私と執事さんの365日
1話 落とすにはまず胃袋から
唐突に、一人暮らしをすることになった。
そうしたら、立派な家と執事が付いてきた。――信じられないと思うが、私も正直信じられなかった。
「栞さま、食事のお味はいかがですか?」
「あ、うん、すごくおいしい」
「そうですか、よかったです」
ぱああ、と花が咲いたような笑みを浮かべ向かいの席で食卓についている執事を見ながら、なれるのは早いものだなあと思う。ものすごく完璧な美貌も、数日見たら慣れた。私の叔父が超絶美形だったのもあるだろうが。
事の起こりは、かれこれ数日前にさかのぼる。
私には両親が居ない。私が生まれてすぐに事故で亡くなったのだと聞いた。
それも、幼いころ叔父にだ。私も人の子、親のいないさみしさに泣きながら育ててくれた叔父に両親に会いたいと駄々をこねたら、至極真面目な顔で「二人は死んだのだからもう居ない」とばっさり切って捨てられた。
それはそれでどうなんだと思うが、下手に誤魔化さない彼のお蔭で私はああそうかと納得し、そして受け入れられた。
叔父のことは親とは思えなかったが、兄として慕っている。不器用に私を思ってくれるところが、たまらなくかわ…――、好きだ。
そして叔父と私は二人でかれこれ12年ほど生きてきたのだが、私が高校生になり落ち着いたあたりに、海外出張を命じられた。
叔父は大手外資系会社のエリートなので、海外転勤もしょっちゅうあるはずなのだが、私がまだ目が離せないからと断ってきたらしい。そして、私が高校生になったということで上からいいからいけと断れない命令を受けたということだ。――正直、叔父は転勤をしたくないから私を口実にしていたとしか思えない。叔父、飛行機をものすごく怖がっているのだ。子供か。
そして、問題は私である。
せっかく馴染んだ高校を転校させるのは忍びない、けれど一人じゃ不安、ということを散々話し合った結果、私は日本に残ることになった。いつ終わるかわからないが、転勤の間も暇ができれば日本に帰ってくるという叔父に心配しないで、と私は伝えた。そこまでは、いい。
意外に私のことを愛してくれていたらしい叔父は、心配をこじらせてぶっ飛んだ行動に出た。
まず、今まで暮らしていたマンションを、売り払った。そして、立派な一軒家を買った。二階建て、庭・駐車場付である。絶対高い。
その期間わずか一週間だ。私は引っ越しの作業に追われ、死ぬかと思った。本気で。
そして、引っ越しだと連れてこられた家は、趣味のいい叔父らしく洋風な外観に、中もおしゃれな家具で埋め尽くされていた。――問題は、中に人がいたことだった。
「おかえりなさいませ、お嬢様、旦那様」
キラキラとしたオーラに包まれ黒スーツに身を包んだ王子様然としたイケメンが、身長180㎝をゆうに超える長身を折り曲げてやけにキラキラした顔で見上げながら跪いていた。もちろん、私は問答無用でドアを閉めた。
「…気に入らなかったか?なら違う奴を」
「いや、そこじゃなくて!叔父さん、どうしてあのお兄さん跪いてるの?!」
「お前の執事に雇ったからだが」
「………執事?!」
事もなげに言われ絶句した。
どうも、私を一人残すのが不安すぎて家と世話人を用意したらしい。いくらエリートだからって金遣いがおかしい。今まで住んでいたマンションも高級に分類されるしセキュリティもばっちりだったというのに、意外と過保護な叔父に私は苦笑いしか浮かばなかった。
こんなところで思うのもなんだが、愛されてるなあと、嬉しくなったのは、内緒である。
そして押しの強い叔父が押し切って、私は一軒家で執事との二人暮らしを始めることになったのだった。
叔父との押し問答は、私が折れることで決着をつけたが、不毛な言い争いは推して知るべし。
そんな始まりをぼんやりと思い出していれば、目の前の執事が私を心配そうにのぞき込んだ。
「栞さま、どうなさいました?お加減でも悪いのですか」
「いえいえいえ、執事さんとのなれそめを思い出してただけです」
「…そんな、栞様…」
いやいや、照れる要素がどこにあったのか。
執事は頬をうっすらと染めながら私を見つめている。なれそめって言ったのがいけなかったのか、私より乙女らしい反応にはははと苦笑いしながら、ご飯を口に含んだ。
