光輝の一等星
本気の代償
永い眠りから賭刻黎愛が覚めたのは、『アンタレス』の部下二人を切った日から実に4日後のことであった。
背中を切られたシノノを診て傷が浅かったことに安心し、手当てをした。その後、黎愛は彼女を背負い二人で帰ってきたのだが、その時にはもう、朝日が出始めていた。
帰ってきた黎愛は、そのまま、気絶するように眠り続けた。自身の怪我も完治していないというのに、シノノがずっとついていてくれたらしいが、4日もの間、黎愛が起きることはなかった。
何処かに傷負ったわけではないし、病気でもない黎愛が長い間眠り続けた理由は、ある種、当然のことではあった。
それは一瞬のこととはいえ、人間の肉体を超える力を使った疲労。
この体であまり本気というものは出すものではないとわかってはいたものの、シノノの怪我の具合がわかっていなかったあの時は一分一秒でも早く片づけなければならなかったこと、それ以上に、彼女を傷つけられた怒りによって、抑えている余裕はなかった。
己の未熟さを感じながらも、今度は守ることができたと、目覚めた瞬間にシノノの顔を見て、安堵し、そのあと、ずっと眠っていたせいで鈍った体を動かすためにシノノと共に散歩しながら、4日の間に起きたことを聞いた
眠ったまま起きてこない黎愛を、両親は心配していたものの黎愛が生きていて、体も特に問題ないとわかると、それ以上はシノノにあまり追及してこなかったらしい。そして、兄、剛志はというと、まったくの無関心、黎愛を見ないことなど気にも留めなかったらしい。その態度に対して黎愛が悲しむ前にシノノが怒っているので、笑ってしまう。しかしまあ、彼らしいといえば彼らしいというが。
シノノが言うには、4日間では特に変わったことはなかったらしい。
しかし、彼女の知らないところで黎愛にとって、驚くべきことが待っていた。。
そう、散歩から帰ってきて、久しぶりの太陽に目がやっと覚めるのを感じていたときである。
家の玄関に怪しげな老人が立っているではないか。彼のことは何処かで見たことがあるような気がしたが、すぐには思い出せなかった。
またしても敵の刺客か、などと半ばうんざりしていたのだが、執事服と白髪がとても似合う老人は一言だけ、何の前振りもなく一方的に黎愛に告げてきた。
「飛鷲涼様が、お亡くなりになりました」
「はっ…………」
一瞬、この老人が言った言葉の意味が分からなかった。
飛鷲涼が、亡くなった。つまり、死んだといったのか?
それだけ告げて、帰ろうとする老人に、「待て!」と無意識に叫んでいた。
「端的にまとめるのは良いが、報告というのはもう少しばかり詳しくするべきじゃろう?」
再び老人と目が合って、この男が『ベガ』、琴織聖のところの執事だということを思い出した。
ということは、彼の言うことは間違いではない、信用できる情報なのだろう。
この男は、黎愛がどんな人間なのか知らない。ゆえに、黎愛と関係のない涼の生死など気に留めないと考えているのだろう。だから、できるだけ簡単な報告をした。
だが、それは違う。
少なくとも黎愛は、この老人よりも、涼のことは知っていたし、知っている必要があった。
「飛鷲様は、4日前の晩に、『アンタレス』……蠍葉梅艶により、殺害されました」
「馬鹿なっ!……その証拠は、遺体はあるのか!?」
そんな馬鹿なことはない、と叫びたい気持ちをこらえながら聞くと、老人は首を横に振る。
「『アンタレス』は飛鷲様の遺体を蛇に食らわせてしまいました……その光景を見たお嬢様は、仕方がないことなのかもしれませんが、ひどく落ち込みに……」
そして、老人は、聖から聞いたらしいことを、とても細かく話してくれた。そのおかげで、大体の事態は把握することができた。それを黎愛は、おとなしく聞いていた。
仕掛けてくるとは思っていたが、まさかここまで早いとは。奴はオルクスとの折り合いなど眼中にないということか。
