零番目の童話

海沼偲

プロローグ

 日差しが真南からさんさんと降り注いでいる。ということは今は大体、真昼頃なのだろう。今日は三月三一日だから、ちょうどよく温かい時間帯……というわけではない。
 俺の足元には、砂粒が広がっている。砂浜か何かではない。青色の液体が視界の端にすらかかることはない。そう、辺り一面砂だらけである。顔をあげてみればわかるのだが、俺の目に映る場所全てが砂まみれである。ちょっと遠い場所で砂嵐まで起きているという始末。今この場には一面の砂粒とぎらぎらと照りつけてくる太陽と俺たちしかいない。人間は俺の他にも二人の人間がいる。俺がいちばんうしろをついており、その前に女性、一番前に男性だ。つまり、男女男の順で並んでいる。俺たち三人は、ただ淡々と目的地に向かって歩いている。一番前の男性の方に乗っかっている子ザルも暑そうにうなだれてしまっている。
「ねえ……のどが渇いたわ。水を飲んでもいいかしら?」
 真ん中の女性が、息苦しそうに水を懇願する。
「今の量はどうだ?」
 それを聞いた一番前にいる男性がそう質問した。
「…………」
 女性は、何も言わずに黙る。そして俺の方を向いて助けを請うような目つきを見せる。俺はあえて見なかったことにする。
「…………早く言え。いくつだ?」
 男性は面倒臭そうにそう問いかける。
「…………四〇%」
「お預けだ」
「だから言わなかったんじゃない! 私の中身もう空っぽなのよ! 少しぐらい良心というものがあってもいいと――」
「四時間前に満タンにしてやっただろう。四時間で飲み干す阿呆に使わせる矛盾はない」
「すまん、チャック。俺もからっぽだ。だから、な?」
 一応フォローを入れるために、俺は口をはさむ。今は圧倒的に女性側の陣営が劣勢だからな。助けなければ男が廃る。さっきは……まあ、助けようがないからね。
「貴様は、九時間飲まず食わずだろう。それと四時間は比べられないな」
 ごめん無理だったよ。
 それに怒りを買ってしまったようで、彼女は俺の方をキッと睨みつけてきた。努力したんだぜ、俺も。
「酒は持ってきているから飲むかい?」
「それ持ってくる暇があるなら、その分の水を持ってきなさいよ……」
「娯楽って必要じゃないか?」
「いまの私には娯楽より必要最低限の水が必要なのよ」
 まあ、先ほどの休憩でも断られたしな。しかも、性犯罪者を見るような目をされながら。泣けるだろ。
「ねえ、チャックはどうなの? 水持ってないの?」
 俺を見ていた顔をくるっと方向転換させ、前へ向ける。その先にいるのは当然ながら残りの一人である。チャック・ロイズ。この三人の中で一番配属期間が長い人物だ。何の配属期間が長いかはあえておいておくとするが、この並び順は配属期間で決まっている。チャックが一〇ヶ月、真ん中の女性、ルーシー・マルセリスは六ヶ月、俺こと、永原一生は三ヶ月。ただし、この三人の誰もがまだ見習いであるということはここだけの話。
「お前にやる分は飲み干したから無いな。すまんな」
 あの顔はどうやら持っているようだな。ただ、彼女にやる分は先に飲み干したらしい。そもそもないのだろう。
「ちょっと……今回の任務の内容のキーパーソンは私なのよ。肝心な時にエネルギー不足で戦えないならどうするつもりなのよ!」
 まあ、ある程度は自由に動けるか、ルーシーは。
「黙れば長時間大丈夫だ」
「どういう意味かしら、それは」
「そのまんまの意味だ。黙ってろ、耳障りだ」
「あら、そんなこと言っていいのかしら? 一国の軍隊があなたを殺しに来ることもできるのよ?」
「第八王女の命令で軍隊は動かないはずだ。特に、貴様のところみたいな小さな国ではな」
「むしろ、第八王女単品の戦闘能力の方が高いことは突っ込んじゃいけないのか?」
「この男どもは、王女様に憧れなんてないのかしらねえ?」
「王女様に憧れる男は自分の身の程を知らないゴミだけだ。オレなんか身の程をわきまえて平凡で幸せにできそうな身の丈に合った女と婚約したしな」
 それに相槌を打つように俺はうんうんと頷く。今まで多くの王族の人たちと知り合ってきたが、彼女らには絶対に手を出すことはしなかった。その下で働いている召使たちには手を出したことはあるけど。
