柊木さんと魑魅魍魎の謎

巫夏希

第三話

 さて。
 私が目を覚まして、最初に感じたもの、それはい草の香りだ。そして頬から伝わる感触からして畳であることを理解した。
 そして壁は土壁だった。窓はない。少し暗いが、影が私の見ている方角にあるということは、光源は私の背後にあるということだろう。

「……少女はどうした」

 そう。
 椿秋菜の存在を忘れてはなるまい。
 彼女はいったいどこに消えたのか、そう思って私は上体を起こした。
 燭台に置かれている蝋燭の炎が揺れる。
 燭台を挟んで向こう側に、誰かが座っていた。
 それは和服を着ていた。女性だった。それ以外には何も解らない。ああ、そうだった。艶やかな黒髪だった。蝋燭の炎で照らされ、雅に光を反射している。

「……あなたは」

 私は敢えて、そう言った。

「私は……」

 もし私の予想が正しければ、その、彼女の名前は――。

「――人々から『ネガヒ様』と呼ばれている者です」


 ――ビンゴだ。やはり彼女はネガヒ様だった。


「そうか……あなたが、いや、あんたがネガヒ様か」

 私は立ち上がり、彼女を見た。

「あんた……いったい何者だ?」

 私は単刀直入にそう言った。
 ネガヒ様は小さく笑って、

「何者だと思う?」

 私に訊ね返してきた。

「……なんだろうな」

 私は解らなかったから、そのままの意味で返した。
 しかしネガヒ様とやらは、

「まあしょうがない。仕方ないことだ。私の質問を答えられた人間なんて今まで居なかったよ」

 蝋燭の明かりが、彼女の顔を艶やかに照らした。仄暗い明かりだったが、今の彼女にはそれが一番似合っているだろう。
 彼女の話は続く。

「私はネガヒ様だなんて呼ばれているけれど、実際は違う。……なんて言えばいいのかしらね? ともかく、恐らく妖怪に分類すれば『座敷童』の類に入るのだろうけれど」
「座敷童?」

 座敷童は岩手県などで伝えられている精霊的存在だ。家人に悪事を働くとされ、見た者には幸福が訪れると言われていたり、或いは家に富を齎したり……まあ、要するに人間に幸福を与える、その象徴ということだ。しかしながら、座敷童が出ていった家には……。まあ、これ以上は語らないでおこう。野暮な話だ。
話がそれてしまったな。
 つまり、ネガヒ様自らの証言をもとにすれば――ネガヒ様とやらは自らを『座敷童』の部類に入る、と言った。しかし、その座敷童にしては、少々大人びているようにも見える。

「……座敷童でも大人に見える座敷童があってもいいと思うのだけれど、間違っていたかしら」
「いや、別に。一般的には小学校に上がるか上がらないかくらいの年齢だが、上を見れば十五歳程の体型をしている座敷童も報告されていると聞く。別にそれくらいの座敷童がいたとしても、何ら不思議ではない」
「そう言ってもらえると有難いことです」
ネガヒ様とやらは自らを謙遜しているようだったが、しかし私が気になるのはそこではない。

 ネガヒ様の能力とは本物なのか、それが気になることなのだ。

「ところで、あんたの能力ってのは本物なのか?」
「本物ですよ。私は普通の座敷童よりも少しだけ力が強すぎるの。どれくらい強いかって言えば……そうね。普通の座敷童ならば『見た者』か『居る家』じゃないと出来ないでしょう? それが、思ったとおりの場所に幸せを送り届けることが出来る。具体的にいえば願いのヒッチハイクみたいなものね」
「ヒッチハイクじゃなくてデリバリーじゃないのか」
「そうとも言うわね」
「現代かぶれを強調しなくてもいいんだぞ」

 意外とこのネガヒ様は現代かぶれのようだった。少し間違った知識を覚えているようだが。
 ……さて、問題はここからどう脱出するかだ。

「ここから脱出する方法を知りたい。どうすればいい?」
「それを私に……聞くのですか?」
「ええ。あなたなら教えてくれるだろう、そう思ってね。私の推測が正しければあなたはここに閉じ込められているのではないかしら?」

 私は結論を言う。しかしネガヒ様は答えない。
 私はその答えを聞きたくて、一歩踏み出す。
 思えば、それが間違いだったのかもしれない。
 刹那、私は後頭部に強い衝撃を受けて――その場に倒れた。

「いったい何をしたんですか!」

 ネガヒ様が声高にそう言った。その声は少しばかり怒っているようにも聞こえた。

「我々の秘密を知られた以上、秘密を共有していたが……もうこれ以上は無駄だ。この女はお前とは別の場所に移動させなくてはならない」
「そう言って……あなたたちはその女を殺すつもりでしょう!?」
「だとしたら、お前に何が出来る? 妖怪とはいえエネルギーを吸収せねばただのヒトと変わらない。そしてそのエネルギーを得るためには我々の言うことを聞かねばならない。世界とはギブアンドテイクで出来ているんだよ」

 そう言って、一方的に会話を打ち切ったその男は私の身体をずるずるとどこかへ引きずっていった。
 私はそれになんとか抗おうとしたが――そのまま意識を失った。


     ◇◇◇


 ネガヒ様の住処から洞窟を進んだ先に地下湖がある。その湖は地元の人にも知られておらず、天然の冷蔵庫と言われるくらい冷たい湖だ。湖底深くにはどこかの川へ繋がっている通路があるとも言われているが、その冷たさゆえ誰も立ち入ったことはない。
 ネガヒ様の住処から夏乃の身体を持ち出した男たちは、その畔まで持ってきて夏乃の身体を見た。夏乃の身体はここまで持ってきたからか泥と傷だらけだった。整えたであろう髪は泥が染み込んで灰色がかっており、服も切り裂かれていた。
 男はそれを見て微笑むと、近くにあった麻袋にぶっきらぼうに放りこんだ。

「まて、それじゃ死んだかどうか解らん」

 そう言った男の言葉を聴き、それもそうだと思ったもう一方の男は麻袋の中から夏乃の身体を取り出し、容赦なく心臓を突いた。一度それにより彼女の身体が激しく振動したが、直ぐにそれも止まった。血液が彼女の胸のあたりから溢れ出し、彼女の着ている服を赤く染め上げていく。
 それを見て漸く死んだことを確認し、再び麻袋に詰めていく。ただし麻袋は水密性に乏しく、血液が中から漏れてしまうかもしれないことを危惧したふたりは炭を詰め込んだ。慣れている手つきで、炭をいっぱい詰め込み、麻袋から血が出ていないことを確認し、その口を結んで湖に投げ込んだ。

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