光輝の一等星
諸刃の剣
力でも技能でも、詠と男の間では雲泥の差があった。
片や剣なんて使ったことのない少女、片や鉾で高速で向かってくる鉄の塊を切り裂く大男、並べてしまえば当たり前のことではある。
詠が勝つためには、手元にある道具をうまく使わなければならないわけだが、それにはいくらか問題がある。
詠の両手に持つ二本の剣、『干将・莫耶』のグリップには親指で押せる位置に引き金のようなものがついていたので、何か起こるのかと期待していたが、武器が衝突する直前に押してみたが何も起こらなかった。
作者がどういう人なのかわからないため、まずこれがデザインなのか、どうかを疑わなければならないのだが、悠長なことも言っていられない、鉾を男が構え始めている。
そんな男に向かって、余裕たっぷりといった表情を作った詠が右手の剣を男に向けながら、
「私は昴萌詠だよ、勝者の人間の名前くらい憶えておきたいでしょ?」
少しでも、たとえ、一秒であっても、対策を練る時間がほしい。黎愛の言葉を信じるならば、今持っているこの道具たちはこの場を切り抜けるための切り札になりえるはずなのだから。
詠の名前を聞いた男は、「ほう」と息を漏らす、
「元ルードか……偽りの力を失い、偽り地位を失った小娘が、まだ生きていられたとはな、少々驚きだぞ」
「……そんなことより君も教えてよ、名前。私も殺したやつくらい憶えとかなきゃならないからね――かたき討ちとか、知らない奴の名前出されても困るでしょ?」
適当に返しながらも、足と目について考えてみる。
彼女が使える道具はこの剣を含めて三つ、かけているサングラスだが、今のところただの色付き度なしの眼鏡、靴は今まで履いていたのが運動靴だったせいか、見た目以上に重い気がしている……そして、どっちも普通のサングラスと靴以上の働きをしてくれてはいない。
ふっ、と鼻を鳴らした男は、「よかろう」と言うと、
「『サルガス』だ、その小さな頭に刻み付けておけ」
「ああ……私カタカナの名前覚えるの苦手なんだ。きっと三秒で忘れるかも」
ふざけた口調であったが、詠の頬には一筋の汗が流れていた。それはサルガスが、詠の言葉が終わらぬうちに切りつけてきたからだ。
慌てて両手の剣で対応しようとするが、間に合わない。
一瞬で、剣による力の分散は不可能と考えた詠は、一点に向かって刺さってくる鉾に対して、身をよじらせるようにして避けようとしたのだが、偶然、詠の持っていた『干将・莫耶』の柄元についた白い紐のようなものが鉾の刃先にかかっていた。
てっきり、そのまま鉾の勢いは止まるかと思ったのだがそうはいかず、そのまま鉾は詠の持つ二本の剣から紐を引き抜いてしまったではないか。
頬をかすめた刃にゾッとしながら、紐が切られた自分の剣を見る。
こんなに簡単に壊れちゃうなんて不良品じゃないの、と思いながら、詠はサルガスの続く二撃目の攻撃に備えて、それでも武器がこれしかないのだからと、横に振られた鉾をどうにか受けきろうと二本の剣を縦に水平に構えた。
鉾は詠の剣にぶつかりながらも、勢いを失うことはなく、彼女の体を吹き飛ばしていく。
その瞬間、ガシュンと、工場で使う機械のような音がした。
「……っ!」
驚きに目を見開いたのは壁にぶつかりながらも、ようやく立っている様子の詠ではなく、一方的に攻撃していたはずのサルガスだった。額には何かに切られた跡があり、血が流れている。
「貴様、いったい何を……?」
問いかけてくるサルガス対して、詠は、口元をゆがめる。彼女は変わらず苦しそうで、肩で息をしていたものの、笑みは崩していない。むしろ、作られたものから、本物へと変わりつつある。
(そっか、これって……)
手に持っている『干将・莫耶』を見ると、いつの間にかその形は変わっており、銀色に輝く刀身は黒と白の入り混じったものに代わっており、デザインは一緒で二本は色だけが白と黒で反転している形になっている。
詠の右手に持っている一本、『干将』は、まるで撃った直後の銃のような細く白い煙を吐き出していた。
今の一瞬に起こったことは、サルガスの攻撃を避けた詠が剣の引き金を引いたのだが、火を噴いた剣が切りあがって彼を傷つけたのだ。
おそらく、この剣は、引き金を引くことで切りつけた方向へと加速する武器。
どうして急に起動したのか、それはたぶん、柄についていた紐が外れたからだ。電池の入っている電化製品によく絶縁シートが挟まっているが、あれと似たような感じだろう。確かに、ホルスターに入れているとはいえ、間違って引き金を押してしまったら恐ろしいことになる。それくらいの威力だと感じた。
