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私と執事さんの365日

ノベルバユーザー172401

9話 よろしく、頼む


「おはようございます、栞さん」
「…な、なんでいるの…?」

さわやかな声で私を起こしに来た千景さんに、度肝を抜かれた。
彼はもうスーツを着ていない。飾り気のないシャツにパンツとかなのにカッコいいのは美形補正だと思う。
そんな彼が起こしてくれるのはいつもの事としても、今朝は私の上にのしかかっている。重い。
とろけるような声で私を見下ろした千景さんは、素早く私にキスをした。

「ひ、ひええええ」
「可愛いですねえ」

くすくす、笑うその人は私の上から降りてそっと起こしてくれた。
ご飯にしましょう、その声に我に返ってきっと寝癖が付いているだろう髪を撫でた。もう、寝起きのだらしない姿は見飽きられてしまっているだろうとは思うのだけど。
――執事だった千景さんと所謂恋人同士というものになってから、千景さんが、甘い。
とんでもなくあまい。そして私を栞様ではなく、栞さんと呼ぶようになった。
今までの甘さに、砂糖を10杯くらい足した感じだ。
友人である理沙に報告したところ、「砂を吐く」と切って捨てられてしまった。そのあと、おめでとうと言ってくれたのできっと祝福はしていてくれる、はず。

今日も完璧に作られた朝食を前に目を輝かせる。
今日の朝ごはんは、ハムときゅうりのサンドイッチにコーンスープ、ブロッコリーと人参を蒸したやつだった。食べやすく綺麗にカットされたサンドイッチは中の具材もきちんと並べられている。ただはさめばいいというものじゃないんだ、と感嘆の息をついた。
二人でいただきます、をして食べる。私はもう、一人で食べる味気なさを忘れてしまった。
どこもかしこもおいしいお料理は、千景さんのようだ。
優しくて、温かくて。食事をするたびに彼を食べているような気分になる。というとちょっと語弊があるかもしれないけれど、本当にそう思う。彼と私が同じものになっていくような。

「ところで、栞さん」
「なんでしょう、千景さん」

きっちりきれいに食べ終えて、二人で手を合わせた後で。
食後のデザートにとオレンジを食べていた私に千景さんはいつも通りの柔らかな表情で言った。

「報告をしなければいけませんね」
「ほう…こく…」
「はい。貴方の叔父さんに。私には先輩にあたりますが」
「あ、あああ…!」

忘れていた。
完全に忘れていた。私は声を上げながら机に突っ伏す。
きっとすごく心配していてくれただろう叔父さんに、全く連絡を忘れていた私は自分に呆れてしまった。定期的に千景さんは連絡をしていてくれたらしいが、基本的に連絡はしない主義の叔父さんには私からしないといけなかったのに。
初めてのことで浮かれていて、こんな家族としての大切なことをおろそかにしてしまっていた私が情けなくて、気持ちがへこんだ。

「そっくりですね、貴方たちは」
「…そっくり?」
「ええ。二人ともそっくりです。一緒に過ごしていただけはありますね」

連絡をお互いに忘れているところも、と付け加えられたその言葉に少し気分が軽くなった。
だから私はよし、と立ち上がる。
今日は私から連絡をしないと。

「…栞さん」
「え?」
「貴方とのことを、先輩に報告してもいいでしょうか」

ぽろんと私の手からオレンジが転がり落ちた。
少しだけ不安そうな顔が転がったオレンジを見つめている。
叔父さんは、きっとよかったなと笑ってくれるだろう。でも、しないといけないことはちゃんとしておかないといけない。

「大丈夫。しよう、私が電話する」
「いいえ、私からさせてください。本当は、貴方が高校を卒業するまでは待つつもりだったのに、手を出してしまいました。――私に責があります」
「…なにそれ、」

まるで悪いことをしたかのように言う千景さんに目の奥が熱くなった。
――なんでそんな風に、言うの。
私が高校生だからいけないのか。大人の男の人は、高校生に手を出してはいけないの?それは、責任なんて言う罪の意識から背負わないといけないものなの。
私の中でせめぎあう思いに、唇をかんだ。