 その後もしばらく俺たちは歩き続ける。だが、ルーシーは黙る気がこれっぽっちもないらしく自作の歌『さばくのうた』を歌っている。俺たち二人はそれを耳に適当に流しながら黙々と歩き続ける。ルーシーはそこそこ歌が上手く歌詞はともかく聞いてて不快な気分にはならない。
「なあ、チャック。どうだ? 休憩しないか? もう数時間たったぞ」
 俺がチャックに休憩するよう促したのは先ほどからずいぶん経ってからだった。
「そうだな……目標も見つからないし休憩でもいいか」
「ふう……ようやく休憩できるのね」
 ルーシーは力を抜いて砂のベッドに倒れ込んだ。砂が入らないことを祈るよ。
「さて、お前ら。出番だぞ」
 と、地面が軽く揺れそこから岩が露出し始める。その岩は中心にへこみが出来ておりそこから水があふれ出してくる。水が目いっぱいまで溜まると辺りに草木が生え簡単なオアシスが出来上がった。
 俺たちは適当な場所に荷物を置いて各々休憩を取り始める。ルーシーはさっそく服を脱いで池の中に入って行った。確かに暑かったからな。水浴びもしたくなる。チャックの肩に乗っていた猿も池の水をちびちびとすくって飲んでいる。その周りにはほかのサルまでもが集まっている。俺はちょうどいい大きさの岩の前にリュックサックを置いて枕代わりにし、仰向けになって寝転がる。チャックは猿にエサをあげている。
 俺たちは、今この広大な砂漠に来て何をしているのかというとあるものを探している。陸地が全て砂漠で覆われてしまったようなこの惑星で砂漠から砂粒を一つ見つけるような途方もない探し物をしている。俺たちはゴールに近づいているのか、それとも逃げているのかわからない。それに、ゴールがこちらから逃げているかもしれない。こればっかりは俺たちにもわからない。
 と、ルーシーが水から上がる音が聞こえたから俺はそちらへ視線を向ける。するとそこには下着……じゃないな、水着だ。やっぱ西欧人の肌はいい色しているな。透き通るような白。しかも、今まで肌にダメージを与えて来ていない美しさだ。
「ルーシー、日焼けは大丈夫か?」
 だからこそ、今の日差しが危険であると感じた。特に今は全身に攻撃を食らっているしな。これからしばらく水着でいるのなら用心しておくべきだろう。
「大丈夫じゃないわよ。まあ、今は諦めるわよ」
「これやろうか?」
 俺は日焼け止めを投げる。効果は……何時間だったかな。たぶん十時間以下だったと思う。
「背中に塗れないじゃない」
 ルーシーは少し怒っているようにも感じた。水はダメなのに日焼け止めはありなところがだろう。でもな、これはお前のためにわざわざ本部から持ってきたものだからノーカン。
「猿にでも塗ってもらえばいいだろ」
「無理だ」
 チャックが否定する。あ、そうですか。
「私だって嫌よ! なんで私の肌を猿に触らせなくちゃならないのよ!」
「こちらこそ御免こうむる。日焼け止めを触ったせいでこいつらの掌がヌルヌルになったらどうしてくれる。こいつらの活動に支障をきたすかもしれないだろう」
 犬猿の仲というのはこういうのを言うのだろう。いまだに二人が仲良く話しているのを見たことがない。
 すると、ルーシーは俺の方へと腹を立てて歩いてきた。とても嫌そうな顔をしている。プライドを捨ててまで言うべきことかどうかを決めかねているようだった。
 俺はそれを見てニヤッと笑う。だからこそ、俺は自分からあえて提案しなかった案。俺が言ったらルーシーは仕方なくという形で乗る。だが、俺とルーシーが思いつき俺があえて言わなかったその案をルーシーから提案するには自分のプライドをコテンパンにぶちのめさなくてはならないのである。ざまあみろ。
「…………い……………だ……」
「ん? いまなんて言ったんだ? 聞こえなかったぞ? 俺は難聴だからな」
 実際は聞こえているが、あえて煽る。
「いいから、私の背中に塗りなさいよ!」
 顔を真っ赤にしながら全力で俺めがけて日焼け止めを投げつける。
 やっぱり王女様は最高だぜ。からかうのに。
「かしこまりました、王女様」
 俺はルーシーの手を取り手の甲にキスをする。それを見たルーシーはピキピキと血管を浮き上がらせながら怒りに震えている。あーたのしい。さて、冗談はさておき準備でもするか。俺はリュックサックの中にレジャーシートとビーチパラソルを入れていたはずなのでそれを取り出す。そしてセッティング完了。
