アケボノシナリー

じんむ

アケボノエンドロール

「さて、と。では、【当たって砕けろ】に関して、要するに死ねってことだろ? マイルドにアレンジしたって俺は騙されないからな。これは確実に悪意の塊だ! について、反論の声はもう無し、認めない方針でいいな?」
「うーん、異議なし!」
「反論の材料はつきたよ~」

 言語研究部こと、ことけんの活動はこれにて今学期最後。俺の能力が消えてもう二か月程たった。結局、能力はなんだったのかまったくわからん。まぁ、今となってはさして気にはならない。
 そして俺はあの日からことけんに入部していた。
 べ、別に入りたいとか思って入ったわけじゃないからね? あくまでほら、廃部の危機を助けるために入ったんだから! 
 まぁそれはおいといてだ。このことけんの活動について紹介しておこう。表向きは、この世に存在する言葉、例えばそれは慣用句であったり、ことわざであったり。そういった言葉に対して徹底的に研究を進め、教養を得るというものだ。でも実際はこうだ。
 先人たちが作った言葉をひねくれた目線から捉え、それに異議を唱え頑張って否定していく、というもの。一人何個か毎日、といってしまえば多いのだが、部室にそういった言葉をてきとうに持ち帰り、それについて各部員が一人ずつ否定する持論を展開し、その持論を見事通せばそれは部活内で「否」とされる。その「否」にした数を競い日々切磋琢磨するわけだ。
 最初こそなんだこの意味不明な部活動は、と思っていたが、やってみると意外と楽しい。
 これは物事をひねくれた目線から見るのがミソだ、すなわち俺にとって一番得意なことが武器になる。
「ってことで、春の出した議題は否。いやぁ、これで三か月連続で春の勝ちじゃん! 強すぎなー」
「春君すごいよ~」
「謝花も謝花で、かなり鋭い反論がきて正直焦った」
「フフッ、次はたたきつぶすからネ☆」
 で、でた……思わず語尾に星マークがつくようなはずんだ声と、極上の笑み! ただこの表情尾の裏には深い殺気が漂っている……。怖い! 怖いよ! あ、謝花というのは苗字で、あのおしとやかそうな女の子の事だ。フルネームで謝花 琴美。
それと春というのは俺の事だ。安国寺、だとどうにも呼びにくいということで、名前の春太郎の春の字をベースに呼ばれている。
「そんでもって潮田、今月は俺との否数が1つにまでせまってきてるじゃねぇか。よくやるな」
 もっとも、俺はまだ本気を出していない。
「けっこう頑張ったんだけどな~、一歩及ばず」
 そう言うと潮田はがっくりとうなだれる。
「まあ頑張れ」
 無論、勝利を譲る気など毛頭ないが。
「ちょっと皆さん? あたしのこと忘れてらっしゃらない? あたしだって一回は勝ってるからね?」
「それじゃ、今日は解散するかー」
「そうだな」
「そうだね」
「ちょ、ちょっと!? 聞いてる!? あ、待ってよ!」
 俺らは宇多を置いてそそくさ部室を後にする。
 宇多は賑やかな奴だなほんと。宇多ってのは活発な女の子春美の苗字だ。
 その後、俺らは学校を後にし、各自の帰路についた。


 バスの中は快適だったな……。あの冷気が懐かしい。
 俺は学校から駅まではバス通学、しかし、駅から自宅までは自転車。今はその自転車に乗っていて、暑さと格闘している。
 くそ、なんとかならないのかこの暑さ。
「我に逆らうとはなんたる愚行! 罪深き暑さよ、散り行け!」
 俺は右の掌を思い切り前につきだす。
 暑さを和らげるため、寒いことをしてみたが、むしろあとから押し寄せてくる羞恥の嵐により逆効果だった。
 ああだめだ。暑さで頭がやられてきているな俺。
 しばらく全身から汗を出しながら、自転車を漕いでいると、葬儀用案内看板が置かれている道に出た。誰かが亡くなられたのかなと思いつつ、通り過ぎようとしたが俺は急ブレーキをかける。
 待てよこれ……。
 そこには【故・阿野 勇実 葬儀式場】と書かれていた。
 普通なら誰ともわからない人の葬儀案内看板があったところで素通りするものだ。わざわざ反応なんかしないと思う。
ただ今回、俺はこの名前に見覚えがあった。もう一度その看板をみるが、やはりそうだ。
阿野勇実、ああ、忘れもしないさ。忘れられもしない。奴と出会ったのは中学一年生の時だったか。


