光輝の一等星
お茶会
意味の分からない状況に会うことは一生の中で何度あるだろうか、おそらくは数えるほどしかないだろうが、少なくともその中の一回に涼は遭遇していた。
まず、場所だが涼がずっと走り回って逃げていられたように建物の中はかなり広く、てっきりその中の一室で何かするものとばかり思っていたのだが、アンタレスが入ったのは日本庭園というのだろうか、白い石によく手入れされている松、中心の池には錦鯉が泳いでおり、なんかこここが本当に人工物の中なのかと疑いたくなる素人である涼でも『わびさび』を感じられる光景だった。
まあ、建物の外の地下世界も所詮は作られた自然であり、技術的には驚くべきではないのかもしれないが、部屋(?)に入った瞬間の涼は唖然とするしかなかった。
庭を歩き、石橋の上を横切ると、周りを池に囲まれた小島のような場所につく。そこには赤いじゅうたんと赤い和傘がビーチパラソルのように設置されており、お茶の準備もされている。時代劇の中でしか見たことのないような光景だ。
すでにそこには一人の見知らぬ女がおり、涼たちを待っていた。
その女の特徴はというと、とにかく『白い』ということだった。真っ白な服に白い肌、銀ではなく癖の強そうな長い白い髪は琴織聖を思い出すが、彼女の数倍真っ白けだ。光彩に関しても薄い青だし、唇も城に近いピンク。まるで彫刻がそのまま動き出してきたかのようだ。
本当に人間なんだろうかと考えてしまうが、すぐに彼女が人間ではなくプレフュードだという予想がついて、人間離れしている容姿もなんとなく納得がいった。
「アンタレス、この子が例の?」
「ええ、アルタイルの生き残りよぉ」
そんなやりとりをした女は、立ち上がり、涼にそのまっさらな画用紙のような白い手を差し出してくる。
「初めまして、『ウェヌス』だ」
よくわからないまま彼女の手を取って自身の名前を涼が言うと、ウェヌスはもう片方の手を涼の顎まで持ってきて、クイッ、と持ち上げる。
キスでもされるのではないかと思った涼は彼女を振り払うと、
「顔を見ようとしただけだ、なぜそんなに嫌がる?」
「……嫌だからです」
そう、と馬鹿にしたような笑いをしたウェヌスはその場に座った。そして、アンタレスは涼とウェヌスとは対面の茶道具が置かれている側に座ったので、訳も分からぬまま、涼も取りあえずその場に座る。
すると、アンタレスが慣れた手つきで茶を点て始めたではないか。甘い和菓子が先に出されて、「どうぞぉ」とアンタレスが言うので、それを食べる。隣のウェヌスは「お先に」なんて言っているが、作法はよくわからないので軽く会釈だけして食べ始める。砂糖の塊のようなおかしであったが、敵に、いや、少なくとも敵だと思っていた相手が目の前で茶をたてているこの状況ではお菓子の味はわからなかった。
お菓子を食べ終えると、次に苦い抹茶が出てくる。
「お点前、頂戴いたします」
そんなことを言ったウェヌスは茶碗を受け取り、二度回して飲み始めたのを横で見た涼は、うろ覚えの作法よりも隣の彼女の真似をしたほうが良いと考えて、茶の入ったお椀を二度回す。彼女の知っている中では、お椀を回すのは確か、正面から飲んでお椀の正面を汚さないようにするためだったように思う。
それにしても、茶道では、茶室に主人が客を招いてお茶をもてなすらしいが、まさかアンタレスがお茶を入れてくれるとは思っていなかったので、お茶を飲んでいる間、涼は変に緊張してしまい、自分でも何を考えているのかわからなくなっていた。
一連の作法が終わると、一息ついている涼を見ながらウェヌスが「それにしても、」と口を開く。
「この小娘がデネブ様と同じ旧王の血筋だとは、私には到底思えない。品はそこそこあるにせよ、王者の気質を感じられない」
デネブ……さま、ということは、こいつも敵ということか?
