零番目の童話

海沼偲

第四話 地獄の沙汰も嫁しだいー1

 そして、綺麗に着地した先は木の枝である。ただし太さはあるので折れる心配はない。それを確認すると、ジェットパックをポーチへしまう。
「遅かったな。間抜けどもが」
 そこには、俺と同じように木の上に乗っているレイトンがいた。
「敵は、どういう奴だ?」
「そう急かすな。全員集まってからだろ?」
 と、落ち着いて返事をするレイトン。そのレイトンの隣にいつの間にか立っているマール。しかも、その枝は非常に細い。その枝を折らずに着地してその上に乗っている。どんな力の入れ方をしているのかはわからない。その次に来たダンは、俺と同程度の太さの枝に乗る。さすがにあの芸当は魔学ではできない。
「……あと一人」
 そう言いながらマールは手に持っている血液パックを刃物で傷つけ破る。その血液から、エリザベスが現れる。
「ふう、えーっと……次は何するんだっけ?」
「向こうにいる死にかけの女を殺すんだよ」
 ダンがそう教える。
「ああ、死にかけのあたしを殺すのか。なんか気持ちわりいな、自分で自分を殺すのってさ」
 遠くでドシンといった地響きが聞こえる。それで、向こうのエリザベスが死んだことがわかる。先ほどまで話していたエリザベスが死んだ。なんだか、おかしくなりそうだ。何度もそういうのは見てきたのにな。
「さて、全員そろったぞ。頼む」
 俺はレイトンに向けてそう頼んだ。
「わかった。敵は神人学の男と精人学の女だ。男の方は獅子の神物で、女の方は水の魔法使いだ。ウジムシが勝手に死ぬのは構わないが、これに俺たちも巻き込んでほしくはなかったな。と言うか巻き込むな。元凶は殺したのか?」
「ああ、槙之助が殺した」
「くそ、俺もそっちに行けばよかった。勝手に神物を巻き込んだウジムシは俺の手で殺したかったぜ。あ、そうそう。今はこう着状態を保っているから下手に行動しない方がいいぞ」
 と、先ほどまでの憎悪の念を孕んだ発言がなかったかのようにいつもの調子に戻るレイトン。俺は、その不気味さに少し押され気味に返事をした。
「そうか……仕方ねえ。様子を見てみるか」
 と、背後から龍をかたどったかのような水流を生み出し、敵の方へと向かわせる。って、今の話を聞いていなかったのか? こう着状態の脱却を図るにはいいが、それは今なのだろうか?
「水のない所でこれほどの水龍を……さすがだな、ダン。俺には一生真似できないことをやって見せてくれるとはな。天国のお母さんも目玉を飛び出していることだろうな」
「二体で、驚くなよ。こっから、更に出せる」
 こいつ、調子のらせたら宇宙一だな。レイトンは褒めてないし。
 だが、実際ダンの言ったことは本当で、そこからさらに八体の龍を生み出す。水龍は合計十体。
「でも、全部防がれてるな」
「……しかも、敵に居場所がばれた」
「ばかだな、ダン」
「ほら返ってくるぞ、ちゃんと止めろよ」
 と、エリザベスが指差す。その先には十体の水龍を止めて平然とした顔でいる女が、こちらに二〇体の水龍をこちらに向けてはなっていた。
「俺と、力比べをする気か? バカめ!」
「でも、あいつ精人化しているな」
「しかも、半分精人になっているな」
「……ダンに、勝ち目はない」
「てめえら、俺の応援をしろ!」
 ダンは、遠くへ吹き飛ばされた。さすがに、あれだけの数は防ぎきれなかったようだった。アホだなあいつ。
「さて、ばれちまったからには傍観していられなくなったぞ」
「そんなことは言われなくてもわかる。くるぞ」
 と、森の奥から男の雄叫びが聞こえる。鼓膜をびりびりと痺れさせるかのような大音量の叫び声に俺たちは思わず耳を塞ぐ。そのままにしていたら耳が使い物にならなくなってしまったかもしれない。
「あれが、メインじゃないぞ。本命はあれだ」
 俺たちが上に乗っている樹木がぐらぐらと揺れている。下を見ると、獣が木を揺らしているのがわかる。
「なんで突然っ!」
「これがあの雄叫びの正体だ。王の雄叫びは誰もが従う。獣の王である獅子の雄叫ならば、他の獣が従属する」
「レイトンは大丈夫なのか?」
 神物学は神物の力を借りる学問だ。神物は現存する獣を基本となって考えられているとされている。だから、神物を操る人間にもその効果の範囲に及ぶはずだろうと考えた。
「俺は、ADSだぞ。そんな簡単に言いなりになるわけがない」
「……黙らせてくる」
 マールは枝から真っ逆さまに落ちる。じっとしていても枝が折れて真っ先に落されることはわかっていたので、誰も動かない。すぐに片づけられるとわかっていたことだしな。その通りに、マールは下に群がっていた獣を一瞬というべき速さで片づけた。それほどまでに速かった。
「そろそろあたしたちも行くぞ」
 エリザベスも下へ降りる。だが、俺は下に降りることなどせずに木々の間を飛び回る。たいした身体能力がないとはいってもADS。そこそこの速さで移動はできる。それで、敵の隙を窺っている。
 ちなみに、今この場所がどうなっているのかというと、敵を中心にして辺りの木々が倒されている。ADSと戦って辺りの地形を変えない方が無理だからな。だから、俺たちは少し敵から離れた位置を飛び回っている。ただし、俺の武器の射程内に必ずおさめている。そして、射線も常に通るように配慮して動き回っている。それほどまでに敵の周囲は開けている。
 だが、それにもかかわらず、ADSも敵も何もしない。何もしないというより、何もできない。ADSは同時に二文明を矛盾限界が存在する中で戦うという経験をめったなことではしていない。一方的は、これだけの数のADSを相手取るのはできないだろう。そのため、両者は動くことが出来ないのである。俺たちが来る前に交戦していたらしいが、それでお互いの能力を把握して動かないということは、それほどまでに拮抗しているということなのだろうか。
