零番目の童話

海沼偲

エピローグ

 俺たちは、元の世界に全員きちんと戻ってきた。その後も、しばらくの休憩の後仕分けを再開し全ての作品を分け終わることが出来た。あの後は、これといった事件は起きずに済んでよかった。文皇たちは今日の朝に自分の文明に戻っていった。
 で、今俺は一人で静かに朝食を楽しんでいる。味噌汁を飲みながら体を温めている。味噌汁を飲むと実家を思い出してしまう。別に関係はないのだが、しばらく家族に会っていないからな。今年のお盆には帰ろうと思う。
「おい、一生。暇か?」
「なんだ、エリザベス?」
 俺の背後にエリザベスが朝食を持って立っていた。俺は左隣の椅子を引いてここに座るよう促す。エリザベスはそこに座った。
「で、何の用だ?」
「いや……始末書とか書いたのか気になってな。あたしは始末書書くのは手伝ったりしないが、大変だろうからな。あたしに出来ることなら手伝ってやってもいいぞ?」
 いじらしい顔で笑っているエリザベス。俺はそれを見てフッと鼻で笑う。
「なんだ?」
「いや……そうだ。肩が凝っているから肩でも揉んでもらおうかな?」
「食べ終わったらな」
 と、エリザベスは特に急ぐことなくトーストをかじっていく。俺はその仕草をぼーっと見つめている。しかし、その視線にもどかしさを覚えたのかこちらを向いてじっと俺を見続けた。
「食べないのか?」
「食べにくいんだよ」
「ああ、そういうことな。見とれてた。綺麗だから」
 しかし、それを言ってもエリザベスは別に緊張したり顔を赤らめたりはせず、目の前に置かれているフォークを手に取って俺に向ける。
「あたしは簡単に口説けないぞ」
「そんなの、初めて会った時からわかっていたさ。だけど、事実は伝えなきゃ勿体ないだろう?」
「けっ……」
 エリザベスはそう吐き捨てると再び食事に戻るが、少しまんざらでもないように見えた。
「一生さん!」
 と、遠くから俺を呼ぶ声。その声の主は先日命を奪い合った男だった。まあ、こいつ本人とは殺し合いをしていたりはしないんだけどな。
「ん? どうした? 嫁さんに逃げられたか?」
「やめてくださいよ、そんな冗談。こっちはお礼を言いに来たんですから」
 お礼? なんか言われるような事したっけ?
「ありがとうございます。俺たち夫婦が一緒に暮らせるのはあなたのおかげです」
「ま、普通じゃないけどな。しかも、俺がお前らの行動を監視しているんだぞ」
 ちなみに、こいつの奥さんは今ようやくもそもそっとベッドから起きたところだ。寝起き姿は少しエロイと思った。
「なに人の嫁で鼻伸ばしてんだお前」
 エリザベスがくぎを刺す。
「あはは、すまんすまん。でも、本当にいいのか? 俺みたいなので」
「だけど、あなたは命の恩人ですからね。本来なら俺は殺されるはずなんでしょう?」
 そうだな。確実にこいつはADSによって殺されただろう。だが、恩人なんて言われると少しむずがゆくなる。
「あ、そうだ。お前の奥さんに言っといてくれよ」
「何をです?」
「『旦那に愛想尽かしたら俺のところに来い。俺が養ってやるよ』ってな」
「ハハハハ、じゃあ、嫁が一生さんに惚れないように人一倍頑張らないといけませんね」
 と、男はそれだけ言って部屋から出て行った。俺はそれを見送るとお茶に口をつける。まあ、あんなことを言ったが、奥さんは俺のこと嫌っているからなあ。絶対に口説き落とすことはできないだろうなあ。
「口元がほころんでいるぞ」
「こればっかりはな」
 俺は適当にコーヒーを注文してそれを飲み干す。そのコーヒーは砂糖を入れていないにもかかわらず甘く感じられた。

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