「さ、どうぞ王女様。そこでおくつろぎなさってください。まあ、あとは俺がやるから転寝でもしていればいいさ」
「あんたに体を預けるわけがないでしょう」
 失敬だな。これまで何人の女性が俺に体を預けてきたと思っているんだ。俺はこれまでの実績があってこそ、この自信があるんだ。
「まあ、体は預けないにしても寝そべってくれないと塗りにくいことは確かなんだよ」
「……仕方ないわね」
 ルーシーは俺が準備した場所に諦めたようにうつ伏せになる。俺は日焼け止めのクリームを掌で十分に温めてからルーシーの体に塗り始める。ムラのないように丁寧に。で、別にイベントごとなんかが起きることはないので無事終わり俺は適当に浮き輪をルーシーに与える。それを持っていったルーシーは、今オアシスの真ん中で浮き輪の上に乗って浮かんでいるよ。
「一生、今何時だ?」
「えーっと、ちょうど十二時になりそうだな。おーい、ルーシー! もうそろそろ昼になるぞ!」
 少し遠くても聞こえる様に俺は少し声を張り上げる。
「ちょっと待ってなさい! 今上がるから!」
 ぱちゃぱちゃと水しぶきがたつ音が聞こえる。さて、俺も昼の準備でもするか。
「一生、私のリュックから小さな小包だしてくれない?」
「ん、わかった」
 俺はルーシーのリュックから小さいというには少し大きい小包を取り出す。これしかなかったんだもん。一番小さいのが。まあ、大きさ的に弁当だろうけどな。俺は勝手に弁当の中身を拝見する。
「お、美味そうだ」
「って、なに勝手に覗いてんのよ」
「ルーシーって、意外と何でもできるよな」
「王女のたしなみだから、できるに決まっているでしょう。あんたは、私の国の王女がそんなにバカに見えるのかしら?」
「いいや、料理も自分でできるようにするのかと感心しているだけだ」
 すると、ルーシーは言っている意味がわからないというような顔をした。
「私はここに来てから料理を覚えたのよ。まあ、最初は失敗ばかりだったけどね」
「まあ、ルーシーが持ってきている弁当だし味に間違いはないだろう。じゃ、いただきます」
 俺はルーシーの弁当の中に入っているサンドウィッチを口の中に入れる。とりあえず手で軽く食べられるものからということで。
「何食べているのよ! それは私のであって、あんたのじゃないでしょ!」
「じゃあほれ、口開けろ」
 俺は一口かじったサンドウィッチを差し出す。ルーシーも仕方ないというように口をあけ俺の食べかけのサンドウィッチをかじる。
「ふふん、やっぱり私の料理は最高ね」
 と、サンドウィッチを食べていると何やらサラミに近いような味わいや触感の者に当たる。まあ、感じからして肉系の何かなのだろう。それを薄くスライスしてアクセントにしているといったところか。
「これ、具に何を入れているんだ? 胡椒で味付けしてあるやつ」
「ああ、それね。それはアニュミルムの肉よ」
 アニュミルムってルーシーの国の言語で……トカゲだったかな? まあ、別にまずくはないし特に気にする必要はないかな。
「それより俺の方が上手いぞ。食うか?」
 俺は箸で適当に魚の切り身を掴んでルーシーに差し出す。それをまたルーシーは口の中に入れる。
「ま、まあなかなか美味しいんじゃない?」
 素直じゃなくて可愛くない奴だった。俺の方が上手いと正直に言えばまだ可愛げがあったというのに。
「貴様ら二人はピクニックに来たカップルか何かか?」
 と、チャックは少しイラついたようにそう吐き捨てた。
「五月蝿い既婚者。お前は帰って嫁さんに慰めてもらえ。あ、今日死んだら嫁さんに会えないな。ご愁傷様」
「死ぬのは貴様だ。女たらしが」
「俺は女をたらしこんだ覚えはない」
 きっぱりとそう言う。しかし、二人とも信じていなかった。
「あんたたち二人ともなに言い争っているのよ。そう簡単に死ぬわけないでしょう。あ、そうだ。生きて帰ったら何がしたいかみんなで言い合うっていうのはどう?」
「お、いいな。死亡フラグ建設大会だろ。俺、帰ったらルーシーと結婚するんだ」
「なんで、あんたと結婚することになっているのよ! 却下よ却下!」
「あーつまんね。じゃあチャックは?」
 つまらないルーシーは置いておき、チャックに話を振る。しょうがなく乗ってやるかというような表情をしているようなチャックは何か考え込むように顎に手を当てる。
