零番目の童話

海沼偲

第二話 科学と魔学と神物学と錬成学―1

『さて、早速はじめていきたいところではあるけれど……その前にやることがあるね』
 と、錬成学文皇ジェシーが最初に声を発する。それと同時に他二人もある一点に視線を集中させる。その先にいるのは当然魔学文皇ミラノである。
『まず、お主の年齢を教えてもらえるとありがたいのう。パッと見若々しいというのはわかるが、外見は誤魔化せるからの』
 次に口を出したのは神物学文皇トムだ。非常に一般的な名前だが、実績は非常識の一人だと思う。グリッヂ峠での戦いで科学文明唯一の生き残りがジョンなら、神物学文明唯一の生き残りが彼、トムである。先ほど知った。その戦いをもう少しだけ話すと、決着がつかなかった戦いとして有名である。現ベルゼブブ家当主が仲裁に入らなければ永遠に戦い続けていただろうとすら言われており、仲裁に入る直前は二人とも笑いながらなぐり合っていたらしい。自分の文明の力を一切使用することなく。
『え、ええと……二四歳です』
 ミラノが発したその言葉に他の文皇だけではなく会場全体がざわめいた。そりゃ当たり前だ。文皇になることができたのは今までどんなに若くても四十代後半である。それを大幅に更新した若さの文皇が出てくれば誰だって驚く。話でしか聞いたことのない俺だって驚いている。
「二四で文皇になるなんて、どんな才能の持ち主だよ。あんなにおどおどしているのに、どんなポテンシャルが……」
 隣でアッシュが驚きのあまり無意識で言葉を垂れ流しているようだった。確かに俺も同意見である。
 文皇という存在は、数々の実績から総合的に判断して決める。そのため、多くのライバルの中から選ばれるわけだが、それでも、当然年齢の多く取った方が多くの実績を持っている。それを差し押さえてこれほどまで若い人が選ばれるには相当の理由がないといけない。というか、俺はともかく他のADSまで、魔学の文皇がこれほどまでに若いって知らなかったのかよ。
『……精霊の寵愛を受けているのだろう。そうでなければこの齢で文皇に上がることはできないからな』
 今までのどよめきを遮るようにして口を開けたのは我らが科学文皇ジョンである。
 しかし、その発言でまたもや会場は動揺の嵐となる。
 精霊の寵愛を受けた者。このような言葉に当てはまる存在はまずいない。魔学で基本的に扱われる魔法の種類は四種類。火・水・風・土の四元素である。彼等は、そのどれかをつかさどる精霊を信仰することによって、魔法を扱うことができる。
 だが、寵愛を受けた者は、精霊の愛によって魔法を授かっている。つまり、信仰する必要がないのである。そのような存在は数億人に一人現れるかどうかとさえ言われているほどである。
『あのバーさん、最後までこんな特大のサプライズを隠し持っていましたか……。してやられましたね』
『しかし、それだけでこの地位に勝ち上がることはできないのう。それ抜きでも十分な実績を残しているものたちが黙っておらん』
『ああ、それなら……』
 何を思ったか、ミラノは右腕を大きく掲げてパチンと指を鳴らす。それと同時にこの部屋の中に二体のドラゴンが怒号と一緒に入ってくる。
『……とりあえず、今示せるものの一つです』
 先ほどまでどよめいていたADSが、そこに誰も存在しないかのように全員が静まり返っている。正確には口が開いたまま理解できないとばかりに固まっているのだがな。
 ドラゴンをはじめとする生き物は幻獣と呼ばれ、魔学文明にのみ生息している。彼らと契約をすることで、魔学文明の者たちは、生活をより豊かにする。その中でも、ドラゴンと呼ばれる種族は、自分が所属するテリトリーの長だけが契約をすることができる幻獣として有名である。それほどの威厳とカリスマ性を持ち合わせていないとドラゴンの興味の針先にすら触れないということだ。しかも、ドラゴンはプライドの高さは全幻獣一であり、自分以外の幻獣と契約をしようものなら、主をすぐさま噛み殺してもおかしくはない。そのドラゴン二体と契約をしている。
『ハハハハハ、こりゃ戦争しにくいリーダーが出来ちゃったな。僕の文明がどこまで敵うかわからないね』
