零番目の童話

海沼偲

第一話 小説は事実なり―2

 二人で背中を流しあった後、俺たち二人は食堂に着いた。広さとしては、東京ドームと同じぐらい広さがあるのではないのだろうか。まあ、ADSの人間と一般の旅行者だけでもとんでもない数になるから、このぐらいの広さも仕方ないか。だが、見た感じチャックがまだ来ていないようだった。自分の嫁のところに顔でも出しに行っているのだろうか?
 ……そういえば、ADSについて説明をしておくべきだな。
 ADSと呼ばれる組織は、この世界を守ることが主な役目だ。簡単に言うと正義の味方。もっと簡単に言うと警察。だが、警察よりも権限というものが大きく、世界のルールに反する者を俺たちの一存で処罰することのできる。そして、俺たちが罰を下す場合確実に死刑になる。そのため、俺たちもそのぐらい重い犯罪だけを扱う。
「おう、一生。ようやくアタシと一緒の土俵に立つことが出来るな。指導者として嬉しいぞ……というか、もしかして二人とも風呂に入っていたのか?」
 今話しかけてきた女性は、エリザベス・ミハエル。俺が昨日までの見習い期間の時に世話になった人だ。そして、それと同じくらい俺にひどい目を合わせてきた張本人でもある。資産家の家の生まれで甘やかされて育たれたせいか超がつくほど自分勝手で楽しいと思ったことしかしない。そのくせ、躾が行き届いているのかはわからないが、礼儀はいい。
「ああ、そうだ。汗ばんでいたからな」
「まあ、二人がどんな関係かはこの際どうでもいいとして、これを見てみろ」
 と、エリザベスが俺の目の前に一枚のディスクを差し出す。
「これはなんだ?」
「トーマスの死刑執行の映像だ。最初に一生が取り締まった人間の最後は必ず見ろ。そして自分がこれからやることへの覚悟を改めて固める儀式だ」
 俺は、じっと手に取ったディスクを見つめ、ごくりとつばを飲み込んだ。
「ここに、トーマスの最期が」
「ああ、そうだな。くそ、あいつの名前を呼ぶのが捕まえたときだと思ったら、ここでもう一度言う羽目になると思わなかった」
 エリザベスは、さぞ悔しそうにそう言った。エリザベスは、今まで何人の人間を殺してきたのだろうか……。
 俺は、ポーチからパソコンを取り出すと、そこにディスクを取り込んで、映像を見ることにした。
 言われた通り、そこにはトーマスの最期が映されていた。ただ淡々と、作業の様にトーマスが死んだ。
「なんで、感電させたんだ? 絞首で十分じゃないのか?」
「あたしたちは、首絞められても死なないんだよ」
 そう言われてしまったら言い返せない。どんな仕組みがあるかは聞いておきたかったが、なんか怖かった。錬成学は死なないからな。だが、感電させたら殺せるということは理解できた。これから役立つことがないことを祈るが。
「……一生、お疲れ」
 また一人、俺の近くに歩いてきた少女がいる。彼女の名は、マール・コルトバイン。身長が小さいことからわかるように、マールは一五歳の少女だ。ただし、俺よりも先輩。この組織には、年齢関係なく優秀な人間を集める仕組みがある。そう、優秀な人間だったら、たとえ幼児でも組織に入ることができる。例えば、あそこで食事をとっている五歳児とかな。
「永原一生、何故あなたが、お嬢様を見ているのですか? 視姦をしているのなら、その首を飛ばしますよ?」
 その近くに張り付いているメイドが怖くて視線も合わせられない。あった当初は優しいお姉さんという感じで、更に同じ科学出身の人間らしく、仲良くなれるかと思ったけど、自分の主と関わるとただの変態だから、仲良くなれる気がしなかった。よく、神に貞操を捧げるシスターがいるけど、あの人は自分の主に貞操を捧げているからな。しかも幼女。
「おにいちゃんおめでとー!」
 しかし、主はメイドの考え関係なく嬉しそうに俺に近づいて来る。俺は勝ち誇ったように彼女にドヤ顔を見せつける。