「よし、準備完了」
 俺はそこそこ丈夫な木の枝に飛び乗り、そこで停止する。大体の位置関係は完璧に把握できた。
「おにいちゃん、いまどうなっているの?」
 と、箒にまたがっているアリシアは俺の近くに来てそう聞いてきた。というか、俺の後を追ってきていたらしい。俺と同じ程度の速さで。
「どっちも動いてないよ。でも、きっかけがあれば始まると思うぞ。例えば、あそこにいるマールが全力で敵に突っ込むとかするとかな」
 俺は、反対側にいるマールを指さす。気がみなぎっているから、敵が何かをした直後にでも動くつもりだろう。
「じゃあ……きっかけを作ってあげる!」
「え?」
 と、アリシアは魔法の杖を高らかにあげる。
「えーっと、うーんっと……ちょうすーぱーはいぱーあたっく!」
 と、技の名前と呼ぶにはあまりにもひどい名前を発すると森のいたるところから、エネルギー弾が敵の方へと降り注ぐ。
「何本突き刺したんだ!」
 この周囲には爆音が鳴り響いているため大声を張らないと隣にいるアリシアにすら聞こえない。
「いっぱい!」
「大丈夫なのか! こんなに、大量のエネルギーを放出したらすぐガス欠になるぞ!」
「わたしのおうちは、おかねもちだから、すぐ買ってもらえるの!」
「そうだったな!」
 ただし、ほとんど新品の杖はこれほどまでの使い方をしても数日は持つ。くっそ安い杖だったら、数時間が限界だろうけどな。
 しかし、アリシアの杖は数分で全魔力を使い切り猛攻が止まってしまった。
「おい、どのぐらいの量の魔力を乗せたんだ?」
 一般的に天才と呼ばれる人たちは、数日分の魔力を一度に放出させることが出来る。ただし、その程度の威力を出す必要がある事態に陥ることはないけどな。
「ひゃくねんぶん!」
「は?」
 百年分の魔力というのは、聖樹学で扱う杖の中で最も高価なものの使用期間である。ようするに、百年間使える杖を数分で使い切ったということだ。いや、違う。エネルギー弾一発で杖一本消費している。それを数分間絶えず撃ちつづけていたってことは……想像もしたくない。
「だが、これで生きていられる人間はいないはずだ」
 地形は全く変わっていない。それは、聖樹の力は、自然には及ぼさないからである。ただ、砂埃は舞っている。その砂埃が完全にいなくなると、そこには、水の球体に覆われた一組の男女がいた。
「九九パーセント……! 限界ギリギリまで高めやがった!」
 と、その背後にいる男がある巻物を取り出す。神物学では神物の召喚に巻物を使うことは多々ある。だが、同時に四巻も取り出す男。
「四神召喚」
 男は、先ほどとはうって変わって小さな声でボソッとそう呟いた。まず、読唇だけで読み取ることが出来たが、気付くのが少し遅かったら、なにを言っていたのかわからなかったぞ。
「放て、一生! 呼び出す前に殺すぞ! あのウジムシに余裕を与えるな!」
 と、俺たちの近くへ飛んできたレイトンが慌てたようにそう叫んだ。だが、神物学の人間が慌てるのなら、それほど危険ということ、俺は握っていた左の拳を放す。俺は、今まで、ワイヤーを握っていた。ワイヤーといってもピアノ線以上の細さで象四頭で引っ張り合ってもちぎれない頑丈さを持ち合わせており、なおかつステルス。で、それの先には何があるのかというと、辺り一面に張り巡らされた火矢である。何故火矢を選んだとかは見ていればわかる。
 火矢が、当然その場にいる敵さん二人に向かって飛ぶ。数百の矢が雨霰のように空を飛んでいる。火矢というからには、火がついている。で、聖樹学はその火を増幅させることが出来る。つまり、火だるまの矢が出来上がる。さらに、ここから魔学が加わることでより威力を発揮する。
 最初から出来上がっている火に自分たちの魔粒子を組み込むだけでいい。それだけで永久に燃え続ける火の完成だ。矢自体は木でできているから矛盾発生はない。プラスより大きな炎となっている。大抵の金属なら溶けるだろう。矢じりも溶けるはずだ。その炎が矢じりを溶かしているという設定のおかげで錬成学も矛盾の発生なしで矢じりをより尖らせることが出来る。高音で燃えていた矢じりが変形しても誰も疑問に思わないだろ。この矢で傷つけられたら一生傷跡が治らないだろう。かわいそうに。
 何本かは水の壁に遮られる。こればっかりは仕方がない。しかし、それを乗り越える矢も存在する。で、今回の目的は巻物の焼却。巻物に傷つけたら俺たちの勝ちだ。そして、今まさにその勝利の瞬間を俺たちが手にする――

 ――男の口元が吊りあがった。

「しまっ――!」
 レイトンの叫びは途中まで、俺たちに突風が吹いた。少しでも気を抜いたら森の外へ飛ばされるかのような風。そして重圧。俺は、少し飛ばされている。先ほどにいた枝から数メートルは飛ばされている。今は木の幹を背にしているため、問題ない。まあ、木がメキメキと音を鳴らすほど押し付けられているから、全然問題ないわけではないけどな。
 そして、風がピタッと止む。その直後、俺は地面にストンと落ちる。綺麗に着地できた。俺はその場でポーズをとる。
「ふっ……たいしたこと無かったな」
 俺は、先ほどまでのことを無かったことにした。
「何当たり前のこと言っているんだ。さっさと準備しろ。……本物の登場だ」
 レイトンは俺を一瞥するとそう注意された。今の突風をたいしたこと無いで片付けられるほど強くないんですよね、俺は。
 どうやら、男の周囲には四体の神物がいる。神物の一体が、強い光を発しているため今は夜だが昼の様に明るい。亀、虎、鳥、そして龍……。ん?
