光輝の一等星

ノベルバユーザー172952

病床にて

 
 一日中眠っていられるのはどんなに楽だろうと思っていたのだが、本当に人を殺すのはストレスや事件ではなく、退屈なのかもしれないと考えながら、恋華は変わらない景色の前で眠っていた。
 また少しだけ、時間が経ち、それは梅艶が6歳になったころだ。

 半年前から急に体調を崩し、そのまま会長になることなく、恋華はずっと病床に伏せっていた。
 その時の恋華は、体調の良い日は暇で死にそうになり、悪い時は高熱や吐き気に襲われてやはり死にそうになっていた。

 特に何の原因があったわけではなく、医師に診てもらったところ、ただの風邪だと診断されたのだが、それが不思議なことに半年も続いている。
 生まれてから一度たりとも風邪すらひいたことがなくて、自身が馬鹿なのではないかと疑っていたのだが、一度崩れてからは立て直らなくて、今は自分の体はこんなにも脆弱で虚弱だったのかと驚いていた。

 体調が悪くなったのは昨年の秋のことであったのだが、いつの間にか季節は冬を通り越して、ポカポカと暖かい春になっていた。
 その間、今まで人間という理由で初めからあまり歓迎されていないことは感じていたものの恋華には有無も言わせぬ力があったからか、あからさまな態度をとる輩はいなかったのだが、恋華の体が悪いことを知ると、途端に城内の人間の多くは態度を変えた。

 主であるアンタレスがいるときは、まだマシであったが、彼がいないときはひどいという言葉に尽きる。
 菊の花は送られてくるし、食事はろくなものにならないし、部屋の温度をわざととしか思えないくらいに下げるし、恋華が裏切り者だという噂は絶えないし、上げ始めればきりがない。まともに相手をしてくれるのは、やはり、娘と、その教育係である『ジュバ爺』、あとはルードの身ながらも、アンタレスに仕えているカプリコーンぐらいではないだろうか。

 しかし、幸いなことに娘に被害はなく、彼女は以前、真っ直ぐに育ってくれていた。

「お母様! 具合はどのようでしょうか?」
「問題ないわ。でも、体がなまってしようがないくらい――鍛練に付き合おうかしら」
「ダメですよ、まだ良くなっていないのですから」

 起き上がろうとしたところを娘にすぐに布団に戻される。
 ここのところ、梅艶の武術の指導ができなくなってしまっていたのだが、すでに彼女は槍術においては恋華の分からないところまで到達していたし、同じように鉾においても、恋華の手の届かない領域まで来ていた。将来このバーンを継ぐのならば『結界グラス』を所持することになるだろうし、これ以上は何をせずとも良いと言ったのだが、彼女はその技術をさらに向上させるために、毎日鍛練に励んでいた。

 武芸を好む女は嫁には行きにくいと思い、彼女の未来を考えるとやはり辞めさせたかったのだが、その理由を聞くと恋華は何も得なくなってしまう。

「大丈夫ですよ、何があっても私が絶対にお母様を守り通しますから」

 まだ若干6歳の娘に護られる自分を情けないと思う一方で、どうしようもなくうれしく感じてしまうこの感情は間違っているのだろうか。

 そんなことを考えていると、可愛らしく正座している愛娘に「お母様」と呼ばれて彼女を見る。
 すると、少し恥ずかしそうに、しかし、澄み切った眼で願いを言う。

「調子が良いなら、もしよろしければ……抱っこしてください」

 再び上体を起こして、二つ返事に「いいわよ」と了承した恋華の膝の上に梅艶は向かい合った状態で座って抱き着いてくる。

 その確かな体温と、重さを感じると、いつも娘は日に日に大きくなっていることを痛感する。

 恋華が何もせずともしっかりと時間は過ぎていた。

 それでも、こういうところはまだまだ子供で可愛らしいなと思いながらその髪を梳いていると、布団隣の障子戸が開き、何の断りもなく、女が一人入ってくる。

「お取込み中か?」
「見てのとおりよ、私は今、この世で一番大切な宝物を抱きしめて幸せをかみしめているところ」
「なら、問題なかろう」

 そう言った女は恋華たちの横に座り、手に持った一升瓶を開け、そのまま口をつけて飲み始める。
 彼女の名は『真冬』という、家名でカプリコーンと言った方が正しいか、癖のある栗毛色の髪を垂らし、恋華とはあまり変わらぬ年齢だというのに童顔のせいで幼く見える。一方で、性格はおばさんというか、爺くさい。口調と言い、好きなものは酒とするめだというのだから本物だ。