ということは、と、詠は今はいている靴を見る。
なんてことのないただの運動靴に見えるが、もしかしたらこれも……。
考えたままに詠が身をかがんで靴紐に手をかけようとしたのだが、彼女は、目の前の敵が長い獲物を持っていることを忘却していた。
少し離れたところにいるからと気を抜いていた詠がサルガスの攻撃に反応したのは、その刃が彼女の体の真横まで来ていた時だった。
詠が得体のしれない攻撃をしたためか、今まで裏だった刀身が表になっており、それは、本気で彼女を殺しにかかってきていることを意味していた。
4メートルはあるだろう巨大な鉾の刀身は詠の身など容易く切れるくらいには大きく、まともに当たればこの身は二つに引き裂かれ、逃れられない死が待っている。
本来ならば、今更動いたところで死は免れないだろう。
靴紐に手をかけていたものの、今度は左の剣『莫耶』の引き金を引くと、その反動で一瞬にして剣は彼女の体と鉾の間に入り、激突する。
運動方向が違うので、詠の後ろの方向へと向かっていった剣の力では真横を行く鉾の力は殺せるはずもなく、彼女は再び飛ばされたのだが、鉾の刃は彼女の身に触れることはなかった。
それでもただでさえひどい怪我を負っている詠は、すぐに立ち上がることはできなかった。
うずくまった詠は、一呼吸したのちに、ふらりと立ち上がる。
「驚いたな、まだ立ち上がれるのか?」
「……サルガス、貴方に言っておかなくちゃね」
サルガスの問いにも答えずに真っ直ぐと彼を見た詠の目は、力強いものだった。
なんだ、と聞いてくるサルガスに、詠は一言、「ありがとう」と答える。
「馬鹿な娘だとわかっていたが、とうとう、脳の中に蛆でもわいたのか?」
「そんなわけないじゃん、私はさっきよりもずっと冷静だよ」
怪訝な顔を浮かべるサルガスに、詠は続ける。
「強くなくちゃ守れない、そんな当たり前のことを、私は忘れてた……ううん、きっと、見ようとしてなかったんだよ。守るよりも守られる方が、楽だから」
「貴様が……守る? それではまるで、貴様が私よりも強いかのように聞こえるが」
当たり前じゃん、と言った詠が靴紐を思いきり引き抜くと、紐がなくなり緩むはずの靴は縮み始め、締め付けるように彼女の足にフィットしていく。平らだった足裏からは、片方につき四個のローラーが出現した。
どうやら、『エルナト』の方も起動に成功したらしい。
同時に、この靴の持つ力を詠が理解していると、サルガスは鉾を構えなおし、
「人間という生き物は殺さずにおくと調子に乗るから困る。貴様のような輩には、死をもって、自身の無力さを――っ!」
遅い、そう呟いた詠は一瞬でサルガスの懐まで接近し、彼の頭を蹴り上げる。彼には詠の姿すら見えていないらしく、視線は変わっていなかった。
「私はね、助けなきゃならないんだ――『パイシュレー』!」
顎から垂直に蹴りを食らったサルガスの頭が上を向くと、着地した詠の靴のローラーはギュルギュルと言った音と共に回転していき、彼女の体を支点にその足を回し、男の足を取る。
「大好きなお姉ちゃんを――『クレエイア』!」
体制が崩れたサルガスはそのまま、地面に倒れるかに思われたが、
「舐めるな!」
サルガスは持っていた鉾を地面に突き立て、なんとか持ち直そうとする。
しかし、詠はすでに彼の背後を取っていた。
倒れ掛かってくるサルガスの後ろでローラーの回転を止めた詠は、その両手に持った双剣を彼へ向かって振る。
「だって、お姉ちゃんを助けるのは、妹の役目なんだから――『プレイオネ』!」
ガシュン、という音と共に、二つの剣は容赦なく加速し、サルガスの背中を十字に切り裂いた。
サルガスは、最後の力と言わんばかりに、鉾を力任せに、回転するように振る。
だが、鉾は詠をかすめることもせずに宙を切っていく。
すでに詠はサルガスの背後にはおらず、代わりに、彼の目の前で、鉾の一閃を伏せるようにして避けていた。
「絶対に、それだけは譲れない」
「…………っ!」
飛び上がった詠は、サルガスへ向けて再び『干将・莫耶』を向ける。完全に軸が宙にある状態のサルガスには回避しようがなかった。
「『ヒアデス・ショット』」
ガシュンガシュンと、詠の手元で一時に二度加速した二本の剣は、前方から、彼の胸を切り、蹂躙し、あらゆるものを貪り喰らうと、彼の体から出て、停止した。
(終わ、った……?)