「結婚式挙げてないから、挙式でもあげるとしようか。その時は貴様らも呼んでやるよ」
「そ、そうか……ありがとう」
「そ、そうね……無事に帰れるといいわね」
 俺たちはチャックに背を向け二人でヒソヒソと会話を交わす。
「なんであいつは死亡フラグを真剣に建設してんだよ」
「しらないわよ、そんな事。どうするの? これで本気で死んだら、後味悪くて一週間は悪夢にうなされるわよ」
「もう少しうなされてやれよ」
「いやよ」
「じゃあ、俺たち二人がチャックの分も幸せになればいいだろう? じゃあ、チャックが死んだら俺たちは結婚するってことで。一応お前のお義父さんとは対面しているから、スムーズに進むだろ」
「なに勝手に父上に会っているのよ! いつ会いに行ったの!」
「昨日」
「はあ?」
「ヴィクトリアさんも『あなたのような方がわたくしたちの家に来てくれれば我が家は一生安泰ですね』って言ってくれたぞ」
「あんた、姉上にまで会いに行ったの!」
「綺麗な人だったな。だから、我慢できずに――」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! まさか、姉上に手を出したんじゃないでしょうね!」
「ヴィクトリアさんに顔が似ているメイドさんを真剣に口説いてたよって、なに息切れしているんだ?」
 ルーシーはあわてたようにして呼吸を整えていた。ひどく動揺していたのだろう。うーん、なんでだろう?
「貴様ら、どうしたんだ? 何か変なことでもあったか?」
 と、ルーシーが突然謎の呼吸困難に襲われていたためか心配になったチャックが話しかけてくる。なんだかんだ言って面倒見がいいのである。
「いや、なんでもないぞ。問題はない」
「そうか、死んだらこちらとしても後味悪いからな。全滅か全員生還以外認めるつもりはないからな」
「当たり前だろ。むしろ、全員生還以外認めねえよ」
「一生のせいで死にかけたんだけど、どうしてくれるのかしら」
 え? そうなの? 俺には全くわからなかったな。
 その後も、他愛のない会話を続けていると、一定間隔で足元が揺れ始めるようになった。
「何拍?」
 ルーシーがゆっくり目を閉じて集中していたチャックに話しかける。チャックは静かに指を九本立てた。
「大体九キロってところかしらね。今のうちから準備しようかしら?」
 そう言うと、彼女は水着の上から軍服を着こみリュックサックに立てかけてある火縄銃を二丁両手に持ち始める。戦国時代に使用されているデザインとは少し違うが、銃本来の性能はほぼ同じだ。俺たちもすぐさま移動できるようにリュックを背負う。
「九〇%まで使わせてくれる?」
 ルーシーはお願いするようにチャックに言った。
「七〇だ」
 しかし、チャックはその要望を即断した。
「八〇」
「七〇だ。それ以外認めない」
 チャックは譲るつもりがないようだ。
「……七五」
「ダメだ」
 ルーシーが折れる以外に選択肢があるようには見えなかった。
「周りに因子飛ばす程度なら三〇あれば十分だろう。もし、違うのだとしたら、それは謝ろう。貴様がそこまで努力していなかったということを把握していなかった俺の責任だからな」
「わかったわよ……七〇で」
 ルーシーは、諦めたように肩をおとした。一応安全性をとって、それだけを残しておきたいことをわかってくれよ。
 その間にも、地面が揺れるリズムは速まってくる。まるで俺たちに何かが近寄ってくるみたいに。まあ、実際、この世界には今のところ俺たち三人とあと残りの一体がいるくらいだしな。
「七…………六………五……四…三、二一…………」
 カウントが終了した。しかし、その正体はどこからも現れない。
「なに? チャックの予想が外れたわけ? ちょっと恥ずかしいんじゃ――」
 ルーシーが全てを言い終わる前に、俺の周囲の大気の気圧が上がったかのように何かに押しつぶされるような感覚に襲われた。それも、俺だけの幻ではなく他の二人にも起きているようで、俺同様に苦しそうな顔をしている。それと同時に、地面から大量の砂が吹き上がると同時に、巨大なムカデのような怪物が顔を出した。
「足りないわ! チャック、ごめんね!」