 真冬と恋華の出会いは、恋華が娘に武術を教えていた頃からだろうか、それ以前は星団会で顔を合わせたのだが一度も話はしたことがなかった。
 しかし、城の中を恋華が歩き回るようになってから、代々カプリコーンがアンタレスの家に仕えており、そのため真冬がこの城に出入りすることが多いことをジュバ爺から聞いて、声をかけたところ、意気投合したわけだ。

 彼女自身もルードの職であるため、頻繁ではないものの、時々、この城に来たときに、一緒に飲んだりしていたが、恋華の体調が悪くなってからは、こうやって見舞いに来たかと思うと、これ見よがしに恋華の目の前で酒を飲むのが習慣になっている。なんでも、早く良くなって一緒に飲もうということらしいが、からかっているとしか思えない。

「お前の病も長びくのう、儂も相手がおらぬ故、暇でしようがないわ」
「こんなところで酒飲みながらブラブラしてないで仕事しなさいよ」
「ならお主も娘とラブラブしていないで早くそれを治さんか」

 真冬はその名前の通り、健康にもかかわらず病的なまでに肌が白いのだが、早くもアルコールが回ってきたのか、段々顔が赤くなってきていた。

「貴女の『結界グラス』でどうにかならないものかしら?」

 真冬の、というか、カプリコーンの『結界グラス』は、『変化と成長』であるため、はっきり言って戦いには向いていないのだが、治療としてはその力はよく使われると聞く。
 たまに聞けば薬よりも良く効くと言っている者もいて、聞いてみたのだが、彼女は『無理じゃ』と即答してきた。

「儂に治せるのは限られた病気だけじゃよ、腫瘍でも見つかったときにまた言っておくれ」
「癌は治せるのに、風邪は治せないのね」
「自分でも不便な能力だということはわかっておる」

 そう言って、また真冬が酒瓶を傾け始めたので、腕の中にいる娘に目をやると、彼女は目を閉じながら眠っているのか、二人の話を聞いているのかはわからなかったが、動かず静かに恋華の胸に顔をうずめていた。

「しかし、お主の病は本当に風邪なのか? 生まれつき体が丈夫でないか、あるいは、持病でも持っていない限り、ここまで長引くことはそうそうないと思うのじゃが……」
「私だって何度も別の医者に診てもらったし、変な病気じゃないかと思って精密な検査もしたわ――でも、結果はいつも同じよ」

 そうか……、とため息とともに漏らした真冬は何かを考えていた様子だった。
 そして、手前にあった恋華の風邪薬を手に取って、じっと見つめる。

「……そういえば、お主、最近、裏切り者だという噂が絶えぬようだが。何か心当たりはあるのか?」
「火がないところに煙はたたないっていうしね。間違っちゃいないかもしれないわ」
「儂はアンタレスの重臣なのじゃが?」
「でもその前に私の飲み友達、でしょ? 貴女は家系の縛りよりも友情をとるって見ているのだけれど?」
「随分と甘く見られておるのう」
「義理堅いって、私にとっては大変良い評価なのだけれど」

 こんな話をしても、笑いながら聞いてくれるのは、この城で彼女だけだろう。豪快というか心が広いというか、いずれにしても、恋華は真冬だけには全てを話しても良いと思っていた。赤坂元気と武虎光一郎のことも。

 しかし、それ以上彼女は何も訊いてこなかった。ただ、恋華の腕の中を見て、

「娘のため、か……」

 恋華がコクリと頷くと、「なんにせよ、体が良くならねば話にならぬじゃろう」と言って、立ち上がる。いつの間にいか彼女の手の中にある瓶の中身はなくなっていた。

「ちと、用事ができた。ずまぬが今宵はここまでじゃ」

 また来る、と呟いた真冬に「いつでもいらっしゃい」と恋華が返すと、ふっ、と笑って、部屋から出ていったのであった。

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