今日はたけのこご飯に煮物、サケの西京焼きに菜の花のお浸し、お味噌汁にデザートにチーズケーキと家庭的すぎるにもほどがある献立だ。驚くなかれ、これ全部執事作である。
私も家事炊事はある程度はできるのだが、執事にそんなことさせられません!と怒られてからは彼の気の済むようにしている。それに彼の仕事を奪うまでもない。私も至れり尽くせりは、すごくうれしい。まるでお嬢様扱いである。おかあさん、とたまに呼びたくなってしまう。
「時に栞様?」
「んん?なあに」
「あの、栞様は私のことをいつ名前で呼んでくださるのでしょうか」
ごほ、とお味噌汁を誤嚥した。げほげほとむせる私に慌てて近寄って甲斐甲斐しく背中をさすってくれる忠誠心には見上げたものがある。これだけのサービスにいったい幾らの金額が支払われているのか。
「名前で呼んでください、ね?」
「彼氏か」
「栞様がお望みになるなら…」
「いい!大丈夫!――ええと、旭さん、でいいの?」
「栞様…!」
感極まって私の手を取って口づけられた。何が彼をそこまで感動させたのか、謎だ。
彼氏はいい、と断った時にものすごく残念そうな顔をしたのはスルーする。
思えば彼は最初に出会った時から私に熱い視線を向けていてくれたが、何が彼をそこまで職務に忠実にするのだろうか。やっぱりお金かな。
「しつ…、旭さんってどうして私の執事なんてしてるの?」
「何か栞様のお気に障るようなことをしてしまいましたでしょうか…?」
うるっと涙目になった執事に縋り付かれた。
ぎょっとしながら、否定する。貴方の見上げるような忠誠心はどこからきたのかなという、好奇心からです。
「栞様は小さなころ私に会ったことを覚えてらっしゃいますか」
「え、うそ!」
「ええ、お会いしたのはご両親の葬儀でしたから覚えてらっしゃらないのも無理はありません。私は貴方の母君の従兄弟にあたります。小さなころ良くしていただいたので最期にと葬儀に参加しました。その時に栞様に出会ったのです」
意外と感動的なストーリーで安心した。
お母さんは実家と絶縁状態で、お父さんの方の親戚も叔父さんくらいしか残っていないので薄らと血のつながりのある人に出会えて正直嬉しい。
「貴方はまだほんの子供で、そして、私の理想でした」
「………ん?」
「え?」
理想?と疑問を覚えながら、先を促す。
なんかちょっといや予感がするので、当たらないことを祈るばかりだ。
「理想でした…、貴方の声も顔も姿も全部、私が思い描いていた女の子で」
「ロリコンか!」
「幼女趣味ではありません、あの時一目見た時から栞様一筋です」
「えええええ、どっちにしろあぶない…」
じとっとした目で見れば、うう、としょんぼり落ち込む顔。
よくよく話を聞いていくと、葬式で会って一目見た瞬間に、私を理想だ!と思い、それから傍に入れるように叔父の会社に入り部下になり私が一人暮らしをするかもしれないと知り、自分を執事として売り込んだらしい。
どんな行動力だ。むしろ尊敬する。ちなみに私は格別美人でもない。よくて中の上くらいの容姿だ。
そんな私を伺い見る執事、もとい、旭千景さんは、捨てないで下さいとでもいうように私を伺い見ている。
「まあでも、これだけおいしいご飯は、得難い…」
「栞様…!」
感極まったらしく抱き着かれた。
その反動で椅子が倒れそうになったので、ひきつりながら離してもらうようにお願いしたが、これからこうなったら体力持たないぞ、わたし。
「これからも一生懸命ご奉仕させていただきますね、栞様」
「ええと、半分くらいの力でだいじょぶです」
「ダメです、栞様につつがなく過ごしていただくための私ですから」
うふふ、って笑う男の人が、可愛く見えたのは内緒だ。
最初はしょうがないなという思いからの同居だったけれど、数日ではあるがおいしい(むしろおいしすぎる)ご飯と素晴らしい家事能力、忠誠心にがっちり心つかまれた私は、白旗を上げた。
ロリコンかもしれないけど、裏を返せばそれだけ私が気に入ってくれたということだろうし、と前向きに考えることにする。人間、開き直りが大事だ。
決して、おいしいご飯とおやつにつられているわけでは、ない。
「好きな方を落とすには、まず胃袋からだと助言をいただいたのですが、役立ちました」
「…彼女か」
まあ、あながち間違ってもいないのだけども。
助言のもとはどこだと聞いたら、叔父だった。当分連絡するのは控えようと思う。