 いや、そうは言っているが錬成学文皇ジェシー・ワイトも普通に文皇の名にふさわしい実績を持っている。錬成学の長所は数の暴力と不死に近い生命力であることだが、彼は一人で敵の前線基地を壊滅させる力を持っている。彼が戦った戦場では同士討ちをしたかのような惨状が広がっているらしい。魔法使いが魔法で殺されていたり神物同士が殺し合っているかのような噛み傷があったり、科学文明の人間の腹に砲弾をもらったかのような風穴があいていたり。
『そ、そんな……戦争だなんて! 私は、戦争なんてしませんよ!』
『そんな事、おまんに言われなくても皆同じだ。安心しろ。文明間で殺しあったら、他の文明に追いつけなくなるからな』
『世界大戦をするのであれば、メリット度外視で仕掛けるやもしれんがのう』
 爺さん方二人はさぞ面白そうにミラノの方へと視線を向ける。ミラノもどういう顔をしていいかわからずぎこちなさそうに笑う。
 今の時代、戦争が起きることはそうそうない。四大文明の実力が拮抗しており、戦争を仕掛けると他の二文明に技術で非常に遅れる羽目になる。だから、全文明に開戦理由ができ、世界大戦に発展しなければ戦争なんかが起こるわけがない。そして、そんなことが起きるわけがないので戦争は相当なことがないと起きない。だが、たまに戦争を始めるほどのメリットが存在する。それがあった場合は、メリットの奪い合いが始まり戦争を回避することは困難になるだろう。まあ、そのために俺たちADSが存在するんだけどな。
『さて、そろそろはじめてもよろしいでしょうか?』
 じれったいようにイリヤが口を挟んでくる。それを聞いた四人はこくんと頷く。
『まず、最初はこの作品からですね』
 会議室にいる全員に同じ本が手渡される。全員が渡されるのを確認すると全員がその本に目を通す。その直後、俺の視界が自動車が無数に交差する交差点へと移っていた。俺は辺りをきょろきょろと見渡す。そこには、先ほどまで会議室にいたという名残が存在しない。
「サングラスを外してみろ」
 どこからか声が聞こえ、その通りにしてみると先ほどまで会議室のの光景であった。再びサングラスをかけなおすと、またもや交差点へと戻される。
「マジか……」
 このサングラスは、世界を映せるらしい。どうやら、今読んでいる本の世界らしい。ここまで技術的な発展を遂げている世界は科学文明しかいない。おそらく、この世界は科学文明と定義されるのだろう。
『さて、そろそろ皆さん読み終わったでしょうか?』
 俺の目の前の光景が再び元に戻った。
『まあ、最初の方をぱらぱらっとじゃがのう』
『これは科学文明だな。正確に言うと魔陣学といったところか』
『ほんと、科学は面倒ですね。建物は完全に科学なんですが、使用している技術は魔学とも取れますからね』
『ま、魔学の魔法は無駄な手順を踏みません! シンプルに美しくなっているんです!』
『まあ、所詮パクリといったところかのう』
『じゃあ、これは魔陣学ということでよろしいですか?』
 どうやら四人は異議がないようだ。これにより、今見た作品は科学文明の仲間入りをした。
『あと、お前ら魔陣学を馬鹿にし過ぎだ。たしかに、パクリという自覚はあるが、それでもひどいと思うぞ』
『科学が粋がって魔学を手に入れようとするからじゃ。気学でさえ、いまだに納得いかんからのう』
『はいはい、おじいちゃん二人は黙ってくださいね。次行きますよ』
 次の世界は、深い森の中であった。そして、辺りには小さな光の粒子ともとれるものが宙を舞っている。……十精学か。
『……これは完全に魔学のやつじゃのう。精霊が飛んでおった』
『いや、あれは精霊じゃなくて正確には魔粒子なんですけど……』
『でも、魔粒子が目に見えるほど濃度が濃い場所には精霊がいるって言われているし、別に間違ってはいないよね』
『しかも、深い森の中だから、十精学なのだろう』
『そうですね。そもそも、魔学には光が届かなくなるほどまでの深い森はないですからね。見てすぐわかりましたね』
『ならば、これは十精学ということでよろしいですか?』
 四人は別段異議を申し立てることはない。これで今見た作品が魔学へと分類された。
 ところで、今まで出てきた学問。それがどのような文明なのかがわからなかったと思う。まず、全文明には派生文明というものが最低一つある。全部とりあえず書き表していくと気学・聖樹学・魔陣学・十精学・精人学・神人学・代償錬成学の七つがある。
 一つずつ紹介をしていこう。
 上から順に気学。この学問は、人間が生まれ持っているエネルギーを操る学問で、簡単なものでは免疫力の向上、極めればエネルギーを攻撃という手段で体外へ放出することもできる。
