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光輝の一等星

ノベルバユーザー172952

約束

 
「お母様! 今の見ておりましたか?」

 優しい光が落ちている夕方の中庭で、恋華の前で見事な鉾捌きを披露し、頬に汗をにじませながら駆け寄ってくる娘に、恋華は「ええ」と答えていた。
 梅艶の服装は、白い袴でその手には、彼女の身には少し大きすぎるような、一本の鉾が握られている。

 娘の汗をタオルで拭きながら、「今日はここまでにしましょうか」と告げた恋華は、娘の手を握り、城内へと促したのだが、もう少しだけと梅艶はせがんだ。
 恋華は逡巡し、しかし、娘の真っ直ぐな目には勝てずに、その手を放す。

 結論から言えば、今のところ恋華は娘に流れる血の運命を曲げられていなかった。

 梅艶が5歳になると、彼女の父であるアンタレスは、『戦闘』の教育を施す指示を出したからである。
 もちろん、アンタレスの血が流れている彼女には『結界グラス』を継ぐのだから、戦闘技術など必要ないなどと、理由をつけて恋華も食い下がったのだが、その命令が訂正されることはなかった。

 それが自身の体に流れる忌まわしき血のせいだとは気づかない娘は、無邪気なことに、この一年間、与えられた一本の武器をがむしゃらに振っている。
 学校に通っていない彼女は近くに同世代の子がいないから、それが普通の女の子の打ち込んでいるものではないということを比較できず、ゆえに、彼女は強さを求めるのに疑念がなかった。

 アンタレスは、自身の部下から手練れを数人選び彼女の武術の師としようとした。
 プレフュードの武器の扱い方の多くは、西洋の戦場で剣が『切る』ことよりも『殴る』ことに使われていたことの方が多かったように、『力任せ』であることが多い。
 確かに、武術なんてものは、殺し合いの中にいれば勝てばよい、相手を殺せればよいという発想になりがちである。

 アンタレスの元にいるプレフュードでは、梅艶に対してただ闇雲に筋肉をつけさせ、力任せに鉾を振るうということしか教えられないという確信があった恋華は、アンタレスに自分が娘の師となることを告げた。

 アンタレスには、もちろん、反対された。彼は恋華が娘に武術を学ばせるのに対して否定的であったのを知っていたからだ。

 確かに、恋華は、盲目的に力を求める娘に武術を学ばせることについて反対であった。
 しかし、大切な娘に美しさの欠片もない武術を学ばせ、彼女の『女の子らしさ』を消してしまうくらいならば、自身が間違った道へ進まぬように手を引こうと考えたのである。

 お前以上に適任者がいる、とアンタレスに言われた恋華は、彼にその適任者を自身の前に連れてこさせ、恋華はためらいなくその全員の両腕を切った。
 一人一人と決闘し、切り落とした腕のすべてをアンタレスの前へ投げつけると、彼はようやく、娘の指導を恋華に委ねたのである。

「お母様、どうですか?」
「もう少し腰を下げて、あの5本で終わりにしなさい」

 梅艶は物覚えが良いらしく、いや、一生懸命に恋華のことを聞いているからか、わずか半年で構えが出来上がってきている。
 恋華は剣術しか知らないのだが、それでも、娘のために資料をあさって棒術や槍術を学び、指導しているのだが、すでにあまり教えることがなくなってきた。

 どちらかと言えば、今はできるだけ、彼女に行き過ぎた練習をさせないようにしている。はやる気持ちをできるだけ抑えるようにしている。
 まだ発達していないこの時期の子どもに無理に筋肉をつけると体の成長に影響があるかもしれないし、それに筋肉で固められた体は女の子らしくない。武術をこのまま続けるとしても、今は筋力よりも技術さえ身に着ければ良いのだ。

 そんな恋華は、彼女の体を考え、指導しながらも、やはり娘が武器を持つのを快く思っていなかった。
 だから、何でも興味をもって何でもやろうとするがすぐに飽きてしまう今の娘と同じ時期の子どものたちのようにこの熱意が一過性のものであれば良いのにと密かに願っていた。

 だが、母が好きだと言ってくる愛しき娘はその純粋無垢な目で、毎日指導を求めてくるのだ。

 子供もやりたいことを否定してはいけない、子供の頃から親に言いたかった言葉が恋華を苦しめていた。

「どうでしたか、お母様?」
「恰好良かったわよ、綺麗な構えをするようになっているわ――ほら、汗ふくからこっちに来なさい」

 ぼんやりと娘を見ていた恋華の元へ汗をかいた梅艶が戻ってきたので、恋華は彼女の汗をぬぐっていき、ある程度拭き終えると、彼女を抱き上げて浴室へと向かう。
 廊下を歩いていると、アンタレスの家臣が二人のことを畏怖と軽蔑の入り混じったような目で見てくるのだが、もう慣れた。

「本当に梅艶は可愛いわね」
「もう、お母様、くすぐったいですよ」

 居心地の悪さを娘に感じてほしくなくて、そんなことを言いながら恋華は娘に頬ずりする。
 この城の中で人間が我が物顔で闊歩しているのは彼らにとっては目障りなのだろうが、しかし、恋華が主の妻であり、それにここにいるほとんどの者が恋華の実力を知っているため、彼らは恋華に対して結局のところ何もしてこない。唯一恋華とまともに会話をする者がいるとすれば、梅艶の教育係である『ジュバじい』くらいではないだろうか。

「別にいいじゃない、それだけ貴女を愛しているってことよ」
「梅艶もお母様世界で一番大好きです」

 目の前で弾ける天使のような笑顔に、こんな可愛い子は見たことも聞いたこともないと、恋華は思う。
 そんなエンジェルスマイルをした娘であったが、やはり、この空気から何かを感じ取るのか、いつも、中庭のある階から階段を下り、浴室へ続く真っ直ぐな廊下を歩いているとき、その笑顔は止まって、彼女は母親にしがみついてくる。

「お母様、本当に、梅艶のこと好きですか……?」

 その言葉はほとんど毎日、ここで言われるのだが、聞くたびに自分の愛が届いていないのではないかと、不安になる。

「何言っているのよ、私以上に貴女を愛している者なんていないわ。私の命よりもずっと大切なんだから」

 もしかしたらここに彼女を不安にさせる者があるのかもしれないと思って、いつも見るのだが、廊下には、朱雀の模様が施された絵に、いくつかの部屋に繋がる横扉、ガラスの張られていない小さな窓に、たまに通りがかる者が数人、と、あまり怖がるようなものはなかった。鬼の仮面とかあれば話は別だったのかもしれないが。

 しかし、恋華の言葉だけではまだ不安が完全に拭い去れていない様子の梅艶は、「なら……」と、
 続けた。

「お母様は、ずっと梅艶と一緒にいてくれますか? ――何も言わずに梅艶を置いて何処かへ行ってはしませんか?」

 切なそうな声で、ギュッ、と胸元を握りしめてくる娘に一瞬、言葉に詰まった恋華は、すぐに「もちろんよ」と答える。

「約束するわ――貴女を置いて何処かへ行ったりなんかしない」

 絶対に放したりするものか。
 少なくとも、彼女に好きな人ができて、その恋が成就し、彼女から恋華のもとを去っていくまでは。

 きつく娘を抱きしめた恋華は、彼女の頬にキスをし、その重さを感じながら、まだまだ続くか長い廊下を歩いて行ったのであった。

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