柊木さんと魑魅魍魎の謎

巫夏希

いつもの店がなくなった時 前編

「冠天堂が潰れただと……?」

 私はその言葉を聞いて先ず抱いた感想は、そんなことなどありえないというものだった。なぜなら、冠天堂は老舗の和菓子屋だ。最近はゆるふわロールケーキなど和洋折衷の食べ物を多くリリースしており、私も週に一度はわざわざ江の島の本店まで食べに行くくらいだったのだが、最近は仕事が立て込んでいてなかなかいくことができなかった。

「違いますよ、夏乃さん。過去形じゃなくて、未来形です。つまり、今月末には閉店してしまうんですよ、冠天堂は」

 そんなことは関係ない。
 今月末に閉店しようが、いま閉店していようが、そんなことは関係ない。
 問題は、冠天堂が閉店してしまうということ。ただそれだけだ。その事実を考えるだけで、仕事に手がつかなくなる。

「……先週もゆるふわロールケーキとロールケーキパフェを食べに行ったじゃないですか。それで我慢してくださいよ」
「我慢もクソもあるか! 少年、二度と食べに行くことが出来ないのだぞ。あの、冠天堂のゆるふわロールケーキを!」
「それなんですけれど……」

 電話が鳴ったのはちょうどその時だった。くそ!! どうして、このようなときに! しかも見たことがない電話ということは……。

「……依頼の電話だ」

 仕方がない。正直一番電話に出たくないタイミングではあるが、電話に出ないとお金を儲けることができない。そう思って私は電話に出ることとした。

「もしもし、こちら柊木伝承相談所ですが」
『……依頼の電話はこちらで問題ないでしょうか』

 声が聞こえた。
 か細い男性の声だった。何というか聞いただけで幸が薄そうな感じだったが、それは言わない約束というものだ。内に秘めておく必要があるからな。
 はてさて。
 仕事の依頼というのだから、少々まじめに話を聞いておく必要があるな。そう思って私は電話に耳を傾けていく。

「はい。そうですが」
『ああ、そうですか。ありがとうございます。すいません、私は新井と申します。実は、我が家には座敷童がいると昔から言われているのですが……、どうも我が家には幸運が訪れないようなのです』

 座敷童。
 確かに座敷童には家にいるだけで幸運を招くといわれている、定番の妖怪といえるだろう。
 だが、その座敷童が幸運を齎さない? それはいったいどういうことだろうか。
 新井と名乗った男の話は続く。

『そして、不審に思った私は、座敷童が住まうといわれる部屋に向かったのです。……我が家にある奥の住まい、それがその部分となります。普段は当然座敷童が住んでいますから、入ることは殆どありません。けれど、行ってみたら……、そこは血のように真っ赤だったんです。写真も撮影してあります。どうか一度詳しい話を聞いていただけないでしょうか』

 それを聞いた私は、疑問を浮かべる形となった。
 座敷童が不幸を呼び寄せた、ということか?
 それにその地のように真っ赤な部屋。気になる。かなり伝承、あるいは妖怪の可能性がある。もしかしたら除去する必要もあるし、場合によっては新しい妖怪をパッケージングする必要があるかもしれない。

「……解りました。それでは一度、お話をお聞きしましょう。場所はいかがなさいますか? 事務所で話を聞きますが、別の場所でも問題ありませんが」
『そうですか……。実は私の家は江の島にありまして……、できればその近所でお願いしたいのですが』

 それなら、と私は思ってある場所を待ち合わせ場所に指定した。
 新井は困惑しているようだったが、少ししてそれを了承した。
 そうして、新井と私の通話は終了した。




 三日後。
 冠天堂フルーツパーラー江の島店に私と少年、そして新井は居た。新井は眼鏡をかけて黒いぼさぼさとした髪、それに赤と青のボーダーのポロシャツを着用した、見るからに根暗な大学生みたいな風貌だった。おっと、これをいうと根暗な大学生に風評被害だと言われてしまうが、それについては面倒なのでこれ以上言わないことにしておこう。まあ、口には出していないから安心したまえ。

「先ずは……話し合いの場を設けていただいてありがとうございます」

 おずおずとしたような口調で新井は言った。

「別に問題はない。私はそういう仕事をしているから話を聞いているだけだ。面白いかどうかは、私が判断する」
「面白い……ですか?」
「ああ。正確に言えば、私がやるに値する仕事かどうかを判断する、ということだけれど」

 フリーランスだから、こういうところはメリットになるよね。結局のところ、私としては仕事なんてどうだっていい。別に金に困っているわけではないのだから。だからこそ、私にだって仕事を選ぶことに関しては自由がある。組織に所属していればある程度組織の意思に従わなくてはならないが、個人であればその必要はない、ということ。つまり仕事を選ぶ考え方には、私の面白いと思う心が最優先に選択されることとなる。私が面白いと思えばお金なんて二の次。逆につまらないな、と思ったら幾らお金を積まれても無駄、ということだ。やる気が出ないから、仕事にならない。それが結論だ。