「……して、スピカの坊主の調子はどうなのじゃ?」
「は? 早乙女真珠ならばまだ入院しておりますが……」
「容体を聞いておる、奴が戦力になるかどうか――私情を挟むこの戦いでは、飛鷲涼の死に大きく動じることなく、すぐさま前を向いて戦うことができ、かつルード相手に対等以上に戦えるような戦力が必要なのじゃ」
執事は意味が分からず困惑している様子であった。意味が分からなくて当たり前だ、これで表情を変えずに答えるようならアンタレスの間者として疑ってしまう。
しかし、それ以上は説明しない黎愛は、彼の言葉を待った。
「動けないことはないかと思いますが、彼も、飛鷲様を守れなかったことで落ち込んでおります」
「涼と奴の接点は親友を殺されたという被害者と加害者、なぜ奴が悲しむことがある? 奴はいったい何を考えている?」
「……わかりません」
チッ、と黎愛は舌打ちする。もしも奴がショックを受けたふりをして、オルクスに取り入る隙を狙っているとしたらそれ以上マズいことはない。
しかし、ベガ――琴織聖の命を狙うならば、このときを置いて期はないのではないか?
今動かないということは、奴は本当にこちらに味方しようというのか?
わからない、直接接点のない輩の考えほど想像できないものはないのだから。
だが、彼がどちら側につくかによって、戦局が大きく変わることは間違いない。
ルードと呼ばれる、地下を守る『結界』の力を持つ12人のプレフュードたちの中で、元々スピカは戦うことにおいて、純粋な戦闘能力でいえば2番目に強いとされている。今まで、彼が最弱だといわれてきたのは、彼が『結界』の力を使えていなかったからだ。
ゆえに、力の使い方を理解した彼は、脅威にも、救世主にもなりえる、一つの『キー』として機能するのだ。
「そう、か……報告ご苦労じゃったな……」
手で頭を支えながら、黎愛は老人に礼を言うと、老人は再び背を向けた。飛鷲涼の死というのは、この老人にとっても辛いことだったらしく話している最中はずっと、どこか辛そうであった。
そんな彼の哀愁漂う背中に、黎愛は一言だけ告げる。
「—————————」
黎愛の言葉に老人が振り返ろうとしたが、彼が完全に振り向いた時には、すでに黎愛はすでに家の中へと入っていた。
『アンタレス』、蠍葉梅艶が、飛鷲涼を殺した4日前の晩といえば、黎愛が『アンタレス』の3人の刺客に襲われたときである。つまり、これは計画的なことであったはずだ。
夕方に、アクラブとか言う侍の姿をした男に襲わせ、警戒心を強め、その夜に呼び出す。おそらく、それは黎愛が深く考える時間をなくすためだ。
少し考えれば、揺動であったことは見抜けたはずである。しかし、すでに一人を切っていたせいで、少々頭に血が上ってしまっていた。そこまで『アンタレス』は考えていただろう。
つまりは、ここまで『アンタレス』の思い通りに事が進んでいるというわけだ。
だが、まだ途中。『ベガ』を殺さなかったのが、何よりの証拠。彼女のたくらみは、まだ続いている。
「そういう……ことじゃったか……」
そこまで考えて、ようやく一つの答えを見つける。あの女がいったい何を考えているのかがわかった。
蠍葉梅艶の目的。
しかし先が見えたところで、それを阻止することはすでに不可能であった。事は彼女の思い通りに進んでおり、止まることはない。
招待状をここまで露骨にたたきつけてくるとは思わなかったが。
ということならば、仕方がない。
他に方法はないのだ、相手の思い通りに行動するしかないと思う。
「シノノ、少し出てくるぞ」
「ダイジョブですか?」
ああ、心配ない、と言って、再び家を出る。老人の姿はそこにはなく、すでに日も落ちていた。
まずは足場を固めねばならない、そう思った黎愛は衰えている筋肉をほぐすための運動がてらにと走り出したのであった。
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