光輝の一等星
革命の勧誘
その日は雲一つない満月だった。
といっても、この第十一バーンの支配者であるアンタレスに言えば、いつでも月の形や天気など変えてもらえるのだが、恋華は約半月に一度出現するこの月が偶然美しく見える幸運をかみしめるのが好きだったので、ズルはしたくなかった。
こういう日は、月見をしながら、静かに盃を傾けるに限る。
膝の上で恋華の羽織を毛布代わりにして包まってスヤスヤと眠る娘の髪を梳きながらもう片方の手で持った盃に入った日本酒を一気に飲み干した。酒は強い方なので、酔っているという感覚はあるものの、フラフラすることはないし、視界もはっきりとしている。
娘にはあまりお酒は飲まないほうが良いと言われてしまうが、月がきれいな日だけは、なぜか無性に飲みたくなるのだ。
ここへ来る前は未成年であったため酒というものは祖母から貰った一杯だけで、あまり好んで飲んだことはなかったのだが、このバーンの水が合うのか、それとも夜になると城内で酒を飲む輩が増え、それを目にしていたからか、飲む回数は多くなり、自然と好きになっていた。
ただ、騒がしいのはあまり好きではなく、いつも一人で、いや、こうして娘と二人で月がきれいな日だけ飲んでいることが多い。
ふと、この子と一緒に飲める日は来るのだろうかと思う。
あと十五年も先の話だが、そのとき彼女は変わらず自分の傍にいて、こうして隣で一緒に月を見ていられるのか。
少し老けた自分と、今の倍くらいの伸長と色気が出た娘がここで飲んでいるのを想像して、そうであったら良いなと思う。
もう一杯だけ、と手元にある徳利で盃に酒を足していると、ほんの少し暗くなったようにして、頭上を見上げると、月に影が映っていた。
それはいつの日か、一度だけだが、見たことのあるシルエットで、目を凝らしていると、それは、彼女の前に降り立った。
「正義の味方参上! って感じでいいか?」
「残念ながら、世間一般的に貴方たちは凶悪な犯罪者みたいよ」
そこにいたのは赤坂元気であった。やはり月日が経った分、少しだけ老けたというか、成長した彼はかなり背が高くなっていた。まるでボディーガードのような黒服を着ており、髪型もばっちり決まっている。
「世の中が間違っているんだよ。そいつを壊すために俺はここにいるってわけだ」
武虎光一郎と共に彼らが四年前に一度恋華の元へ来た以来、少しだけ恋華は彼らのことを調べてみたのだが、この地下世界では指名手配犯となっている。ルードたちが手を焼いている二人組で、ルードたちも配下を何人殺されたとか星団会でも話題に上がっていた。
こぶしを突きつけてそんなことを言った元気に対して、はー、と呆れるように息を吐いた恋華は、
「私は静かに飲むのが好きなの、騒がしいのは嫌いだし、暑苦しいのは見ているだけでイライラしてくるの」
「大丈夫だ、俺は嫌いじゃないから」
そう言って親指を突きつけてくる名前の通り元気を通り越して、面倒そうな男に恋華は「まあ、なんでもいいけど……」と言った後、彼の目を見て言う。
「娘起こしたときには――その煩い首、切るわよ?」
恋華が放った一瞬のプレッシャーに当てられて見る見るうちに顔を青くさせていった赤坂元気は、「それは、すみません……」と誤ったかと思うと、声のトーンを落とした。
そんな男の態度の急な変化を不思議に思った恋華は、
「急にしおらしくなって、どうしたのよ?」
「いや、本当に殺されるかと思って……」
「大丈夫よ、この子を起こさない限りは――ね?」
恋華が静かに笑むと、赤坂元気は「ひっ」と失礼な反応をする。もしかして彼には自分が鬼か何かに見えているのではないかと思った。
恋華から視線を逸らした男は、深い深呼吸をしたかと思うと、「お前のそれ、武虎のより凄いわ……」と言っていた。
自身の周りに圧力というか気迫というか、覇気のようなものがあるとわかっていなかった恋華には何のことだかわからなかったので、「それで、何の用かしら?」と男に問う。
すると、元気は「簡単に話すとだな……」と言ってから、話し始める。