「四神って、その四神かよ」
 神物学の作者はアジア民族が好きだという話を聞いたことがある。九九次元には多くの民族が住んでおり、その中にもアジア系の民族がいる。で、どういうわけだか神物学の作者はアジアが好きだから、アジアで古くから言い伝えられているような物の怪の類が多く神物学にはいる。イリヤも鬼を召喚していたしな。ただし、アジア人の中でも日本人はいない。日本人がいるのは、錬成学と科学だけなのだ。何故だかな。
「対処法はあるか?」
「ない。四体を相手にすることはほぼ無理だ」
「ADSが諦めてんじゃねえよ」
「お前も一丁前にそんなこと言うようになったんだな。安心しろ、ADSを軸に置いた話はしていない」
「それを聞いて安心した。でも、実際どうするんだ? 四神を相手取ったことないぞ」
「俺もない」
 すると、亀の神物つまり、玄武が前足をあげる。そして、地面に思いっきり叩きつける。その衝撃が俺たちの下へ到達し、俺たちの体を揺らす。しかも、立っているのがやっとなほどである。
「震源地が地表の地震なんてめったに味わえないぞ! 存分に堪能しとけよ!」
 俺は、そこで気付いてしまう。いないのだ。……白虎が。その直後、俺たち二人に明後日の方向から何かの衝撃が飛んできて広場に飛ばされてしまう。服を見るとひっかき傷のようなものがつけられており、肉が少し持って行かれていた。しかし、すぐに修復できるので、痛みだけが今はある。ただし、地面についている膝がずぶずぶと地面に沈んでいく。
「液状化? どういうことだ?」
 その直後、土と水の魔法使いたちが地面の液状化を何とか止める。おれの下半身は少し埋まってしまったがな。だが、全部が埋まる前に止めてくれたので一息つくことが出来る。
「まだ終わってないぞ!」
 そのレイトンの叫び声と同時に朱雀と青竜が上空に飛び立つ。風が吹く。上から下へ押し付けられるように。身動きが取れなくなるほどの風圧を受け、なんとか立っているのがやっとである。上を見ようものなら目を開けることすら困難である。さらに、矛盾量が多すぎるためそれに対抗することすら出来ない。だが、風の魔法使いは風を受け流して上を見ることが出来る。
「何してやがるんだ?」
 誰かがぽつりとそう言った。恐らく魔法使いだろう。その直後、空気の温度が急激に上がった。つまり、熱風が吹いてきたのだ。水の魔法使いが上空に水壁をつくることによってなんとかそれを逃れる。が、水が風に当たって蒸発しているので、これが出来なくなるのも時間の問題だろう。つまり、短期決戦ということだ。
「氷の魔法使いも手伝え。水を冷やすんだ!」
「火の魔法使いは朱雀を対処しろ! もたもたしていると、全員ミイラになるぞ!」
「壁役以外の水の魔法使いも攻撃に参加しろ! 他の奴らは青竜を相手しろ!」
「土の属性は水と一緒に混ぜてより強固な壁にしろ! 土の下の冷たい空間を作れ!」
「もたもたするなよ!」
「誰か、火に強い神物を保有している奴はいないか!」
「少し黙ってろ! そっちばっかに気をかけてられないんだ!」
「青竜が向こうに行ったぞ! 足が速い奴らは全員で追いかけてくれ!」
「おい、アルフォンスはどこ行きやがった!」
「真っ先に青竜を追いかけに行ったぞ! さっさとてめえらも追いかけに行かねえか!」
 などと、俺たちの周囲でADSが慌てたように対処し始めている。じゃあ、俺たちはどうするかというと、大元を潰す。
「因子濃度は十分あるな。てめえら! わかっているな!」
 と、大声を出す槙之助。それと同時に取り出したるはいつも通りのチェーンガン。これしか能がないのか。ADSじゃなかったらこれだけで世界崩壊だぞ。世界崩壊はしないといっても当然錬成学の技術力で実弾兵器とはいえここまでの連射性能を持った武器は造れないため一丁一丁に少量とはいえ矛盾が生じる。それが集まれば。俺がちょっと血反吐を吐く程度の矛盾が出来上がる。
「くっそ……俺を殺す気か?」
 全員の引き金が同時にひかれる。おそらく、水の壁ではどう対処するつもりなのだろうか。いや、できるわけがない。威力減衰も意味ないぞ。
 辺りの木々がボロボロに破壊されると弾幕を張るのを止めるが、そこには、まるで鉄の様に硬い表皮に覆われた白虎と他二人がいた。
「何をしたんだよ。俺様の蜂の巣攻撃を受けて無傷なんてありえねえ」
「というか、お前らはそれしかできんのか!」
「俺たちは創造の学問だ! 物質生成しか出来ねえよ! 他のことを期待してんじゃねえ!」
 と、突然槙之助の腹がバッサリ切られる。そこには白虎がいる。そして、俺にも返り血がべっとりと付いてしまう。
「や、やばい! 俺もだけでも早く逃げないと!」
 この瞬間、俺は槙之助を見捨てる覚悟が出来た。じゃあな、槙之助。墓参り位はしてやるよ。
 ただ、槙之助は薄れゆく意識の中で白虎の尻尾を掴む。
「日本人はただでは死なん。くたばりやがれ」
 槙之助の体がカッと光ると大爆発を起こす。因子爆破だ。俺はその衝撃に吹き飛ばされる。
「あっぶねー……爆破範囲以外にちゃんと血痕が飛んでて助かったー」
 と、俺の近くに槙之助がいる。平然と立っている。そして、俺の血まみれの顔を見て口元を抑える。明らかにバカにしたような顔つきだ。
「俺のおかげだからな」
「もっとちゃんと避けてくれよな。血が傷ついているから、少し奇形じゃないか」
 たしかに、槙之助の左手には指が六本あった。
「秀吉も六本らしいぞ」
「ふーん」
 自分で左手を斬りおとすと、そこから新しく腕を生やす。今度はきちんと五本になっている。
「まあ、俺は五本の方がいいや。……さて、仕留めたかな?」
 だが、白虎は傷つきながらもなんとか四本の足で立ち上がる。俺はそれを見て、ポーチから銃を二丁取り出す。そして、撃ちだす。当たる。弾かれる。しかし、弾かれた直後に銃弾は爆発する。因子爆破よりは威力はないけどな。まだまだ撃ちつづける。
「どんな理屈で爆発しているんだ?」
「地雷とおんなじ理屈で爆発してる」
 だが、その爆発になれたのか白虎は爆発を無視して俺に飛びかかる。俺は体を捻り、致命傷を避ける。その捻りの勢いを利用する。白虎の後頭部へ後ろ回し蹴りを叩きこむ。ただし、表皮がとてつもない硬さを誇っているのか、俺の左踵の骨が折れた。というか砕けた。俺は、その足を庇うように片足で立つ。
「くそ、痛いな」
「しばらくは我慢してくれよ。もう少し時間がかかるからな」
「わかっているよ。……なんだよ、ありゃ。鉄って硬度じゃねえぞ。そのくせぐにゃんぐにゃんに曲がるっていうおまけつき。何でできているんだよ」
「虎鉄だ」
 レイトンが反応する。
「刀の名前か?」
「鉱物の名前だ」
「聞いたことないな」
「当たり前だ。神物学にしか存在しない鉱物だからな。白虎しか生成できない特別な鉱物だ。アルミみたいにぐにゃぐにゃ曲がるが、硬度はダイアモンドを超える、らしい」
「じゃあ、ダイアモンドでしか斬れねえってことか。やるだけやってみるか」
 俺は、今装填されている弾を全て撃ちつくす。これでリセット。白虎に向けて発砲。撃ちだされた弾は白虎の表皮に阻まれる。
「効かないぞ」
「以上って言っただろ……タコが」
 レイトンは少し呆れ顔で言う。
