零番目の童話

海沼偲

第三話 悪魔はただひたすらに黒しー1

 男は、ゆっくりと手首足首を回し関節をほぐしていく。それに合わせるようにして、彼の精神が徐々に落ち着いていくのがわかる。
「ところで、どうやって引きずり戻したんですか? 完全な精人になったら、二度と人には戻れないはずなのですが」
「魔陣学は、対魔学の文明だからな。わたしに出来ねえことはないよ」
 男は、足元をちらっと確認した。
「あなたが、魔陣学ですか……。アンチマジックの文明が存在するとは聞いていましたが、この場にいるとは」
 おそらく、男が確認したのは魔法陣の有無だ。しかし、美和子はおそらく先ほど男を壁にぶつけていた時に同時に行っていたのだろう。だから、今は陣を張っていない。そのため、男は再び空気に溶け込んでいく。
 しかし、
「逃がさねえよ!」
 健一が一瞬と表現するにふさわしい速度で近寄り、自らの拳で男の胸を殴りつける。が、身体能力的には、精人学の方が上である。あっさりと拳は手のひらに吸い込まれる。
「――っ!」
 しかし、何かに気付いた男はばっと飛び退く。
「……くそ、気付いたか」
 健一は残念そうにそう呟いた。
「……因子消滅っ!」
「ほう、なかなか調べ上げているじゃねえか。そういう予習をしている奴は敵でも好きだぞ。矛盾が生まれねえからな」
 因子消滅。これは、錬成学文明の人間が扱う現象の一つである。
 錬成学文明は無から有を生み出すが、その生み出すためにはあるものが必要なのだ。それが錬成因子。科学文明における原子と同じ大きさをしており、どの性質にも染まっていない物質。つまり、水の性質を持たせれば水になり、鉄の性質を持たせれば鉄になる万能物質ということだ。錬成学文明の人間はそれを操ることが可能なのだが、錬成因子そのものの力を扱うこともできる。
 例としてあげると、因子爆破と先ほどの因子消滅。更には、因子分裂などというものもある。他にもまだまだある。それほどまでに錬成因子単体には多くの力が秘められているのだ。
 で、因子消滅というものはどういう現象かというと、そのままの通り自分が触れている錬成因子を消滅させることができる。
 錬成学文明において全ての物体は錬成因子で構成されている。それは当然、人体にも当てはまる。そして、触れた場所の錬成因子を消滅させることができる。つまり、健一の拳をそのまま掴み続けていたら、男の手は消滅していたことだろう。
「いや、違うぞ。俺が消し飛ばすつもりだったのは、左の肺だ」
 と、健一が訂正する。しかし、左の肺へ進む道は左手が塞いでいた。どうやって消し飛ばすつもりだったんだ?
「もう一人いますね……」
 男は、そう言った。健一の方をじっと見ながら。その視線の意味に気付いた健一は諦めたような顔をする。
「ちっ、やっぱりばれていたか」
 それと同時に健一の身体から半透明な女性がスーッと現れた。
「ケンちゃん、あの人……強いね。普段なら、あのコンビネーションで確実に殺せたのに」
 つまり、女性の体が霊体であるということを利用して、左手を貫通してその奥を攻撃するつもりだったのか。
「ああ、気付いたころには死んでいるからな。今回は少し時間がかかるぞ。……おい、今何パーセントだ?」
「ほとんどない。安心して使え」
 と、蘭が言った。今聞いたのは矛盾量だろう。ADSは全員今どれだけの矛盾量が溜まっているかがわかるが、人によって誤差が生じる場合がある。それを補うために、他人に確認することが多い。
「じゃ、遠慮なく使わせてもらいますか。雛子!」
「オッケー、ケンちゃん!」
 その直後、一瞬で矛盾量が二〇まで跳ね上がり、そこからさらに五〇まで跳ね上がる。その突然の変化に俺は静かに口から血を垂らす。まだ、急激な矛盾量の変化になれてないからな。これぐらいは我慢してくれ。
 すると、半透明の女性にはっきりとした輪郭が生まれた。恐らく、矛盾量をこれに割いたのだろう。健一たちは、代償錬成学文明出身者ということになる。人の肉体を生み出すことによる矛盾は錬成学では起きないからな。代償として、雛子という女性の肉体が消失しているのだろう。それを無理矢理生み出したからこその矛盾だな。
 そして、雛子の前に柄の部分に鎖がくっついている槍が現れた。これほどの物質を二〇パーセント程度の矛盾量で生み出した錬成因子で作りだせない。つまり、そこから考えて、健一は、因子分裂を扱えるということになる。
 まず、それらの能力の付け加えになるのだが、能力は先天的に一つしか習得できない。つまり、生まれた時にどの能力を扱えるかが変わってくる。日本人には、因子爆破を扱える遺伝子があるらしく、因子爆破を扱える人が多いらしい。彼らは違うらしいけど。
「チェストおオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
