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光輝の一等星

ノベルバユーザー172952

新たな力

 
 ババ抜き、それは一枚の疫病神ジョーカーを自身の元から相手に押し付ける心理ゲームである。相手の表情や視線、呼吸音、些細な動作に注意し、現在誰がババを持っているのか、どのカードがババなのかを推測し、押し付けられないように注意する、一番身近な心理ゲームであるといっていい。
 しかし、一対一ではこのゲームは面白くない。最低3人、最大8人くらいか。そのくらいの人数で初めて、心理戦というのが出てくるのだと思う。

 確かに、つまらないゲームではない。つまらないのならば、誰でも知っている、ここまで人々に浸透するはずがないのだから。

 しかし、しかし、だ……。

「なんで、私たちこんなことしてるのさ!」

 目の前でカードを広げる賭刻黎愛のカードを選べずに自身のカードを持ったまま立ち上がった昴萌詠は、叫んだ。
 すると、彼女の周りの三人の視線が一気に彼女に集まる。

「なんでって……そりゃ、当然暇だからに決まってるだろうが。迷惑だろ、さっさと席着け」
「いやでもさ、ほら、作戦会議とか他にすることあるよね? 出たとこ勝負とかじゃないよね?」
「こんな人目のあるところで作戦会議なぞ、するわけがないじゃろう……」

 まるで妹をたしなめる姉のようにため息交じりにそう呟いた黎愛は、やれやれ、といった様子だ。でも、その手にトランプを持っていると、少し間抜けに見えてしまうのだが。
 しかし、黎愛の言う通り、シャウトしてしまった詠には彼女の周りにいる三人以外の、一般人の乗客からの視線もあり、むぅ、とうなった詠は仕方がなくその場に座った。

 ここは、第11バーンへ向かうための新幹線の中。
 ちなみに、詠たちのいた第9バーンから直接この新幹線に乗ることはできないので一度、第8バーンのターミナルを経由していく形になっていたりする。

『飛鷲涼をアンタレスは殺せない……いや、殺さないといった方がより正しいかのう』

 そういった黎愛の言葉は簡潔ではあったが、何か確信めいたものを感じ、その理由は知らされなかったものの、微かな希望が見えたような気がして、言われるがまま、詠はここまでついてきたというわけだ。

 その新幹線の中は時速300キロで走っているというのに、とても静かで確かに退屈なのだが、全然説明されていないため、落ち着かない。もどかしい気持ちを押さえろという方が無理。
 そんな詠の心を知ってか知らずか、黎愛が「詠どのの番じゃそ」と裏返した二枚のカードを突きつけてくる。ちなみに、二人席を向かい合わせているので、詠の隣に獅子神信一、向かい側に賭刻黎愛、その隣に可愛いくせに『っす』という口癖と真っ白の柔道着(ちなみに黒帯)という暑苦しい服装が特徴の女、馬場ばば水仙すいせんである。ちなみに武虎光一郎は別の車両らしい。

 仕様がないと言った様子で、黎愛の適当にカードをとると――それはババだった。
 詠が動揺していると、パッパッパッ、とカード交換は行われていき、隣の獅子神信一から、バジョーカーではないカードを取られてしまう。
 仕方がなく、黎愛のカードを取ろうと手を伸ばしたのだが、彼女の手元にはすでにカードはなく、その隣の水仙も、獅子神信一もカードを持ってない。

「お前わかりやすすぎだろ、弱すぎ」

 獅子神信一に言われて、はぁー、と軽くため息を吐いた詠は窓の前のスペース集まっているカードを集めて束にしていく。
 それなりに暇にもかかわらずババ抜きがつまらないと感じるのは、彼女の相手があまりにも強すぎるからだ。まるで、最初から最後までジョーカーの位置を知っているかのようにカードを回していくのだから、何かしらの超能力を持っているのでは、なんて、考えてしまう。

 続きをやるみたいな空気なので、詠がしぶしぶカードをシャッフルしていると、黎愛の携帯が鳴りだす。すぐに取り出して、スイスイと画面を指で滑らせる。そして、彼女が「詠どの」と呼んできたので、「なに?」と少しだけ不機嫌な声で答える。

「上にある荷物を取ってくれ」
「? 刀のこと?」
「違う、妾たちが持ってこなかった荷物だ」

 意味がわからず立ち上がって、頭上の荷物置きに手を伸ばす。背が小さい(というかこれから成長するはず……たぶん)ので、何が置いてあるのかは見えずに手さぐりになるが、それでも、黎愛は馬鹿でかい刀だけ、獅子神信一は大きな荷物はなく手元にある手提げ鞄だけ、馬場水仙のものはそこそこ大きな荷物だが、それだけにすぐわかる。
 手さぐりで見つけようとしていると、確かにリュックサックサイズらしきものが手に当たって引き抜いてみる。かなり重いが、こういうことは年上で男の詠よりも背の高い信一にやらせるべきじゃないだろうか。