「それでも、傷すらつかねえのか。塩酸かければ溶けるか?」
「さあな。虎鉄なんて金属、上流階級のぱっぱらぱーにしか渡らないしな」
「つうか、俺だけじゃなくてお前も戦えよ。こっちは片足砕けてんだぞ」
「もうしている」
「え?」
 と、俺の真横を一陣の風が通り過ぎる。片足で立っていた俺は、耐えることが出来ずに尻餅をついてしまう。俺は地面に尻を付けた後に、その風が通っていた方向を見ると、二体の天狗がいた。白虎と戦っている。だが、数で勝っているからと言って質では勝てていないのか天狗の方が押されていた。そのため、退避のために一旦レイトンのもとへ飛ぶ。
「烏天狗でも無理か……。さて、どうしたものか?」
 と、突然白虎の足元から巨大な棒が飛び出してきた。それを間一髪で躱す白虎。
「くそ、あと少しだったな」
 と、俺の隣にはチャックが立っていた。そして、棒が飛び出ている所からは猿魔が飛び出す。
「ウキャキャキャキャ……やっぱ四神なだけはあるな。どうするんだ? おいらの不意打ちを避けるなんてちょっと規格外だぞ」
「当たるとは思っていない。それこそ拍子抜けだ」
「準備はできているのか?」
 俺は、チャックに質問する。
「できている。だから、今まで参加しなかった」
 チャックの戦い方は、神物による連携を重視している。だからこそ、今ここにいるのは猿魔だけだと思う。
「さて、いくか」
 と言うと同時にチャックは手のひら大の大きさのボールを白虎に向け投げつける。そして、当たる直前に腕をひく。どうやらそのボールには紐がついており白虎に当たる直前にこちらに戻ってくる。それに一瞬視線を奪われる。
「ウキャア!」
と、チャックの肩に乗っている猿が大きくそう鳴いた。その瞬間を狙っていたかのように、地面から飛び出した猿が白虎の両手両足を掴む。それによりほんの少しの間白虎の身動きが取れなくなる。
「ウキャキャキャキャキャキャ!」
 と、空高く跳んでいた猿魔は自分の体重を棒に乗せて落ちてくる。数十キロの重量が十数平方センチメートルに圧し掛かっているのだ。それが白虎の真上に落ちてくる。そして直撃。その威力は凄まじく白虎の身体が地面に軽くめり込んでしまうほどのものであった。猿魔はすぐさま飛び退き地面に華麗に着地する。
「やっぱ硬えな。おいらの掌が血まみれになっちまった」
 そういう猿魔の掌は確かに傷ついていた。あの衝撃の何割かを自分がもらってしまったのだろう。
「やっぱり硬いか。これで、傷ついていなかったらどうしたも――」
 と、レイトンは何かによって発言を中断されてしまった。……飛んできたのはレミリアだった。
「お前は玄武と戦っていたんじゃないのか?」
「あら、ごめんなさいね。衝撃を逃がすために大きく飛び過ぎてしまいました」
「大丈夫? レミリア?」
「大丈夫です、お嬢様。私はぴんぴんしております」
「早くどけ、A。豊胸手術はしないのか?」
「ん? ああ、失礼」
 レミリアはようやく立ち上がる。レイトンの顔は逆に地面に沈む。
「これで人数は六人です。ちゃっちゃと片付けましょう、お嬢様」
「そうだね、レミリア」
「なに言ってんだ、花畑ども。こっちは、人一人の戦力失っているんだぞ」
「六人でさっさと神物を一体倒せばいいという考えに至らないなんて、悲しい脳みそをお持ちなんですね」
「おい、槙之助。四人にまかせる。こいつと決着つけてくる。一介のメイドが天才に歯向かうとどうなるか教えてやるよ」
「お嬢様、少しの間お待ちください。ぐちぐち言う男の鼻をへし折ってきますので」
「「わかった」」
「わかるなよ!」
 ここで俺が止めなかったら、四人で二体を相手にする羽目になる。それはまずい。というか、私情を最優先に行動しないでくれませんかね。
「安心しろ一生。俺は無限だ」
 自分の手首を切りその血から新たに二人の人間を生み出す。と言うかクローンだな。
「だけど、錬成学が二人増えても戦法は変わらないはずだぞ。どうするつもりなんだ?」
「俺の力は因子爆破だ。それを最大限利用する戦い方をするまでよ。お前ら、フォローを頼むぞ」
「孫! 戻れ!」
「ウキャキャキャキャ! なんだよ、なんだよ! いい所だったのに!」
 先ほどまで、俺たちが敵の攻撃もなく話していられたのは猿魔が食い止めていたからである。しかも、二体の神物を。そのせいか、所々に傷を負っている。
「孫! ちょっとこっち来い。俺様が治してやる」
 と、槙之助に呼ばれ近くに寄ると、槙之助は猿魔の頭に軽く手を置く。するとみるみる傷口が塞がっていく。
「俺のも治してくれないか? 足」
「無理だ」
 槙之助は即答する。
「なんでさ」
「壊れたものを繋げ直すのは気持ち悪いぞ。しばらくは、自分の足と思えなくなるがそれでもいいなら……」
「あ、いいです」
「そうか、俺様もそんな事したくないしな」
 と、白虎の方へと向きなおす。
「さて、準備完了だ。……チャック。健一と連絡取れるか?」
「?」
「ちょっと待て」
 俺はチャックの手を掴み健一の顔をイメージする。これをチャックに送る。
「……! わかった、やってみる」
 先ほど言った通り、チャックの神物は連携を基本にしている。そのため、神物同士や契約者と意思疎通ができる。それを利用して、健一を呼び出すこともできるだろう。
「いや、呼び出さない」
 どうやら、俺の考えを読んでいたらしい。
「……お前らでやれ。だそうだ。少しでも矛盾の発生量を抑えたいらしい」
「ハハハハハ! 俺様がいるから断りやがったな? くそ面倒な男だぜ。俺様は少しでも手抜きしていたんだけどな」
 いや、できる限り全力で戦おうぜ。こっちは少しの矛盾も気にしていかなくちゃならないんだからさ。
 その時、俺とチャックの鼻から血が垂れる。
「どういうことだ?」
 チャックの言うとおりである。書き換えによる特有の空気が重くなる現象は起きていない。それにもかかわらずそれが起きた時と同じことが起きている。しかも、俺たち以外もだ。
「お嬢様? 鼻血が出ています」
「レミリアもだよ?」
「何がどうなっている? どういうことだ?」
「…………下だ!」
 俺はレイトンの言葉に釣られるようにして、下を見る。霧がかかっているようだ。霧がかかっているようだ。霧がかかっているようだ。霧だけがかかっているようだ。というか、もやだ。もやがもやもやっと俺たちの足元をおおっている。ほんとそれだけ。まあ、何でもやがかかっているのかと聞かれたら知りませんとしか言えないが、それだけだった。
「で?」
 と、俺の口からそれが出た。
「お前らバカか」
 と、呆れながらレイトンが俺たちに注射器を投げつけるってなかなかすごいな。頭おかしいわ。掴んだら針が刺さったわ。ついでに注射器の中にあるものを何の確認もせず体の中に入れる。
「で、これなんだ?」
「今更すぎませんか?」
「血清だ。玄武毒のな」
 俺は玄武の方に視線を移す。玄武の口からもやが生まれていた。これはひどい。おそらく、あのもやに毒を混ぜているのだろう。皮膚に触れただけでも危険なタイプの。
「おい、槙之助。これでもう大丈夫だ。本気で暴れても大丈夫だぞ」
 レイトンは少し嫌そうに言った。何が始まるのだろうか?