 一瞬緩んだであろう空気がまたもやピリッと固まる。今は大体八〇%か……普段の生活でここまで跳ね上がることがないから、俺たち三人は口から一筋の血を流す。早くなれないと。
「ルーシー! オーバーした分は、さっさと取り戻せ! 出来なきゃ承知しないからな!」
「安心しなさい! 私を誰だと思っているの?」
 ルーシーは今まで張り巡らしていた緊張の糸をほどいてチャックに振り返る。それを見たムカデがこちらに全速力で走ってきた。
「ルーシー! 油断するな! 避けろ!」
 ムカデはルーシーに向かって一直線に突き進んできておりこのままだとルーシーは胃袋の中に旅行する羽目になる。だから俺はすぐさまルーシーに危険を知らせたのだが、それでも少し遅かったらしくルーシーの右ひじから先が消し飛んでしまった。
「くそっ! 一生! 鎮痛剤!」
 俺はリュックサックに手を突っ込みそこから鎮痛剤を取り出しルーシーに投げる。形状は錠剤。服用すると唾液で溶け口から全身へと麻酔の効果が行き渡り、しばらくの間痛みを感じずに済むことが出来る。効果時間は安静にしていれば四時間。動けば一時間も持たない。副作用はなし。さらに、これにはアドレナリンを分泌させる効果もあるため、服用者には一時的な興奮状態も訪れる。
 手に取った瞬間錠剤を服用すると、傷口から流れ出る血液を利用して自分の腕の再生を行う。再生が完了すると手を開いたり閉じたりと神経の伝達がスムーズかどうかの確認をして異常がないと判断すると大きく深呼吸を始める。これで、失ってしまった血液を全て新しく作りだし腕が持って行かれる前の状態へと戻る。
「ルーシー! 銃が一丁飲み込まれたぞ!」
「わかってるわ!」
 食われた分の銃を一丁生み出して火縄を構え直し、鉛玉をムカデの腹に当て続ける。しかし、鉛玉はムカデの腹でカンカンカン……と小気味いい音を出してどこかへ飛ぶ程度である。
「…………」
 最初は自信満々に発砲していたルーシーも今では額に冷や汗を浮かべていかにも焦っているという意志表示をしているかのようだった。
「おい、効いてないぞ! やっぱり、錬成学のゴミくそ鉛玉じゃ装甲は貫けないじゃないか! 誰だ、『錬成学にできないことはない!』なんて言った第八王女は!」
「うるさい一生! あなたの銃、すぐ弾切れになるじゃない! そんな役立たずが私に意見する気?」
「貴様ら、喧嘩している暇はねえんだよ! ルーシー! 早く抜け! 百発までは待ってやる!」
 しかし、百発撃ちつづけても、敵の装甲を貫くことはできなかった。しかも、敵はこちらを馬鹿にした様に、ただ見つめてくるだけである。
 と、突然上体を後ろに揺らし、その反動でいきなり俺たちにのしかかるようにして倒れ込んだ。
「死んでいるか?」
「死んでないわよ。口動かせて死んでいるんなら、あんたは何者なのよ」
「死んでないにしても、危機一髪ってところだな。ヒビ入ってるぞ」
 チャックが指差した先には、巨大な鉄板がおおわれていた。というよりも、俺たちの周囲を鉄板が覆っているという方が正しい。
 ルーシーは一安心したように溜息を吐いた。上の方から、キイキイと甲高い金属が擦れあう音が聞こえる、そしてしばらく経つとその音が止む。それを確認すると俺たちをおおっていた鉄板が溶ける様に大気中に消えていった。
「仕方ないわ。徹甲弾に変えて――」
「撃つな。確実に殺す」
 チャックは、ルーシーを止めると、自分の方に乗っている子ザルの頭に優しく触る。
「今度は俺たちの出番だ。頼んだぞ」
 子ザルは、「キキッ!」と小さく反応すると、天に向かって大きな声で奇声を上げる。その甲高い声は俺たち他文明の人間には堪えるものがあるので、耳を抑えて対処する。
 すると、地面から、他のサルたちが飛び出してくる。そして、俺が瞬きをしたら、辺りに、木々がぽつぽつと立ち並んでいた。先ほどオアシスを作ったのと同じ力を使用している。
「一生、貴様は隠れて充電していろ。ルーシー、貴様は一生が開けた穴に向けて残り全弾ねじ込め。あいつの外殻は固いから、中に一度入れば跳弾で体内をぐちゃぐちゃにできるはずだ」
 チャックは少しの迷いというものも全くなしに俺たちに命令を下す。俺たちはすぐさまその内容を反芻しイメージし完璧に把握する。おそらく、これに失敗したら死ぬかもしれないだろうしな。
