暴走魔術師は奇跡を起こすか

ノベルバユーザー172401

後編



バタン、と激しい音を立てて蹴破られたドアが部屋の中に倒れる。埃っぽい部屋の中には、子供たちがロープで拘束されながら泣いていた。
見事にただ泣くだけで抵抗などしないような大人しいタイプの幼女ばかりで、その中に利発そうな少年が一人混じっている。少年が侯爵の息子だろうとあたりをつけたアリステリアは、部屋の中を見回し、突然現れた二人に驚いているらしい男たちを鼻で笑いながら嘲るような目を向けた。
部屋の中には全部で四人。主犯とその部下たちの上位のものだろう。少なすぎる、とステイルは不機嫌に吐き捨てた。

「返してもらうわ、その金……、失礼。その、子供たちをね」

金蔓と言いかけたアリステリアを呆れたように見ながらも、ステイルは彼女と同じように白けた目で室内を見回す。
全く、平和ボケした誘拐犯たちだ。
きっとこの手段はあの侯爵や町の人々だったから有効だったに過ぎない。
こんな子供だましな誘拐、恐喝、本場の駆け引きに比べれば子供の遊びよりも簡単だ。
そして、きっと言葉も通じないだろうこういった犯人たちに何が有効かといえば、彼らが太刀打ちできないと絶望するほどの圧倒的な力を見せつけてやればいいだけである。


「私の名前は、アリステリア・ヴェルド・クレノウェール。覚えておきなさい、今から貴方たち雑魚どもをぶちのめす魔術師の名前よ」
「う、動くな…!子供の命はないぞ」


震える腕が侯爵の息子をつかむ。
それを鼻で笑うとアリステリアは肩をすくめた。


「魔術師は詠唱をしなければ、術が使えない なんて、誰が決めたのかしら?他の魔術師がそうだからと言って、必ずしもそうとは限らない。
私には詠唱は必要ない。イメージして、ぶちかます。対象だけを狙って、それ以外は拒絶して。それができるだけの力を、強さを、私は身に着けたのよ。といっても、ちょっとしたアクションは必要だけどね」

肩をすくめ、パチンと指を鳴らす。
その音がしたと同時に男たちはすべて、何かの力に操られるように四方の壁に叩きつけられた。
子供たちの拘束を解いてやりながら、ステイルはアリステリアを見やる。
彼女は至極つまらなそうに、けれど男たちに加える術の威力を上げていく。

「他人を殺す覚悟はある?貴方たちの持っている銃は、剣は、何を守ろうとしているのかしら。どんな信念のために使おうとしているのかしら。中途半端にしか使えないような腕前で、私に歯向かおうなんて一億五千万年早い!」
「…歯向かってはないぞ、お前が勝手にぼこってるだけで」

ステイルの呆れた言葉にふん、と顔を背けて、アリステリアはにんまりと笑った。
ノリノリである。悪役より、悪役らしいその笑顔は凶悪。もちろん力加減はしているのだろう、いつもの威力の半分以下にも満たない。

「さて、貴方たちの血の色は何色かしら」
「お前が悪役になってどうする!お前ばっかり楽しみやがって…。とりあえず縛って連行する。それで終わりだ。ガキどもを帰さないとだろう」
「あら、これからがいいところなのに?」

ステイルは、はあああ、と思いため息を吐き出した。暴走魔術師は自分のテンションに身を任せて行動するので、だからこそ気が済むまで暴走をやめない。
だが、アリステリアの暴走を止めるのは、簡単だ。
気をそらせばいいのである。ステイルは、財布、と端的に口に出した。はやく連れて帰ればそれだけ安心するだろうし、謝礼もすぐにもらえるだろう。
それに何より、侯爵の息子は少しばかり聡いようだから、金目当てで助けられたのだと知れば精神衛生上よくないだろう。アリステリアは不服そうに、けれどもう魔術を使おうとはしなくなった。
あまりのことに気絶したらしい男共を縛り上げて、アリステリアはパチンと指を鳴らす。一瞬にして消えた犯人一味は、どうやら自警団の牢屋に転送させたらしい。