「ハハハハ、俺様の第一のリミッターが解除される時が来てしまったといったところか。さていくか」
「聞いていいか?」
 と、俺は意気揚々と前に出る槙之助を止める。
「なんだ、その名前は? お前の頭はおかしくないといけないのか? 何がリミッターだ。そんなちゃちなもんつけられるほど頭の構造よさそうに見えないけどな」
「言わせておけば……! まあ、先輩の俺様は寛容だからな。見ていればそんな事を考えることすらバカバカしくなるぜ!」
 槙之助はにやりと笑うと腕を組んで仁王立ちをする。それに意味はあるのかはわからないが、白虎は何かの不気味さを感じ取ったのか槙之助に爪を突き立てる。
「そんなに血の気多いと嫌われるぞニャンコウ」
 槙之助の拳が白虎の腹をとらえる。それだけで簡単に吹き飛ぶ白虎ではない。本来であるならば。
「日本軍最強伝説其の一、日本軍は日本刀一本で一〇〇人を超す人間を斬り殺す」
 ま、槙之助は何を言っているんだ?
「まだ手加減モード中だ。早く攻撃しないと死ぬぜ」
 槙之助はかかってこいよという風にとれるようなジェスチャーを挟む。白虎もそれに反応したのか槙之助に飛びかかる。そのタイミングに合わせて槙之助の綺麗な回し蹴りが白虎の左わき腹に突き刺さる。そう、突き刺さると表現するのがふさわしいほど槙之助の蹴りは肉をえぐり取るような軌道を描いていた。もしかしたら骨が折れているかもしれないが、その蹴り上げた足をしっかりと大地につけバネを利用して白虎に近寄る。
 槙之助のわきに差してある刀を抜くと白虎の腹を一閃、しかし斬れない。そりゃ神物が生み出した金属だからな。この程度で根を上げちゃ困るだろう。だがな、金属だって壊れる時は壊れる。例えば……振り回すたびに衝撃波が発生する剣技なんかを受け続けるとかな。そこかしこに金属片が飛び散っているのがここからでも見える。
「もらった!」
 最後の仕上げといわんばかりに槙之助の拳が疲弊している個所にぶつかる。ゴッという肉同士がぶつかり合う音をしていない音とともに白虎は吹き飛んだ。槙之助の拳には噴水が出来上がっている。
「さあ、手加減モードは終了だ。せいぜいすぐに力尽きるように祈ることだな……因子生成」
 因子生成……って、無から有を生み出す大賢者と呼ばれる突然変異体しか使えない能力じゃないのか? それをなぜ槙之助が? もしかして、槙之助は……
「貴様の考えている通りだ、一生、チャック。槙之助は魔学の『寵愛者』と並ぶ突然変異、通称『大賢者』と呼ばれる人間だ」
「まあ、あまりにもチートじみた能力だからな。使っていて戦闘が楽しくないから基本は使わない。ここぞという時のための隠し玉というやつだ。かっこいいだろ?」
「最初から本気出せやくそが!」
 大賢者。錬成学を生み出した人間である。ようするに、大賢者がこの世のすべてを作ったと錬成学では言い伝えられているわけだ。で、極まれにその能力を持ったまま生まれる人間がいるわけだ。槙之助みたいなやつだな。
「日本民族と大賢者の力が合わさり最強に見える。というか実際、錬成学最強だ。残念だなあ、猫やろうが。神物は一部を除いて殺せないが、追い返す方法ぐらいごまんとあるんだよ」
 今度は槙之助から動く。その動きは錬成学の人間の動きではなかった。いや、理論上はできるがそれを再現することは不可能とすらいわれた歩法である。要するに、自分の体を因子レベルまでバラバラにした後目標地点で自分の体を再構築したわけだ。座標のずれは無し。どんな演算能力だったらできるんだよ。
「おはよう」
 槙之助の拳が白虎の腹にめり込む。普通はありえない。だが、錬成学の一つに因子変換というものがある。それは、対象の性質を錬成因子を挟む必要なく変化させることのできる力である。この差は非常に大きく、銃弾を一発撃てるか二発撃てるかの違いが出る。ともかく、槙之助は白虎の腹の金属をただの肉にしたわけである。
「――っ!」
 何かを感じ取ったように白虎は後ろに飛ぶ。その腹からは鮮やかな鮮血がぼたぼたと流れ出ている。まるで、そこから抉り取られたかのように。
「気付くのが遅かったな。これで、今まで通りの素早い行動はできないぞ」
 もしかして、今のは因子消失か? ハハハ、なんでもありな文明のなんでもありな能力を全てもっていたら確かにチートすぎるわな。こんなのがいるなんて聞いていないだろうな、向こうは。だが、こちらを怒らせてしまったことは取り返しがつかないということだ。俺も怒らせないように真面目に生きよう。
「グルルルルルルルルル……」
 白虎は低く唸り始める。こっちに来ないでくれと懇願しているかのように。
「仕方ないなあ。俺様は行かないでやるよ。俺様はな。…………連鎖爆破五ノ型」
 槙之助の分身が白虎に向かう。それに気づく白虎は防御するために身体をこわばらせる。と、唐突に分身は両方自分の手首を斬りおとす。そして、その掌を遠くへ蹴飛ばす。それと同時に因子爆破。自身の体を爆発させる。その爆破範囲ギリギリに手首が飛んでいる。そこから分身が生まれる。数人。彼らもまた同じような手順を踏んで、爆発する。それが続いて倍々になっていく。
 今まさに、爆発の最中に爆発が起き、その直後にまた起き、爆発した瞬間にもう二発ぐらい同時に起きる。というか、地形が歪んでもおかしくないが、歪んでいない。というか、俺たちのところまで爆風すら飛んでこない。おそらく、槙之助の力で今の範囲に収めているのだろうが、それでも、俺の目の前は惨状と化していてもおかしくはなかった。その中心にいる白虎もおそらくただでは済まないだろう。
「止めっ!」
 槙之助の怒号により、爆発がぴたりと止まる。砂ぼこりが舞っているがそれが晴れた頃に見えたのは、全身傷だらけの白虎であった。指一本ピクリとも動いていない。
「砂埃 まことのぞうは 見せずとも 我に見えるは 塵の花なり」
 槙之助は紙に筆で何かつぶやきながら書いている。それを書き終わると、白虎のそばにそっと置いた。
「……何しているんだ?」
「忍者は殺した相手の死にざまの句を詠むんだよ」
「……は?」
 衝撃の新事実と言うか……俺、そんな話聞いたことないけどな。外国人でもそんな勘違いはしないよ。
「お前、なに言っているんだ? それに、今のが歌ならお前にセンスはねえよ」
「センスじゃねえ。心だ」
「そうか……。心もなんもないけどな。で、どうする? 残りの玄武をさ」
「同じ要領で殺す」
 え? それじゃあ、またあの難解な落書きみたいな歌詠うつもりか?
