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光輝の一等星

ノベルバユーザー172952

母子の決戦

 
 黎愛が導き出した一つの答えは、梅艶とヨルムンガンドの関係。
 この大蛇にはその毒が水によって分解されてしまうこと以外にも弱点があった、いや、正確には大蛇本体ではなく、その主である梅艶の力に、か。

 この戦い、本来であれば梅艶は毒を広範囲に散布することによって、もっと早く黎愛を戦闘不能にすることができたはずだ。
 しかし、それを彼女はやらなかった。

 違う、逆だ、『できなかった』のだ。

 おそらく、ヨルムンガンドの動きは梅艶が指示している。彼女が操作しなければあの蛇はきっと動くことができない。
 そして、あの蛇を操作している最中、梅艶はそれだけに集中しなければならない。つまり、他の能力を使う余裕がないのだろう。

 その証拠に、ヨルムンガンドが若干ながら不可解な動きを見せたのは、黎愛が大蛇の腹部分にいたとき、それはすなわち、梅艶の視界から消えていたときだったし、梅艶自身は先ほどから一歩たりとも動いていない。おそらく、集中しているうちは動けないのだろう。
 大蛇を操作しているのが梅艶である以上、彼女が黎愛の姿が見えていなければ、大蛇に黎愛を襲わせることは不可能ということ。

(ならば、話は簡単!)

 ヨルムンガンドが巨大な牙が生えている口を開き、突進耐性に入っている中、黎愛は蛇をも見ずに、自身の足元を見て、地面を何度か踏みつける。
 毒のせいで多少踏み込みは甘くなって入るが、まだ、動きに支障が出るほどでもない。逆に腕の方は少し鈍くなっており、最高とは言い難い状態だが。

 大蛇が目前に迫っている中、ふう、と息をついた黎愛は近くの窓から月を眺める。第11バーンの雲一つないこの天気は梅艶が用意したものなのだろうか。
 ろくに構えもせずに、ただその場で立ち尽くしながら、ポツリとつぶやく。

「ちとばかし、無理するかのう――『神速しんそく』」

 次の瞬間、ヨルムンガンドが彼女の身体を一飲みした。
 黎愛に動く様子は見えなかったし、おそらく、大蛇自身も彼女を食らったと錯覚しただろう。

 賭刻黎愛は卓越した剣の技術を持っており、正面から勝負して彼女に勝利できる人間はほとんどいないだろうし、『結界グラス』や『神器』を持っていない単純な技術比べになれば、彼女の右に出る者はいないだろう。

 しかし、それは彼女の身が『恋華』であったときから変わらぬこと。

 賭刻黎愛の身となり、生きてきたこの十年の間、彼女が何もしてこなかったわけではない。
 もちろん、彼女は『剣聖』から受け継がれた剣術をさらに磨き上げた。
 だが、それ以上に、彼女は人の身でありながらも、人ならざる武器を手に入れていた。

 それは、スピードである。

 いくら鍛え上げたとしても、少女の身でプレフュードたちに力比べで戦えるほど甘くはないことをわかっていた黎愛は、速さを追い求め、手に入れた。
 身体に多大なる負担がかかるものの、その一時的な彼女の超加速を前にして、対応できたもの、いや、そもそも、目視で来たものは今まで存在しない。

「……っ!」
「待たせたのう、梅艶」

 入り口近くで大蛇の餌食になったかのように見えた黎愛の姿は、その次の瞬間には、大蛇の主である梅艶の前へと来ていた。
 瞬間移動のようにも見える黎愛の移動に対して、しかし、梅艶は驚きつつも、対応してくる。
 その手にはいつの間にか、赤色の棹に金色に輝く鉾先という派手な色合いの一本の鉾が握られており、黎愛の攻撃を防いでいた。

「ほう、『方天画戟』か」
「そういうお母様は『備前長船長光』かしらぁ?」

 太刀を振り切った黎愛は、数歩梅艶との距離をあけ、鉾の届く範囲から外れる。梅艶が鉾を手にし、集中力が途切れたためか、背後の大蛇の気配は消えていた。

 それにしても、お互いに相手の武器の名を一目で見破るとは思わなかった。
 どちらの武器も勿論歴史上に出てきた武器そのものではないが、その名を拝借できる程度には優れた武器である。どちらも『神器』ではないため派手な力こそないものの、頑丈性や切れ味、バランスにおいては武器として最高レベルといっても良いだろう。

 奥の手である『神速』を使ってしまったため、足元はすでにおぼつかなくなっていた。『神速』は体への負荷が強すぎて一度の戦いに一回が限度、一回でも使えば三日間は起き上がれなくなってしまうのだから。

