光輝の一等星
崩れゆく日常
「それは、どういうことよ!」
真新しい畳が何十畳にもひかれている『鳳凰の間』と呼ばれる広間にて、通された恋華は目の前の夫に向かって叫んでいた。
広間には、恋華の前に黒衣を纏うギラギラとした目が特徴のアンタレスがおり、壁際にはズラリとその重臣たちが並べられていた。
半年も彼女を蝕んでいた病は、真冬の来訪からわずかひと月で良くなって、ようやく、体力も戻ってきたというのに、その矢先の出来事である。
蒼い顔をしたジュバ爺が恋華を呼んだかと思えば、この場に通され、『お前を隔離する』とアンタレスの言葉をいきなり受けたのだから声が出るのも当たり前だ。
「これからお前には外に出るのを止めてもらう。もちろん、梅艶にも合わせん」
「何の理由があって!」
「自分自身の胸に問いかけるがよい」
理由? と呟いた恋華は頭の中で考える。
確かに恋華は、ここを出ようと考えていた。しかし、それを知っているのは友である真冬と、目の前の男たちからすれば敵である二人の男たちのみである。
これらの話をしているとき、気を張っていた故に、誰かに聞かれていたとは思えないし、裏切りと見なされれば、たとえアンタレスの妻とはいえ殺されても文句は言えないはずだ。
じゃあ、いったいなぜ……。
必死で考えている恋華の耳には両側から嘲笑が聞こえてきていた。人の身で彼らの上に立っていた恋華の失脚は確かに彼らにとって喜ばしいことなのだとわかっていたので、そんなことに気を散らせる余裕のなかった恋華は不快にも思わなかった。
こんなことなら、刀を持って来れば……。
そうすれば、この場であっても血路を開き、娘の手を取って逃げ出せるのに。
しかし、いつの間にか、力のあるアンタレスの配下たちが恋華を囲んでおり、彼女は何の抵抗もすることなく、その手を縄で縛られた。
「この扱いはあんまりじゃないの? 私が何したっていうのよ?」
「これは、お前と――梅艶のためなのだ」
「……? ちょっと、それってどういうことよ!」
まだ話は終わってないわよ、と叫ぶ恋華に「連れていけ」とアンタレスの声がして、病み上がりの恋華にはあらがえない強い力で手足を引っ張られて、彼女は広間を出される。
チッ、と舌打ちした彼女は「自分で歩けるわよ」と言って、立ち上がり、四人のプレフュードの囲まれるようにして歩いていく。
恋華は清廉潔白であったわけではない。この場を何度も出ようと考えたことはあったし、娘の未来のために、このままではいけないとも思って、いつかはここを出ようと思っていた。
(でも、それにしては妙よ……)
いくら考えても、そのために自分が隔離されるとは思えない。
謀反の意思があるのならば、それを問いただされて、奇跡的に殺されずとも、その場で相手のことを――赤坂元気や武虎光一郎のことを聞かれていたはずだ。
彼女の、ここを出るという意思だけを知ったとしても、何の応答もせずにいきなり恋華の体を拘束するというのは不可解だった。
自分はどうして、追い出されたのだろうか。娘の元から離されたのだろうか。
梅艶のため、というのは、わかるが、自分のためとはいったいどういう意味だ……?
それを考えながら、歩いていると、向こう側から見知った顔が歩いてきた。
癖のある栗毛色の髪を縛って、精悍な顔つきで歩いてくるのは真冬だった。酒瓶を持っていない彼女を見るのは初めてだと思う。
飲み友達がまるで別人のように思えた恋華はふと、両手を縛られて連行されている自分のことを彼女はどう思うのだろうか、と考えた。
しかし、真冬は恋華と一瞬合わせたものの、頬一つ動かさず、仏頂面を貫いていた。
だが、すれ違いざま。
彼女は、恋華にそっと、耳打ちしてくる。
「……すまぬ」
「えっ……?」
彼女の言葉の意味が分からず、立ち止まって振り返った恋華は真冬の背中を見たのだが、すぐに周りにいるプレフュードに背中をつかれて、再び歩き出した
また、恋華の頭の中が回っていく、彼女の言葉の意味を考えるために。
そして、真っ先に彼女の脳に浮かんだ一つの答えは『裏切られた』ということだった。
真冬とは、初めて出会った時から、時間をかけて少しずつ仲良くなっていった。少し気難しい性格だったが、少しばかり長い『時間』によって、恋華は彼女とわかり合うことができたと、思っていた。
恋華は彼女と一緒にいて楽しかったし、彼女も間違いなくそうだった。
その間には確かな、友情という絆があったと思うし、それは切っても切れぬものだと恋華は思っていた。
それが、どうして……?