というか、初対面のくせによくわからんダメ出しとか喧嘩売っているのだろうか。
彼女に対して言いたいことはあったものの、涼が口を開く前にアンタレスがウェヌスへ向かって返す。
「あらそう? 私には十分すぎる素質があると思うわぁ。 魅力だけで言えばあのオヤジよりもずっと優れていると思うけどねぇ」
「その言動、デネブ様への叛意とも取れるが?」
「なに言っているの、逆らうつもりなら協力なんてしないわよぉ」
怒ったように言うウェヌスはどうやら冗談が通じないらしい。まあ、それよりもアンタレスが涼を評価したことのほうが驚きではあるが。
やはりこの女もアンタレスやオルクスと同じように少し口調に怒気を含めただけで、周りに多大な圧を与えるようで、第三者として聞いているだけで涼もプレッシャーを感じ、冷や汗をかいていた。
立ち上がったウェヌスは涼を見た後、アンタレスへ視線を移して、
「ならば私はもう行くぞアンタレス、茶、うまかったぞ」
「それはよかったわぁ」
そう言って立ち去るウェヌスを見送ることもせずに、ヒラヒラと手を振ったアンタレスは、その姿が完全に消えたのを確認すると、懐から銀のパイプを取り出す。
同時に彼女の左手人差し指にはまっている指輪が光り『結界』が展開される。
「……っ!」
「何もしないからぁ、そのまま座ってなさぁい」
アンタレスの『結界』の開放に反射的に身構えた涼であったが、アンタレスが膝の上に手を置いたので、立つことはなかった。
ふっ、と笑ったアンタレスは「いい子よぉ」と言って、火のついたパイプを片手でくるりと回す。
すると、パイプから上っていた煙が何匹もの小さなヘビとなって表れ、地面を這っていたではないか。
彼女が何をしたのか聞く前に涼の前にも灰色の煙のヘビが上ってきたので、慌てて振り落とそうとしたのだが煙なので手をすり抜けてしまう。
目の前まで来たヘビに噛まれる、と思って涼が咄嗟に目をつぶると、蛇は涼の首元にいき、襟へとかぶりついた。
ギュッ、と目をつぶっていたのだが、痛みはなく、はて、どうしてだろうと、目を開けると、いつの間にか蛇は消えていた。
「『雲蛇』は電気に反応するのよぉ、噛まれたところを見てみなさぁい」
言われたように恐る恐る首元を見てみると、テントウムシ三匹分くらいの小さな装置が自身の体についていることが分かって取ってみる。どうやらプラスチックのようだが、腐敗しており、涼の手のひらの上で砂のように消えていった。
「盗聴器よぉ、全く、あの女も抜け目ないわねぇ」
アンタレスの言葉に驚いた涼は、煙から出てきた蛇が向かっていった方を見る。その多くは上についている電灯に上っていったが、数匹は彼女の近くの地面やウェヌスの座っていた辺りなど、ありとあらゆるところに『雲蛇』は向かっていた。
どうやら電気のあるものに向かっているようだが、もしかして、これは盗聴や盗撮防止のための力なのだろうか。
それよりも盗聴器、ということはウェヌスはアンタレスと涼の話を聞こうとしたということだ。
アンタレスが彼女の仲間であるならば、こんな嫌疑をかけられるような行為はマイナスにしかならないはずだが……。
「やっと、静かになったわねぇ。これでゆっくり本題に入れるわぁ」
アンタレスは足を崩して座りなおす。少し着物が乱れて、それだけでなんだか色っぽく感じてしまい、誘惑されている気になってしまうのは涼が女としておかしいからではなく、彼女が人間離れしていて危ういまでの美しさを持っているかだろう。
「それじゃあ、単刀直入に言うわぁ――」
彼女の妖艶な色気に惑わされそうになって、軽く頭を振っている涼に向かって、パイプから真っ赤な唇を離した彼女が言った一言は、耳を疑いたくなるようなものだった。
「—―私と手を組みなさぁい」
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