 雛子は力任せに、槍をぶん投げる。しかし、鎖の部分は雛子の肩に括り付けてあるので、その程度の距離しか飛ばない。それを考慮したうえで範囲外に出る。まあ、基本はそうする。が、錬成学文明に範囲は無意味である。……だって、伸びるし。
 その言葉の文字通り、投げ飛ばされた槍は、攻撃距離ギリギリまで飛び、鎖がぴんと張ったところで、槍そのものが、如意棒のようにぐんと伸びる。その速度は万物錬成による、つけたしの生成速度の比ではない。……ということは、通常以上の密度で槍を錬成し、ギリギリのところで、通常の密度に戻したということだろう。それなら、性質を変えることなく体積を変えることができる。
 それに一瞬気付くのが遅かった、男の腹に槍が突き刺さる。そして、雛子の力は、因子消滅。それを語るように槍とともに男の一部が消え去った。
「ちっ、魔力の妨害が入った。でも、これで確実に殺せるよ」
 と、雛子は言う。しかし、気学文明組二人は苦い顔をしている。
「生きてるぞ」
「そりゃ、妨害を食らったからな。だが、腹のあたりはぐちゃぐちゃだぜ? 死ぬのは時間の問題だ」
 と、健一は軽く言う。
「……違う。……倒れているのは、別人」
 と、マールが柄にもなく焦ったような声を発する。その異常性を感じ取った俺たちは瀕死状態の男に……駆け…………寄った。
「女?」
「おまけに死んでる。さすがに、魔学文明がこんなにすぐに死ぬのはおかしいぞ」
「当たり前でしょう。元から死んでいるのですから」
 背後から声がする。振り向く。そこにはニカッと笑っている男がいる。それに反応した俺たちは、最大火力の弾幕を張る。
 それが数分続き、辺りは原形を留めていなかった。
「……立っていられる生物はいないはずだ」
 美和子が、汗ばんだ額を拭いながらそう呟いた。
 しかし、硝煙のにおいと立ち込めた埃が薄れていくと、そこには二人の人間が下をうつむき、体中から血を吹き出しながら立っていた。
「近くにいい盾があって助かりましたよ」
「あ、あんたたち!」
 と、金髪の女性が目を見開きながら叫んでいる。よく見ると確かに、彼女が命令をしていた男たちだった。
「まあ、錬成学の人間は蘇りますし問題な――」
 油断したかのようにその二つの死体を左右にぽいっと捨てた瞬間、二つの影が男に急接近し、男が吹き飛んだ。その正体は蘭とマール。気学は感知だけではなく近接格闘術においても上位に入る文明である。いや、上位じゃなくて最強かも。まあ、どっちにしろ銃弾より速く動けるからな。相当なことがないと拳で殴り飛ばす方が早い。
「ぶっ殺す!」
 その直後、男の居場所を感知した蘭は、その場所へ飛びかかる。それに続くようにマールも飛び出す。
 男は、軽く受け流そうとする瞬間、足元に魔法陣が敷かれる。その魔方陣が、突然太陽とそん色ない光度の光を発し、男の眼を潰す。俺たちADSはサングラスをかけることによってそれの被害にあうことはない。
 しかし、その光はすぐ止んだ。
「少しもらいますね」
 男は手を魔法陣にかざしている。目をつむったままの状態で。そして、先ほどの魔法陣の術式に何かを書き加えていく。
「あれは……死霊術! 黒魔術師ですわよ!」
 それにいの一番に反応した、玲衣は、自分の足の裏を地面に思いっきり叩きつける。すると、男の周囲に木が生えてきて男を拘束する。
「十精学……? いえ、違いますね。それなら、魔力を吸い取るはずですし……なら、聖樹学? だとしたら、どこに木があったのでしょう……なるほど」
 男は足元を見る。そこには、木の板が敷かれている。というか、床が木で出来ている建物の中にいるからな。自然の力を扱う聖樹学にとっては、ここは自分の土俵というわけだ。
「でも、聖樹学は黒魔術と相性最悪ですね」
 男はにこっと笑う。すると、男を拘束していた樹木が枯れる。黒魔術は生と死を操る魔法といわれている。そのため、魔学では禁術扱いをされていて、九八次元の魔学文明のある場所の地下深くに黒魔術に関する作品を隠しているらしい。
「聖樹学はそれだけではありませんわよ!」
 と、玲衣の声に力が入る。その直後に男の足が固まる。氷によって腰のあたりまで固められているため動けなくなっている。更に、生物ではないため殺すこともできない。
「殺す気でいきますわ!」
 玲衣は地面から先端を尖らせた樹木を四本男に突きさし、その周囲に氷の刃を出現して、男に突き刺す。というか、可能な限り刃を造りだして男に突き刺している。
「ここで後ろに出現するという演出はよく使われますよね。敵に恐怖というものを与えられるからですよね。実際、オレもこういうの好きですしね」