「じゃあ、お前とどめ刺さなくていいわ。アリシア、いけるか?」
 能力が優秀でも行動に難があって使えないなんて、なんて不便な人間なんだ。これじゃあ俺、槙之助を頼りたくなくなっちまうよ。
「大丈夫だよお兄ちゃん、二人ともいけるよ」
 と、辺りの木々にとまっていた鴉が飛び立つ。
「こっちも準備完了だ。あんな下劣なものをまた詠まれたらたまらんからな」
「そういうことだ。だから、お前はそこで見ていろ」
「ちっ……後で後悔しても遅いぞ」
 と、槙之助が少し遠くへ離れると入れ替わるように猿と鳥が玄武に向かって攻撃を開始する。中には一回り大きな猿が見られる。あれは……狒々か? だが、どの攻撃も玄武の甲羅の前では太刀打ちできない。
「ウキャキャキャキャ……あれは、簡単に割れるような代物じゃねえぞ」
「ヒヒヒヒヒ……オレの拳が逆に折れそうだ」
「狒々、笑うな」
 チャックがピシッと一言そう言った。
「すまねえ」
 狒々が申し訳なさそうに謝った。
「割れるか?」
 レイトンは鴉天狗にそう聞いた。
「なんとかやってみます」
 と、鴉天狗は上空に飛び立ちガーガーと大声で泣き叫ぶ。
「耳、閉じとけ」
 レイトンの忠告通り、俺たちは耳を閉じておく。だが、それでも脳みそを左右に揺さぶられるような強い衝撃が俺たちを襲う。玄武もたいした違いはないが少し怪訝そうな顔をし出す。俺は、耳栓を生み出せるだけの矛盾量の空きができるとすぐ行動に移す。この状態で、両手を自由に使えることは大きなアドバンテージになる。俺はすぐさまポーチに手を突っ込み、そこから拳銃を取り出す。だが、本来とは少し違いその拳銃の弾倉の部分からコードが伸びている。コードの先には小さな蓄電器がくっついている。もっと小型にもできたが、燃費が悪い。だからこそ、少し不恰好ではあるがこのタイプを手に取った。弾も込めてある。照準も合わせた。引き金はもう引いておりあとは指を放すだけ。キィーンと甲高い音が鴉天狗の叫び声と合わさり、吐き気がこみあげてくる。俺はそれにこらえながら、指に入れていた力を抜いた。
バチンッ! 電気が走る。溜めていた時間が長かったのだろうか絶縁体でできているグリップを無視して少し俺に電気が流れる。そして、反動で俺の体が後方へ吹き飛ぶ。片足がだめになっているため堪えることもできない。そして木に叩きつけられる。少しへこんだようだ。
「くそ……いってえ……」
 あまりの激痛につい声を漏らした。だが、それにもがいている暇などない。すぐさま顔をあげて確認する。そこには、弾丸を甲羅で止めていた玄武の姿があった。
「硬すぎないか?」
「一生! やっぱり、科学文明もたいしたこと無いじゃねえか!」
 これに絡んでくるのは当然錬成学の槙之助。
「うるせえ! 劣化ADSのくせに!」
「お前らより、矛盾発生量は少ないから、有能な能力なんだよ! お前らみたいに、物だすたんびに矛盾生まねえんだよ!」
「でも、お前らの矛盾なしでできる技術限界が近世で止まっているだろうが! そのせいで、技術的な意味での矛盾が大きすぎるんだよ! チェーンガンを出して、遊んでんじゃねえよ!」
「そこまでたいした違いは無いだろうが!」
「だったら、十三次元でやってみろや! お前達の唯一の長所が何の意味もなさなくなるけどな!」
「喧嘩している場合ではないぞ。次に備えろ」
 レイトンが喧嘩の仲裁に入る。実際は喧嘩ではなくただのじゃれ合いだ。科学と錬成学は非常に近しい関係をもった文明だからな。原作者も兄弟だしな。
 と、俺の上空を真っ赤に染まった火の塊が通り過ぎる。それに釣られるようにして上を見上げると朱雀が他のADSにてこづっているというか圧倒的に不利になってきているというのか翼を庇うようにしてADSの弾幕を回避する。どうやら向こうも朱雀をもうすぐ倒せるらしい。そのさらに奥では青竜を相手に有利に進めている。そりゃ、向こうの方が数が圧倒的に多いからな。むしろ、よくこの人数で白虎を倒せたと思うよ。
「……少し押されているな」
 男の方がようやく一言発した。何をするつもりだ? 今ぴんぴんしているのは玄武だけである。しかし、それにもかかわらず男の顔には余裕の景色が見られる。
「……動かないで」
 と、俺の背後から発砲音。俺の横を通り過ぎるのは実弾。おそらく甲羅に弾かれて終わってしまう無用の長物である。だが、その弾丸の速度に追いつきそれを殴ることで弾丸の速度をさらに上げる。あまりの速さに通過した地点の土が少しえぐれている。甲羅に直撃するとあまりの衝撃か爆音とともに玄武の体が少し押される。先ほどまでの位置から少しずれたであろう跡が地面に残っている。
「マールか? 今のはどうやったんだ?」
「……たった一発の弾丸で前線基地を壊すときに使うテクニック。……それでも壊れないのを見ると、相当硬い」
 と、マールは前へと駆ける。目標は玄武。足のばねを利用し人間が出せる最高速度で突っ込み、マールの全体重をたった一つの拳に乗せて、玄武を殴る。しかし、玄武は体を高速回転させることによりマールの拳を弾くことにより、威力が届くのを避ける。それと同時に玄武の蛇の頭がマールの腕に噛みつこうとする。それに気づいたマールはこちらに跳躍していったん離れる。
「マール! 大丈夫か?」
 槙之助が安否を確認する。それにこくりと頷くことで返事するマール。
「嘘はつくな。噛まれているぞ。おい! 血清をくれ!」
 レイトンは血清の入った注射器をこちらに投げつける。だから投げるな。今度はちゃんとキャッチできた。針も刺さっていない。
「これを使え。鼻血でてるぞ」
 最初は大丈夫だと抵抗するつもりだったような顔を示しているマールもさすがに申し訳なさそうに注射器を手に取る。
「……ありがとう」
「礼ならレイトンに言ってくれ。俺はただ報告しただけだ」
「……わかった」
「マール、礼を言いに行くついでに俺の考えを伝えてくれないか? 俺はこの通り動けないからな」
「……念話を使えば一瞬」
「矛盾は少しでも減らしておきたいんだよ。理解してくれないか?」
 マールはちらっと俺の砕けた左足を一瞥すると納得したようにうなずいた。
「よし、耳を貸してくれ」