そうしたら、立派な家と執事が付いてきた。――信じられないと思うが、私も正直信じられなかった。
「栞さま、食事のお味はいかがですか?」
「あ、うん、すごくおいしい」
「そうですか、よかったです」
ぱああ、と花が咲いたような笑みを浮かべ向かいの席で食卓についている執事を見ながら、なれるのは早いものだなあと思う。ものすごく完璧な美貌も、数日見たら慣れた。私の叔父が超絶美形だったのもあるだろうが。
事の起こりは、かれこれ数日前にさかのぼる。
私には両親が居ない。私が生まれてすぐに事故で亡くなったのだと聞いた。
それも、幼いころ叔父にだ。私も人の子、親のいないさみしさに泣きながら育ててくれた叔父に両親に会いたいと駄々をこねたら、至極真面目な顔で「二人は死んだのだからもう居ない」とばっさり切って捨てられた。
それはそれでどうなんだと思うが、下手に誤魔化さない彼のお蔭で私はああそうかと納得し、そして受け入れられた。
叔父のことは親とは思えなかったが、兄として慕っている。不器用に私を思ってくれるところが、たまらなくかわ…――、好きだ。
そして叔父と私は二人でかれこれ12年ほど生きてきたのだが、私が高校生になり落ち着いたあたりに、海外出張を命じられた。
叔父は大手外資系会社のエリートなので、海外転勤もしょっちゅうあるはずなのだが、私がまだ目が離せないからと断ってきたらしい。そして、私が高校生になったということで上からいいからいけと断れない命令を受けたということだ。――正直、叔父は転勤をしたくないから私を口実にしていたとしか思えない。叔父、飛行機をものすごく怖がっているのだ。子供か。
そして、問題は私である。
せっかく馴染んだ高校を転校させるのは忍びない、けれど一人じゃ不安、ということを散々話し合った結果、私は日本に残ることになった。いつ終わるかわからないが、転勤の間も暇ができれば日本に帰ってくるという叔父に心配しないで、と私は伝えた。そこまでは、いい。
意外に私のことを愛してくれていたらしい叔父は、心配をこじらせてぶっ飛んだ行動に出た。
まず、今まで暮らしていたマンションを、売り払った。そして、立派な一軒家を買った。二階建て、庭・駐車場付である。絶対高い。
その期間わずか一週間だ。私は引っ越しの作業に追われ、死ぬかと思った。本気で。
そして、引っ越しだと連れてこられた家は、趣味のいい叔父らしく洋風な外観に、中もおしゃれな家具で埋め尽くされていた。――問題は、中に人がいたことだった。
「おかえりなさいませ、お嬢様、旦那様」
キラキラとしたオーラに包まれ黒スーツに身を包んだ王子様然としたイケメンが、身長180㎝をゆうに超える長身を折り曲げてやけにキラキラした顔で見上げながら跪いていた。もちろん、私は問答無用でドアを閉めた。
「…気に入らなかったか?なら違う奴を」
「いや、そこじゃなくて!叔父さん、どうしてあのお兄さん跪いてるの?!」
「お前の執事に雇ったからだが」
「………執事?!」
事もなげに言われ絶句した。
どうも、私を一人残すのが不安すぎて家と世話人を用意したらしい。いくらエリートだからって金遣いがおかしい。今まで住んでいたマンションも高級に分類されるしセキュリティもばっちりだったというのに、意外と過保護な叔父に私は苦笑いしか浮かばなかった。
こんなところで思うのもなんだが、愛されてるなあと、嬉しくなったのは、内緒である。
そして押しの強い叔父が押し切って、私は一軒家で執事との二人暮らしを始めることになったのだった。
叔父との押し問答は、私が折れることで決着をつけたが、不毛な言い争いは推して知るべし。
そんな始まりをぼんやりと思い出していれば、目の前の執事が私を心配そうにのぞき込んだ。
「栞さま、どうなさいました?お加減でも悪いのですか」
「いえいえいえ、執事さんとのなれそめを思い出してただけです」
「…そんな、栞様…」
いやいや、照れる要素がどこにあったのか。
執事は頬をうっすらと染めながら私を見つめている。なれそめって言ったのがいけなかったのか、私より乙女らしい反応にはははと苦笑いしながら、ご飯を口に含んだ。
今日はたけのこご飯に煮物、サケの西京焼きに菜の花のお浸し、お味噌汁にデザートにチーズケーキと家庭的すぎるにもほどがある献立だ。驚くなかれ、これ全部執事作である。