 男は、玲衣の後ろに現れた。恐らく玲衣が攻撃していたのは死体なのだろう。しかし、玲衣はそれを読んでいたらしく男が現れた位置ピンポイントに樹木を呼び出し、男を縦に貫く。
「まだ生きてるぞ!」
 蘭が叫ぶ。
「アタシが止めを刺す!」
 雛子がすぐさま近寄り、男を影も形もなく消し飛ばす。爆発するのではなく塵芥となり消えたのだ。
「彼女はそういう意味で言ったわけではないのでしょう? 早とちりはいけませんよ」
 まだ男は生きていた。俺たちを馬鹿にするかのように口元を緩めさせていた。
「おい、黒魔法使いと戦ったことがある奴はいるか?」
 と、蘭は俺たちに聞いた。
「いや、ない」
「……残念ながら」
「わたくしもありませんわ」
「アタシたちもないね、ケンちゃん」
「そうだな」
「すみません」
「俺もねえ」
 しかし、俺を含めた全員は、首を横に振る。そりゃそうだ。黒魔法使いは現れちゃいけない存在だからな。
「くそっ、あいつらの中でもそこそこメジャーな能力のくせして誰一人としていないのかよ」
「もっと有名どころしか当たらねえし、最近はあいつらの活動は活発的でもないしな。せいぜい、一年に一人か二人だな」
「だが、先ほどのそいつの発現の真意は理解できた。後は書き換えさせて殺すぞ」
 しかし、一人顔色が優れないものがいる。
「すまない、わたしはあの男と戦えない。相性が最悪だ」
 美和子である。
「どういう意味だ?」
 そう健一が聞く。当然だ。魔陣学に黒魔術と相性が悪い理由が思い当たらない。それは他の者も同じようで同様に首をかしげていたりといった疑問を浮かべている。玲衣を除いては。
「魔陣学の魔法陣は黒魔法使いが扱う術式をベースにして考案されているのはしっているだろ。だから、わたしの魔法陣を利用して自分の術式を完成させることができるんだよ、あいつには。先ほどの行動から見てもそうだろう。だから、わたしは何の役にもたたない。たてないんだ」
「わかった」
 俺たちを代表して蘭がそう言った。
「すまない」
 そう一言残して美和子はこの場からいなくなる。
「入れ替わりに俺様、さっそう登場!」
 と、同時に槙之助が現れる。
「主役は遅れてくるもんだからな。ブワハハハハハハハハハ!」
 槙之助の顔面が歪んだ。女性陣全員のグーパンチで。
「おい、てめえわかってんのか? 知っているんだぞ。てめえがのんびりとコーヒー飲みながら休憩していたことぐらいはよお」
「……死ね」
「ケンちゃんも何か言ってやってよ! こんなクズ男さあ」
「槙之助さん、失望しました。あなたとパートナー辞めます」
 ……マールさん、直球すぎやしませんかね。槙之助の目頭が熱くなっているであろうことは、遠目からでもよく解った。というか、可哀そうだぞあれは。助けてあげる気は全くないけどな。
「ふっふっふ……俺様はこんな事じゃへこたれねえぜ。それに、失った信用は取り戻せばいいんだしな!」
「元からねえよ、信用なんて」
「ジュリオット・シーザー! 貴様を絶対に殺してやる!」
 あ、八つ当たりだ。なお、ジュリオットという名前は俺たちの眼の前にいる男の名前である。
「くたばりやがれええええええええええええええ!」
 と、叫びながら自分の周囲に銃座に取り付けてあるようなタイプの銃火器が現れる。いわゆる、チェーンガンというやつだ。正式には違うけどな。そして、自分の手元に刃物を生み出し、自分の小指を軽く切る。そして辺りに飛び散らせるように振り回し、その飛び散った血から、新たな槙之助が生まれる。
「忍法、分身の術!」
 その、いわゆる分身が同じように周囲にあるチェーンガンを手に取る。合計八丁。その銃口が全て、ジュリオットに向けられている。
「待て! それじゃ意味がないぞ! 死体の壁を使って止められるだけだ!」
「健一!」
 そう叫ぶと、銃口から次から次へと弾丸がジュリオットの方へ飛ぶ。しかし、ここまであからさまな攻撃はさすがに止められる。だが、槙之助は錬成学文明の人間だ。弾切れになることはない。更に、健一は因子分裂を扱える。この相乗効果により、死体で出来た肉の壁も紙屑のように消える。
 それでも、死体を常に呼び寄せ続けているジュリオットには攻撃が届いていない。それでも、辺り一面には死体が傷つけられるときに噴き出る血液が飛び散っている。
 俺は、錬成学の人間と戦う場合は絶対に出血をさせてはならないと教わった。自分の血液を使用して蘇生するからだ。だからこそ、よくて内出血で殺すのが重要だ。
