光輝の一等星

ノベルバユーザー172952

第五幕 プロローグ

 
 血は水よりも濃い。

 血のつながった血縁者の間にある絆は、どんなに深い関係の他人よりも強く深いものだと言う意味の言葉である。

 畳の匂いがする部屋を背にしながら、庭が一望できる廊下。
 真っ暗な空で唯一大きく輝いている白い月を見ながら、木でできている廊下に座っている女は、酒の入った盃を持っていた。

 女は赤と黒がベースとなっている色鮮やかな和服を着ており、肩をはだけさせて白い肌を見せている。
 その姿で、江戸時代の花魁なのかと疑いそうになるが、彼女は別にこの和を重んじている家で、体を売っているわけではなかった。

 だが、それにしては女の容姿はあまりにも美しすぎた。一目で男を籠絡させてしまう妖艶さと不気味さを併せ持ち、しかし、形容しがたい華やかさが彼女にはある。
 結われた黒髪に細く鋭い黒い目はブラックホールのように見るものを吸い込んでしまうのではないと思ってしまうほどに深く、黒真珠のように美しい。三百六十度どこから見ても絵になる顔形に、女の理想形だと思われる放漫の胸にスリムな体型を持つ女は、まさに国宝級と言っても過言ではないだろう。

 そんな女の姿は、彼女の普段着、花魁風のファッションなのである。

 ならば、この立派な和風の家は一体何なのだと聞きたくなるだろう。
 その問いは簡単に答えられる。

 彼女はこの家の主なのだ。

 当然一人でここに住んでいるわけではないのだが、一人、酒を飲むのが好きな彼女は毎晩こうして、月を肴に盃を傾けている。

 この家から見える月と言うのは、偽りの物であり、本来の美しさではないという。
 しかし、ビジョンであろうが、なんだろうが、月は月、それだけで酒のさかなには十分だと彼女は思う。

 盃を一気に飲み干した彼女は、顔色秘湯変えなかった。酔った様子もなく、ぼんやりと再び考え出す。

 言葉通りならば、恋人や親友よりも、親や兄弟の方が強い絆に結ばれているということになるだろう。
 そんなはずがない、愛は血を超えるのだという反論がどこからか、出てくるかもしれない。

 だが、女はその一切否定する。
 血よりも濃いものなどはあるはずもない。

 血縁という繋がりからは誰も逃れられない。
 血を持って生まれた瞬間から、血のつながりは始まり、見えない絆によって引き寄せられる血縁者たちが交差しないということは無い。

 女は、それをつい先日、確信したところであった。

梅艶ばいえん様~、お酒は体悪いんじゃないの~?」
妖義ようぎ、私の楽しみを取っちゃあ、いけないわよぉ」

 頬を膨らませて酒を飲むなと言ってきたのは、可愛らしい真っ白のヤギのぬいぐるみを抱きかかえている少女であった。
 ふわふわの栗毛色のカールのかかった髪を床に垂らしながら、パジャマ姿で歩いてきた少女は梅艶と呼ばれた女の隣に座った。

「お月さまなんか見て~、楽しいの~?」
「月を見ないとねぇ、酒を飲んでいる気がしないのよぉ」
「じゃあ~、月を見ながらお水を飲んでても~、気分は味わえるよね~」

 そうかもねぇ、と少女の言葉を受け流しつつ、アルコールを喉に通していく。
 酒を飲むことに否定的ではあるが、梅艶が飲んでいる姿は嫌いではないのか、ニコニコしながら妖義は横から見てくる。
 しかし、いつものことなので梅艶は特に気にすることなく、再び盃を傾けた。

「随分、嬉しそうだけど何かあったの~?」
「さぁねぇ、当ててみなさぁい」

 少女、妖義はパタパタと足を揺らしながら、「う~ん」と人差し指を顎に当てて考えていた。

「待ち人、来たりとか~?」

 妖義の年齢からは想像できないような回答が返ってきたので、梅艶は、静かに笑う。
 しかも、正解だというのだから、尚更おかしかった。

「本当にねぇ、随分と待ったのよぉ」

 少女はそれ以上何にも聞いてこなかった、ただ、目を閉じて傍にいた。
 光り輝いている月を見ながらそう呟いた梅艶は、いつの間にか少女が眠っていることに気づく。
 スースー、とぬいぐるみを抱きかかえながら眠っている姿を見た梅艶は、やはり子供だったかと思いなおす。

 しばらく、無言で、今度は星を見ながら酒を飲む。
 星のつながりもまた、血のつながりと同じくらいに深いものがあるもので、ひかれあう星と星の間を裂くことなど誰にもできないものだ。

 ふと、思いついたように梅艶は口を開く。

「客人をもてなす用意をしておきなさぁい」

 誰かを呼んだわけでもなかった。それは、彼女の独り言のように聞こえた。
 しかし、次の瞬間には、彼女の脇には女中がいた。

「かしこまりました、梅艶さま」
「それとぉ、この子に何かかけてあげなさぁい」

 はっ、と言った女中はテキパキと動いていた。一枚の毛布を持ってきてスヤスヤと眠っている妖義にかける。
 梅艶がこれ以上何の要求もないことがわかると、女中は消えていった。

 夜が更けていき、やがて、明けていく。
 虫の音や星の光が次第に消えていき、全く違う音と日の光が入れ替わるように入ってくる。

 一夜を一人で飲み明かした女は、最後の一杯を飲み干し、ゆっくりと立ち上がった。
 手には細長いパイプを持ち、酒の代わりに一度、プフゥー、と吸う。

 自分が思っている以上に高鳴っている胸に、おかしく感じながらも、闇の中へと溶けて行ったのであった。


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