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私と執事さんの365日

ノベルバユーザー172401

6話 その、本気の意味は


「執事ってどう思う?」
「お嬢様につきものよね」

ですよね、と思いながら私はおやつの旭さん特性ブラウニーを頬張っていた。
今は高校のお昼休み。教室の隅っこの席に私は友達と二人で座りランチタイムを過ごしている。彩りよく盛り付けられたお弁当を堪能した後にこうしてデザートまで用意してくれるところが心憎い。
お昼ご飯は、中学校からの友達である横田理沙といつも過ごしている。そんな彼女に私はふと、聞いてみたのが上の問いだ。
彼女は私のあげたブラウニーを食べながら雑誌をめくっている手を止めずにそう言い切った。

「時代錯誤って感じかしら。今でもいるのかもしれないけど、私らみたいな平凡な人間には空想上の生き物に思える」
「空想上の生き物…」
「執事に知り合いが?」
「んー、一般的な意見をね」
「…執事にあこがれなんて持ってたっけ」

そうなのだ。私は叔父さんのおかげで楽でそれなりに裕福な生活をさせてもらっているが、それは決して私のものではない。
執事ができたからと言って私がお嬢様になったわけではない、というのと同じように私は一般庶民のままだ。
――私は貴方の執事ですから
我が家の執事は、そういって憚らない。

「栞、何か悩み事?」
「うーん、わからなくなってきた」

私が今、旭さんとどういう関係でいればいいのか、旭さんをどう思っているのか、彼とどうなりたいのか。それが分からなくなってきていた。
対等な関係になりたいのだと思ってはいるが、それがどういう意味での対等なのかと言われれば、思考はぐるぐると渦を巻く。

「何かあれば聞くわよ」
「ありがとう、理沙」

持つべきものは、友達だ。踏み入ったところまでは聞かず、けどどんな時も味方で私が間違った時は怒ってくれる。そんな彼女と友達でいられて幸せだと思う。
そのまま雑誌に目を落とした彼女を追うように私も雑誌を覗き込んだ。
ファッション誌につきものの恋愛カテゴリー。見出しは、【このテクで意中の彼をオトす!】。ひええ、と思いながら理沙が読んでいるページを私も見つめる。

「興味あるの?色気より食い気のあんたが…?」
「信じられないものを見る目で言うのはやめてくれないかな」

確かに、中学生の頃だって小学生の頃だって私は友達と遊ぶか叔父さんとご飯を食べるかの思考しか持っていなかった。色気より食い気、そう笑われていたのは記憶に新しい。
別にそういうのに興味がなかったというわけではない。単純に、そういう風にときめきを持てる人が傍にいなかっただけだ。――傍に叔父さんというカッコいい独身が居たので目が肥えただけである。

「……気になってる人は、いるカモ」
「かも?」
「どういうポジションの人かまだ私の中で確率してない」
「そういう事、考えちゃうあたりもう大事な人になってるものだけどね」

何気なく言われたその言葉が私にぐさっと刺さった。
【気になっているカレは積極的にデートに誘ってみよう‼】
そんな、ポップな文字が目にいたい。


***

ピンポン、とインターホンを鳴らす。
鍵も持っているけれど、鍵で開けて家の中に入るのは好きじゃない。誰もいない家というのが昔から苦手だった。
特に小学生の時。中学生の時はもう慣れて、けれど家についてすぐに音楽をかけていた。静かな家、というのは誰もいないということを強調されるようだったから。
叔父さんが帰って来る時が一番うれしかった。
こうしてベルを鳴らすと、旭さんがにっこり笑って出迎えてくれる。こういうのって、当たり前じゃないのだ。出迎えてくれる人がいるっていいなあと私はここ最近いつも思う。

「おかえりなさいませ」
「ただいま、旭さん」

自分の顔がだらしなく笑っているのが分かる。
最初のころはこの人の忠誠心に引いていたというのに、今は当たり前になっていて、慣れてしまった。甘やかされて大切にされて、貴方が大事ですと態度で表してもらって、それで幸せにならない人が居たら見てみたい。
私はこれだけ幸せですっていうところを、この人に伝えたいのに私の少ない語彙では伝わる気がしない。