「よし、わかった。足止めは頼むぞ」
「しくじるんじゃないわよ」
 俺たち二人の激励に何か笑うところがあったのか口元がほころぶチャック。
「貴様らこそ、しくじってみろよ、殺すから」
 その間にも木が一本一本増えていき、今ではちょっとした林のようになっていた。これじゃ、チャックの独壇場だな。
俺たち三人は、林を抜けるように退却する。思った通り、ムカデは後をついてきた。しかし、俺たちは林に誘い込むために逃げた。それを確認次第チャックは林の中へと消えていき、俺たちは無事に林の外に出ることができた。
 だが、ムカデは俺たちの方へ一直線で追いかけてくる。しかし、ムカデは林の外へ出ることは不可能であった。
 何故なら、ムカデをツタが縛りつけていてムカデはがんじがらめになっていたからであった。しかし、ムカデのような巨体がその縛りから抜け出そうともがき始めるので、たいした時間の捕縛効果はないかもしれない。
「あとどれぐらいだ?」
 林の中から、チャックが飛び出してくる。
「もう溜まっている。いつでも撃てる」
「当てなさいよ」
「ADSが外すわけないだろ」
 俺はしっかりと構える。照準は今大げさにもがいて左右に動き回るムカデ。タイミングよく撃ちだせば、確実にムカデに風穴があく。
「早くしろ! 予想以上に暴れる力が強すぎてもう少しで縛っているものが全てぶっ壊れるぞ!」
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 ムカデのような怪物が雄叫びを上げて先ほどより大きく暴れまわる。それを押さえつけているチャックに焦りの色が見え始める。ルーシーは内心穏やかではないようにこちらと向こうを見回している。
「早くしなさいよ! いましかチャンスはないのよ!」
「待ってろ」
 俺は至極冷静に答える。誰よりも冷静に動く。心臓の音が周りの皆にまで聞かれているのではないかと感じるほど高鳴っているが、それを抑え込むほどに俺は集中力をとがらせていく。
 俺はゆっくりと息を吐き、キッと目つきを変えると引き金を引き、絶縁体の塊を飛ばす。それは、ちゃんとムカデの脳天にめり込んでいき、ムカデの体内からオイルを吹き出させる。
「やっぱり、機械仕掛けで動いていたか」
「ルーシー、残りは頼んだぞ!」
 俺は集中力が切れたように地面にへたり込む。
 背中にかけていた二丁の火縄を再び手に取り、俺が開けた穴にありったけの弾をねじ込んでいく。中に入った弾はどこにも飛び出していないところを見ると、中で銃弾が飛び回っていることだろう。たまにこっちに飛んでくるのもあるが、俺たち二人は冷静に受け止める。
 しばらくは、苦しみにもがいていたムカデも、間髪入れずに撃たれ続けていたために、ピクリとも動かなくなっていた。
「雅、これで終わったぞ」
 俺は、俺の周りに飛んでいる三寸ほどの大きさの少女の姿をした虫に声をかけた。
『はい、任務の完了を確認しました。これから本部に報告しますので、許可が下り次第、本部への帰還をお願いします』
「わかった。……やっと終わったな。俺の見習い生活」
 俺は腰を砂の中へと落す。
「やっとこれで、あんな狭苦しい独房みたいな部屋で生活する必要がなくなったのね。ほんと、部屋にいる方が苦痛なんて考えたくなかったわ」
 俺の発言に賛同してくれるルーシー。
「さっさと帰りたいもんだな。こんな息苦しい所にずっといたくないしな」
「なんだかんだいって、あっさり生きて帰れるな。チャックが結婚式を挙げるのだけは阻止したかったんだけどな」
「黙ってろ、一生だけは招待しないでやる」
「途中参加してお前の奥さんを奪ってやる」
「やってみろ。確実に殺してやる」
「ああ、ハンカチ噛みしめる用意はできたか?」
 俺たちはいつもの通り睨み合っている。だが、こうやって三人が生きているという幸福に感謝しているのだと思う。全滅だってあり得たらしいしな。
「あんたたちバカなんじゃないの? で、今はどれぐらいなの?」
「えーと、大体八〇ぐらいだな。今頃本部で警報が鳴り響いているんじゃないか?」
 その後、俺たち三人は帰還許可が下りた後に本部に帰還した。

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