 俺は元々ここの土地の人間ではない。父親の転勤により引っ越してきた。それがちょうど小学六年生と中学一年生の間の春休みの時だ。今まで慣れ親しんだ土地から離れることは、あの時期の俺にとっては不安でしかなかった。その大部分を占めていた不安が中学校生活へのものだった。中学校というのはいくつかの小学校が合体したようなものだ。つまり人間関係もある程度は形成されている。
元々俺は内気なほうであがり症だからそれが尚更不安だった。
そしてその不安は的中し、初日から一人になってしまった。やっぱりダメだったかと沈んでいたら声がかかった。
「お前、春休みにここに引っ越してきたんだろ? 引っ越しトラックがあるところにお前を見かけたんだ。わかんないこともあるだろうからさ、どんどん頼ってくれよ。俺は阿野勇実。よろしく!」
 完全には覚えていないが、確か阿野はそんなことを言い親指を突き立てた。うれしい気持ちは今でも鮮明に覚えている。
 それ以来、俺は阿野とはよく話すようになり、元々阿野の友達だった奴らとも話すようになった。そしてこのまま楽しく中学校生活を送るのだろうなと思っていた。

 そして俺らは中学二年生へとなる。

 ここで他の連中とはクラスがバラバラになったが、阿野とは同じになった。それと同時に阿野の様子が少しおかしくなっていた。おかしいと言っても大した変化ではないが、時折ぼーっとしだしたり、少しばかり静かにもなった気がする。ときたま何か悩みでもあったりするのかと声をかけたことがあったが、そのたびに「なんもねぇよ?」と返ってきた。
 月日は過ぎ去り冬のある日。俺はいつものごとく阿野と話していた。最初は普通に会話していたのだが、話しているうちに阿野の口数がどんどん少なくなっていき、それに気づいた俺はどうしたのか聞いてみると「もう帰るわ」とだけ言いその場を後にしようとした。なんとなく腑に落ちなかった俺は、帰ろうとする阿野を引き留め、もう一度問うてみると今度は「かまうなだまれ!」と言われ、ふり払われた。
 その次の日、俺は何か怒らせたかなと思い詫びをいれようと、声をかけた。
「なんかよくわからないけど、悪いこと言っちゃってたならごめん」
 しかし阿野は終始無言である。何回か話しかけてもみるも終始シカトときた。流石の俺も頭にきたな。なんでこんなに謝っているのにうんともすんとも言わないのかと。
「おい、いい加減にしろよ」
 苛立たしげに俺が問うと、ようやく反応を示したが、穏やかなものではなかった。
「うるせぇよ……さっきからなんなんだよお前」
「いやさ、こんなに詫び入れてるのに反応もしないで」
「なんで反応しなきゃならない」
「は?」
「いい加減話しかけてくるな。第一さ……」
 そして阿野は放つ。この世の何よりも鋭い矛を。
「お前なんか友達だと言ったことも思ったこともねぇよ! うんざりだ、俺の前から消えろ」
 そして阿野はいらだたしげに席を立ち、その場を去った。
 確かに奴は俺のことを友達と言ったこと、なかったよな。なるほど、今思い返してみれば二年生になってからあいつの様子がおかしく感じたのも俺のせいだったってとこか。
 それ以来俺はあいつとはおろか誰とも関わるのをやめた。