 ……で、男の周囲に飛び散っている血液を利用して、男の周囲に一人二人と人間が増える。男が用意している壁は一八〇度。だが、男の周囲三六〇度全てに人間が立っており、チェーンガンを構えている。それが一斉に火を噴きだす。ここまでの一斉射撃ではミンチになることは必須。そんな肉を貫通して自分たちに弾丸が迫ってくるが、当たる前に錬成因子に戻している。そのため、このような無茶な囲い方をしても自分たちに傷つくことはない。じゃあ、上が開いているだろうと思うかもしれないが、上に逃げたら、確実に殺される。黒魔法使いは術式をかける場所がないと意味がない。空を飛んだら、どこに術式を書くというのだい? とりあえず、さっきまでの戦闘を基にたてられる最高の戦略だと俺は思う。なんで槙之助が知っているのかと言うと……俺が教えた、ということにしている。
「終わったぜ」
 槙之助が銃を降ろした時にはそこには、血の海があっただけだった。
「チェーンガン二〇丁を全弾ぶち込んでやったぜ! これほどの銃撃を受けて立っていられる動物はいないはずだ」
「おい、てめえ……」
 と、健一が怒気をはらんだ声で槙之助を呼ぶ。
「なんだ? ああ、すまんかったな。手柄を俺が独り占めしちまって。でも、害悪は消し飛んだしこれで御相子ということにならないか?」
「あいつが死んだら、どうやって見つけるつもりなんだよ! それとも、数億の人間を犠牲にして星を破壊するか? このバカ者が!」
 今思い出したかのように顔がみるみる青ざめていく槙之助。何か弁解する糸口を探しているかのように俺たちの顔をきょろきょろと見回す。
「…………」
 しばしの沈黙。
「……やっちゃった」
「やっちゃったじゃねえんだよ!」
 この場にいる蘭を除くすべての人間の暴力が槙之助に降り注いだ。でも、仕方ない。取り返しのつかない事態になってしまったのだからな。
 と、突然槙之助の分身が同時に倒れた、腹から血が流れながら。
「安心してくださいよ、僕は死んでませんから」
 と、ジュリオットが床からゆっくりと現れた。
「てめえ、やっぱり冥界で隠れてたな」
 そう答えたのは蘭だった。どうやら、蘭だけは殺していないことを知っていたらしい。やっぱ感知は強すぎるわ。
「わかっていましたか」
 生と死をつかさどる魔法使いって、なんでもありだな。自分も死の世界へ生きたままいけるのかよ。
 その時、倒れていた分身体が起き上がり、素早くジュリオットに近づいた。そして、ジュリオットを拘束する。分身体はその後、体を光り輝かせている。因子爆破を使うつもりらしい。
「って、待て! そんな事をしたら――」
「雛子、用意をしろ!」
 と、冷静に健一は雛子に何かを支持する。それを何も言わずに頷くだけで了解する雛子。
「二十連因子爆破」
 その直後、分身体は一人ずつ、因子爆破を始める。因子爆破一つ一つの威力が桁違いだ。それを二〇回も起きるとなるとこの辺りは何もなくなるだろう。そう思い、俺は逃げる準備をすると、突然雛子が目の前に現れた。
「はっ!」
 気合を入れるために掛け声を出すと、手を前に突き出す。
 すると、どういうわけだか、爆発の半径は雛子より前で収まっていた。ただし、雛子の右腕はボロボロである。
「いたたた、やっぱり、生身の体はつらいね。ケンちゃん、戻っていいよね」
「ああ、いいぞ」
「わかった、ありがとう」
 すると、雛子は半透明な姿に戻る。
「……で、肝心の敵はどこにいるんだ?」
 健一は気学の二人にそう聞いた?
「……あそこ」
 マールが指差した場所には、確かに誰かがうつぶせに倒れていた。
「だが、気が弱っている。下手したら死ぬかもしれないぞ」
「ちょっと待ってろ、マール来てくれ」
 俺は、マールを連れてジュリオットらしき人影の下に近づいた。
「やっぱり、お前か。だよな、あの爆発から逃げられるはずがねえ」
「……ははは。僕は、生きて対戦を傍聴していたかったのですが、どうやら死ぬみたいですね。残念ですが、地獄からあなたたちの生き地獄を見ているとしますか」
だが俺は、精霊とのリンクを切る特別な手錠をジュリオットの両腕にかける。どうやら、それにはさすがのジュリエットも理解できなかったらしい。
「もう死ぬ人間を逮捕するのですか?」
「まだ死なない人間だから、逮捕するんだよ。……マール」
「………………わかった」
 いつもより多く間をとってマールはジュリオットに触れる。すると、彼の体についていた傷が癒えていく。
「な、何をしたんです?」
「気学の本来の使い方をしただけだ」
 俺の周囲にあいつらが遅れて集まってきた。
「さて、これで書き換えてもらえるな」
「さんざん悪さしたのですから、わたくしたちの言うことを聞いてもらいますわよ」
 おそらく、こういうのは玲衣が一番上手いだろう。だから、他の者は何もしないで玲衣をただ信じて見守っている。俺も同じように半歩離れる。
「聖樹学と黒魔術は相性最悪って、話をしたのは覚えていますよね?」
「それがどうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません」