私も家事炊事はある程度はできるのだが、執事にそんなことさせられません!と怒られてからは彼の気の済むようにしている。それに彼の仕事を奪うまでもない。私も至れり尽くせりは、すごくうれしい。まるでお嬢様扱いである。おかあさん、とたまに呼びたくなってしまう。
「時に栞様?」
「んん?なあに」
「あの、栞様は私のことをいつ名前で呼んでくださるのでしょうか」
ごほ、とお味噌汁を誤嚥した。げほげほとむせる私に慌てて近寄って甲斐甲斐しく背中をさすってくれる忠誠心には見上げたものがある。これだけのサービスにいったい幾らの金額が支払われているのか。
「名前で呼んでください、ね?」
「彼氏か」
「栞様がお望みになるなら…」
「いい!大丈夫!――ええと、旭さん、でいいの?」
「栞様…!」
感極まって私の手を取って口づけられた。何が彼をそこまで感動させたのか、謎だ。
彼氏はいい、と断った時にものすごく残念そうな顔をしたのはスルーする。
思えば彼は最初に出会った時から私に熱い視線を向けていてくれたが、何が彼をそこまで職務に忠実にするのだろうか。やっぱりお金かな。
「しつ…、旭さんってどうして私の執事なんてしてるの?」
「何か栞様のお気に障るようなことをしてしまいましたでしょうか…?」
うるっと涙目になった執事に縋り付かれた。
ぎょっとしながら、否定する。貴方の見上げるような忠誠心はどこからきたのかなという、好奇心からです。
「栞様は小さなころ私に会ったことを覚えてらっしゃいますか」
「え、うそ!」
「ええ、お会いしたのはご両親の葬儀でしたから覚えてらっしゃらないのも無理はありません。私は貴方の母君の従兄弟にあたります。小さなころ良くしていただいたので最期にと葬儀に参加しました。その時に栞様に出会ったのです」
意外と感動的なストーリーで安心した。
お母さんは実家と絶縁状態で、お父さんの方の親戚も叔父さんくらいしか残っていないので薄らと血のつながりのある人に出会えて正直嬉しい。
「貴方はまだほんの子供で、そして、私の理想でした」
「………ん?」
「え?」
理想?と疑問を覚えながら、先を促す。
なんかちょっといや予感がするので、当たらないことを祈るばかりだ。
「理想でした…、貴方の声も顔も姿も全部、私が思い描いていた女の子で」
「ロリコンか!」
「幼女趣味ではありません、あの時一目見た時から栞様一筋です」
「えええええ、どっちにしろあぶない…」
じとっとした目で見れば、うう、としょんぼり落ち込む顔。
よくよく話を聞いていくと、葬式で会って一目見た瞬間に、私を理想だ!と思い、それから傍に入れるように叔父の会社に入り部下になり私が一人暮らしをするかもしれないと知り、自分を執事として売り込んだらしい。
どんな行動力だ。むしろ尊敬する。ちなみに私は格別美人でもない。よくて中の上くらいの容姿だ。
そんな私を伺い見る執事、もとい、旭千景さんは、捨てないで下さいとでもいうように私を伺い見ている。
「まあでも、これだけおいしいご飯は、得難い…」
「栞様…!」
感極まったらしく抱き着かれた。
その反動で椅子が倒れそうになったので、ひきつりながら離してもらうようにお願いしたが、これからこうなったら体力持たないぞ、わたし。
「これからも一生懸命ご奉仕させていただきますね、栞様」
「ええと、半分くらいの力でだいじょぶです」
「ダメです、栞様につつがなく過ごしていただくための私ですから」
うふふ、って笑う男の人が、可愛く見えたのは内緒だ。
最初はしょうがないなという思いからの同居だったけれど、数日ではあるがおいしい(むしろおいしすぎる)ご飯と素晴らしい家事能力、忠誠心にがっちり心つかまれた私は、白旗を上げた。
ロリコンかもしれないけど、裏を返せばそれだけ私が気に入ってくれたということだろうし、と前向きに考えることにする。人間、開き直りが大事だ。
決して、おいしいご飯とおやつにつられているわけでは、ない。
「好きな方を落とすには、まず胃袋からだと助言をいただいたのですが、役立ちました」
「…彼女か」
まあ、あながち間違ってもいないのだけども。
助言のもとはどこだと聞いたら、叔父だった。当分連絡するのは控えようと思う。
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