 中学三年生、阿野とはクラスは離れた。

 阿野にとって俺はただの引っ越してきた珍しい人間くらいのもの、あるいはそれ以下だったかもしれない。ただ、やっぱり昔の俺にとっては奴は友達でもあった。まぁもっとも、友達っていうのは両者が初めて思ってこそ生きる言葉なんだがな。
 なにはともあれ、とりあえず行ってみるか。と思ったがこんな服装じゃまずいな。一度家に帰って学ランをもっていこう。


 暑い中自転車を走らせ、少し大きめの寺についた。
俺は山門から少し中をのぞいてみると、やっぱりお葬式はやっていて、大勢の人数の会葬者が列をなしていた。恐らくお焼香だろう。その列の中には俺と同じくらいの歳のやつも大勢並んでいる。
苗字、名前も俺の知っている通りだ。
 しかし未だに信じられない。何せ一応俺とは近しかった人間だ。身近な人がいなくなるなんてことは、十六年しか生きていない中で遭遇などしたことがない。不謹慎かもしれないが、写真を見ないことには信じられんな。
 俺は受付をすませ、会葬者の列にまじる。
 暇つぶしがてら、周りを観察してみる。
先ほども言った通り、会葬者の中に俺の同じような歳のやつらが割と大勢いることから、亡くなった人は俺と同じくらいの歳の人間と考えるのが妥当だろう。となるとやはりあいつなのか。ちょっと待てよこれ、よくよくみてみると知ってる顔がいっぱいじゃねえか。こりゃ確定だな。くっ、能力が生きておいてほしかったぜ……。
でもまぁこの場で俺に話しかける奴もいなかろう、陰口叩くやつもそうそういまい。少なくとも今のところは誰も話していないし。
 などと考えているうちに俺の番がきた。
 俺は遺影を見る。 

 やはりそうだったのか、俺の知っている阿野だ。

 俺はお焼香をすませ、そばにいた涙を流している母親と思しき人と、……あいつ妹いたのか? 妹と思しき女の子へと一礼をし、山門へと向かった。そういえば父親の姿が無かったが、仕事か?
 なんというか、俺は何も知らないなあいつの事。別に知りたくもないが。
 しかしなんか複雑な感じだな。とりあえずかえって昼飯だな。まだ食ってなかったし。やいやい宴だ宴。飯を食いながら溜めてたアニメを消化するぞ!
「もしかして安国寺君?」
 俺が寺を出ようとすると、後ろから声がかかった。
 誰だと思って振り返ってみると、先ほどの阿野の母親と思しき人であった。
「やっぱり」
「え、えっと、どうしましたでしょうか」
 少々焦ったせいで敬語がおかしくなってしまった……。なんかまずったっけ? お焼香も別にマナー通りしたはず……。
「安国寺春太郎君で間違えないですよね?」
「そうですけど」
 俺は頷く。
 すると、その阿野の母親と思しき人は、封筒を取り出し、俺に渡した。一体なんだ?
「これは?」
「お分かりかと存じますが、私は阿野勇実の母親です。それは生前、息子からもしあなたにお会いできたのなら渡すよう言われていたものです。あなたの顔は写真を見せてもらい知っていたので声をかけさせていただきました」
 すると、母親はハンカチを取り出し、目に当て静かに嗚咽を漏らし始めた。
 若干気まずさを感じつつ、何を言えばいいのかわからなかったがとりあえずお礼の言葉を言うと阿野の母親は「ごめんなさいね」と言い、元の場所へと戻っていった。きっとあいつとの出来事を思い出したに違いない。
 しかし手紙か、なんでまた俺に。
 俺は封筒を開け、中身を取り出す。それには文字が羅列していた。