そこまで考えたところで、恋華は首を振って自分の行き過ぎた考えを頭の外に出した。
ダメだ、どうやら自分は急に大切な者との時間を奪われて気が動転しているらしい。これではまるで、真冬が裏切り密告したと決めつけているようではないか。
馬鹿なことは考えずに、今はおとなしく、引き下がることにしよう。
そう思った次の瞬間、前を向いた恋華の目に飛び込んできた光景に、彼女の思考は停止する。
恋華の目には遠くで娘の姿が確認されていた。
いつもの道着姿の彼女は、まるで、咎人のように、恋華と同じく手首を鎖で繋がれており、階下へ向かう恋華とは反対側、天守閣へ向かって階段を上らされている。
彼女の周りには、恋華よりもさらに多くの、7人プレフュードが囲んでおり、その顔は不安でいっぱいになっていた。
なんで、あの子が捕らわれているの……?
自分よりも背の高い男たちに囲まれた少女には、周りのことなどわからないはずであった。
しかし、その状況であっても、娘は、母の存在に気付く。
「お母様!」
「…………っ!」
呼ばれた瞬間に、恋華は駆け出していた。彼女の周りにいたプレフュードたちが押さえつけようと動いたが、それを掻い潜って、娘の元へと走る。
梅艶の周りにいたプレフュードたちはアンタレスの持つ『華備え』と呼ばれる、衣類や鎧に花の印がある精兵であり、彼らは武器を持っていた。
迫ってくる恋華に向かって、一瞬の躊躇もなく彼らはその手に持つ槍や刀、弓などの武器を構える。
真っ直ぐに心臓へと向かっていた槍は身を横に振るって避けて、槍を蹴り上げる。そして、振られた刀は頬をかすめながらも、手を拘束していた鎖で受け止めると、相手を蹴り飛ばした。
だが、いくら恋華が強くとも、武器のない、手足の縛られているこの状況で、選りすぐられた精兵相手7対1で敵うはずがなかった。
しかも、これらの『華備え』の精兵は、アンタレスの命令によって恋華自身が選び抜き、一騎当千の活躍ができるようにと教育した者たちなのだから。
飛び上がって、左右のプレフュードを、足を回転させるようにしてその顔をぶっ飛ばした恋華であったが、着地したところを、目の前に猟銃を突きつけられて止まる。
「ようやく止まりましたか、私たちは梅艶様を悪く扱おうとしているわけでは――」
「……なさい」
銃を持った少年の言葉を遮るようにつぶやいた、恋華の言葉に眉をひそめた少年がもう一度聞こうと恋華の目を見る。
そして、彼の表情は一変する。顔は蒼白になり、持っていた銃の先が震え始める。
恋華の目にあったのは、怒りだった。
彼女の人生において、恋華が怒ったことは、おそらくは、数えるほどしかないだろう。
さらに言えば、この城の中では、一度たりともここまで抑えきれない怒りを抱いたことがなかった。
「そこを、どきなさい!」
『………っ!』
一人の母の怒りは、この場を支配するには十分すぎるものだった。
恋華の声に周りにいたプレフュードたちの手が止まる、まるで瞬間冷凍されたかのように、一ミリたりとも動かなくなる。
そんな彼らに何をすることもなく、彼らの間を通り過ぎた恋華は、ようやく娘の前までたどり着いて、抱きしめる。
娘の涙が、体にまでしみてきて、暖かかった。
「お母様……」
「何があったのよ、どうして貴女が?」
おそらく、6歳の娘には難しすぎる質問だろうと思いながらも、恋華が聞くと、梅艶は涙を流しながら、
「私は、お母様を守ろうと……」
それ以上は、嗚咽のせいで彼女が何を言っているのかわからなかった。
だが、今はそんなことどうでもいい。
「行くわよ!」
恋華は、未だ固まったままのプレフュードの刀を抜き取り、片手に持つと、娘の鎖を切り、そのまま彼女を背負って。廊下を走り始めたのであった。
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