「俺たちはプレフュードが支配するこの地下世界から人間を解放するために、解放軍……『リベレイターズ』というものを作ろうとしてるんだけど――あんたには、リーダーとしてトップに来てほしいんだ」
「……ふざけた話ね」
仲間になれ、というのならば百歩譲ってまだわかる。
しかし、彼はトップとして招くと言った。
いきなり言った赤坂元気の言葉は恋華に見たこともない連中の最高責任者になれと言っているもので、早い話、他人の保証人になれと言っているようなものだ。到底承諾できるものではない。
「いやよ、私はこう見えて今の暮らしを気に入っているの。わざわざ危ない橋を渡りたくはないわ」
「でも、今のままじゃ、その子。将来ルードになっちまうぜ?」
「それは……」
確かにこのまま梅艶が成長すればいつか、父からルードの地位を引き継がれるだろう。その瞬間から彼女は、多くの人間を殺めなければならない使命を持たされる。
そうなれば、彼女の心がどのようになっていくかなんて容易に想像がつく。
想像するのが怖くて、だからこそ、その未来を正確に告げてきた目の前の男に嫌悪の感情を覚えた。
恋華が睨みつけていると、男は目を逸らしながら続ける。
「お前の純粋な力はもちろんだが、それ以上にリーダーシップ、あるいは統率力っていうのかな、人の中心でまとめ上げて的確な指示を出すその力は俺たちにとっては必須といっていい。今の俺たちじゃ、0から動かない勝率も、あんたがいれば変動するだろう」
「そんな分の悪いギャンブルに乗るわけないでしょう?」
「この世界を一変できる可能性だ、少しでもあるなら賭けるだけの価値はあるはずだ――娘の未来、あんたには変えられるかもしれないんだぞ?」
「…………っ!」
男の言葉に、恋華は目を見開いたまま、一瞬止まった。
そして、手に持っている盃の中の月をしばらく眺める。
どうして自分がこんなに動揺したのか、その理由は分かっていた。
恋華もこの先のことを考えなかったわけではない、娘はこの後どんな教育をされていき、どんなに深い傷を負うのか、想像に難くなかった。
だから、恋華は、未来から目を逸らしていた。
くさいものに蓋をしていたと言っていい、今この瞬間だけでも我が子が笑っていられればそれでよかった。この小さな命が傍にいるだけで良しとしていたが、それは彼女のためではなく自身のため。自分が運命だとか未来だとかいう恐怖から逃れるために思っていたことだ。
「……貴方たちの今の状況を正確に教えなさい」
元気は淡々と恋華へリベレイターズという集団が今、どんな風になっているのかを説明していた。4年前に聞いた時はたった二人だけであったが、たった4年の間で、その数は何百倍にも膨れ上がっており、もはや一つの軍隊といってもよかった。
目を閉じて静かに聞いていた、その話を聞き終えると、恋華は「まだよ」と言った。
怪訝な顔をしている元気に対して、恋華は言う。
「まだ足りない、その程度ではまだこの地下世界の半分も制圧できないわ」
真実を告げた恋華は目の前の男がショックを受けているかと思って、彼の表情を見ていたのだが、ふっ、と笑った男は、
「そりゃ、随分な話だ……」
「無理ならやめてもいいのよ?」
恋華がそう彼に告げると、「何言っているんだよ」と返した元気は、
「あと、たった二倍集めりゃいいんだろう?」
「『たった』って……」
「武虎のやつは十倍あっても足りないって言ってたのに――あと半分で制圧できるってあんたは考えている、やっぱり凄いよ」
そのとき、ボーンボーンと何処かからか鐘がなったかと思うと、「それじゃ、また来ますわ」と言って、赤坂元気はその場から消えていった。
残された恋華は、嵐のように去っていった男に驚きつつも、すぐに落ち着きを取り戻し、手に持った盃を傾ける。やはり、月が綺麗だと思う。
しかしそのとき、恋華は膝上で横になっている娘の手が微かに動いたことに気付かなかったのだった。
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