話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

光輝の一等星

ノベルバユーザー172952

城落とし

 そこは宿の屋根の上であった。
 目の前にそびえ立つ城とその隣で丸く輝く月を肴にしながら、武虎光一郎は酒を傾け、その隣にいる賭刻黎愛は牛乳の瓶を手に持っていた。

「――その後、瀕死の状態の恋華はお主と赤坂元気に保護されたというわけじゃ」
「だが、あの女は記憶を失っていて、戦うことはおろか、自分の名前すらも忘れてしまっていた。そんな女をトップに置くなんてできなかった当時の俺たちは、人員が集まり組織として統制が取れ始めていたにもかかわらず、リベレイターズを手放してしまった」

 そう、恋華はその場では殺されなかった。しかし、その後、記憶を失った彼女は自分自身のことさえもわからない状態で、監禁されたのだ。
 檻の中で、碌な治療もさせてもらえずに幽閉された彼女であったが、その数日後、赤坂元気らが救出した。

「その後、恋華は、それから記憶は戻らないものの結婚し、一人の子を産み、しばらくの間平穏な日常を送って死した――お主には、恋華の生涯はお前の目にはどう映った?」

 そんなことを武虎光一郎に聞いてみると、盃に入った酒を少し零しながらも一気に飲み干して、小さく「んなもん、知るかよ」と呟いた。

 当人でなければ自身の人生の価値などわからない、ということらしい。

 んー、と手を挙げて背筋を伸ばした黎愛が立ち上がって、飲み終わった牛乳の瓶を武虎光一郎へと投げると、太刀を手に取った。

「今宵の戦、お主は見学しているのじゃろう?」
「約束の果てを見るのもいいが、何より、お前と、あいつらを守らなきゃならねぇだろうが」
「城の名前を考えればお主が単騎で突っ込んでも面白いと思うのじゃが」
「面白いの一言だけで、殺そうとするな」
「後方待機もよかろう……しかし、殿は死亡率が高いと聞くが?」
「戦線のお前らよりは低いだろう」

 武虎の答えに、ふっ、と笑った黎愛は屋根の端へと歩いていき、もう一度彼の方を向く。

「それでは、行ってくる」

 武虎光一郎が返事をしたのかはわからなかったが、黎愛は重力に身を任せて屋根から飛び降り、その小さな足を地面につけると、人気のない夜の街並みを走っていく。
 コオロギの音も梟の鳴き声も聞こえない街は静かなもので、恋華の足音だけがあたりに響いていた。

 難攻不落と呼ばれている『昇竜城しょうりゅうじょう』の攻略において、賭刻黎愛のとった作戦というのは、とても作戦と言えるものではなかった。
 その特徴を強いて言うのならば、『夜襲』ということくらいだろうか。

 作戦内容は、簡単に言えば、黎愛が単騎で正面突破。城の兵士たちが黎愛に気を取られている間に後方から昴萌詠たち三人が侵入して、涼を奪還するというものだ。

 ほとんど力任せの作戦はあまりにも短絡的なもので、考えなしだとか言われるかもしれないが、難攻不落の堅城であるからこそ、余計な小細工は通用しないもの。
 力任せの総力戦で勝つしかないのだ。

「いや、それはちと、違うかのう……」

 実のところ、選択肢はこれ一つじゃなかった。
 武虎光一郎の力を使えば空からの強襲ということもできたし、飛鷲涼の救出だけを優先するならば、別にこんな戦争じみたことをしなくても良い。

 結局のところ、黎愛がこの作戦を押した理由はただ一つだった。

 恋華の作った借りを返すため。

 彼女の姿はここにはないが、このけじめをつけておかなければ、黎愛は先には進めないと考えていた。
 黎愛の持つこの刀は、すでに人を守るためではない。敵を切るためにある。

「…………っ!」

 黎愛が街を走っていると、目の前に巨大な影が見えて、黎愛は少しだけ速度を緩める。
 両手両足を鎖で繋がれているそれは、一人の中年の男であった。

「ったくよ、久しぶりに外に出たと思ったら、ガキ数人殺せって――くそ、うぜえ!」

 そう呟いた男が、木槌を振り回すと、まるでおもちゃのように簡単にその周りの家屋が壊れる。
 中にいた人々の悲鳴が聞こえてくるも、その姿は見えない。災害の根源から逃げるのは人間の本能として当たり前なのかもしれない。

