零番目の童話

海沼偲

第二話 科学と魔学と神物学と錬成学―2

 それからしばらくして、もうすぐ日付が変わろうとしている頃、俺の肩にずしりとした重さがかかる。その先へ視線を向けると……いや、向けなくても何の重さかはわかるのだが、アッシュが俺の肩に寄りかかっていた。そして、日付が変わる。
 すると、同時にアッシュは起き上がる。いや、もうアッシュじゃない。今からはルーミアになった。
「おはよう、ルーミア」
「……ん、おはよう、一生。…………」
 ルーミアは、今の現状を頭の中で整理しているようだった。じっと辺りを見渡している。まあ、一日中寝ていたら思考が鈍るからな。それをすぐさま覚醒させるためにも、俺たちの数十倍もの頭の体操をしているという話を聞いたことがある。
「今日は四月二日みたいだね。で、順調?」
「ああ、順調。アクシデントなく進行しているよ」
「あら、なら問題ないね」
 まだ言っていなかったと思うが、ルーミア達の魂が入れ替わると同時に身体の性別も入れ替わっている。だから、今はれっきとした女の身体に女の魂が入っているという状態である。それも全て、寝ている状態に行っているらしい。ただし……。
「…………」
「どうかした? なにかボクの顔についているの?」
 どういうわけだか、女の身体としては絶望的に貧相なのである。書き換えられるのにあえて貧相なのである。九九次元なら、どんな書き換えをしても世界が崩壊しないからすればいいのに、貧相なのである。
 その瞬間、俺の体に衝撃が走りそれと同時に俺は吐血した。
「侮辱罪ね」
 俺は視線を下へ向けると、鉄杭が、俺の腹に突き刺さっていた。わあ、すごい大きいから、ADSじゃなかったら死んでいるぞぉ。まじ、ADSの理念ヤバ過ぎ。悪はすぐさま殺すべし。慈悲はない。それも、自分が悪だと思ったやつに一方的に刑罰を科すからな。マジ死にそう。
「次は、痛いことを事前に教えてからやってくれ」
 俺は鉄杭を消して、傷口を綺麗に直すとそうルーミアに頼んだ。
「きみが、ボクの胸を侮辱しなければしないよ」
「大きくすれば侮辱しないよ」
「それだと、ボクのパーソナルポテンシャルの敗北を自分で認めることになるじゃないか。それだけは嫌だね」
「へー、大変そうだね」
「あとで、殺すからよろしく」
 ルーミアは俺に可愛らしくウインクなんかをしてくる。
 女の子と約束したぞ、わーい。まあ、ADSに入る前からデートの約束はあほみたいにしていたし、別段約束にそこまでのありがたみは無いというか……。
『……次は、この作品にしましょうか』
 まあ、ちゃんと世界でも見ておくか。仕事しないとな。
 そこは視界が開けた草原のど真ん中。そこに建っている一組の男女は、どうやら会いの言葉を囁き合っているようだった。そして、最後にキスをして場面が変わる。そこには、とある部屋にいる先ほどの男女。女性の方は少しおなかが膨らんでいる所から見て、子供を授かっているらしい。そして二人は笑っていた。
 その映像が消え、いつもの景色に戻った時には俺たちの全員が険しい顔を浮かべていた。中には銃火器を取り出しているものもいる。
『…………』
『……………これは』
『神物学じゃのう』
『魔学ですね』
 やっぱりきやがった。俺たち全員が予想した通り。
 今見た作品の男女。普通の男女ではなかった。まず男の方、幻獣ではない動物をたくさん引き連れていた。先ほど見ていた世界は魔粒子と呼ばれる魔学にしか存在しない物質が漂っていた。だから、世界は魔学であっているはず。しかし、その男は明らかに、魔学ではなかった。神物学であった。神物学の人間は、神物以外の普通の動物を手懐けるのが特に上手い。神物の中には、普通の動物を操り、戦うタイプの神物までいるくらいだ。
 魔学の中に存在する絶対に居てはならないイレギュラー。それが今いたのである。
『ちょっと、ちゃんと見てくださいよ。今の世界はどう見ても魔学。魔粒子が見えなかったのですか?』
『いいや、あれは埃かなにかじゃのう。それに人物は完璧に神物学の人間。だからこれは神物学じゃのう。お主らの文明は幻獣と仲良しこよしはするが、他の動物は汚物かのように扱うではないか。それを魔学だと言い張るのはちとお門違いというものじゃのう』
『……おまんら黙れよ?』
『人の全体的な思想を見て、それで否定しているのですか? はっ、所詮はその程度なんですね。人の価値観なんて文明ごとに決まっているわけないじゃないですか。中には、動物を愛する人もいるに決まっているじゃないですか。そういうものを総合的に判断できないなんて神物学文皇はたいしたこと無いですね』
『お主、それは宣戦布告と見ていいのじゃな? 我らが神物学数千万の大軍を用いておぬしら魔学の貧弱な軍隊をなぶりに行くとでもする――』