 マールは俺の口元に耳を寄せる。俺はマールの小さな耳に自分の考えを伝言されても確実に伝わるように噛み砕いて全て告げる。マールはそれを全て完璧に把握しているのだろうか? 自分に任せてほしいというように目配せする。俺はそれを信じる。マールは集団の方へ行くと玄武たちの方へ警戒しながら俺の考えについて話し合う。すると、槙之助とアリシアが了解をした様に親指を立ててくる。その直後、チャック、レイトン、槙之助の三人はその場を離れる。だが、二人の神物はそのままの位置に留まっている。いつでも攻撃できるように準備をしている。
 そして、女子組が行動を開始すると同時に神物も動き始める。それを見た俺は左手を背後に回す。
 玄武に近接攻撃を行うのは危ない。本体の動きののろさを補うかのように蛇の動きが異常なほど速い。迅いなんて漢字を当てるのもいいかもしれない。だからこそ、可能な限り全員遠距離で攻撃を行う。
 まずはアリシア。アリシアは杖に乗り、玄武たちの上空を飛び交う。アリシアのポケットから取り出すのは聖樹の木屑である。だが、木屑だからとはいっても聖樹。アリシアが手で握りしめているものを全て辺り一面にまき散らすと、加速。目にもとまらぬ速さで地面へと落下していく。最初は木屑だと舐めていた二人は自分たちの腕がカマイタチにあったようにスッパリ斬れているのを見ると周りに水の壁を作りだす。玄武もその攻撃を下手に受けないように甲羅で丁寧に弾いていく。
 十分敵の意識をアリシアに釘付けに出来ていると感じたその直後、残りの全員の攻撃が飛んでくる。
 レミリアは、地面に手を付けそのまま力を流し込む。それに呼応するように地面から適当に削ったような岩石が飛び出してくる。先が尖り少し触れただけで切り傷がついてしまうであろう鋭さであり、なおかつ巨大である。しかし、これほどまでの力を一度に使うと当然レミリアの聖樹でできたナイフの一本が腐り落ちてしまう。
「ふう……ここまで力を無駄遣いをしたことはありませんから、疲れますね」
 レミリアの顔に汗がにじみ肩で息をしており、おまけに口から一筋の血が流れ落ちている。あれは負担の大きい聖樹の使い方だからな。凡人には荷が重すぎる。やっぱり、まだハンデはあるみたいだ。
 と、レミリアの背後からマールが飛び出し珍しく拳銃を構え、レミリアによって空に打ち上げられた玄武に向かって発砲する。箇所は鋭い岩石の直撃をもらった箇所。
 マールの銃は三発分の銃声を鳴らすと役目を終えるように空を舞う。そして、俺の手元へと渡る。で、じゃあマールは何をするかというと、レミリアの背中を借りて空中に飛び出すと弾丸に追いつく。そして、一発、二発、三発。右腕、左腕、右脚を使用して更に弾丸のスピードを加速させる。弾丸は音速をこえ光速となり、マールの手元足元で衝撃波を発生させる瞬間に玄武の甲羅で衝撃波を発生させる。しかし、遠目で見た限りでは甲羅を突き抜けたと感じないため、弾丸はおそらくどこかへと跳ねていったのだろう。
 それでも、玄武は先ほどの衝撃のせいでバランスを崩しながら地面へと落下してくる。と、鴉天狗が玄武の上空へと飛んでいき玄武の落下に追いつく。と、鴉天狗は猿魔を抱えながら空を飛んでおり、猿魔を全力で玄武へ投げつける。その勢いを自分にプラスするように如意棒を取り出しマールの弾丸をもらったであろう箇所にぶつける。それだけではない。鴉天狗が全力で投げただけで終わるわけがないだろう。そこから自分も超加速で落下。玄武の落下を超える速度で猿魔に激突する。しかし、猿魔はその衝撃を下に送り、全て玄武に入る。おかげで、玄武の地面への落下速度は加速度的に跳ね上がっていき、最初期からは考えられない速度で地面に激突する。その直後、激突した箇所を中心に地面が軽く割れる。俺の右隣の地面が割れているのを見て俺の運の良さを神に感謝した。ADSでよかったと心の底から感謝した。
 砂ぼこりの中から鱗に覆われた何かが俺めがけて一直線に突き進んでくる。位置的に見て俺の腹に突き刺さる。
「一生! 逃げろ!」
 しかし、俺はすぐには動けない。左足が死んでいるためだ。
 残念ながら、俺の腹に蛇の鱗でおおわれた何かが突き刺さった。おそらく、尻尾か何かだろう。だが、俺だって死にたくはないから内臓に傷つかないように細心の注意を払って攻撃を受けた。すごい痛いがな。
 ようやくここで背後に回していた左腕の出番だ。もちろん左手にも突き抜けていて動かせないなんてことはない。俺の左手には注射器が握られている。なんだと思う? 答えは毒だ。神物に毒は聞かないだろうだって? 神物も生き物だから毒は聞くんだよ。どの毒に耐性を持っているかは知らないけどな。まあ、耐性なくても神物は毒で死なないんだけどな。一時的に気絶するか身体能力が異常に弱まるかのどちらかしかない。ちなみに耐性もちは痛くもかゆくもない。玄武がこの毒に耐性を持っていたらアウトだが、注射器に入るめいいっぱいの量の毒が入っている。全部注入すればどんな耐性もちでも弱ってくれると思う。
 ブラジリアン・ワンダリング・スパイダーという虫を知っているだろうか。和名ではクロドクシボグモ。まあ、ある分野ではそこそこ名の知れたクモだから知っている奴は知っているだろうな。そいつの毒は0・一ミリグラムで人が死ぬ。で、この中には五〇ミリグラム相当の毒が入っている。やったなお前ら、五〇〇回死ねる毒が俺の手元にあるぜ。このクモ一匹につき八〇人の人間を殺せる毒を保有しているから単純計算で六匹弱の毒がある。まあ、もっと強い毒はあるっちゃあるが、一番強いのを試して効かないとショック受けるからな。だから、ギネスブックに乗る毒グモを使用するわけだ。それを何のためらいなしに蛇の鱗に突き刺す。なんとか針が折れずに突き刺さる。意外と蛇の鱗は柔らかいということがわかった。それか、偶然固い部分同士の隙間に入ったか。しかしそんなことで待っている余裕はないため、待ち時間を与えずに毒を全部注入する。それに、何かの危機を感じ取ったのか、尻尾は俺から離れていく。残ったのは注射針が折れた空っぽの注射器とぽっかり穴が開いた俺の腹だけだった。
「一生! てめえ、死ぬつもりか!」
 槙之助に怒られてしまった。そして、俺が目配せをすると少し怒りを見せてはいるが仕方なしといった具合に腹に開いてしまった穴を埋めてもらう。これで何とか死ぬことはないな。足の骨は治してもらっていないが。