「誤解を、していませんか」
「…してない」

そっと立ち上がった千景さんが私の前の席から、横に座る。
かたくなに隣を向かずお皿をにらんでいる私に手をのばして、そっと頭をなでた。

「きっと近いうちに、貴方に想いがなくても私は貴方を自分のものにしていました。貴女が好きだと言ってくれた時に、どれだけ嬉しかったかわかりますか。死んでもいいと思いました」

そこで言葉を切った千景さんは私をそっと引き寄せた。
ぎゅう、と抱きしめられた腕の中はどこまでも落ち着く。

「そのあと、貴方と生きていきたいと思いました。私には家族がいませんから。――あなたを幸せにしたいという願いは変わりません。でも、その隣に私を置いてほしい」
「――ちかげ、さん」
「だからこそ、貴方の人生をもらうための責を負います。貴方の人生を奪います。これからたくさんの出会いがあるでしょう、でも、恋人の枠は私が独占する。
だから、もう離しません。貴女が逃げようとしても逃がしません」
「…責って、私に手を出したことの責任じゃないの?」

腕から少しだけ離れておずおずと顔をみれば千景さんは少しだけ泣きそうに笑った。
そっと腕をまわしてその頬に口づける。
この人の悲しい顔をみたくない。

「もちろん、それもありますよ。貴方はまだ未成年ですから。保護者の責任を全うできていません。――それに、大事な娘さんをいただくのですから男としてはけじめをつけませんと」
「なにそれ」

もちろん、結婚の承諾もいただきます。
とまた突拍子もないことを言い始めたので笑ってしまう。
千景さんは私を怒らせたり、笑わせたり、幸せにしたり何でもできる人だ。
私の幸せを彼は作っていくのだろう。そして、私も彼の幸せを作れる人でありたい。そのためにも、叔父さんには是が非でも認めてもらわなければならない。
――電話で報告するのは、ルール違反だろうか。

「叔父さんに電話、する?」
「――栞さん、今日は片づけをお願いしてもいいでしょうか」
「うん。…でも私にも代わってね。怒られそうになったら私も怒られるから」

大丈夫、きっと。
そんな根拠のない自信で自分を鼓舞した。
――思えば、私の記憶には叔父さんがいた。あまり人好きする人ではなくて、淡白で。
休みの日も外出はあまりしていなくて、でも、私が出かけたいといったところは必ず連れて行ってくれた。
愛されていたと思う。静かな瞳は、いつも興味がないふりをして私を追いかけてくれていたの、知っている。
進路もすべて私の好きにしろ、と言ってくれたあの言葉は、そっけなかったけれど「好きにやっていい。何があっても支えてやる」という言葉が後ろに潜んでいるのも。
お弁当を作っておけば、どんなものでも全部間食してくれたことも。
さすがに、仕事が忙しくて全部はこれなかったけど何回も来てくれた参観日も。
全部を思い出してじんわり滲んできた涙を隠すように瞬きした。

「やっぱり、そばで報告するのを聞いていてください。そのあと、二人で片付けましょう」
「…ん」

ソファに座った千景さんの隣でぴったりくっつくように座って電話をしているのを聞く。
私は膝を抱えて、漏れ聞こえる音を追った。
久しぶりに聞く叔父さんの声は、変わっていなくて安心する。
連絡しなくてごめんなさい、まず最初にそれを言おうと、思って。いきなり私を抱きしめて、携帯を押し付けてきた千景さんに目を白黒させる。
まだ繋がっているので、耳に押し当てた。

「…叔父さん?」
『栞か?久しぶりだな』
「うん…ごめんなさい、連絡、してなくて」
『お互いさまだな。…それより、ようやくまとまったみたいだな』
「え、なん…!」
『お前たちを二人で住ませることを決めてから、そうなるだろうと思っていたが?むしろなんでそんなに二人して怯えてるのかわからんな』