「大体なぁ、俺はまだあいつを主だなんて認めてねぇぞ!」

 独り言にしては大声で、怒気を振りまく男がその手に持つ大木槌で、辺りを破壊していく。
 目の前に黎愛がいることに気付いていないようだった。

「……変わっておらぬようじゃな、その破壊力だけは」

 黎愛が小さく呟くと、その声が聞こえたのか、その大男――グラフィアスは振り向く。
 自身の半分以下の黎愛の姿を見下ろし、ふっ、と鼻で笑った。

「てめぇが賭刻黎愛かよ?」
「お主と話している暇などない――と言いたいところじゃが、まだ妾たちの作戦開始時刻には時間もある、少しばかし相手をしてやってもよかろう」
「ガキがぬかしやがる」

 ギャハハ、と年甲斐のない笑い声をあげたグラフィアスはその木槌で地面をたたく。
 黎愛に向けられてのものではなかったため、彼女は動かずにいるつもりであったが、次の瞬間にはやむを得なく飛び上がっていた。
 木槌が大地に衝突した瞬間、まるで地割れが起こったかのように地鳴りと共に地面は分断されたからだ。

「どんな馬鹿力じゃ……」

 そう呟きながら着地すると、今度は、黎愛へ向かってその木槌が振り下ろされていた。
 刀で受けるわけにもいかず、ただ避けていると、今度は地面が割れていないことに気付き、慌てて刀を抜く。

 地面が割れるほどの力はいくらグラフィアスの力が強くとも『両手』でなければ、ならない現象だ。

 つまり、この木槌による攻撃は本命じゃない。

 空中で黎愛が身構えているとグラフィアスはやはり、片手で木槌を下しており、代わりに空いた手にはまるで大砲のような巨大な銃口の銃が握られていた。

「ぶっ飛びやがれ!」

 引き金を引くと同時に、半径が人の頭程度の弾丸が黎愛に襲い掛かってくるが、この程度ならば問題ない。
 黎愛は手に持つ刀でその弾丸を二つに切ろうと刀を回した――のだが、彼女の刀は宙を切る。

「……っ!」

 パンッ、という音と共に、黎愛の目の前で弾丸は『破裂』した。
 その瞬間、これが単なる銃でも、大砲でもなく、拡散銃だったことを理解する。

 まるで漁師網のように襲い掛かってくる鉄の破片に黎愛は、何かあきらめたように「ふう……」とため息をついて、もう一度刀を振るった。

 やはり、この男は一筋縄ではいかないらしい。
 少しばかり、修業したところで、あまり意味がなかった。

 勝ち誇った笑みを浮かべるグラフィアスであったが、地面に足をつけた黎愛の身に一片の傷もないのを見て、眉を顰める。

「どうにも、妾はまだ、修羅にはなり切れておらぬようじゃ」
「……どういう、意味だ?」
「言葉通りの意味じゃ、まだ戦いに油断もあるし、初激でいきなり殺せぬ甘えもある」

 じゃからのう、と言った黎愛は、一呼吸おいてから、手に持った太刀を構えなおす。
 そんな黎愛の構えを見て、グラフィアスの表情が変わった。

「その姿、この気配、迫力……貴様、まさか!」

 黎愛は何も答えなかった。
 いや、極限の集中をしている彼女には、おそらく、全ての物音が聞こえており、同時に何も聞こえていないのだろう。

 次の瞬間、黎愛の姿が消えた。

 この場にいた彼女以外の誰も、彼女の軌道を見ることができた者はいないだろう。
 グラフィアスの体に真夏の夜にもかかわらず、冷たい風が通り過ぎる。

「お、まえ……いつの間に!」

 自身の後ろに立つ黎愛に気付いたグラフィアスが振り返って、叫ぶ。
 彼の表情には驚愕があった。

 すでに刀を鞘に納めている黎愛は、振り返らずに、ポツリと言った。

「……すまぬのう、妾は20年前にお主が殺し損ねた小娘とはちとばかし格が違うのじゃ」
「なに……っ!」

 グラフぃアスは木槌を振るおうと腕を上げたが、すぐに違和感に気付いたのか、目を見開く。
 まず、彼の力自慢の両腕が切れて地面に落ちた、そして、次に彼の体が分裂し、破裂した。彼にはすでに話すこともできないようだった。

 勝利の余韻に浸ることも振り返ることさえなく、再び駆け出した黎愛はすぐに、巨大な城の城門の前へとたどり着く。
 そして、その場で軽く深呼吸をすると、居合の状態から、目の前の門を真っ二つに切り崩した。

「さて、城落としと洒落こむかのう」

 集まってくる兵士たちを見ながらそうつぶやいた黎愛は笑っていた。


「現代アクション」の人気作品

コメント

コメントを書く