『やめんか!』

 その瞬間、この建物にいる人間はもれなく全員とてつもない息苦しさに襲われる。少しでも動いたらこの首を刈り取られてしまうかのようなとてつもない緊張感の塊の中に放り込まれてしまったようだ。
 ……これが、科学文明文皇の威圧。かろうじて他の文皇たちは笑顔を作っているが、それでも冷や汗を垂らしている。だが、これで周囲は冷静になることが出来る。
 ……今の世界には魔学と神物学の人間が存在しており、その後のシーンではどう考えても彼らの子供としか思えない存在を女が孕ませていた。つまり、生まれる子供が二つの文明の力を扱える存在だということだ。前例も存在する。いまはADSの一員として働いてもらっているが、そうでもしないと文明間での人的資源の奪い合いに発展する。今もまさにそうなろうとしていたところだ。それを間一髪のところで抑え込んでくれたといったところだろうな。さすがです。
『ほれ、これで静かになったぞ。やることをやれ』
 と、イリヤにそう伝える。それを聞いてはっと我に返ったイリヤはマイクを顔に近づける。
『お前ら、何が起きたのかわかっているな?』
 皆、何も言わない。だが、全員の目の色が変わる。それほどまでにこの事態は俺たちADS……いや、この世界にケンカを売った侮辱行為なのである。
『アドルフ! 調べろ!』
 と、イリヤは会議室の中の一人に声をかける。……が、その男は静かにしているままだ。というか、自分の名前を呼ばれてもピクリとも反応しない。
『……起きろ、変態男!』
 とうとうイリヤは、怒りをあらわにしてアドルフの襟をつかむとガシガシとゆする。それによって目をこすりながらアドルフは起きる。
『なんだよ、おれが気持ちよく寝ていたというのにさあ』
『わたしが、何でこんなに必死になってお前を起こしているのかわからないのか? ええ?』
『はいはい……ったく、人使いが荒いんだからさ。おい、エヴァ。起きてるか? 仕事が出来たぞ』
『わたくしは最初から起きております』
 そう返事をしたのは、アドルフの隣に立っているホログラムであった。
『なら、話が早い。座標を調べるぞ』
『かしこまりました』
 そう言うや否や、すぐさまアドルフは何かの端末を取り出しそれをいじりだした。
『あ、そうそう。何次元だそれ? あと作者の名前』
『ちょっと待っててください』
 エヴァは、ゆっくりと本をとりぺらぺらとページをめくる。そして、あるところをじっと見つめるとパタンと本を閉じる。
『二四次元、作者はGBCという名だそうです』
 淡々とエヴァはそれを読みあげる。一部の人間はその意味に気付き怒りをあらわにしている。
『GBC……GBCね……。Good bye Caroline. はっ、馬鹿にされてるじゃねえか』
『ということは、あえてわたくしたちにケンカを吹っかけているということなのでしょうか?』
『まあ、そうだろうな……っと、ほら出たぞ。24(584417AN)だ。作者のいる座標はわかるか?』
『それは問題ない。こっちも把握している』
 イリヤは再びマイクに顔を向ける。
『至急飛べ! 目標はここに載っている男女! 男の方は殺しても構わん!』
 その直後、辺りにいたADSの大半がこの場からいなくなるが、それでも半数近い人間はその場から動かない。俺はどちらがいいのかわからないので後をついて飛び立とうとすると、ルーミアに引き止められる。……いや、ルーミアじゃない。最初は隣から腕が伸びてきたから、ルーミアかと思ったが、昨日の夕方に会った棍棒を背負っている女性がそこに立っていた。
「お前はこっちにこい。別の仕事がある」
 そして俺たちは、会議室に立っていた。近くには文皇四人と他にも何人かのADSがいる。
「六人……これでそろったの」
 俺を見た後爺さんがそう言った。どうやら、俺を含めての六人らしい。……でも、この場には七人いるんだけど。どういうことなんだ?
「お前らがやることはわかっているよな? 元凶の確保だ。必ず生きて連れて来い。書き換えさせる。もし、現地で書き換えさせることが出来た場合はその場で殺しても構わない。確実に書き換えさせろ」
「どうしてそんなことをする必要がある? カップルの男の方を殺せば万事解決するだろう?」
 と、俺の右隣にいる男がそう質問した。腰に刀を差している。というかこの男以外のADSも腰に刀を差しているのだが、最近そういうのが流行っているのか?
「この本に書いてある。要約すると『彼らは、追っ手に追われること十時間森の中を逃げまどいなんとか見つかることはなく、追っ手を撒くことができた』とな。これがどういうことかわかるな?」
「あら? つまり、十時間以内に、作者にこの内容を書き換えさせなくてはいけないということかしら? 簡単に承諾してくれるかしら? わかりませんわよ」
 と、俺の左ななめ後ろに足を組んで腰かけている女性がそう答えた。それをイリヤは何も言わずこくりと頷いた。彼女は優雅に扇子で仰いでいる。木扇……聖樹学の人間だろうな。
「作者は二五次元にいる。座標は25(845127AN)だ」
「作者はやはり魔学出身者か……。まあ、神物学出身者にあそこまでの正確な魔学文明の描写ができるとは思えないしな」
「じゃあ、アタシたちは、もう行ってるぞ。探すのに時間がかかるだろうからな」
 そう言うと、俺を除いた五人のADSが、その場から消える。
「……えーっと、どうすればいいんだ?」
「この作品の作者を捕まえろ。大原則がそれだ。もし、アシスタントとして誰かを連れていきたい場合は連れて行ってもかまわない。ADSは、二人一組だしな」
 イリヤがそう言うので、俺はとりあえず、最も信頼のおける人物を呼び出すことにした。そして、彼女は突然この場に現れる。……俺に突進してくるかのように。
 ぶつかった。そして、俺はその衝撃で倒れ込む。とっさに受け身をとったおかげで地面にぶつかったときの痛みはない。
「……? ……なんでここにいる?」
「お、俺が呼んだからだ……」
 俺は、フラフラと立ち上がりながらそう答える。そして、俺が呼んだ少女、マールは全てを理解した。
「……なるほど。……じゃあ、こんなところでのんびりしている暇はない。……今すぐ出発する」
 と、マールは俺の手を握ると目的の世界へ飛び立つ。俺も一緒に。

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