呆れたような声の叔父さんに絶句した。
もう、あの、全部返して。

『ところで、入籍も結婚も高校を卒業するまでは赦さんからな』
「ああああああもう!ばか!ばかあああ」
『とりあえず、旭には一般家庭がやる【結婚のやりとり】をやってもらわないとだからな』
「叔父さん、たのしんでるでしょう…!」
『お前は娘じゃなくて姪だが、ここはあえて娘でやってくるようによく言っておけよ。――まあ、どこの馬の骨ともわからん奴を連れてこられるよりはいい』

不器用な、変な気遣いは、きっと。千景さんに体験させてあげたいのかもしれない。
家族へのあいさつ、結婚の承諾をもらうための、挨拶。きっともしかしたら諦めていたかもしれない彼に。
そして、不器用な叔父さんはそれを境に、千景さんを実質的な家族として輪に入れてあげたいのだ。――内心、もう弟みたいに思ってるくせに。

「叔父さん、ありがとう。あのね、私、しあわせ。叔父さんといた時も、今も。私の幸せは叔父さんと千景さんが作ってくれてる。
返せるように、がんばるから。これからも見守っていてください」
『馬鹿だな。お前を幸せにするのは家族である俺の義務だし、パートナーになる旭の責任でもある。お前は能天気に笑ってればいいんだ』

その言葉の裏に、いつも表情を崩さない叔父さんの笑みを見た気がして、涙が出てきた。
叔父さん、声にならない声で呼ぶ私にため息を吐きながら答えてくれる叔父さんが、いる。
千景さんが私を抱きしめる腕の力を強くした。
そっと拭われた涙は、すぐに止まった。その代り、笑っていたいと強く思う。

「幸せになります。でも、叔父さんも一緒にいてほしいの。だから、早く帰ってきてね」
『…ばかか』

その言葉は、でも、精一杯の愛情があふれているように思う。
これだけあったかなバカっていう言葉を、私はきっと、今はじめて聞いた。
これから仕事だという叔父さんとの通話を切って二人でほっと息をつく。大丈夫だとは思っていたけれど、いろいろと見透かされていたあの感じは、さすがとしか言えない。

「叔父さん、怒ってなかったね」
「………」
「千景さん?おーい、千景さん?」
「緊張で吐きそうになったのは、はじめてです」

思わず爆笑してしまったのは、悪いことじゃないと思う。
そういうわたしも少なからず緊張していたので、人のことは言えないのだけれど。

「先輩は、さすがでした」
「そういえば、何を言われたの?」
「……聞きたいですか?」

うんうん、とうなづけば、少しだけためらったような顔でそっと私の耳に顔を近づけた。
このことは、内緒ですよと言われたのでまた更にうなづく。

「――お前なら任せられる。泣かせるより笑わせてやってくれ。昔からこれからも、ずっと俺の大切な子だ。旭、よろしく頼んだぞ。」

誰でもない、お前に任せる。
その言葉が何よりも嬉しかった、と笑う旭さんが愛おしい。そして、叔父さんが、大好き。
きっと照れてしまうだろうから、言わないけれど、こうしていってもらった言葉が私を強くしていくのだ。

「家族になろうね、三人で。それで、きっともっと増えていくから」
「…貴方たちには、敵いません」

それは、きっと、私と叔父さんと、お母さんのことを言っているんだろうなと。
だから、次は、私のお母さんとお父さんに報告に行かないといけないのだ。

「お墓参りに、いってほしい。私と一緒に」
「同じことを思っていました」

認めてくれるといいのですが、と若干不安そうな千景さんに呆れてしまう。
まさかそんな、お墓の前で門前払いを食らうことはきっとないと思うんだけど。
――そのあと、千景さんが仏壇の前で長く手を合わせていたことを私は知っている。何を願ったのかは、わからないけれど。
その隣で私は、怒らないでねと念じておいた。
次のお休みの日に、私と千景さんは、私の両親に会いに行く。



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