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光輝の一等星

ノベルバユーザー172952

箱のなぞ

 
「お母さんから置いていかれた梅艶様は~、お父さんを殺して『結界グラス』を奪ってアンタレスを継いだんだよ~」
「……そう」

 小さな窓から一筋の月の光が照らしてくる小さな部屋。牢獄といえば狭くて不潔で汚いというイメージがあるが、ここは、狭いものの汚くはなく、最低限のプライバシー空間は守られているため、生理的に嫌悪すべき場所ではなかった。
 座敷牢なんてものは映画か写真くらいでしか見たことがなかったが、まさか自分が閉じ込められることになるとは思わなかったと飛鷲涼は、木造の檻に背を持たれかけさせながら、牢の外にいる少女の言葉に耳を傾けていた。

 涼の手足には一切の拘束はなく、その手には蓋のないティッシュの箱ほどの小さな木箱が抱えられており、木箱には7つのくぼみがあった。

 アンタレスに始め、まるで客人のように扱われていた涼がなぜ今こんなところにいるのかというと、少々、本当は彼女にもよくわかっていないわけが存在する。

 あのとき、アンタレスは協力しろといった。それはどうやら、オルクスとの決戦時に涼たちに手を貸すといったもので確からしい。
 しかし、その代わりに彼女は涼に、ある一定期間この座敷牢にいろという条件を付けた。

 逆らえばろくな目を見ないということをわかっていて、さらに、腹の内にどんな思惑があるのかわからないとはいえ、彼女の力は強大であり、その力を借りることができるならば、今後を有利に進められる、もしかしたら聖に褒められるかもしれないという思いから、涼はそれを了承して今、ここにいるというわけだ。

 だが、一点、よくわからないのが、その『期間』である。

 アンタレス曰く、それはたった数時間だとか一日だとかかもしれないし、一生いてもらうことになるかもしれない。
 とまあ、そんなの彼女の采配次第ではないかと思われるかもしれないが、アンタレス――梅艶は涼にこの箱を渡してきた。

 どうやら、この箱の中には涼の『結界グラス』とこの牢のカギが入っているらしい。
 同時に渡してきたのは平仮名47文字が書かれたパネルのようなもの。木箱の上部の七つのくぼみに入れろということらしく、アンタレスは、この七つに正しい言葉を入れられればこの箱は開くとのこと。

 そして、そのヒントがまた謎なのだ。

『私たちが共に失ったものよぉ』

 といったのが、アンタレスが残した唯一無二のヒントであったが、涼と梅艶の間に今まで接点などあるはずもなかったため、同じものを持っているはずがないのである。

 適当にやっていこうにも、7つのくぼみに47文字ではその通り数は3000億通りを超す。そんなもの試そうにも途中で頭がおかしくなって投げ出すに決まっている。

 というわけで、涼が幽閉されているこの期間にお世話係というか、朝昼晩と三食のご飯を持ってきてくれたり、浴室、化粧室に付き添ったり、と、涼の近くにいることになった妖義という少女に少しでもヒントは得られないものかと、梅艶の昔について話してもらっていたのだが、涼の頭で想像していたよりも遥かに梅艶は大変というか波乱万丈というか、の人生を送ってきているようで、いつの間にか妖義の、彼女自身も聞いた話だという昔話を真剣に聞いてしまっていた。

 妖義という少女の年齢は9歳ということらしいのだが、それにしてはいろいろと物をわかっていて、梅艶についての話も人を引き込むような話し方ができていた。まあ、確かに体は小っちゃくて可愛いのだが。

 だが、梅艶が大好きだった母に裏切られて、人を信じることを止めてしまったというところまで、聞いたところで、頭上から鬨の声が上がったので、涼は頭上を見上げて、

「……随分と、騒がしいわね」

 今は真夜中のはずだ、訓練する時間帯ではない。
 普通に考えれば自分を助けに来たのかもしれないと考えるところだが、涼を助けるために皆が来てくれたとしても、オルクスが攻めてくるかもしれないため第9バーンを空きにしてはいけないということで、多くても10人程度のものだろう。
 だが、これは、そんな少数の曲者を相手にしている音ではない、まるで城の中で戦争が行われているかのような……。

 そのとき、ドンドンドンドン!
 と、この部屋のドアがたたかれる。そしてすぐに、ガンガンと、何かでドアを打ち付けるような音も。

「涼さん、ちょっとそのまま待っててね~」

 ワンテンポでいつもの調子で言った妖義は、その手から『結界グラス』を発動させると、外で悲鳴が起こり、ドアをたたく音は止んだ。
 座敷牢にきて数日が立つが、今まではこんなことはなかった。それは確かな変化。