 一方の彼女はただニコリと笑って、太ももへ手を伸ばす。そして、俺の方へエネルギーで出来たような輝きを見せるナイフが向かってくる。俺はその場から動かずに軌道を変えることによって、事なきを得る。ただし、俺の額には大量の汗が浮かび上がっているのだがな。
「お兄ちゃん、なんでそんなに汁でているの?」
「これは汗だよ」
「あ、そうだったね。汗はなめるとしょっぱいよね」
「ああ、そうだな。あんまり舐めようとはしないけどな」
「ぺろ……うん、お兄ちゃんの汗もしょっぱいね」
 アリシアが俺の頬を伝っている汗を舌でなめとった。アリシアは別段気にしていないようだが俺としては非常に困ったことになった。意識して仕方がないんだよ、俺の方を鬼のような形相で睨んでいるメイドさんが。
「おい、なにしているんだ、害獣」
「た、楽しく遊んでいるだけだ。なあ、アリシア」
「うん、そうだね」
 何かに気付いたアリシアは何か機械的に口元を動かし始める。
「あれー? おにいちゃん、なんかふくれているよ? なにがあるの?」
 嘘である。大嘘である。こんな時にそんなところに無意識が動くわけがない。俺の無意識は全身全霊で逃げ口を探している。っていうか、こんな知識誰がどこで教えやがったんだ、馬鹿野郎が。
「残念です、仲間が一人この世からいなくなってしまうなんて」
 やばいぞ、あいつはこうなると止まらなくなる。あいつの精神力の異常さは凡人のくせにADSに在籍しているという事実が物語っている。常時発狂しているんだよ、レミリアは。
 ADSには凡人が在籍できるようなやわな組織ではない。その一番の原因といわれているものが文々虫の書き換えに対する順応である。俺たちADSはたとえどのレベルの矛盾が発生しようがそれを理解し受け入れ対応することが出来る。例えばいきなり目の前の人間が頭を破裂させて死んだとしてもすぐさまその次の行動に移すことが出来る。しかし、凡人にはそれの限界というものが存在する。その許容範囲を超えると発狂する。その最たるものが次元間移動と呼ばれる移動方法である。一応、ある装置を使用することにより常人の許容範囲に抑えたレベルで次元を飛び越えることが出来るが、ADSは装置の使用はしない。文々虫の書き換えで無理やり飛び超える。その現象に起きると事前に頭に入れても脳は許容できるだろうか? 答えは否だ。お前らはゾンビはこんなものだとイラストで見たことがあり理解したつもりでも実際に目の前にそんな生物が立っていたら動揺しないでいられるか?
 だが、アリシアのメイドであるレミリアは凡人でありながら唯一、文々虫の書き換えに適応しやがった奇跡の産物である。頭がぶっ壊れていることを心配してしまうほどに危険なのでみんなはADSに憧れちゃだめだぞ。
 が、いまレミリアの心配をしている余裕など俺にはないのである。先ほどまでの思考を振り払い俺は周囲を見渡すと、エリザベスが悪代官のような顔つきでにやけている。片手にグラスを持っているところを見ると酒を飲んでいる。もしかして……。
「アリシア! 今誰かになんか言われただろう? さっきの言葉を話すようにって!」
 俺はアリシアの両肩をがっちりと掴み必死の形相で問い詰める。その顔があまりにも可笑しかったのかアリシアはくすくすと笑いだす。
「うん、エリザベスお姉ちゃんがそう言えって今言ってたよ」
 そこには罪悪感や背徳感といった感情は全くない。むしろ、先ほどの言葉にどれほどの意味が込められているのかということすら理解していないのである。
「やっぱり貴様か、エリザベス!」
「知らねえな」
 エリザベスのにやけ顔はとどまるところを知らない。お前はもう少しおしとやかという言葉を覚えてくれないか? ああ、知っててやっているんだったな、くそが!
