光輝の一等星
第一幕 エピローグ
琴織聖は、涼へ、一言だけ嘘をついた。
いや、正確にいうと嘘をついたのではない、ただ、言わなかっただけ。
それは、地上へと続くエレベーターで、身体を引き裂かれた長峰葵が言った言葉である。
三人ものプレフュードを一人でノックアウトさせた涼は、すでに気絶しており、彼女は絶対に聞くことがない、長峰葵の言葉である。
『葵の眼を先輩に使ってください』
そう言った、彼女がこと切れる寸前であった。初め、その言葉を飲むのを非常にためらわれた。
素直に怖かったというのもある。だが、夏祭りの日に、一日だけ遊んだ彼女にそんな義理はあるのか、そんな思いもどこかにあった。
ただ、長峰葵の、最後の言葉を聞いたとき、そんな迷いは消えていった。
『お願いね……ことちゃん』
そのあだ名を知っているのは、聖自身を除けば、たった三人のはずであった。
瞬間、長い間忘れていた昔の記憶、名前が、全て思い出され、リョウにショウマ、自分の周りにいた人たちがどれほど昔から大切な『友達』であったのか、理解することとなる。
当時、アオちゃんと呼ばれていた少女は、もっと物静かな女の子であったため、長峰葵という名前を聞いても気づかなかった。
きっと、涼も、翔馬も気づいていない。いや、もしかしたら、覚えてもいないのかもしれない。
人生で初めての友達の一人であった、『あおちゃん』の最後の願いを了承した聖は、彼女の最後の言葉を、自身の心の中だけに留めておくことにした。
涼に今更昔の話をしたところで、彼女が覚えていなかったらショックであり、綺麗な思い出が綺麗でなくなってしまうような気がしたからだ。
その日、『リベレイターズ』の拠点から助け出してくれた涼が第9バーンの地下へと侵入した方法、そのせいで空いてしまった穴をふさぐため、彼女が掘り進んだ場所を涼と共に来ていた。
早乙女真珠の後釜として、琴織聖がこの第9バーンの管理をすることとなったのだが、ほとんどの仕事は熊谷がやってくれているため、あまり聖が何かをするということはあまりなかった。
しかし、熊谷はどういうわけか、ここの修復にどれほど時間と人材がかかるのか、調べる時間がないので見てきてほしいと、聖に頼んできたのだ。
熊谷は聖に仕事を頼むというのはこれが初めてであった。
ちなみに、『飛鷲涼様とご一緒しては』などと、涼と一緒に行くのを提案したのも彼であった。
ここまでくると何かしらの意図があるような気がしてならないが……。
「聖、あんなサービスをするからあいつ、『俺は遠慮しておくよ』とかいいながら、常に私たちのところ見ているのよ」
人気のない住宅街を、涼と並んで歩きながら、彼女の『夏目翔馬』についての愚痴を聞く。
姿は見えないが、涼曰く、今も翔馬は見ているのだという。十年会わない間に、彼は中々の変人に育ってしまったようだ。
しかし、学校で普通に話す分にはいたって普通の時もあり、聖も彼の真意についてはよくわかっていなかったりする。
「それよりも、今後のことはどうするのですか?」
「今後……まさか! あいつのために、もっと過激なことを――」
「ちっ、違います! 私たちと第9バーンについてですよ!」
彼女たちには二つの選択肢があった。
一つは、このまま、第9バーンで平穏な暮らしを続けること。
もう一つは、戦うことだ。
前者は聖の微力を使い飛鷲涼の周りの人間だけの安全を確保し、早乙女真珠の後釜が地上から来たときに明け渡す。表面上の穏やかな生活が約束されるというわけだ。
一方、後者を選んだとき、それこそ『この世の全てが敵になる』状況が生まれる。
並んで歩いていた涼は、トントンッと、数歩聖の前に出て、
「もちろん、人間とプレフュードが共に歩める世界を求めるわ」
「それは、私たち一介の女子高生には無理、ではないでしょうか」
涼がいう世界、それを反対するのはプレフュードだけではない。プレフュードを許せない人間たちもまた、敵となる。
当然、味方なんてほとんどいない。
敵だらけの世界で、戦い、その果てに一体何があるのだろうか。
その先には不幸しか、ないのではないか?