 とりやえず手繰り寄せてみるが、ここまで来るのに黎愛たちの荷物は一応全部見ていたはずだが、これは知らない。つまり、少なくとも黎愛たちが持ってきたものではない。もちろん、詠のものでもない。
 つまり明らかな不審物というわけで、普通に考えれば、車掌さんかあるいは駅員さんに言わなきゃいけないのだが、黎愛は何が入っているのか知っているのか「開けてみよ」という。

 爆発したらいやだな、なんて思って、おっかなびっくり緑色のリュックサックのファスナーを引いていく。

「えっと……靴と、サングラスと……あと、これは……」
「短剣じゃな、二本あるということは双剣じゃろう」

 何の共通性もない三品、ピンク色の可愛らしい靴に、赤色のレンズのスポーツサングラス、そして、桃色のホルスターに入っている物騒な双剣。
 これらがどうかしたのかと、黎愛の方を見ると、彼女は説明してくれる。

「妾たちの仲間に『ドクターK』という科学者がおる。姿は見せぬが中々に信用できる男での、神器の改良をはじめ拠点の確保など妾たちの見えぬところで働いてくれておるのだが――そこにある全てはその『ドクターK』が作ったものじゃよ」

 確か獅子神信一の持っていたものをすり抜けられる装置もその人が作ったんだっけ。
 黎愛は信用できるとは言っているが、詠は過去にモルモットにされた経験があるためか、科学者という生き物は嫌いだったので、すぐにつけてみようとは思えなかった。

「でもさ、私にはこれあるよ?」

 そう言って、首に下げたピンク色のヘッドホンを黎愛に見せる。
 この力は使えないのだが、しかし、地下での黎愛の説明が真実ならば、また使えるかもしれないのだ。

「私って少しだけだけど『アルデバラン』の血が入っているみたいだしさ、きっとまたすぐに『結界グラス』が使えるようになるんじゃないかな?」
「それは、無理じゃろう」

 なんでさ、と詠は黎愛に聞き返す。即答される理由がわからなかった。
 飛鷲涼の例を見ればわかる通り、詠よりも遥かに血は薄まっているはずの彼女でも『結界グラス』を使えているのだから、詠に力が使えない道理はないはずだ。

 少し借りるぞ、黎愛は詠の首から少し強引にヘッドホンを取ると、説明していく。

「確かに、詠どのにはアルデバランの血が流れておる。ゆえにアルデバランの『結界グラス』をお主は使うことができるじゃろう――なら、なぜ、今お主は力を使えぬのか」
「……私の問題?」
「違う、お主の血はアルデバランの『結界グラス』を使える――問題は、こいつにあるのじゃ」

 そう言って黎愛はなんとヘッドホンを力づくで引っ張り、壊してしまった。

「ああ! 私のヘッドホン!」
「帰ったら新しいのを買ってやるから黙って見ているのじゃ」

 バラバラになっていく愛用のヘッドホンの中から黎愛の小さな手は一つのキラキラと輝くオレンジ色の石を取り出した。

 そして、詠の前に宝石を出すと、ギュッ、と握りしめる。

 パキパキ、という不吉な音がしたかと思うと、黎愛がこぶしを開くと、見るも無残な姿になった石の姿があった。
 ああ! と叫んだ詠に対して、冷静に黎愛は告げる。

「これは偽物じゃ、本物の『結界グラス』は決して割ることができぬ」
「えっ……?」

 粉々になってしまった自身の『結界』に涙を浮かべていた詠であったが、その言葉に黎愛の顔を見る。

「一時的に力を宿しておったみたいじゃが、もう消えておる。つまりこいつはただの石じゃ。そもそも、考えてみよ。オルクスにとってお主は所詮アルデバランの代用品、そして、捨て駒じゃ――そんな輩に本物の『結界グラス』を渡すと思うか?」
「あっ……」

 じゃあ、本物のアルデバランの『結界』はまだオルクスの手の中にあるってこと?
 それを取り戻せば、また、『結界』の力が使えるということか。

 早々と理解してそこまで考えた詠はいやいや、と頭を振る。あのオルクスから『結界』を取り戻すなんて、無謀ではないか。第一、時間がかかりすぎる。
 大切な姉を助けるためには『今』力が必要なのだ。

 深呼吸をした詠は手元のリュックサックの中身ともう一度向かい合う。
 使い慣れた力ではないものの、無力よりはずっとマシか。
 そう思った詠は、靴を履き替え、サングラスを頭にさして腰にホルスターを巻き付けていると、黎愛が説明してくれる。

「『干将かんしょう莫耶ばくや』の二対は100年前に憲牛寺種秋が使っていた神器を改良し研ぎなおしたものじゃ、靴、『エルナト』は『六連減隠ろくれんげんいん』という兵器用いて作られたもので、『ヴィルーパー』は涼の左目にもなっておる『千里眼』を元に作られた空間把握能力に優れた神器じゃ」

 それがどういう名前の武器かだとか、どういう経緯で作られたとかではなく、使い方を教えてほしいのだが。
 使用方法は――、と黎愛がようやく一番教えなければならない内容を話し始めたとき、急に彼女の表情は険しくなり、言葉を区切ったかと思うと、

「伏せよ!」

 黎愛の言葉が聞こえた瞬間、詠の目の前の世界は反転した。


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