 ジュリオットは、意味深な口調でそう言った。俺たちは、普通に何かあると勘ぐる。しかし、特に何もしないであろうと思った。何故なら、今の彼には何もできないからだ。黒魔術も基本は魔法。契約をした相手とのリンクが切れていれば手出しができるわけがない。新たな設定が追加されたという話も聞かない。つまり、ジュリオットの負け惜しみと考えるのが正しい。
 だから、俺たちは彼が何かするであろうことを見越して、玲衣に任せた。たとえ、どんなことをされても確実に沈黙できる自信があるからだ。それがADSであることの誇りだから。
 玲衣は、ジュリオットの額に触れる。すると、ジュリオットは手錠を引き千切る。その両腕は、幻獣ともとれる姿をしていた。
「悪魔契約か! 気を付けろ、こいつはリンクを切っても魔法を使えるぞ!」
 悪魔契約とは、その名の通り悪魔と何かを代償に契約することである。何を提示するかは悪魔によってそれぞれだが、どの悪魔も非常に強力な力を有しており、悪魔と契約する行為は世界に対する重大な反逆である。
「あはははははははは! 全員殺してやる!」
「異端者め……」
「残念ですわ。黒魔術だけなら、ギリギリ魔学の禁忌を犯した程度の異能ですから、監視処分で済むことが出来ましたが、悪魔の力に頼るというのは異能力者法の中でも最も重大な反逆ですわね」
 冷静に玲衣は分析を始める。彼女が一番近くに立っているというのにもかかわらず誰よりも冷静でいる。俺たちも別に動揺はしていないが、自転車が目の前に出てきてびっくりした程度の驚きはある。だが、玲衣はそれすらない。常に同じ状態で動いていられるのだ。
「一生さん。お願いしますわ」
 俺は玲衣が何を望んでいるかすぐさま理解できた。そしてすぐ実行に移す。
 俺はすぐさま拳銃を取り出し、ジュリオットの左胸に向けて撃つ。銀の弾丸を。銀には厄を払う効果があるとされているから、悪魔を宿しているジュリオットには効果的であるはずだ。
 彼は、弾丸を避けると同時に両手を地面につけ、そこに術式を刻み二体の死体を呼び出す。しかし、その死体は意志を持ったように動きだし玲衣の方へと襲い掛かる。だが、玲衣は怯むことなく真正面から突っ込む。俺はそれに合わせて援護をし、死体の腕を上げている方の肩を撃ちぬく。その瞬間死体の肩はだらんと垂れ下がり、その隙を見つけた瞬間に、玲衣は死体の頭蓋を掴み地面に叩きつける。死体は地面にめり込み、そのまま消えた。まるで地面に食われたかのように。
「まるで学習しませんね……あなたは僕には勝てないんですよ!」
 男は、玲衣に向かってそう叫んだ。そこには驕りが感じられた。ADSは、自分の力と相手の力の差がどんなに開いていたとしても、相手を見下すことはない。絶対に本気で敵を潰す。それが、本当の強者だからだ。
 同じように思ったのか玲衣は彼に憐みの視線を向け、手を合わせた。その直後、ジュリオットは、何かに押しつぶされるように地面に叩きつけられた。
「黒魔術が聖樹学より上の文明だって、誰が決めたのかしら? わたくしは初耳でしたわ。あなたたちの誰かで、そんな話を耳にしたことはありますの?」
 しかし、俺たちの中でそんなものはいない。
「あら、どうやらいないみたいですわ。なら、あなたは何でそのような勘違いをしたのでしょうか? ……ああ、わたくしが木を操っているとこを見て、『聖樹学は樹木を操ることを軸にしている学問』と思ってしまわれたのですね。確かに、魔力の源は樹木ですしね。そう思ってしまうのも無理はありません。そうなれば、生死を操る黒魔術が負ける要素はないですものね。でも残念ですわ。わたくしの文明はそんな陳腐な文明ではありませんの」
「じゃ、じゃあ……なんなんだ? なんで俺は地面に押し付けられているんだよ!」
 玲衣はふうと息を吐くとジュリオットの方へ向き直る。そしてにこっと笑う。俺は……ADSに所属している人間から可愛らしい笑顔というものを見たことがない。全員が、殺意、嫌悪、侮蔑といった感情を孕ませているからだ。で、玲衣の場合は同情。
「教えて差し上げますわ。聖樹学の人間は聖人と呼ばれますわ。でも、それは白人民族だけの言い回しですわ。わたくし達黄色人民族と黒人民族はこう呼ぶのですわ」
 玲衣はゆっくりと間を作る。ただ、それに何の意味があるのかはわからないが、普段より多くの時間を沈黙が支配していた。
「……仙人と。これがどういう意味か解りますわよね? わたくしは、自然を操るのです。今は大気を操っています。つまり、あなたに周囲の大気が全て乗っかっているのです。ふふ、何気圧の重さで押さえつけられているのでしょうね?」
 聖樹学は本当に霞を食って生きていけるらしい。気持ち悪いね。
「ぐ、ぐぐぐぐぐぐ……」
 大気とはいわば空気のことである。風の魔法使いにとって空気の点において科学文明の派生文明に負けるということは恥である。だからこそ、全力で押さえつけている大気を払いのけようとしているが、全くいうことを聞かないらしい。