「アリステリア・ヴェルド・クレノウェール、さん」
「あら、よく一度で覚えられたわねえ」


少年が呼ぶ。にっこりと笑ったアリステリアは、少年の前に向き直る。

「助けてくださって、ありがとうございました」
「礼には及ばないわ、私は私のしたいことをしただけ」

そう言い切ると、アリステリアは黙って少女を、少年を、そしてステイルを集めた。
ポケットから出したナイフで床にがりがりと円を描く。
珍しく術式をかいて移動するらしい。


「別に、できないこともないけれど。私やステイルはともかく大事なお子様たちだもの、大切に送り届けなきゃね?」


アリステリアは、金銭が絡んだ相手にはとてつもなく尽くすタイプらしい。
アリステリアの行くわよの後、光に包まれその光が消えた瞬間、目を開いて見渡せば広場の中央に戻ってきていた。
不安げな様子で残っていたらしい人々が、アリステリアとステイル、そして子供たちを見て歓声を上げた。

抱き合う親子たちを無感動な目で見ながらアリステリアとステイルは侯爵のもとへと歩み寄る。
侯爵から大量の金貨を渡されたアリステリアは、ものすごくご機嫌である。
きっと頭の中には金貨の事しかないに違いない。ステイルは侯爵が話し始めてもまるで聞いていないだろう様子のアリステリアをひきつった顔で小突きながら侯爵の言葉を受け取る。


「この町を守るために必要なことを、誰かを傷付ける、手を汚してしまうかもしれないと避けていたのです。けれど関係のない貴方たちに任せなければ何もできないほどに、私たちは弱い。守るための力をつける、それがこの町の人々と決めたことです。ありがとう、魔術師様そして剣士殿。稀代の魔術師の名の通り、貴方は私たちに軌跡を起こしてくださった」
「……いやいや、買いかぶりすぎだから。こいつ軌跡起こしてないから」
「そんなことはありません!私たちは救われたのです」
「なんでこんなにいい感じで捉えられてるの、お前?なんで?魔術ぶちかませば英雄になれんの」


金貨を抱えてにこにこしているアリステリアは、にっこりと笑った。


「私は私の正義のために魔術師になったのです。私の正義を守るために、私はいつだってこの力を使うのです。今回たまたま私の行動が貴方たちを救ったにすぎません。」


外面だけは、完璧である。ステイルは天を仰いだ。国に保護してもらって、まともな精神になるまで調教してもらったほうが、世のため人のためになる気がすると思いながら。

そしてその日の夜、アリステリアとステイルは宿を出た。
一度入った土地からは10日以内で出る、それが二人のルールである。
特に何も言わなかったのにも関わらず、大勢の町の人々が別れを惜しみながら見送りに出てきていた。まるで英雄扱いである。


「なんていうか、私の正義はすべからくお金のためですなんて、言えない雰囲気よねえ」
「頼むから言うな。余計な争いは御免だ。二度と来れなくなる」
「まあ、10年以上たったらもう一度来てもいいけど」
「…そういうことを言うやつは、二度と来ないんだよ」


変わらず軽口をたたきながら二人は侯爵に手短に挨拶をして、歩き出す。
しかし、侯爵の息子が何か言いたげにしているのに気付き足を止めた。


「…アリステリアさん、正義とはなんですか」
「それは人それぞれ違うものよ。――私の正義は私だけのもの。言ってもきっと理解されないだろうけど。でも、私は正義を守るために力をつけたの。だって、そうしなきゃ私の正義に対をなすものをぶち負かせないじゃない」
「………僕にも、護れるでしょうか、僕の正義を」
「あら、それはあなた次第よ。願えば必ずチャンスはめぐってくるわ、けれど、それを掴むためには力が必要よ。精進なさい、キルフェゴール侯爵子息 イリエ・キルフェゴール。人間はすべて、望みを叶えるチャンスを与えられている」


