アケボノシナリー

じんむ

アケボノフィナーレ

 人間というのは醜い生き物だ。例えばそうだな、今まで自分に信頼をよせてくれていた何かを平気で裏切るといった具合に。まぁ、俺もその人間なわけだが、俺は人間の愚かさを知っている。だからこそこうして汚い人間とは群れない。少しでもけがれた部分に触れないためだ。人間、上っ面では絆だの友情だの愛だの美しい言葉を並べるが、その根底にあるのはすべて私利私欲なのだ。そして気に食わないものがいれば徹底的に叩きのめすために、自然界においてもっとも発達しているであろうその知恵を働かせる。
これほど汚い生き物が他にいるのか? いや、いない。
「おー安国寺じゃん、よっ」
 檻に来て早々話しかけられる。またこいつか。
「あのさぁ、お前の部活には入らないっていってるだろ?」
 潮田飛鳥。俺の能力が効かない特異な存在。
「んー? わかってるって~」
「なら俺に話しかけるな。じゃあな」
 俺は足早にその場を去る。
「またな~」

 いい加減嫌気がさす。なんでそこまで執拗に話しかけてくるんだ。あれから三日が経ったというのに奴は未だに話しかけてくる。普通の人間ならあの時の時点で金輪際俺とは関わり合いを持とうとはしないはずだがな。まぁいい。この調子が続けばそのうち話しかけても来なくなるだろう。
 教室に入ればいつもの忌々しい空間が広がっている。馬鹿みたいにさわぎ、笑う。それはノイズとなり俺の耳へと届く。どうしてもこうも騒ぎ散らす? そのエネルギーはどこから湧き出る? 俺はこんな奴らとは違う。無駄にエネルギーなど発散しない。静かに席に着き、自らをこの忌々しい空間から切り取り時が過ぎるのを淡々と待つ。
 何故こんなに俺はイライラしているのだろう。いつもと変わらない、いつもと同じ、全ていつも通りのはずなのに。
 昔、俺は誓ったはずだ。もう二度と人間を信用しない、関わらないと。なのに、俺は……実に愚かだった。

 あいつ暗いよね
そうだな、その通りだ。
 あいつみてるとこっちまで暗くなるわ
じゃあ見るな。
 まさに暗黒児だな
だから何? ネーミングセンスは褒めてやるよ。というかどいつもこいつも俺の事見すぎだろ。ファンなの?(笑)
……俺の事なんかどうだっていいだろ。
ほんと、うざいよな……
っと、お前か。いいよいいよ、放っておけば。ってどうした?
お前がな

 目が覚めるとすでに七時間目の終了を告げるチャイムが鳴っていた。後半の記憶がないことから、どうやら途中から眠りについていたらしい。しかしまた胸糞悪い夢だ。誰かに呪われてるの俺? って、そんなわけないか。とっとと帰宅準備しよ。
帰りのホームルームが終わってもなおノイズが飛び交う教室から、スタコラと俺は出ていく。この時が一番至福かもしれないなひょっとすると。
「おい、暗黒ぅ」
 俺は一瞬を歩みを止めるも、すぐさま歩みを再開する。
「てめぇ、まじシカトきめこんでじゃねえぞ」
 面倒くさい。能力発動だ。芦木から俺という存在の認識をはずす。しかし芦木もこりねぇな。こいつには何回かこの能力を発動しているが、普通、気味が悪くなって俺には近づかなくなるとは思うが、ここは脳内マジカル芦木君、流石というべきか。
「てめぇ、まじふざけんなよ!」
 俺の肩が力強く掴まれる。
……え?
「ひひ、今回は確実に暗黒だな、ちょいと面貸せよなぁ」
 馬鹿な、能力発動、能力発動、能力発動!
「さぁ、きてもらうぜぇ?」
 能力が、消えた?
「おい、突っ立ってねぇで歩けよ」
 もしかしてこの能力、使用回数限度なのがあったのか? でもそれにしては少なすぎるし、いや、ここは漫画やアニメの世界ではない。使用回数限度なんてものがどれくらいかなど定義づけはできない。
「てめ、一発いっとかねぇとだめみたいだな」
 どうする、理由はどうであれ能力がないのは事実。俺はどうすればいい? だめだ、得策が浮かばない。
 そうこうしてるうちに芦木の拳は振り上げられる。
 そうだ、このまま殴られれば一瞬隙ができるはず、その隙に逃げ出して二度とここにはこないでおこう。それがいい。

「おい、てめぇなにしてんだよ」
「あ?」
 芦木が振り上げた拳を下げ、声の主へと顔を向ける。俺もそれにならい、その声の主へと顔を向ける。
「何してるかってきいてんだよ」
 そいつは潮田飛鳥だった。率直に抱いた感想はなんか怖い。
「何してたって、楽しく話してたところだけどぉ?」
「俺にはそうは見えなかったな」
 すると小さく芦木は舌打ちし、俺から手を離すと、潮田の胸ぐらをがっしりつかんだ。
「調子乗ってっと散らすぞ?」
 潮田は無表情である。ちょ、大丈夫? 
 刹那。その掴まれた手を潮田は掴み返し、一瞬で芦木を床に突っ伏させ、動けないように拘束していた。
「散らされんのはどっちだこら?」
 体を芯から冷やすような声で潮田が告げる。こええ。
「っつ、で、でもよぉ、俺らが何してたからってお前には関係ないだろ? なんたってそんな」
「関係大有りだ」
 そして潮田は、静かに、でも力強く告げる。
「こいつは俺の友達だ」
 それは、乾ききった大地に潤いをもたらす雨のようで。そして今理解した。俺はそれを心の深いどこかで求めていた。俺は昔、親しくしていた友人に裏切られた。だから誓った、人間は信用しないし、もう関わらない、と。その決意は揺らがないはずだった。
 でも、あの誓いはもういいだろ。
「わかったら二度と手をだしたりすんなよ? その時はただじゃすまないと思っとけ」
「チッ、わかったよ」
 拘束を解かれた芦木は最後に悪態をつきどこかへと去った。

「大丈夫だった?」
 潮田は俺の知っている潮田に戻っていた。とりあえず俺は首を縦に振る。
「そっかー、よかったよかった~」
「ちょ、飛鳥!? 何があったの!?」
 芦木がいなくなると、こちらへ人が近づいてきた。
「おー春美か、護身術身に着けといてよかったなってところだな」
 あの部室にいた活発そうな女の子か。
「私たちがたまたま通りかかったら、潮田君があれは芦木君かな? を拘束してたんだから驚いたよー。空気も緊迫って感じで」
 こちらは部室にいたおしとやかそうな女の子か。
「いやさー、あいつが安国寺に殴りかかろうとしてたからついキレちゃってさぁ」
「え!? ちょ、安国寺君大丈夫なの!?」
「あ、ああ、大丈夫だ。問題ない」
「まったく、あいつあしきっていうの? 悪しき奴だねほんと!」
「春美ちゃん、寒いよ」
「えー、絶対うまかったっよ今の!」
 仲がいいんだろうな皆。きっとこの輪に入れれば楽しいのだろう。
「あのさ、潮田」
「んー?」
「なんかいろいろ悪かったな。今回の件もそうだが、俺の態度とかもひどかっただろ?」
 傍目から見れば、俺はすごく嫌な奴だっただろう。それでもなお、嫌な顔せず、さらには助けてくれた彼には謝罪しなくてはならない。
「そーだっけ? まぁ、よくわかんないけど全然問題なーし」
 わざとそう言ってるのか、あるいは素で言っているのか。分からないがどうでもよかった。

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