「あんたたち、こんな日でもギスギスしていないとダメなわけ? そんな生き方していたらストレスで死んでしまうんじゃないかしら? まあ、私は一向に構わないけどね」
 と、ルーシーが口を挟んできた。あ、馬鹿だな。口をはさんだ相手が誰だかわかっていないのか? 相手は精神力が一桁切っているあのレミリアさんだぞ。お嬢様と一緒に居ないと常時発狂するあのレミリアさんだぞ。
「ルーシー、今あなたがでしゃばってくる必要は感じなかったのですが、どうして話に参加してきたのでしょうか? あなたは今この場においては誰にも必要とされていないのです。無駄に話を大きくしないのが賢明だったと思うのですが」
 レミリアが言っていることは正しいが、お前はメイドだろ。お嬢様方々が何を言ったら琴線に触れるかぐらい理解しておけよ。あ、理解してこんなことしているのか。じゃあ、どうしようもないね。ADSはどこぞの世紀末みたいに力が半分正義だからね。自分の所有している能力全てで相手をねじ伏せれば勝ちだからね。
「ちょっとそれどういう意味よ?」
 ほらね、ルーシーにも火が点いちゃっただろ。俺はもう知らないからな。一応、殺し合いになったら死ぬ覚悟で仲裁に入るけどさ。はあ、敵より仲間の方が死ぬほど怖いよ。片方は能力的に死なないだろうし、もう片方は霞食って生きていけるような奴だし。
「そのままの意味です」
「凡人の分際でふざけた事言い放つじゃない……」
 それは禁句だぞ。ほら、レミリアさん怒ってる。これは、俺の残機が一減ったのが確定したな。
「おい、新入り。かかってこいよ。天才が凡人に惨敗するところを見せてやるよ」
 レミリアはそう言い終わるとすぐさま臨戦態勢に構える。手に持っているのはレミリアが護身用に持っている小刀だ。護身用の小刀ではあるが、木製。一応そこそこの速度でそこそこの力を乗せて斬れば斬れなくもないが。
「おい、今どうなっているんだ?」
 と、俺の近くに一人の男が座った。そういえば先ほどまで食堂に気配すらなかったな。たった今来たところか。
「ルーシーが禁句を言ったから、レミリアがケンカを売ったところ」
「あー……」
 その男はその説明だけですべてを悟ったような顔をした。
「一応、止める準備はしておくか」
 男……ダン・イグリニアスの掌に水の塊が浮かび上がる。俺もそれに釣られるように、ポーチから拳銃を取り出しておく。なんて名前かは忘れたけど、あの二丁拳銃で映えるような感じの拳銃だ。全部映えると思うけど、俺の中ではこれが一番しっくりくる。一丁につき五キロぐらいの重量があるけど。
「ふ、ふんっ。いつまでも新入りと見下してもらっては困るわ」
 ルーシーは、額に汗を流しながら、喧嘩を買う。なんでそんなことするんですかね? バカなのかよ。意地で、先輩と戦うものじゃないぞ。死ぬから。
「ほらほら、喧嘩はダメだぞ。私闘は罰則だからな。レミリア、お前もだからな」
 と、ここでケンカの仲裁に入ったのが、意外なことにエリザベスだった。あの女は、むしろ自分から場内を荒らしに行くタイプのキャラなのに、何を思ったのか、罰則なんか持ち出して、仲裁に入った。
 この時、俺はエリザベスに対する評価が上がっていた。今まで、喧嘩っ早いアホな先輩だと思ってすまない。
「ほれほれ、この書類にサインしろよ。喧嘩じゃなくて決闘だったらADS同士が戦っても許されるんだからさ」
「やっぱりエリザベスじゃねえかよ!」
 評価が元の位置に戻っていった。意味ねえじゃん。……いや、もっと最悪なことになる。
「おい、ルーシー! 絶対にサインするな!」
 慌てたように、ダンが引き止める。
 決闘に仲裁は入れない。そういう規則がある。仲裁が入ったら決闘じゃなくなるからな。あくまでケンカという立ち位置に俺たちは置いておきたい。だが、エリザベスはそうではない。
「サインしろよ。男どもに邪魔されたくなかったらな」
「エリザベス! てめえは黙ってろ!」
「あ? なんだ、やるのかダン?」
 エリザベスの周りに、火縄銃が並べられる。食堂のテーブルに寄りかかるようにして生み出されている。その正面にいるダンは、自分の周囲に水球を浮かばせている。その二人ともが、二人の決闘関連の話なんぞほったらかして睨み合っている。
「お兄ちゃん、このあんぽんたんたち、どうするの?」
「もう知らん、こんなあんぽんたん」
 俺は一応、エリザベスが取り出した書類に発砲して穴をあけて使い物にならないようにしてみる。あいつら治せるから意味ないと言われれば意味ないんだけどな。
「…………。貴様らなにしているんだ?」
 と、食堂に入ってきたのは新しく入ったADS残りの一人、チャックだ。
 チャックが入ってくる前にエリザベスとダン、レミリアとルーシーがもう戦い始めていた。食堂なんだから静かにしろ、と言いたくもなるが、周りで食事をしている人たちには全く被害がない。戦っている本人は気にしてはいないが、周りで食事している人も大半がADSの人間だからな。
 俺の隣でのんきに食事をしているマールも同じようにあの四人からの被害を華麗に避けている。
