月ふる夜と光とぶ朝のあいだで

些稚絃羽

6.お別れ

「光るちょうちょ」がすべて土の上に落ちたのを、レオンの高い高いせなかに乗るラビーは知りません。
ただ見えなくなったので、「光るちょうちょ」はいなくなったのだと思いました。
せっかくはじめて見たちょうちょだったのにとがっかりして、それからおなかがグゥとなりました。
きのうのお昼から何も食べていないからです。とてもおなかがすいていました。

「レオン、おなかがすいちゃったよ。」
ラビーがレオンの頭の上でたてがみにねそべりながら、そんな声をあげます。
レオンの耳がくるりとこちらを向いたので、その耳をさわってみました。
自分の耳と同じように毛でふさふさしていますがとても大きく、ラビーはすっぽりかくれてしまえそうに思えました。

レオンは耳をさわられてくすぐったいと思いましたが、そのままにしてやりました。
「もうすぐ山だ。山に入ればおまえの食べられるものもすぐ見つかるだろう。」

レオンは歩いているあいだ中、ラビーがねている時にも何か食べられるものがないか探していました。
でも森にはうさぎの食べられるようなやわらかい草や実はありませんでした。森はじめじめとしていて、生えている草はかたくすじばったものばかりだったのです。

「あ、山!」
ラビーにも山の入り口が見えてきました。
森と山のつながる一本道をレオンはすでに歩きはじめていました。

お別れの時に一歩ずつ近付いています。レオンは足を止めることができません。
レオンがここまで来た理由、それはラビーを山にかえすためだからです。


一本道のちょうど真ん中で、レオンは立ち止まりました。


ラビーはとつぜん足を止めたレオンをふしぎに思いました。山の入り口はまだ少し向こうで、ラビーにとってはこれが、いつの間にか大きなおともだちとのおさんぽに思えていたからです。
「レオン?」
それが合図のようにレオンはねころびました。せなかが大きくゆれました。

「おりろ。」
言われるままにラビーは、頭からせなか、せなかから地面へとピョンピョンとおりました。
立ち上がるレオンに、正面からラビーはたずねます。
「ねぇ、どうしたの?」
ラビーの後ろの太陽が、レオンの顔をてらします。少しさみしそうに見えました。

「ここで、お別れだ。」
 それはもう二度と会えないような言い方でした。
「どうしてお別れなの?」
「おまえはうさぎで、おれはライオンだからだ。」
ラビーにはどうしてそれがお別れの理由になるのか分かりませんでした。
ラビーはまだ小さく、うさぎとライオンがおともだちになれないとは思えなかったからです。

「どうしてうさぎとライオンだとお別れするの?」
レオンにとってその答えはとてもかんたんでした。でもかんたんすぎて何と言えばいいか分かりません。
レオンはラビーの何倍も生きていて、たくさんのことを知っているからです。
そしてうさぎとライオンがおともだちになった話を聞いたことがありません。
まだ子どもであれば、ラビーのことをはじめてのおともだちだと言えたかもしれません。でもそれはできないのです。

「たくさんおともだちいるんだよ。もぐらさんやキツツキさんや、りすのリリおばさんだってやぎのゴダじいだっておともだちだよ?なのにレオンとはおともだちになれないの?」
レオンはやさしくて強くてあたたかいライオンでした。
他にライオンに出会ったことはありませんが、山のみんなから聞いていたライオンとはちがいました。

「……家族やそのおともだちがまっているんだろう?早く行け。」
ラビーは悲しくてたまりません。レオンとはおともだちになれないのです。目になみだがたまっていきます。
レオンも本当はさみしくてたまりません。またひとりぼっちになるのです。自分も泣いてしまいそうです。

「もう、会えない?」
ラビーはたずねました。
「もう、会えない。」
レオンは答えました。

ラビーはお別れが決まっていることなのだと分かりました。もっともっといっしょにいたいと思いましたが、それはできないのだと分かりました。
うさぎとライオンはおともだちになれないのだと知りました。

ラビーはピョンと小さくはねるようにしてレオンに近付きます。そしてその大きな手を自分の小さな手で少しなでました。
レオンはラビーの手がつめたく、でもあたたかく、心地よくて目をつむりました。
ラビーはレオンの大きな手を見つめたまま、言いました。
「あのね、ラビーって言うの。」
ここは森ではなく、山でもありません。ただの一本道です。名前を言ってはいけない場所はもう通りすぎました。
どうしてもレオンに名前を知ってほしいと思いました。自分のことをわすれないでほしいと思いました。
今度は顔を上げてもう一度言いました。
「ラビーって言うの。」

目をあけたレオンは、ラビーがなみだを流しながら名前を教えてくれているのが分かりました。
目の前のうさぎの名前をレオンは知り、それを呼んでみたいと思いました。
「……ラビー。」
レオンの低くやさしい声が小さく、ラビーの名前を呼びます。
ラビーはそれをとてもうれしいと思いました。
「レオン、ありがとう。」

ラビーは山に向かって走り出しました。早く早くと、こけそうになっても止まりません。なみだが風に乗って後ろに流れていきます。
レオンにその小さなせなかが見えなくなるのはすぐでした。
レオンは大きな声で、ガオーとおたけびを上げました。ラビーにもそれはよく聞こえました。

 

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