柊木さんと魑魅魍魎の謎

巫夏希

第五話

 沓掛村立沓掛小学校。
 そう書かれた看板を見つめて、僕は少しだけ『あの場所』を思い返していた。あの場所とどこか似ているような気がしたけれど、そう思い出に浸る時間もない。先ずは情報を収集する必要があるからだ。
 来客用出入口から入り、そのまま通路を通って図書館へ入る。図書館のカウンターに一人の少女が座っていて何か難しそうなハードカバーの本を読んでいたが、それ以外の人間は誰もいなかった。

「失礼。ちょっといいかな」

 夏乃さんはそんな読書中であることを理解していながらも、ずけずけと質問をしていく。仕方ないことではあるけれど、もう少しデリカシーというのは無いものか。……考えただけ無駄というものかもしれない。
 それはそれとして。
 少女はずっと小説と思われる単行本で顔を隠していたのだけれど、夏乃さんがずっと立っていることに気が付いて恐る恐るその本から顔を出した。
 そのタイミングを狙って夏乃さんは笑みを浮かべる。

「こんにちは。村史はどちらにあるかな?」

 初めて見る人間だからか――当然だけれど――少し警戒した状態で話を聞いた少女は、本にしおりを挟んでそれを閉じる。
 少女は小さく口を開けて、

「奥の……本棚にあります」

 ただ、そう一言だけ言った。

「奥の本棚、ね。ありがと」

 そうして、夏乃さんは奥の本棚に向かっていった。相変わらず、淡白な人だ。そう思いながら、僕も一礼してそちらへ向かう。その時ちらりと少女が読んでいた本のタイトルを見てみた。その本は赤一色の表紙だった。タイトルは――残念ながら机に突っ伏しているので確認することはできなかった。残念、元図書委員だった身からしてみると、その本がどういう本であるのかは確認しておきたかったところだけれど、先ずは村史を探すのが大事だ。そう思って僕は夏乃さんの後を追った。
 夏乃さんは、というと村史があるといわれている本棚の前に立って何か考え事をしているようだった。

「あの……ありましたか?」

 僕は躊躇なく夏乃さんに訊ねた。
 夏乃さんは僕がやってきたことに最初は気づいていなかったようだったが、少ししてそれに気付くと、僕のほうを向いて頷く。

「ああ、少年。まだ村史は見つけられていないよ。……少し、考え事をしていてね。それについてちょっとだけ時間が必要だった、というだけのことだ。さて、村史はどれだ?」
「これじゃないですか」

 『沓掛村 村史』と書かれた背表紙の本は、ちょうど夏乃さんの目の前にあった。
 それを見た夏乃さんは目を丸くして、

「これは、灯台下暗しというやつだな。一本取られた」

 村史の本を取り出し、適当にページを捲っていく。まあ、たぶん適当ではなくて『竜宮城』について記載されている記述を探しているのだろうけれど。速読に近い方法だろう。瞬間記憶能力、と言うのかもしれないけれど。昔、そういう能力を持った刑事が主人公のドラマをやっていたから、記憶に残っている。今の夏乃さんは、ちょうどそんな感じ。
 夏乃さんは一通り村史を見終えて、溜息を一つ吐いた。

「夏乃さん、どうでした?」
「さっぱり、だ。あの村長、知っていてこの情報を伝えたのか。それとも偶然か……。前者なら、非常に嫌な予感がするな……」
「まさか。村長が竜宮城に感づいた輩を排除しよう、と?」
「少年の口から『輩』なんて単語が出るとは思わなかったが、そうだろうな。実際のところ、会って話をしないと解らないが……!」
「行きましょう、夏乃さん」

 胸騒ぎが、治まらない。
 もしかしたら、僕たちは何か重大なことを見落としているのではないか――そう思っていたからだ。

「解った、少年。向かうぞ、村長の家へ」

 そうして、僕たちは再び村長の家へと舞い戻ることに決めた。


 ◇◇◇


 村長の家に到着すると、どこか雰囲気が違っているように見えた。
 何というか、暗雲が立ち込めている――というか。

「……少年、何というか嫌な予感がするな。急いで村長に話を聞くことにしよう」
「それには及びませんよ」

 背後から声が聞こえた。
 踵を返し、声の主を見る。そこに立っていたのは、この村の村長だった。村長は先ほどと同じおっとりとした様子だったけれど、その目線はしっかりと僕たちを捉えていた。

「……私たちを待ち構えていたということは、あの図書館に村史がある、と教えたのはデコイということか?」

 こくり、と頷く村長。

「時間がほしかったのですよ。我々にとっても、あなたたちにとっても。ですから、あなたたちには一度図書館へ向かっていただきました。この村を守るためには……、致し方ないことであるとご理解ください」
「では――彼女のことも知っている、ということか?」
「ええ」

 そのまま僕たちに向かって歩き出す村長。
 いったい何を仕出かすのか――とにかく臨戦態勢を取るべく、ファイティングポーズをとる僕たちだったが、村長は僕たちを横目に家の中へと入っていく。

「……ついてきてください。もう、限界だ。お見せしましょう、この村の真実を。そして、あなたが知りたかったであろう……、竜宮城の伝説を」

 その言葉を真実ととるか罠ととるか。
 最初、僕は罠と考えていた。しかし、夏乃さんはゆっくりと家の中へと歩いていく。どうやら僕とは違う考えを持っているらしい。

「夏乃さん」

 僕は夏乃さんを引き留める。
 夏乃さんは僕の言葉を聞いて、立ち止まる。

「……信じるんですか、あの話を?」
「信じるしかないだろう。今は、話を聞けるというのなら、ついていくしか方法はない。その先に何があろうとも、な。もし少年は怖いというのであれば、家に残っているといい。最悪、日数が経過すればカツが船を寄越してくる」
「そんなことを言っているわけじゃ……!」
「じゃあ、確定だな。行くぞ、少年。一緒に竜宮城の伝説を見に行こうじゃないか」

 夏乃さんは、きっと目を輝かせているのだろう。
 ずっと一緒に居たから――何となくそんなことも解ってしまう。
 そうなった夏乃さんは止めることなど出来ない。そう思って僕は夏乃さんの後を追いかけるのだった。

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