 聖樹学は、聖樹と呼ばれる樹齢万年を超える大木から造りだした道具を使用する学問である。要するに、魔法の杖みたいなものによって魔法を扱う学問である。ただし、魔学と違うところは、聖樹で造りだした道具の寿命が来てしまえば、魔法を使えなくなってしまうということである。
 魔陣学は、魔法という存在を技術体系に当てはめ、誰でも履修することができるようにした学問である。ただ、属性の付与といったことはより深く学ぶ必要が出てくる。そして、魔法を神秘的な力というより、技術の結晶という扱いをするため、魔学文明の人間から見ると、汚らしい醜い学問と見られる。
 十精学は、魔学の精霊の種類が十種類に増えた学問である。そのため、一体一体とのつながりがより重要となり、魔学文皇のような寵愛を受けた者の誕生はなくなっている。ちなみに、精霊の種類は既存の四種類に、雷・木・氷・音・光・闇の六種類を合わせた十種類である。
 精人学は、精霊に対する信仰力をより強固にした学問である。魔学の者が扱う魔法は信仰度合いによって効果が変わる。例えば、水の精霊を信仰している者ならば、まったく信仰心がないものと、熱心な信者とでは、小波と津波ほどの違うがあるといってもいい。その信仰心による違いをより大きくした学問である。熱心に進行すればするほど、自分の外見が精霊に近くなり、より大きな力を引き出すことができるようになる。完全に精霊の姿となった場合は、精霊とほぼ同じだけの力を扱うことができるとされているが、その力を扱った者は最後には塵となって消えてしまう。
 神人学は、神物を召喚するのではなく、神物の力のみを召喚する学問である。そのため、神物が殺されることによる無力化の危険性を減らすことに成功した。しかし、神人学の人間は力を使うときに獣化と呼ばれる状態変化を起こし、獣の姿に近くなる。要するに、狼男みたいな感じだ。なお、通常の神物召喚を行う場合は普通に神物そのものが出てくる。
 代償錬成学。これの説明の前に錬成学の説明をするとな、錬成学で生み出せるものには当然人間もある。ただし、これはどれほどの修業を積んだものですら、生み出す人間の一部がないと生み出せないのだ。まあ、髪の毛とかがあればいいんだけどな。で、それによって生み出された人間は記憶を消去された状態で生まれてくる。知識は残っているから、立派な成人だというのにまともに言葉を喋れないということはない。だが、その記憶が消失してしまうという欠点を完全に消すことができるのが代償錬成学だ。まあ、代償って名前が頭にくっついているから、デメリットが一個もないわけじゃないけどな。じゃあ、デメリットはどういうものかというと……人それぞれである。腕や足などといった部位の欠損を生じる場合もあれば、逆に自分の記憶が消失してしまう場合だってある。他には、急に老ける、不治の病にかかる、最悪の場合だと死ぬ。とかがあるな。
 で、隣にいるアッシュくん。彼は代償錬成学の人間なんだよ。これがどういう意味か解るかな?
 そう、彼は、自分の姉をよみがえらせようとした代償として、自分の体に姉の魂が入り込んでしまったというわけだ。相当なシスコンじゃないと発狂もんだろうな。だけど、当のアッシュは実の姉を蘇らせようとするほどシスコンなわけだから、全く問題ないね。
『……これは、神物学かのう』
『そうだろうな、俺の文明にはこんな生き物をペットとして飼育している奴なんか一人もいないしな』
『そうかのう? 慣れれば結構可愛いもんじゃぞ』
 トムは、オオカミの喉元を優しく撫でる。オオカミはさぞ気持ちよさそうに彼に体を預けてくる。
『うーん、さすがにあれは飼育したくないですね』
『幻獣の方が可愛いと思いますよ?』
 まず、お前ら他文明の価値観が一致するわけないからな。一番価値観が近いのは科学と錬成学って言われているが、それでも天と地ほどの差がある。
『じゃあ、これは神物学ということで異論はありませんね』
『なんか納得いかんのう……』
 トムは少し不満げではあったが、別に異議を申し立てるほどのことではないから、誰一人として異論はない。

「零番目の童話」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「その他」の人気作品

コメント

コメントを書く