安国寺、久しぶりだな。
さて、今回俺がここに手紙を書いたのは、お前に伝えたいことがあったからだ。
ほんとうにすまなかった。
俺は中学二年生の冬、お前にあまりにもひどい事を言った。今でも後悔の念がどっと押し寄せてくる。本当はそんなこと微塵も思っていないのに、気づいたらそう声が出ていた。
でもお前は確かに俺の友達だ。そしてだからこそ、俺は今から俺の置かれていた境遇をここに記そうと思う。俺のことを少しでも知っておいてほしい。
俺は生まれも育ちもこの土地で、やさしい母親に、可愛い妹にも恵まれ、それだけをとれば幸せだ。しかし問題は親父だ。
俺の親父は、言ってしまえば暴力親父だ。ドメスティックバイオレンスってやつ。それに関して俺はうんざりしてた。毎日響く怒号と母さんの悲鳴。そのたびに俺は妹を外に連れて行った。昔からのことだから、自分でも慣れているとは思ってたけど、思春期真っ盛りの俺には、イライラが日々募っていった。
そして冬のある日。その日の前日はひどいものだった。親父が酒を飲んでて、いつも以上にひどい怒号が飛んでさ。俺にもその矛先は向いて、背中に大きなあざを作られ、イライラもピークを達していた。
そんな状態で学校に行き、お前はいつものように俺に話しかけてきてくれた。幾分か心は楽になってたんだぜ? でも、話題が家族の話題になり、楽しそうに話しているお前をみてると、だんだんイライラしてきた。嫉妬だ。俺は話を切り上げ帰ろうとしたな。しかしお前は俺を引き留めた。腹が立ち、とうとう怒鳴ってしまった。いきなりすまなかったな。
ただ、それだけで終わればよかった。それだけならお前との関係も元に戻せてたんだろう。
その日帰った後だ。
なんとなく具合が優れないなと思い、俺は病院に行った。ただの風邪、あるいはストレスかなと思ってたけど、診察が終わっても一向に名前がよばれない。その間、なぜか母さんも病院にきた。かなりの時間を待たされ、ようやく名前をよばれると、診察室までつれていかれた。そして医師は告げた。
「大変申し訳にくいですが、かなり重い病気で、余命は一年です」
俺は絶望した。運命を呪った。
そしてその次の日、とりあえず学校にはでることにした。そこへお前が俺に話しかけてきた。昨日の詫びを入れるために。しかしあの時の俺にとっては、それはノイズでしかなかった。俺の心境はどん底だ。親父の件につけくわえ、いきなりの余命宣告。
まもなく俺は爆発した。そしてあんなことを……
 今思えば、俺はあそこでお前に相談すべきだった。何度か悩みがあるのか聞いてくれたこともあったな。その時全部お前に話すべきだったんだろう。 
 今更謝っても許してもらえるとは思っていない、しかも文面だ。
自己満足とはわかっている。
でも少なくとも知っておいてほしい。お前は確かに俺のかけがえのない友達だったってことだけでも。


 俺は手紙を握りしめる。

ふざけるなよ、反則だ。今更何を言ってるんだよ。お前のせいで俺がどんなに苦しんだと思っている。

人間という人間とは必要最低限関わりを持つこともなくなった。

それゆえ友達も作れなくなった。

最近では友達もできたが未だにそいつら以外薄汚く見えて関わりなど持ちたくないと思っている。

全てお前のせいなんだ。許せるかよ。死とかそんな卑劣な手段使ってくるなよ。

今更友達だとか言われても信じれるわけがないだろう。

冗談じゃない。

まさに自己満足だ。

分かってるくせにやるなよ。分かってるんならこんなもの書いてるんじゃねえよ。

せめて殴りでもできればスッキリしたかもな。だがお前はもういない。

余計、許せない。



もし、俺と同じ学校にいたのならあの輪の中にお前がいてくれればよかったのになとは思うよ。

 ……くそっ、ああ、暑い、暑すぎる。せみがうるさい。頬をつたう汗が鬱陶しい。まぁ学ラン着てるし仕方ないよねぇ?? 
 俺は汗をぬぐうと、静かに歩き出した。
 なかなか汗はとまってくれなかった。
                        終わり

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