RYWHST

海沼偲

RYWHST

 山奥にひっそりとたたずんでいる一軒の民家。そこには男が一人で生活していた。誰にも会わずに野菜を栽培していたり山菜を近くの山から採りに行ったりして生活をしている。友人は皆死んでしまい彼には親しいと呼べるものが誰一人としていなくなってしまった。つまり、彼の家に訪ねてくる物好きなどいないというわけである。しかし、彼はそのことに関しては不満というものはなかった。むしろ、完全に一人での生活をそこそこに満喫していたといってもいいだろう。
 今日もいつも通りに庭の畑の手入れをした後適当に山菜を採ってきて近くを通りかかったウサギを確保したあと、家に戻って小説などを呼んで過ごしている。

――トントン

 彼の家の玄関の方から何かが扉をノックする音が聞こえる。彼は一旦自分があまりにも人とのかかわりを絶ってきたからその反動でそのような考えに至っていた。しかし、その考えを否定するように玄関の方からノックの音が聞こえる。だんだん大きくなっている。まるで、彼を焦らせているように感じられる。それは、彼が日常的に取り組んできた公道を取り消して行動させるほどには十分な理由であった。
 彼が玄関のドアを開けるとそこには十歳にも満たないであろう幼い少女がウサギのぬいぐるみを持ってこちらに笑顔を振りまきながら佇んでいる。
「お嬢ちゃん、迷子かい?」
 彼がそう答えを出すまでに時間はかからなかった。しかし、少女は首をふるふると横に振り、彼に笑顔を向ける。
「お家に入れて」
 少女が最初に発した言葉だ。彼は戸惑った。当然である。彼は少女の親でもなければ親戚でもない。そもそも、彼に親戚と呼べる者がいるのかでさえ怪しいのである。それに、この場所に少女が興味を持ちそうな楽しい遊具などありはしない。それに、ここから最も近い村ですら、この家の場所を知らないほどであるのだから、そこの子供が肝試しにここに来る可能性も低いだろう。だからこそ、彼にとってはこの少女がどうやってここにたどり着いたのかが気になっているのである。迷子でないのならどうやってここに来たのだろうか? そんな疑問で彼の頭はいっぱいである。
「まあいいや、上がるかい?」
 彼はとりあえず少女を家の中に招待しようと考えたのだ。どうせ、どうやってここに来たのかしる予定だったし、それなら家の中でゆったりとくつろぎながら話をしても問題はないだろう。
 少女はどたどたと家の中へ駈け込んでいくとリビングだと思われるであろう部屋の中へと入っていった。
 そこには都合よくソファが置かれているので少女はそこに座り軽く跳ねている。彼は、山に生えていた柑橘系の果物を絞ったジュースをコップに注ぎ少女の前に置いた。
「お嬢ちゃんは、どうしてここに来たんだい?」
 迷子ではないとしたら目的があるだろう。彼はそう考えた。もしかしたら、宝探しでこの辺りにお宝が眠っているかもしれない。今日はもう暇だし、少女の遊びに付き合ってやってもいいだろう。そう思っていた。
「お兄さんに会いに来たの」
 しかし、少女が放った言葉は彼が想定していたもののどれにも当てはまることはなかった。余計に彼は混乱したことだろう。
「えっと、どうしてだい?」
 彼には冷静に少女を分析する理由が出来てしまった。そのためには、まず自分自身が冷静でいなくてはならない。とりあえずその場しのぎでしかない質問を投げかける。
「私ね。この世界の人じゃないの」
 と、彼の質問を無視し始めて自分のことを語りだす少女。彼はいつもなら興味がなく適当に流したであろうが、今回は違う。少女がどうして自分に会いに来たのかがわかる理由がそこにはあるかもしれないのだ。
「私はね、ここからすごい遠いところに生まれたの。お兄さんは名前も知らないようなところ。そこで私は、とっても頭が良かったの。だから大人の人が褒めてくれてたし私のことを心の底から愛してくれてた」
 途中までは笑顔だった少女の顔からだんだんと、陽気な感情が消えていく。それは、声にも現れているようで、先ほどまでは年相応の快活な印象が見て取れたが、今ではすべてに絶望をしているかのような自殺寸前の薄幸の女がそこにはいた。
「でもね、私には特別な力があったの。神様から頂いた特別な力。それが数年前、突然出て来てね、私と、私の家族と私の世界をめちゃくちゃにしていったの。わかるよね、お兄さんも。今まであったものが突然無くなったの。愛も希望もなにもかも」
 彼は数年前という単語から当時の少女が三~五歳であることを直感的に感じ取った。そして、特別な力。彼は、ある小説でそれを見たような気がした。そして、そのことに気付いた彼は形容しがたい不安感に襲われ全身に鳥肌が立つ。
「君は、なんていう名前なんだい?」
 それを聞いたら、自分が築き上げた生活には戻れないような気がした。しかし、彼の興味関心の方が勝ってしまったのだ。
「アリス。……アリス・リデル」
 少女の発した言葉を理解してしまい男は突然吐き出す。生物の本能に埋め込まれた恐怖というものがたった今現れてしまったのだ。その恐怖に真正面から立っていられるほど彼の精神は強くはない。膝はがくがくと震え歯をガチガチと鳴らし目がうつろになっているような状態で何とか少女に対峙できるのだ。
「お兄さんは、私がどんな力を持っているかわかってくれた? そして、あの後どんなつらい思いをしてきたか理解できた?」
 少女はようやく理解者にあったかのような安心感からなのか再び先ほどのような笑みを浮かべている。
「そ、その君はこの私に何のようだい?」
「あなたも持っているのでしょう? 神に選ばれた素晴らしい力を。私の様に世界を壊せる危険性を孕んだ美しい力を」
 彼は持っている。力を。その力を他の人に向けて扱わないようにこんな山奥の中の山奥に家なんか建てたのだ。
「持っていたとしても、何になる? 君は何をするつもりなんだ?」
 少女はある言葉を発する。まるで理解できない、何かの偉大さを感じさせるかのような荘厳な響きを。
「それは?」
「私たちの神の名前。あなたにもある素晴らしい力を与えてくれた神の名前。もう、私だけじゃない。あなただけじゃない。たくさんいる。私の様に、あなたのように力を有し間違った使い方をされ、世界に見捨てられた人間が。私は、彼らの救済をするためにこの世に生を受けたの」
 少女は先ほどまでの幼子では無いように感じられた。まるで神の生き写し。それは、精霊信仰をしている彼にも心を揺さぶらせるほどの強い力があったことであろう。
「あなたが、悩み不安になり世界に捨てられたような力を私は歓迎するわ。組織を作るの。新たな組織。異端者が愛し愛され、世界の中心となる素晴らしい組織を。それには、あなたの力が必要だわ。あなたが、仲間に加われば今まで救えなかった多くの悩める者たちを救うことが出来る。その数は何倍にも膨れ上がる。この世界を変えるの。異端者が最も敬われ、愛される最高の世界に」
 少女は手を差し出す。
「さあ、来て」
 男は少しのためらいもなくその手を握りしめた。
「私たちは、あなたを歓迎するわ。ようこそ、RYWHSTへ」

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