「いったい、何が起こっているのよ?」

 首を横に振った妖義は「わかんない」とだけ言って、立ち上がると、部屋の外を見に行った。
 なんとなく、嫌な予感がした涼はその間にも、どうにかして箱を開けられないものかと箱を壁に打ち付けたり、蓋を引っ張ったりしてみたが、見た目よりもはるかに頑丈なつくりらしく、びくともしない。

 妖義がドアを開けた瞬間に、涼は何も見ていないにもかかわらず、悪寒がした。

(なに、この感覚……)

 オルクスやアンタレスの持つ、他者を押しつぶすプレッシャーとは全く別の、ただただ人を不安にさせる、チクチクと心をむしばむ、殺気に似ているがそれとも違う、もっと直接的な負の感情を呼び起こす何か。
 得体のしれない感覚にとらわれた涼が、箱から手を放して、檻に手をかけるような形で外を見ると、何かがこちらへ飛んできた。

 はじめはサッカーボールか何かだと思ったが、それが何かだと理解した瞬間、涼は総毛立つ。

 血にまみれた玉状のもの、それは人の頭だった。
 声にならない叫びをあげた涼は、その場にへたり込み、入り口から少しでも逃げようと牢屋の奥へと後退していく。

 急に襲い掛かってきた恐怖に頭を抱えた涼の耳にドンッ、という音がした。
 それは、檻に何かがぶつかった音。

「涼、さん……逃げ、て……」

 声の主は妖義だった、その小さな体の胸から腰に掛けてまでには、まるでクマにでも引掻かれたかのような深い傷があり、血が滴っている。

「何……言っているのよ! 貴女を置いていけるはずないでしょ!」

 そんな少女の傷を見て、涼の心は一瞬で恐怖を怒りが超えていた。
 そもそも、自分はここから出ることができない、なんてことは考えなかった。
 何かが部屋の中に入ってくる気配がして、檻に駆け寄った涼は、拾った箱を彼女に見せる。

「これについて何か……なんでもいいわ、教えて頂戴」
「でも……梅艶様に怒られ――」

「そんなこと言っている場合じゃないでしょ!」

 檻から手を出して妖義の胸ぐらをつかんで叫ぶと、妖義はポツリと「……お母さま」とだけいった。

 お母さま……?

 どういう意味だ、アンタレスの母の名前を当てろということか。そんなのわからない、妖義だってアンタレスの母の名前を知らないといっていたからだ。
 かといって、そのまま『おかあさま』と入れるにしても文字数が足りない。英語で『mother』にしても足りないし、そもそも平仮名しかない。

 一体どういう意味なの、と考えていると、目の前の少女が震えていることに気付く。そして、涙を流して苦しそうに「痛い……」とつぶやいている。
 それは涼に向けられてのものじゃない、後方からくる『敵』へと向けられている言葉。

 涼にもそれは見えていた、両手に鋭く長い『爪』を持った、人型のそれが迫っていることに。

 時間がなかった、箱に別の文字を入れなおしている暇などない、一発で開けられなければ――この子は死ぬ。
 それを考えると、冷静ではいられず、どんどん頭はパニックに陥ってしまう。

 ダメだ、これじゃ、たった一回のチャンスさえも無駄になる。

 どうすれば、一体どうすればいいのよ……。


『大丈夫ですよ、先輩』


「…………っ!」

 そのとき、なぜか葵の声が聞こえたような気がした。

 すると不思議なことに、心は熱いままなのに、頭の中はみるみる冷静になっていく。
 静かに亡き友に心の中で礼を言った、次の瞬間には、涼の口元には笑みがあった。

 そうだ、このクイズは、ヒントが二つも出ている。
 簡単なこと、それをまっすぐにつなげるだけでいいのだ、そこから導き出される答えがたとえ『あり得ないこと』だと思われても、それを受け止めなきゃならない。

 アンタレスは言った、『私たちが共に失ったもの』だと。つまり、涼が今まで失ったもの。
 そして、妖義は言った、『お母さま』だと。その母は一体誰の母なのか。

 涼が失った『母』は、ただ一人、飛鷲涼自身が失った一人しかいない。
 そして、彼女の名前は、ちょうど七文字だった。

『とびわしれんげ』

 その瞬間、カチッ、という音と共に、木箱が開いた。



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