 ついでに、ADSの面々がどのように銃弾と魔法が飛び交う戦場を避けているのかを教えようと思う。暇だし。
 ADSに所属している人間は自分の周囲に人の形をした小さな虫が飛んでいる。俺たちはその虫と契約をしており、その虫の力を授かっているわけだ。ちなみに、虫の姿形は俺たち一人一人のイメージで決まる。虫のイメージを引きずれば虫を擬人化したような見た目になるし、普通に好きな女を思い浮かべればその姿格好になる。羽は生えるけど。俺たちは彼女たちを文々虫と呼んでいる。
 で、肝心なその虫の力だが、『書き換える力』というものを持っている。「何を?」と思うかもしれないが、それを説明するには、まずこの世界のお前たちの視点から見た定義を粉々に破壊しなくてはならない。
 まず、この世界を生み出したのは神だ。これを絶対的な価値観として存在しておかなくてはならない事実である。
 その次、世界は区分けをされている。次元という名前の区切りで。神のいる次元零次元から、一次元まで、一〇〇の次元がある。俺たちが今いる場所は九九次元だ。零次元の一個下の次元であり、神が生み出した唯一の次元である。
 今お前たちは思ったことだろう、「神が世界を作ったのに一個しか世界作ってねえの?」とな。神が行ったのは九九次元に存在する唯一の世界を生み出したことと、この世界を、一〇〇の次元に分けた事と、俺たちの周りを飛んでいる『文々虫』と、『ベルゼブブ家』を生み出したことだ。
 じゃあ、残り九八の次元に存在する世界は誰が生み出したのかというと、俺たち人間である。人間に世界を生み出させるために神は、人間に世界を生み出すために力を与えた。その力が『創り出す力』つまり想像力である。
 小説家、という職業が存在しているだろう。その職業に就いている人が生み出した世界がこの世界に実在するのである。一個下の次元ではあるがな。
 何故小説家なのだろう、と思っただろう。他にも想像力を働かせる職業は存在するが、文々虫の特性上、小説でなくてはならないのだ。
 文々虫は、両手に羊皮紙と万年筆を持っている。そして、契約をした主の見ている光景を羊皮紙に書き記していく。ここまで来たら、『書き換える力』というのがどういう力かわかるよな?
 今俺の目の前には何も置いてない。それを文々虫は、そのまま書く。だが、それを『目の前にリンゴが二個置いてある』とあえて書くことによって。目の前にリンゴが二個現れる。俺はそれを勿体ないと思ったのでかじり始める。
 この力のおかげで、ADSは最強の名をほしいままにしてきた。
 ただし、この力には制約がある。制約なしでこの力を運営できればいいのだが、そうもいかない。どういう制約かというと、『矛盾』である。
 この力を使えば使うほど、矛盾が生まれ世界に蓄積していく。例外として九九次元には絶対に矛盾が生まれない。神が直接管理している世界であるためだ。その世界以外では矛盾が溜まっていき、それが限界値に達すると、世界は崩壊する。その場にいたADSを巻き込んで。それが原因で崩壊した世界は少なくないと聞いている。まあ、俺がこの世界を知ってからの三か月間は、そういう報告が全くないから世界が崩壊するということがどういうことか知らないけどな。ぶっちゃけ、千年に一度起きるかどうからしいしな。
「ハハハハハハ! おまんらADSはいつも活気がいいな! そんな活気を俺らジジイどもにも分けてくれよ!」
 次に食堂に入ってきたのは…………誰? 俺の見たことない爺さんだった。
 ADSに加入している爺さんで俺の知らない奴はいない。というか全員ベテランだから死ぬ気で覚えた。そして隙あらば技も盗んできた。そうまでしないと三か月後の入社試験で確実に殺されることはわかっていたからな。
「おい、チャック。誰か知っているか?」
 俺はひそひそとチャックに耳打ちする。
「……知らん」
 ただ、その直後三人の人間が動きを止めてその場にピンと背筋を伸ばして直立し敬礼した。その姿は見とれてしまうほど美しかった。1人メイド服着ているけど、ADSの職業服は微妙に軍服に似ているため他二人はその姿が異常なほど様になっている。
 ただ残りの一人、ルーシーは突然の光景に戸惑いを見せ振り下ろした拳が空を切ってそしてそのままテーブルの下へと消えていった。その時になった衝撃音から、受け身をとっていないことがわかる。そりゃそうだ。あんな無法者と差しさわりのない奴らがそろいもそろって綺麗に敬礼してたら誰だってそうなる。
 で、視線を変えるとマールとアリシアですらきちんと敬礼をしていた。
「お前ら、無礼者が! この方が誰か知らねえのか!」
 と、俺たち三人に怒鳴りつけるエリザベス。
「ハハハハハ! おまんら三人はつい最近は言った新入りだろ? じゃあ、俺を知らねえのも無理ねえな。まあ、おまんらも今日はよろしくな!」
 威勢のいい爺さんは、そのまま奥へと進み、適当な席へ腰を掛ける。
「おい、エリザベス。誰なんだあの爺さん」
「科学文明の長だ。自分の文明のトップが誰かぐらい覚えておけよな」
 エリザベスは呆れたようにそう言った。あの人が……科学文明の長。…………科学文明の長?