いつ名前を、と目を見開く少年にアリステリアはウィンクを一つ。
茶目っ気たっぷりに口角を上げて、少年の耳元でささやく。

「私はアリステリア・ヴェルド・クレノウェール、魔術師はすべてを見通しているのよ」


そしてぱちん、と乾いた音が鳴り響き――、アウテンベルクの人々にとっては英雄たる二人は暗闇の中へ溶けるように消えていったのだった。



「みてよステイル、こんなにいっぱい!」
「あれだけ純真な少年に夢を振りまいた女が金貨を見ながらにやつくって詐欺にもほどがある」
「あのね、人生に夢は必要よ。ちょっとチャレンジ精神を煽ってあげただけじゃない」


アリステリアは貸馬車の前に自分たちを転送し、そして二人は馬車に乗って長い夜を移動している。
もう何も言うまいと口を噤んだステイルを気にすることなく、アリステリアは馬車の中でにやにやと金貨をなでていた。引いたようなステイルの視線は、完全無視である。


「ところで、どうして名前を知ってたんだ?俺たちは名乗りこそすれ、あの町の人たちの名前なんて聞いてなかっただろう」
「魔術師にできないことなんてないのよ」
「嘘つけ」
「…………、新聞に載ってたのよ。キルフェゴール侯爵子息イリエ・キルフェゴール様、王都の学院への入学が決まるっていう記事」
「なるほど、な」


それきり金貨を数えだしたアリステリアを放置して、ステイルは足を投げ出して小さな窓の外から景色を眺める。
真っ暗な夜道は、何も見えず、ぼんやりとした頭に浮かぶのは、いつかの旅の思い出。
行く先々の食べ物のこと、遊んだ女の髪の色、賭け事をイカサマで勝ち抜いて儲けたこと、そして、どこかの国で今日の様に金に目がくらんだアリステリアが暴走し、結果的に人を助けることになった時のこと。
【彼女の正義に対する行動は、だれかの奇跡になる】
しわがれた老人の声でよみがえったその言葉を鼻で笑う。

「こいつの正義が誰かのキセキねえ…。――それでも、俺にとってそれは厄介事でしかないんだよ」
「なにぶつぶつ言ってるのよ、眠いの?肩貸す?」
「肩じゃなくて膝貸せ、そっちのが寝れる」
「金貨二枚で貸してあげるわ」


守銭奴か、とつぶやきながら懐から銀貨を一枚取り出して、ステイルはアリステリアの膝に頭を乗せた。
馬車の座り心地は悪いし、揺れるしで全く眠れそうにはないのだが、枕は有難く借りることにする。

「ちょっとほんとにするの?!」
「うるせえ、お前のせいで振り回されたんだ。ちょっとは返せ」
「…その割に、しっかりお金払ってるけど」
「俺はお前と違って人がいいんだよ」


それでも頭を払いのけないあたり、旅の相棒として少しは気を使っている証拠なのだろう。
――その手にしっかりと握られた銀貨のせいではないと、信じたいと思いながら、ステイルは意識を眠りにゆだねようとする。


「え、ステイル寝られるの?」


うるさいのでもう一枚銀貨を握らせたら静かになったので、満足してステイルは今度こそ意識を手放した。
一応、懐に入れた人間に対しては時たま優しさを見せるアリステリアが、なんだかんだいって気に入っているのである。

――その数時間後、頭の重さにしびれを切らせたアリステリアがステイルを膝から叩き落とし、逆の体制を強要することになり、そしてそのまま何をしても起きない魔術師を寝かせたまま数時間の仮眠で次の町まで起きていなければならなかったステイルは、馬車を降りて早々にアリステリアに斬りかかるのだった。


「やっぱりお前叩き斬る!」
「ちょうどいい高さだったんだもの、仕方ないでしょ!」






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