「……風が吹いていますわね。ですが、それだけですわ。殺傷能力も何もありはしない、そんなものでどうするつもりでしたの?」
 だが、その玲衣はふところから黒ずんだ扇子を取り出す。
「しかし、やはり、精人を抑えるには相当なエネルギーを使用しますわ。だから、わたくしの扇子が一つ使い物にならなくなってしまいましたわね。その点だけはあなたを褒めて差し上げますわ」
「く……くそ……っ!」
 ジュリオットの額に血管が浮き出ている。それほどまでに力を込めているのだが、ビクともしない。
 だが、玲衣は百年分のエネルギーを消費しただけでジュリオットを抑え込んでいるわけではない。もちろん相当量の矛盾量をつぎ込んで無理矢理抑え込んでいるのだ。使用矛盾量は五〇%である。当然それを証明するように俺の口から流血がしたたり落ちる。こうまでしないと抑え込めないジュリオットを褒めるべきか、それほどの力の差があっても無理矢理抑え込めるADSを褒めるべきか。
「まあ、それでは書き換えることができませんわね。なら、片腕を自由にして差し上げましょう。本を用意してくれませんこと?」
 蘭が、本をひもで閉じて玲衣の方へ投げる。玲衣はそれを視線を向けずに取る。そして、ジュリオットの近くへ置く。
「では、解放しますわね」
 玲衣は右腕を解放した。
 その直後、ジュリオットは魔法を発動する。それは俺たちにも読めていた決定事項のようなものである。だからこそ、誰も慌てず騒がず冷静に対処する。俺はとりあえず炎を用意して風の流れを変える。科学の本気で生み出した炎が魔法で生み出された風に劣るわけがないからな。
「おしおきですわ。あなたから呼吸を奪いますわ」
 ジュリオットの目が見開く。今、ジュリオットは呼吸ができない。聖樹の土俵に乗ってはいけないのだ。ジュリオットは口をパクパクと動かしてはいるが、呼吸はできない。人間が、無呼吸で生きていける時間は大体三分ぐらいだろう。それ以上たつと脳細胞が死滅する。それまでに、書き換えなくては死ぬだろうが、ジュリオットは死ぬだろう。死んでも目標が達成できるのだからな。書き換えるつもりがないことは知っている。その上で彼女はこのようなことをしている。
 だが、どうやら玲衣は諦めたようにジュリオットにかけた縛りを解く。それの証明に彼はげほげほと咳き込む。
「……殺せないというのはわかっていましたからね。我慢すれば何とかなります」
 図星を突かれている。確かに、殺せない。だからこそ、こういう奴らの相手が一番つらい。ただ殺せばいい相手とは違うのだから。
「残念ですわ。あなたにはがっかりさせられましたの。なら、あなたの知り合いに聞いてみることにしますわ」
 そして、槙之助が誰かを連れてきた。三……四人の人間がそこにはいた。だが、その誰もがうつろな目をして虚空を見つめている。かろうじて生きているような状態だ。
「誰かわかるでしょう?」
 玲衣はジュリオットににっこりと笑いながら質問した。
「……き、貴様!」
「書き換えてくれれば、手出しはしませんわ。ただし、一分ごとに一人殺します。誰からがよろしいのでしょうか? まあ、弟からにしますから、よろしくて?」
「家族は関係ないだろ!」
「関係ありますわ。あなたと血が繋がっていますもの。あなたが、書き換えるだけで家族が救われるのですわ。なら、他の手はありませんわよね?」
「……悪魔め」
「悪魔はどちらなのでしょうか? わたくしが命をとるかもしれないのは四人ですわよ。片やあなたは、数億の人間の命を刈り取ろうとしている。どちらが重いか一目瞭然ですわね」
 しかし、ジュリオットは何もしないまま一分が過ぎた。
「残念ですわ。……自害しなさい」
「わかりました」
 うつろな目の四人の中で若い男が地面に置いてある刃物をとり、自分の首を掻っ切って死んだ。
「……あ……あ………………ああ……………」
 ジュリオットは何も言えなかった。
「次は誰がよろしくて? 自分たちに手を上げてもらいましょうか。次に死にたいものは、手を上げなさい」
 そして、次に手を上げたのは少し老けた女だった。
「あら、あなたの母親が死ぬらしいわ。どうやって殺してほしくて? ご希望があれば答えますわよ」
「やめてくれ……」
 かすれるような弱々しい声でそう呟いた。
「あなたが辞めたらやめますわ。それが、交換条件というやつです。あ、いいものを思いつきましたわ。また時間が経ったら、お見せしましょう」
 四玲衣。ADS一の尋問管。玲衣に尋問された者は、精神を壊すらしいが、ジュリオットの精神が壊れるのも時間の問題だろう。なんで知っているかと言うと、そういう話を聞いたことがあるということにしている。だから、今この場にいるすべての人間の情報を大体把握できた。ほとんど全員が初対面だけどな。