 そして、砂ぼこりが終わると、そこには弱り切った猿魔と天狗がいる。で、実際の玄武はどうかというととてもつらそうに俺のことを睨み付けていた。そりゃ、人間がしにまくる量の毒を流し込んだんだ。さすがの玄武も効いたか。だが、玄武は口元を膨らませて吐しゃ物を吐き出す。それをしばらく流し続けると、もとの何を考えているのかわからない顔をし始める。まさか、もう毒に耐性がついたのか? それとも、毒をすべて吐き出した? どちらにせよ、あまりにも異常な適応だった。
 だが、風穴を埋めるのに使わなかったおかげでようやく矛盾が溜まった。これで俺の足も治せる。俺はためしに飛んでみる。問題ない。普通に動ける。
「一生、お前のような運動能力のないアホが、今何をしたんだ?」
 レイトンの口調に少しイラついたが、俺は正直に答える。それを聞いたレイトンはさらにバカバカしくなったような顔を見せる。
「バカだな。そうなると思っていたのか? 俺たちに何も言わないで」
「敵をだますにはまず味方からって言うだろ」
「ふんっ、それでも、毒一つで神物に勝とうするなんて貴様は科学文明史上初の大ばか者かもしれないな。お前の頭の中には脳みそではなくウジが詰まっていそうだ」
「はっはっは、ぶっ飛ばすぞ」
 だが、俺は玄武の方へ視線を向けながら、少しづつ心を冷静にさせていく。
「レイトン、あの硬さはどうするべきだ?」
 俺は集団に近づくとそう質問する。しかし、レイトンも頭を悩ませているようだった。
「あそこに倒れているのを見る様に、俺たちの神物でもおそらくあの装甲は貫けない。もし、たぶん無理だと思うがチャックができるのなら任せるが」
「いや、無理だな。レイトンと同じで俺の神物でもダメだろう。試すだけ無駄だな。まあ、威力はレイトンのよりもあるけどな」
 チャックとレイトンはケンカ腰で睨み合いを始めた。バカバカしいのでその2人かr少し離れたところに集まる。
 チャックでも無理だとすると、他に誰がいる? そもそも、四神の装甲を貫けるだけの威力をもった人間なんているのか?
「あのさ、甲羅に覆われていないところを攻撃すればいいんじゃねえの?」
 槙之助の的確な指摘。だが、誰もそれに驚かない。
「知ってました」
「……言わなくても全員気付いていた」
「まあ、甲羅を攻撃していた理由は甲羅の上から倒したらかっこいいからだしな」
「実際無理なものは無理だからな。これからは路線変更をするだけだ」
「ただ、言いだす機会がなかっただけだがな。槙之助のおかげで助かったぞ」
「槙之助すごーい! ぜんぜんわかんなかった!」
 アリシア以外全員それは頭の隅にあったようだ。そりゃそうだ。だって、甲羅の外に頭がでろんと飛び出ているからな。あそこを攻撃出来たら確実に倒せるとは思う。
「ただ、今までの様子を見てからわかるように、玄武の反応速度は早いぞ。気付かれたら引っ込まれる。そこから頑丈な甲羅で耐えきった後にカウンターを決めるという戦法をとることは確実だな。マールもそれをもらっている」
 レイトンは冷静に状況を判断する。
「……夜雀なら可能なはず。……レイトン」
「わかっている。今は夜だし確実にひっかけられる。だが、朱雀が効いてて明るすぎる。これじゃ呼べない」
 俺は再び上を見上げる。
「…………」
「……一生?」
「待ってろ。もうすぐ終わる」
 俺の言ったとおりに朱雀は残り火をほのかに残しながら地面に激突した。その上には蘭が我が物顔で座っている。
 朱雀が倒されればこの場を明るく保っていた火が消える。そうなればこの場所は再び闇に飲み込まれる。こちらには視覚的情報で相手の位置を掴むことは出来なくなってしまうが、向こうも同じである。だが、これは慣れればうっすらと見えるようになる。そうなる前に先手を打つのが常套手段だが。
「チッチッチッチッチッチッチッチッチッ」
 小鳥がさえずるような鳴き声が小刻みに俺たちの耳に届く。
「さて、お前ら。……ちょっかい出すなよ」
 と、小鳥のさえずりが少しずつ遠くへと離れていく。その近くに玄武がうめく声が聞こえる。
「よし、かかった。マール」
 レイトンがマールの名を呼んだ時にはマールは玄武の近くまで移動していた。高速で。足音一つ立てずに数メートルを移動したのである。遠くから玄武の頭蓋をかち割るかのような骨と骨がぶつかり合う音が聞こえる。もう一つ衝撃音が聞こえる。二発殴ったのか?だが、それだと、先ほどと音の質が違うぞ? しかし、そんな考察をしている暇がないことを思いだした俺はその音のした方向に携帯式捕獲用網発射筒を撃ちだす。名前を見てわかるような性能の銃だ。すんごい長たらしいがぶっちゃけ網で通じる。
「……一緒に捕獲するつもりだったの?」
 どうやら、マールはギリギリ捕獲されずに済んだようだ。実際、マールの撤退を待っている暇なんてなかったしな。
「拳は大丈夫か?」
 先ほど言った様にマールはおそらく玄武の首を殴ったのだろう。しかし、攻撃した場所は音からして頭蓋。頭蓋にある頭を守るための骨と拳にある骨のどちらが硬いかは明白であろう。それにプラスして相手は神物だ。まず、普通の動物の常識は当てはまらない。下手したら脊柱すらダイアモンドの硬度を誇っていてもおかしくはない。銃弾も聞かない可能性だってある。亀の神物だしな。
 だから、俺は網を使って玄武の動きを封じる手段に出たというわけだ。さすがの玄武でも気学の人間の全力の振り下ろしをもらえば少しは怯むだろうと思ってな。
「……ダメ。……拳は握れない」
「じゃあ、しばらく戦闘には参加するな。握れるようになったら戻ってきてくれ」
「……わかっている」
 マールは俺たちの後ろへと下がる。と、あちこちから照明弾が打ち上げられる。今の状況を確認するためであろう。その光があるあいだにわかったことは、玄武の捕縛に成功しているということ。あと、青竜も倒されていたということ。恐らく、マールの後にした衝撃音はこれのことなのだろう。
 俺はゆっくりと残りの二人へと近づいていく。
「一生!」
「俺にやらせてくれ!」
「へましたら殺す!」
 これは槙之助なりの応援だと思う。
「へましたら死んでるよ!」
 俺は二人の前に立っていた。どちらも神人化と精人化していた。だが、女の方が男を守るような位置に立っている。

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