確かな手ごたえはあった、肩で息をしながら詠は、サルガスの前に立つ。その手の中にある一滴の血もついていない剣はシューと煙を吹いている。
『干将・莫耶』も『エルナト』も、どちらも『加速』を武器としているのだが、人間の体ではあまりに負担が大きい。おそらく、これを使ってまだ目に見える代償がないのは、詠の体にプレフュードの血が微弱ながらも入っているからなのだろう。
それでもなんとか勝てたと、詠が安心しかけた時だった。
ピクリ、と目の前の男が動いたではないか。
男は、腹をえぐられ、大量の血を流しているにもかかわらず、倒れていない。
その様子に詠は、言葉にできない恐怖を覚える。
「……私が、このサルガスが敗北するなど! 認められるか!」
先ほどまでの余裕が完全に消えたサルガスの体から発する鬼気迫る気迫に詠は心が押しつぶされそうになって、胸元を押さえる。
「もう命令など知らぬ、貴様のその命、奪わせてもらうぞ!」
乱暴に鉾を引き抜いたサルガスは、詠に向かって鉾を振り下ろしてきた。
そのあまりにも力任せで、でたらめな攻撃は、詠の持つ『エルナト』の力をもってすれば造作もないことだった。
(えっ……?)
だが、詠はそのとき、ようやく気付いてしまう。
自分の体が自身の思っている以上に消耗してしまっていることを。
もう、立っているのもやっとだったことに。
足が動かないならばと、手に持っている『干将・莫耶』でなんとか受け止めようとしたのだが、彼女の意思と反して二本の剣は床に落ちた。
手の力が、入らない……。
握力がなく、まるで、腕に筋肉がなくなってしまったかのような感覚だ。
すぐに、これが『加速』する強き武器の代償だということを認識する。
道理で若干のプレフュードの血が入っているとはいえ、人間の小娘が百戦錬磨の大男と同等以上に戦えるはずだ。
つまり、これは諸刃の剣。
力を与える代わりに、使用者に目に見えない重い負担をかける代物だったというわけか。
しかしながら、そんなことを今更理解したところでどうしようもなかった。
すでに詠の前には傷だらけになりながらも、一撃で詠を殺せるだけの武器を持った敵がいて、彼女の身の倍はあるだろう鉾が振り下ろされているのだから。
(こんなところで、死ぬの? これで、終わり……?)
きっと、ほんの少し前だったら、こうも絶望することはなかっただろう。自身の死は大好きな人の元へと行く道だったのだから。
でも、お姉ちゃんはまだ、生きている。
黎愛の言葉を信じるのならば、という仮定がつくが、詠は黎愛が嘘をついているとは思っていなかったし、願望を含めた勘を踏まえれば、姉はこの先でまだ生きているという確信があった。
この道の先に、彼女はいるはずなのだ。
なのに、届かない。
やるせない気持ちが心を満たす、こんな最期は嫌だと体の中で誰かが叫んでいる。
どんなに苦しくてもいい、悲しくてもいい、もう一度だけでもいい、彼女に会いたい。そんな切な少女の願いは、残酷な現実によって壊される。
そのはずだった――。
「詰めが甘いぞ、詠どの」
そんな声が聞こえたかと思うと、詠の前を小さな青き稲妻が降り立った。
そして、それが賭刻黎愛だと、詠が認識した頃には、すでにサルガスの身は人の形をしていなかった。
彼女はおそらく、その手に持った長い太刀で切ったのだろうが、その太刀筋は見えない。まるで、風が吹いたかのような一瞬の出来事だった。
「その程度の腕ならば、お主はどの道敗者にしかならぬ」
刀を鞘に納めた黎愛がそういうと、ゆっくり動いていた時間が一気に動き出して、詠はその場に崩れ落ちる。
そして、彼女の目からは涙がこぼれた。
安心と戸惑い、驚きと悔しさがこみあげてきて、黎愛が何か言っていたが、しばらくの間、何も答えられなかった。
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