柊木さんと魑魅魍魎の謎

巫夏希

第五話

 私が結目村に到着したときは当然の如く夜になっていた。

「急がなくては……」

 村の奥は夜にもかかわらず煌めいていた。恐らく松明によるものだろう。
 そこで儀式が行われているに違いない。急いでそこへ向かわなければ、少年と少女の命が危ない。
 急がねば。



 そこに辿りついた時には、もう儀式が終了していた。松明の炎だけが、神殿を照らしていた。

「気味が悪いな」

 呟いて、私は神殿に潜り込む。
 神殿はあまり人が入り込まないようにしているのか、直ぐに通路が続いた。そして少ししたら牢屋のような場所が続くようになった。

「……居た!」

 そのひとつの牢屋に、少年が居た。

「少年、無事か!」

 そうして私は、牢屋の鍵を開けようとする。あいにく締まっているようだった。そこで私は財布から針金をとりだした。
 針金を使って、南京錠の鍵穴に突き刺す。暫く弄っていると鍵が開いた。どうやら少年は手枷も付けられておらず、自由に動くことが出来るようになっていた。
 扉を開け、私は少年と――漸く再会した。


 ◇◇◇


 夏乃さんと再会したのは一週間ぶりのことになった。一週間という時間はあまりにも長かったが、それでも夏乃さんが来てくれたことはとても嬉しかった。

「……本当に済まなかった」

 通路を歩きながら、夏乃さんは言った。

「大丈夫です。来てくれただけで充分ですよ」

 僕は答える。先ず秋菜さんと――ネガヒ様を助けなくてはならない。彼女たちは僕以上にその恐怖に耐えてきたのだから。
 突き当りには階段があった。そこを降りると、空間が開けた。
 どうやらそこは井戸の地下らしい。地下水脈でもあるのか、地面には水が満たされていた。
 そして少しだけ盛り上がった島のようになっている場所に、一軒の民家が建っていた。
 どうやらここがネガヒ様の住処のようだった。
 夏乃さんはその襖を開けて、中を見た。
 そこに居たのは、ネガヒ様と秋菜さん――そして、僕を棍棒で殴った男だった。
 男は僕と夏乃さんを見て驚いたようだったが、直ぐに立ち上がった。

「貴様ら、どうしてここまで……!」
「いやあ、ヒーローは遅れて来るものというだろう?」

 ヒロインだけどね、と言うのは特にこのタイミングでは野暮だ。

「ネガヒ様をどうするつもりだ……!」
「どうするもなにも、そのネガヒ様とやらはここにずっと居ることを望んでいないようだが」
「ハッ! 何を言うか! ネガヒ様……いいや、こいつはここにいない限り真価を発揮しない! なにせ願いを叶える代わりに自分の『幸せ』を吸収してしまうからな! そして、それを考えると幸せを使えるのは残り僅か! 媒介となる人間を使わない限り、こいつは真価を発揮しない、ただの木偶の棒になるんだよ!」
「漸く本心を現しやがったな、下衆が」

 夏乃さんはそう言って舌打ちした。
 それを見て男は懐からナイフを取り出す。

「貴様らさえ死ねばいい。そうだ、貴様らが現れた時点で殺してしまえばよかったのだ……」

 ふらふらと、ふらふらと。
 ゆっくりと夏乃さんの方へ歩き出す。
 そして、夏乃さんめがけて男はナイフを振り翳した――。


 ……ここまで話を読んでいる人は覚えているだろうか?


 夏乃さんは、柔道が強い――僕がそう説明したことを。

「でやーっ!!」

 そう言って、夏乃さんは男を背負い投げし、地面に投げつけた。

「ぐ、ぐう……」

 男はそのまま気絶してしまったらしい。
 それを見て夏乃さんは呟く。

「ほんと、馬鹿な男よね。『女=弱い』という方程式を勝手に立てているのだから」

 そして、ネガヒ様の方を向いた。

「さあ、行くよ。あんたはこれで自由になるんだ。この村にもう縛られることもない。あんたはもう自由になるんだよ」

 ネガヒ様はその言葉を聞いて、うつむく。
 秋菜さんはそれを聞いて、

「あ、あの。ありがとうございます……」

 そう頭を下げた。
 でも彼女はどうするのだろうか。彼女は結目村でネガヒ様に生贄にされた人間だ。そこで彼女が逃げ出して、ネガヒ様が解き放たれば、この村はどうなってしまうのか。

「私が最後にけじめをつけます」

 だが、僕の考えに割り入るようにネガヒ様は言った。

「けじめをつける……それが何を意味しているのか、解っているのか?」
「ええ。解っています。私が最後に『この村が私無しでもやっていけるよう』に願います。それは私の幸せの容量で充分賄えるはずです。……ですが、私のそばにいるとあなたたちの幸せを奪ってしまいます。ですから、早く逃げてください」
「……逃げろ、とは言うが、そう簡単に私が逃げるとでも思うか?」
「仕方ありません」

 そう言うと、ネガヒ様は両手を合わせた。


 ――それが、僕の見たネガヒ様の最後だった。









「ありがとうございました」

 木遊荘の入口で、僕と夏乃さんは秋菜さんから頭を下げられた。
 ……はて、僕はいったい何をしていたんだっけか?

「この度は、この村にある必ず願いが叶う人形のことを調査してくださって」
「いや、骨折り損の草臥れ儲けとはまさにこのことですね。なにせまったく見つからないんですから」

 そうだった。
 僕は夏乃さんが請け負った『依頼』とやらを手伝いに来たのだ。
 そしてそれが漸く終わり、僕たちはこの結目村を後にするのだった。

「……おい、何をぼうっとしている。行くぞ、少年」

 夏乃さんはそそくさと立ち去る。僕も秋菜さんに頭を下げて、その場を去った。


     ◇◇◇


 帰りの電車で、夏乃さんは電卓を操作していた。

「……どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもないわ。なんでか知らないけど予算が上手く合わないのよ。二人分往復のはずなのにまったく合わない。……まさか少年、ネコババなんて……するわけがないな」
「するわけないじゃないですか」

 僕はそう言って、紙パックのミルクティーを一口啜った。
 夏乃さんは何か考え事をしていた。

「なあ、少年」
「……どうしました?」
「『幸せ』ってどういう意味なんだろうな」

 夏乃さんはいったい何を言い出すんだ――という僕がそれを言う隙を与えずに話を続ける。

「幸せって人によってそれぞれ違うだろう? 例えば私だったら甘いものが食べられればそれで『幸せ』だと言えるし、人によっては本を読んでいる瞬間を『幸せ』と定義するかもしれない。それは人によってそれぞれだしそれをパラメータ化しようがない」
「……何を言いたいんですか?」

 夏乃さんはそこまで言ってすっきりしたのか、或いは続きが思いつかなかったのか、車窓に目線を向けた。

「幸せって、不運なことがあるから幸せだと言えるんじゃないですかね」
「ん?」
「だってそうじゃないですか。幸せなことが続けば人はそれを『幸せ』なんて定義しませんよ。だってずっと幸せが続いているのだから、それが普通だと思ってしまう。けれど、不運なことが起きてからの幸せは幸せだと認識出来ますよね。つまり、そういう事なんじゃないですかね」

 僕はそれに、ところでどうしてこんな話題を? と付け足した。
 夏乃さんは「少し気になっただけだ」と言った。
 そうして――車内は再びモータの駆動音に包まれた。

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