「今日のご飯もすごくおいしかったです!ブラウニーが絶品…」
「それはよかったです。いつも綺麗に召し上がってくださいますから、私も嬉しいですよ」

連れ立ってリビングへ向かう。
その時に見上げるその人は、しっかりとした男の人だった。おいしいご飯を作ってくれる手はごつごつとしている。私があげたハンドクリームをほんの少し手に取って大事に刷り込んでいるところが大人の人なのに可愛いと思ってしまった。ハンドクリームのお蔭か、手荒れは少し改善されてきたようで何よりである。

「栞様、今日は何かありましたか?」
「え、え?」
「なんとなく、何かお考えのようでしたので」

もし、私は人の考えが読めるのですと旭さんに言われたら、私は疑わずに信じてしまうだろう。
ここ最近考えているこのもやもやを言い当てられたような気がしてびっくりして慌ててソファに座り、迷わずテレビをつけた。今、雑音でもいいので何かこの空気を乱すものがほしかったのだ。この行動に私は自分で呆れてしまった。…自分、わかりやすすぎである。
旭さんに背を向けるような形でソファーに座ってしまったので、彼の表情は見えない。
テレビでは無駄にハイテンションなタレントが、駅地下を紹介していた。いつもなら美味しそうなお店のラインナップにくぎ付けになるのに、今はそんな余裕はない。
どうやって誤魔化そうか、それだけが私の頭の中にあった。

「…言えないことですか」
「……っ!」

肩に手が置かれる。大きな手が私の肩に触れて、さらさらの髪が頬をくすぐった。耳元で聞こえた蠱惑的な声が、私の耳朶を打つ。
置かれた手が熱い。制服越しなのに、熱いくらいの体温に私はただじっと身を固くした。

「あさひさん」
「栞様は、何を隠してらっしゃるのでしょう?」

表情は見えない。振り向こうとして、できなかった。
私を振り向かせようとすればできる。それなのに、旭さんは動かなかった。
そのまま、互いの息遣いだけが聞こえる、お互いが片方しか向いていない距離で私は目を閉じる。
思い出したのは、雑誌に踊る文字。
気になっているか、と聞かれれば。――気になっている。
私はこの人のことがもっと知りたい。

「旭さん、私とお出かけしましょう!」
「……はい?」

肩におかれた手に私の手を重ねて、振り返る。
至近距離で見上げた顔は最初に見た時と同じくらい綺麗で、そしてそれ以上に親しみを持つ。そして、いつもにっこり笑っているその顔が、ハトが豆鉄砲を食らったように虚をつかれるというレアなものを見れた。
雑誌を真に受けたこの行動なんて、こんな格好いい人にはする人が多くて効果はないかもしれない。でも、私は、この人と同じ目線で同じものを見てみたい。

「今度の日曜日、私と出かけてほしいです」

目を大きく見開いた旭さんは、そのあと笑った。
花が咲く、というのはこういう事を言うのかと思うくらい綺麗な笑顔だった。

「私でいいのでしょうか」
「旭さんが、いいんです」
「デートですね、栞様。楽しみすぎて心臓が止まりそうです」
「そんな大げさな!」
「栞様は、私にご褒美ばかり与えてくださる。――我慢できなくなりそうです」

至近距離で見つめ合い、とろけるような笑顔で私を見やるこの人に、きっと今真っ赤になっている私の顔が隠せないことが口惜しい。

「じゃあ、その時に私にもご褒美ください」
「かしこまりました。とびきり上等で、貴方を逃がさないようなものをご用意させていただきます」

そういうと、旭さんは恭しく私から離れ、私の前にやってきて跪き手に口づけた。
びく、と震えた私を見据えたままで、彼は笑う。

「栞様、ひとつだけ」
「は、い…」
「私はいつだって、貴方に対しては本気です」

その本気がどんなものか、私には知ることができなかった。
ただ、感じたのは彼の激情。手から伝わる熱い温度が私をくらくらさせる。
この人は、どこまで私を愛してくれているんだろう。それは、主人として?妹のようなもの?それとも。
言えない言葉は、聞けない言葉は、手に触れた熱と共にどこまでも私の中に残っていた。





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