 俺は汗をだらだらと流していた。話には聞いている。だが、今日初めて会った。写真すら見たこともないから顔なんてわかるわけないだろう。観光客かと思ったぞ。俺は何も言わずに彼に近づいて、お辞儀した。
「じ、自分! 第三次元科学文明所属、永原一生と申します! あなたのお噂は上司たちから聞いておりました! お会いできて嬉しいです!」
「おー、おまんは、日本人か。日本人は貴重な財産だから、更に励むようにな。全ては科学文明の繁栄のために!」
 俺は、その時涙をボロボロと流した。みっともないだろうと思うが、顔も見たことない偉人が目の前に立っているというのはどういうわけだか俺の心臓に突き刺すほどの衝撃があった。
「はい!」
 俺は、彼の期待に応えるよう精いっぱいの声を出して返事をした。その握手もしてもらった。もう今日は手、洗えねえな。
「貴様、何をしているんだ?」
 チャックが、ちょっと引いた目で見ていた。それも仕方がないだろう、俺は今最高にハイテンションだからな。他人から見たら気持ち悪くても仕方がない。
「もうさあ、知っているんだったら最初っから言ってくれよな。あんな生きた伝説、お目にかかれるもんじゃねえぞ」
「いや、一年おきに会えるけどな」
「……まじ?」
 あまりのことに聞き返してしまった。
「言っただろ。四月一日から一週間、仕分けするって」
 呆れ顔で答えるエリザベス。
「え? い、いや待ってよ。あれって俺たちだけでやるんじゃないのか?」
「いや、全文明の代表を呼んで会議をしながら決める。基本表舞台に立って進行するのはお偉いさん方だから、お前らは肩の力でも抜いて席に座っていればいいよ」
「そ、そうか……なら安心だな」
 変に緊張して損したぜ。これによってへたしたら、世界のバランスが崩壊するって聞かされてたからな。
「……で、生きた伝説ってどういう伝説があるんだよ」
 と、チャックがなんとなしに聞いてきた。
「いやな、噂ではたった一人で内乱を治めたらしいんだわ」
 それもたった一言だけ言って。それまでは銃火器片手にドンパチやってた奴等がそろいもそろってたった一言で戦うことを放棄したっていうんだから、どれほどのプレッシャーが襲いかかってきたかと思うと、想像にできない。目の前に立たれたら死んでいるんじゃないだろうか。
「ふーん、それだけか?」
「いや、他にもあるぞ。例えば……八〇戦争の、グリッヂ峠の戦いで唯一生き残った兵士だし――」
「それ本当か?」
「たぶん本当だと思うぞ。先輩から聞いたし」
「そ、そんな人が科学文明のトップに立っているのかよ……。オレが教わったのは、『科学に一人化物がいる』ってことだけだぞ」
「おい、そこの新入り二人」
 と、俺たちがひそひそと話していると、エリザベスが突然後ろから話しかけてきた。
「な、なんだ?」
「サングラスは、肌身離さず持っておけよ」
 と、それだけ言ってどこかへといってしまった。
「……サングラス?」
 チャックはサングラスが何かをわかっていなかった。まあ、科学にいないとわかるわけないか。
「これのことだと思うぞ」
 俺は、先ほどベルゼブブ婦人から贈り物としてもらったサングラスを取り出した。ちなみにいっておくとまだ掛けてすらいない。だから、どういう代物なのかも詳しくわかってはいないのだが、どういうものなんだろうな。
「ああ、それか」
 同じようにチャックも取り出して確認する。
「でも、何であんなこと言ったんだろうな」
「いつ、どこに飛んでもいいようじゃないのか?」
「そういうことか?」
 俺たち二人は、エリザベスの先ほどの発言に謎の疑惑を浮かべていた。そもそも、エリザベスはあんな親切心を見せることは非常に少ない。なんであんな性格になったんですかね?

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