些か疑問が浮かんでくるのもまた事実なのですがね」
天界人と呼ばれた存在は笑みを浮かべる。それは自分の正体を知られてもなお動じない、天界人が余裕の表情を浮かべていたというわけではない。
その言葉は天界人にとって愉悦の表情を浮かべるに等しいものだったからだ。天界人にとって地上人の驚きや怨瑳は嬉々として喜ぶべきことだったからだ。
天界人はとても長い間、世界樹の上に聳え立つという『竜神の館』を中心とした天界に暮らしている。だから、そのままならば地上人と合い見えることなど一生なかった――はずだった。
ある時、大きな争いがあった。
世界樹を誰のものにするか、争いがあったのだ。争いははじめ小さなものだったが、やはり世界樹は世界で一番有名かつ単純なシンボルだ。その小さな火種は次第に大きくなっていった。
そして世界樹の所有権を奪い合うために、非常に巨大で非常に醜い戦いは幕を開けていく、はずであった。
ところが戦いはあっという間に終着した。理由は単純明解、痺れを切らした天界人が地上に降り立ち、一言こう言い放った。
――争いをやめなければ一瞬でこの世界を滅ぼせる力を持った機械を、我々は使うことが出来る。
それはデコイだったのか本当だったのか未だに地上人たちは理解出来ていない。どちらにしろ、その事件以後この世界のパワーバランスが大きく変化したのは事実だ。
「……私は別にあなたたちに強迫しているわけではない。寧ろ、私が考えたストーリー通りに話が進行していることについて喜びを覚えているのですよ」
ミルクティーを飲み干したのか、ティーカップをソーサーにおいて、その存在の話は続く。
「だから、私は監視としてここにいるわけです。どういう風に物語が進んでいくのか、楽しみで仕方ありませんから」
「……今回、旅団と呼ばれる一員がこのタイミングでやってきたのも、それもあなたたちの筋書き通り。そうおっしゃりたいんですか」
ええ、といって天界人は頷いた。
「そもそも、我々天界人は地上人にそれほどまえの力を与えることもなければ、我々は寧ろあなたたちに呆れ果てている。だからたまにこうやって視察めいたことをするわけです」
「視察めいた、ですか」
ロックは呟いて、ミルクティーを一口。どうやら彼の方もミルクティーが無くなってしまったらしく、わざとらしくティーカップをソーサーにテンポよく当てる。
直ぐに後ろに控えていた彼の秘書と思われる女性が二つのティーカップに新たなミルクティーを注ぐ。いつ注いでもいいように待機していたのか、その注がれたミルクティーからは湯気が出ていた。温かい、それでいて熱すぎないちょうどいい感じになっているということだ。
それを飲んで、小さく溜息を吐く。
「……ともかく、あなたが書いたシナリオに私は従いませんよ。絶対に」
そういってロックは立ち上がる。
それから少し遅れて天界人は立ち上がると、ロックの耳元に顔を近づけ、囁いた。
「みんな、そう言うんだよ」
そして天界人はドアの前に立っていた秘書に「ミルクティー、ちょっと蒸かしすぎかな。あれじゃ、紅茶の味がダメになるよ」というアドバイスをしていって、部屋を後にした。
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