「時間が来ましたわ。はい」
 玲衣は、自分の腰に差している刀をジュリオットのそばに置いた。それと同時に年老いた女はその場に正座をして、小刀を手に持つ。
「介錯は任せますわ」
「な、なにを言っているんだ?」
「自分の母親の介錯をしなさい」
 聖樹学の命令には逆らえない。しかも、足元に霞がかかっている。絶対に何があろうと逆らうことはできない。特に、霞を大量に吸い込んでしまったジュリオットは。
 ジュリオットは、命令に逆らうように顔をしかめて耐えているが、それを小バカにした様に足は一歩一歩女の下へと近づく。そして、女の左側に立つ。
「腹を切りなさい」
「わかりました」
 女は、自分の腹に刀を当て真一文字に掻っ捌いた。それを間近で見たジュリオットはどんな気持ちなんだろうか。俺は想像もしたくない。
「や、やめてくれ!」
 その叫びと矛盾するかのようにジュリオットの腕は自分の母親の首元に振り下ろされ、首が飛んだ。コロコロと転がって、玲衣の足元へと転がる。
「戻りなさい」
 ジュリオットは抵抗できずに元の場所へとうつ伏せになる。書き換えたほうが楽だろう。何が引き止めているんだ? 今度は風だけで抑え込んでいるのではなく土をさらに上からかぶせて固めることによりより捕縛性を上げる。この状態なら聖樹の寿命の減りは少なくすむだろう。
「く、くそ……!」
 ジュリオットは半分逃げ出すことは諦めているようだが、それでもピクリとも動くことはない。唯一動く箇所は右腕のみである。
「あなたはもう一人ではありませんわ。そばにお母様がいますわよ。わたくしはなんて優しいのでしょう。ふふ、感謝してもかまいませんわ」
 玲衣は母親の首をジュリオットが見える位置にそっと置いた。玲衣はこの行為を本気で親切心で行っている。だからこそ、向こうは気がおかしくなってもおかしくないだろう。俺だっておかしくなるはずだ。
「男……女……次は男にしますわね。早く、してくれませんこと」
 玲衣はじれったくなってきたのか、足でリズムをとり始めた。焦らせるかのようにだんだんとテンポを早くしていく。
「俺を……殺してくれ」
「ダメですわ。意味がありませんもの」
「もう……やめてくれよ。……これ以上、殺さないでくれ……頼むから……」
「ですから、あなたが書き換えればすべてうまくいくのですわ。それを意地はって書き換えないのがいけないのではなくて? それに、わたくしは手を出していませんわ。自分たちで勝手に死んでいるのではなくて」
「だ、だが……約束したんだ」
「あなたの約束は、人命四人と同じくらいの価値があるのですか? ……もしそうならば、仕方ありませんわね」
「う、うう……」
「…………時間、ですわ」
 玲衣はジュリオットの方へ向き直る。
「父親はどうやって死んでくれたら、あなたは喜びますの?」
「…………」
 当然、ジュリオットは喋らない。そうやって、時間を伸ばしているのだろう。それが感じ取れた。
「腕を斬りおとしなさい」
「かしこまりました」
 男は、躊躇いなく自分の片腕を斬りおとした。そこからは大量の鮮血が噴き出している。これでは、死ぬのは時間の問題だろう。
「絶対に腰を下ろしてはなりませんわ。その場に直立し続けなさい」
「かしこまりました」
 男は、死ぬまで経ち続ける羽目になる。
「あと何秒で父親が死ぬか賭けません? わたくしは、一分はもつと思いますわ。あなたはどうですの?」
「やめてくれ……」
「やめませんわ」
 しかし、何かを思ったのか玲衣は少し考え込むようなしぐさをとる。
「そうですわ、彼に発言権をあげましょう。それで、遺言を残してもらうというのはどうでしょう。素晴らしい考えですわ! ……何か思うことがあるのなら、喋りなさい」
「かしこまりました。……ジュリオット、自分の信じた道を進みなさい。わしらは、お前を憎んだりしない」
「あら、なんて素敵なご両親なのでしょうか。美しい家族愛ですわ。思わず目に涙が溜まってしまいましてよ」
 実際に、玲衣の目元にはきらりと光るものが流れている。本気で泣いているのだ。当事者にとってみれば、怒りしかわかない光景だろうけどな。だが、これが四玲衣なのだ。
「ふ、ふざけんな!」
 ほら、怒った。
「何がふざけんなですの? そのセリフをどちらが言いたいのかわかっていて言っているのですか? 殺しますよ。殺しませんけど」
 その時、玲衣を中心にして空気が変わった。憐れみではなく怒りで人を見ているのだ。それだけで、この辺りの温度が変わる。びりびりと空気が震えているが……
「なあ、暇だしトランプでもしようぜ」
「めんどくせえな。ババ抜きでいいか?」
「ケンちゃんも、トランプしたいんじゃん……」