「……解りました。取り敢えず、お話だけさせてください。我が家に纏わる、座敷童の話を」

 そうして新井はゆっくりと話を始めた。それが私にとって面白いか面白くないのか、そして、仕事を引き受けるに値するものであるかどうかは、とにかくこの新井の話を聞いてから判断するしかないだろう。






 新井の話を聞き終えるまで、ゆるふわロールケーキを食べることにしよう。それにしても、今日は客が多い。きっと冠天堂の閉店が決まってから俄かのファンが増えてきたのだろう。『テレビでやっているし、有名だから、どうせ閉店するのなら一度食べてみようか』という考えに違いない。はっきり言ってそんな考え下らない。それは意味がないことだし、そこで継続して行きつけの店にするのであればまだ問題ないとはいえ、一度きりで終わりにするのであれば、猶更来てもらいたくない。ファンが増えるのは大変嬉しいことではあるのだけれどね。最近どうも、そういう連中が表れて困っている。
 はてさて。
 ゆるふわロールケーキはほんとうに美味しいものだ。生クリームに果実をふんだんに入れていて、それをスポンジケーキで巻き込んでいる。さらに外側も生クリームで凹凸を作っているため、見るだけでも面白い形になっている。
 因みに。ゆるふわロールケーキを食べるには、フォークではなくスプーンを使用する。それはスポンジケーキが柔らかく、かつ生クリームを大量に使っているため、スプーンを使用したほうが食べるうえで効率が良いためだ。
 食べるだけでフルーティーな香りと、生クリームの滑らかな食感、それにスポンジケーキのふんわりとした食感が広がる。まさに『ゆるくてふわふわ』な気持ちになる。それがゆるふわロールケーキだった。和菓子屋一筋ウン十年とやってきた冠天堂が、初めてリリースした和菓子と洋菓子のコラボレーション。それが、ゆるふわロールケーキだった。

「……あの、話、聞いていますか?」

 うん? まさか私がゆるふわロールケーキを食べていて、話を聞いていないなんてそんなことがあるわけないだろう? それにその怪訝そうな表情はなんだ。まったくもって不愉快だ。私がそのようなことをするわけがないだろう。まったく、私が大学を卒業したのはつい数年前ではあるといえ、こんな僅か数年で大学生の常識はここまで地に落ちたのか? ……ということは別にいいか。大学生全体に傷つけるような発言をして、イメージを落とすわけにもいかない。これはきっと、彼があまり気づいていないというだけ。ただそれだけなのだろう。そう受け入れるしかない。私はそう思いながら、ゆっくりと頷いた。

「聞いていないとでも思っているんですか。新井さん。あなたの家には座敷童を祭る和室があって、その和室に行くと、血のように真っ赤な和服を着た女性が居た……と。そういうことでしょう?」

 聞いていたんですね、とはっきり口にする新井。別にいいけれど、そういうことは気にしたほうがいいぞ。私は別に気にしない人間だから問題ないがな。
 そんな新井の人間性に関することはどうだっていい。問題はその『座敷童』について。赤い和服を着た座敷童……か。まあ、話を聞いていた限りだと、一つしか考えつかないのだが。

「……どうですか。一度、調査をお願いできないでしょうか?」
「調査については問題ないでしょう。……ただ、現在の説明を聞いただけでも、あなたの家に何がいるのかは判明していますが」
「わ、解っているのですか」

 コーヒーを啜りながら、ゆっくりと頷く。

「赤い座敷童、という言葉をご存知でしょうか」

 私はゆっくりと、その言葉を告げた。
 まあ、当然ながらそんな単語は専門知識の持っている人間しか知る由もない。だから、いま目の前にいる新井が首を傾げているのは、はっきり言って『想定の範囲内』だった。
 私は話を続ける。

「座敷童というのは、住み着く家に幸福を与えると知られています。それが、普遍的な座敷童のイメージになります。……けれど、座敷童には、人々に不幸を与えるという説話も残されている。それが、赤い座敷童。赤い座敷童は、人々に不幸を与える。そして、その座敷童が家に住み着いているとなると……、その家にも不幸を齎す、ということになるわね」
「……どうすれば、どうすればいいのですか!」

 新井は身を乗り出す。
 目立つからやめてほしいなあ。そんなことを思いながらゆるふわロールケーキの最後の一口を口に入れる。
 名残惜しく思いながらも、気持ちを切り替えて、私は言った。

「はっきり言って、追い出すことは専門外だけれど……、でもやるしかないわね。取り敢えず、今から家に向かうことは出来るかしら?」

 その言葉に、新井は大きく頷いた。

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