 しかし、そんなハンデがあったとしても、一対一の技術だけの戦いにおいては黎愛が圧倒していた。

「技術の方は上がっているようじゃが――まだ、届かぬ」

 横から来た梅艶の鉾を伏せることで躱し、黎愛が太刀を振るうと、梅艶の頬を刀が掠めた。
 ツーと、頬から血が流れながらも、梅艶は振った鉾をそのまま戻して振ってくる。両刃の鉾は黎愛の身体を狙っていたが、まるで真横に目がついているように黎愛は飛び上がり避ける。

 数メートル後ろまで跳んだ黎愛は、床に足をつけた。
 身体がぐらついたが、なんとかその場に踏みとどまって、また、太刀を構えると、鉾が空を切った梅艶は不機嫌そうに声を張り上げ、距離を詰める。

「なに、澄ました顔してるのよぉ!」

 キンッ、キンッ、と金属がぶつかる音が部屋に響き渡る。梅艶の鉾に対して、刀身の長い太刀を持っているとはいえ、黎愛の攻撃は届かない間合いだった。
 梅艶の攻撃を受け流している黎愛に向かって、ギリッ、と歯噛みした梅艶はさらに声を上げる。

「私を目の前にして、なぜ表情を変えられないでいられるのよぉ! 私がどうなったのか、何も知らないからぁ? それとも、今の私が敵だからかしらぁ?」

 振り下ろされた梅艶の鉾を頭の前で受け止めた黎愛は、その血走った眼を見つめながら、「知っておる」と、涼しげな顔で他人事のように告げた。

「実の父に犯されかけ、抵抗の末に殺したのじゃろう?」

「……っ!」

 黎愛が見聞きした事実だけ告げると、梅艶が明らかな動揺を見せ、纏っていた空気が一変する。
 それは黎愛であっても、怖ろしく感じてしまうほどの、怒気だった。

「……知ってて、お前は!」

 怒りに力任せで梅艶は、鉾を振っていた。黎愛はその一撃一撃を受け流していく。

 黎愛もその話を聞いた時には怒った。しかし、その時にはすでにすべてが終わっており、梅艶が苦しんでいたとき、何も知らない恋華にはどうすることもできなかったのだ。

「私が今どんな思いでお前の目の前にいるのか、知らないくせに! 私がどんな覚悟でお前の前にいるのか知らないくせに! 私がどんなに待ったのか、知らないくせに!」

 口調が子供の時のものに段々と近づいていくにつれて、梅艶の鉾を振るう動作はより力任せに、より単調になっていく。

 彼女の言う通り、黎愛は知らなかった。彼女が何を考えてこの場にいるかなど。

「どうして、あのとき連れてってくれなかったのよ!」

 梅艶のその声には嗚咽が混じり、目には涙がたまっていた。

 確かに梅艶を連れていけば、こんなことにはならなかっただろう。
 時が経ち容姿が変わってしまってなお母子の間で武器が交差することはなかっただろう。

 だが、できなかったのだ。

「どうして、私のことを忘れちゃったのよ!」

 ギンッ、という音と共に、梅艶の目からこぼれた涙が、黎愛の刀に落ちてはねた。

 恋華だって、忘れたくはなかった。
 彼女にとって、娘というのは、一番大切な宝物だったのだから。

「どうして、何も言わないのよ!」
「…………」

 ヒステリックな声を前にしても、黎愛は口を開かなかった。

 わかっているのだ。

 梅艶は何一つ間違っていないことを。
 悪いのはすべて、自分の方であり、ゆえに彼女に何か言う資格がないことを。

 そのとき、梅艶の手が止まる。

 この部屋の中の時間が止まったように、静かになり、梅艶の切らした息の音だけが数秒の間、聞こえていた。
 何かを抑えるように左手を胸の前に置き、顔を上げた梅艶は切な声を響かせる。


「ずっと、一緒にいてくれるんじゃなかったの?」


 鉾先が震え、その顔には大粒の涙があふれていた。
 それは見間違えることなどない、昔の我が子の姿だった、

 その姿を見て、黎愛は込み上げてきたものを、歯をかみしめて、ぐっとこらえる。こらえるしかなかった。

「お母様の、嘘つき!」

 この嘘つき、嘘つき、と連呼しながら鉾をまるで木槌のように振り下ろす梅艶の姿に、もはや第11バーンの支配者の姿はみじんもなかった。

 そこにいたのは、少しばかり大きな駄々っ子だった。

 すでに戦いですらなくなった、武器のたたき合いを終わらせるため、黎愛は、梅艶の鉾に対して刀を使わずに回避し、彼女との距離を詰めた。

「すまぬ――妾とお前は一緒にいられない」

 それが、賭刻黎愛の選んだ道だから。

 何もかもを手に入れるなんて、器用なことができない母には、こうすることしかできなかった。
 すべてを放棄して、終わらせることしか、できなかった。

 静かに目を閉じた黎愛は梅艶に向けて刀を振るう。

 そして、次の瞬間、剣士、賭刻黎愛にとって、最も嫌な感触が手に伝わってきた。


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