「おーい、玲衣! そっちが終わったら教えてくれ! それまで暇つぶしているからさ!」
「わかりましたわ!」
「……一生もやる」
 こいつらADSには全く関係のないことだった。というか、全員やるのかよババ抜き。仕方なしに俺も混ぜて円になって座る。
「書き換えなしな」
「了解」
 むしろ、ババ抜きに書き換えを使うつもりなのかよ。どれだけ負けず嫌いなんだよ。
 その直後に、バタンと何かが倒れる音が聞こえた。恐らく、ジュリオットの父親が息絶えた音だろう。俺は、そちらの方へ視線を向ける。
「あら、一分一四秒。少し耐えましたわ。さて、最後の一人ですわね。どうします? 書き換えるなら今ですわよ」
「…………」
「仕方ありませんわ。土人形に犯させますか……」
「なっ! やめろ! まだ一分たっていないだろ!」
「殺すまで暇ですし、そうやって時間を潰そうかと思いましたの。自分の恋人が人形に犯されるところを凝視しながら、自分の罪を後悔するのですね」
「……外道め」
「あなたよりはましですわ。瞬きをしてはなりませんわよ」
 ジュリオットは目をつむろうと思っていたのだろうが、それを先に封じられた。これで、ジュリオットに逃げ道はなくなる。
 そして、次々と土くれからできた人形が玲衣たちの前に現れる。
「ゴーレム……っ!」
「ゴーレムは生きていますが、これらは生きていませんわ。だから、いちいちわたくしが操らないといけなくて、面倒くさいですわね」
 人形は、女の方へ近づいていく。
「声をあげてはいけませんわ。何があろうと声を発するのを禁じます」
「…………」
 いつもの承諾の合図がないところを見るともうここから縛りが入っているのだろう。
 ゆっくりと、人形たちは女の上着を脱がしていく。……別に女性の裸が見たくて見ているわけじゃないぞ。他の二人は知らんが。
「おい、てめえら」
 俺たち三人は地面に顔面をめり込ませられる。どうやら、マールと蘭がしたらしい。
「アタシがいて、どうして他の女の子に目がいくのかな?」
 雛子は声に怒気を孕ませていた。
「はっはっは、冗談に決まっているだろ。はっはっは……は……」
 健一は笑っていなかった。アホだなあいつ。恋人いるならそういうことはやっちゃダメだろ。
 と、視線を戻すと、もう女の方は下着姿になっていた。しかし、そこから先には進んでいない。
「ちっ……」
 槙之助は舌打ちした。その場にいる女性陣全員のタコ殴りにあった。あいつはばかだ。俺は舌打ちしなかったおかげで助かったな。
「もう終わりましたわ」
「やっと終わったか。あいつの確保が終わり次第戻るぞ!」
「わか――」
「いえ、しませんわ」
 と、健一の発言を遮って、玲衣はそう言った。
「あなたに用はありませんわ。恋人と残りわずかの時間を楽しんでくださいませ」
 玲衣はにっこりと笑った。
「ほ、本当にいいのか?」
「ええ、かまいませんわ。しばらくしたら縛りも解けるように変えておりますから、ご安心ください」
「あ、ありがとう……ありがとう」
「では、戻りましょう」
 俺たちは、建物から出た。そして、ジュリオットに声が聞こえない位置まで来ると俺たちは全員その場で歩みを止める。
「玲衣……あんたひでえ女だな」
「そうだな、目の前で殺した奴も親族じゃないしな。槙之助の分身だし」
「本当の親族を殺すわけないじゃありませんか。関係のないものは殺さないのがADSではなくて?」
「だからって、あれはひどいわな」
 槙之助は声を押し殺すようにして笑う。
「……よし、もう範囲外に出たぞ。どうするんだ?」
「お願いしますわ」
「ひでえ女だ」
「忍者の末裔に言われたくはありませんわ。槙之助さん?」
「へいへい……」
 その時、遠くから爆発音が聞こえる。槙之助の分身が因子爆破した音だろう。ジュリオットは必ず彼女の近くにいるはず。だからこそ、このやり方で簡単に処分したのだ。
「残りわずかな時間、赤の他人との愛の育みは楽しかったですか? ジュリオットさん?」
 玲衣は空に向かってにっこりと笑いかけている。そして、口元が少しづつ緩んでいき最後には抑えきれないといった様にくすくすと声を立てている。
「まあ、現地での処分許可をもらっているし、殺しても問題はないんだけどな。ただ、殺し方がエグイねえ」
「犯罪者は生かして帰さないのが信条だからな。あんな情なんて与えるわけないだろうよ。それに気づかないのがだめだったな」
 普通は気付かねえだろうよ。
「さて、戻りましょうか」
「そうだな……あいつの反応が消えたしな。確実に死んだよ」
「あと何時間ぐらいあるんだ?」
「……五時間」
「そろそろ急がないとやばいな」
 俺たちは一旦本部へと飛んだ。

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