「できるわよ」
涼がそう言って、笑いかけてくる。
その顔に見とれてしまった聖は、ああ、ずるい、と思う。
そんな100%の笑顔を向けられたら、不安など消えてなくなってしまうではないか。
「聖、貴女と一緒なら、ね」
「っ!……そうですね」
差し伸べられた涼の手を握る。
今は、はっきり言って、真っ暗な道を進んでいるという状況だ。
前に進んでいるのか、後ろに進んでいるのか、あっているのか、間違っているのかさえ、わからない。
手を握った聖は、彼女の、左右違う光彩を放つ目を見る。
自分でもおかしいとは思うが、どれほど過酷な、先が見えない道でも、隣に彼女がいるならば、こうやって、手を握っていてくれるのならば、不思議なことに、なんとかなってしまうような気がする。
「もう少しだから、走るわよ」
はい、と答えた聖は、涼に引っ張られるように走り出す。
その顔には先ほどまであった迷いの色など、跡形もなく無くなっていたのであった。
そして、走り始めて数分後、目的地に着いた。
「これまた、大分盛大に……」
ビルとビルとの間、四方をマンションに囲まれており、その場だけが空き地になっているその場所に、まるで隕石が落ちたように大きなクレーターが出来上がっていた。そして、その中心部分だけが下へ下へと掘り進められているのだ。
こんなもの、どうやって修復していくのか皆目見当がつかない。
ため息をついた聖は、さて、どうやって熊谷に報告したものかと考えていると、隣にいた涼が、
「ここ元々は公園でね、私が小さい頃に遊んでいた本当に大切な場所だったの。空き地になっていたことは少し残念だけど、遊具が置いてあったら躊躇していて、間に合わなかったかもしれなかったわ」
「…………っ」
彼女は今、なんといったか、小さい頃に遊んでいた『本当に大切な』場所。
その瞬間、熊谷がどうして涼を連れて、聖をここに来させたのか、その理由が分かったような気がした。
一瞬、小さく口元をゆがめた聖は、
「小さい頃の涼ですか、全く想像できませんね。一体どんなお子様だったのでしょうか?」
「あんまり変わっていないわよ、そう、あの時は、毎日皆で遊んだわ。ショウマと、あと二人の女の子とね」
そう、彼女は何も変わっていなかった。容姿では背も伸びたし大人っぽくはなったが、それでも、その優しさと、人を引き付ける魅力だけは一ミリたりとも変わっていない。
何もなくなってしまった場所を見ながら、なお涼は懐かしそうに、
「確か、二人の名前は――」
「『あおちゃん』と、『ことちゃん』……でしょう、スズちゃん?」
聖は涼の口から二つのあだ名が出てくる前に遮ってこたえ、ついでに彼女のあだ名を言う。
先に言われたことに涼は驚いた様子で聖を見て、
「どうしてそれを……」
くすっ、と笑った聖は、さてさて、どこから説明しようかと、思案を巡らせていくのであった。
いや、正確にいうと嘘をついたのではない、ただ、言わなかっただけ。
それは、地上へと続くエレベーターで、身体を引き裂かれた長峰葵が言った言葉である。
三人ものプレフュードを一人でノックアウトさせた涼は、すでに気絶しており、彼女は絶対に聞くことがない、長峰葵の言葉である。
『葵の眼を先輩に使ってください』
そう言った、彼女がこと切れる寸前であった。初め、その言葉を飲むのを非常にためらわれた。
素直に怖かったというのもある。だが、夏祭りの日に、一日だけ遊んだ彼女にそんな義理はあるのか、そんな思いもどこかにあった。
ただ、長峰葵の、最後の言葉を聞いたとき、そんな迷いは消えていった。
『お願いね……ことちゃん』
そのあだ名を知っているのは、聖自身を除けば、たった三人のはずであった。
瞬間、長い間忘れていた昔の記憶、名前が、全て思い出され、リョウにショウマ、自分の周りにいた人たちがどれほど昔から大切な『友達』であったのか、理解することとなる。
当時、アオちゃんと呼ばれていた少女は、もっと物静かな女の子であったため、長峰葵という名前を聞いても気づかなかった。
きっと、涼も、翔馬も気づいていない。いや、もしかしたら、覚えてもいないのかもしれない。
人生で初めての友達の一人であった、『あおちゃん』の最後の願いを了承した聖は、彼女の最後の言葉を、自身の心の中だけに留めておくことにした。
涼に今更昔の話をしたところで、彼女が覚えていなかったらショックであり、綺麗な思い出が綺麗でなくなってしまうような気がしたからだ。
その日、『リベレイターズ』の拠点から助け出してくれた涼が第9バーンの地下へと侵入した方法、そのせいで空いてしまった穴をふさぐため、彼女が掘り進んだ場所を涼と共に来ていた。
早乙女真珠の後釜として、琴織聖がこの第9バーンの管理をすることとなったのだが、ほとんどの仕事は熊谷がやってくれているため、あまり聖が何かをするということはあまりなかった。
しかし、熊谷はどういうわけか、ここの修復にどれほど時間と人材がかかるのか、調べる時間がないので見てきてほしいと、聖に頼んできたのだ。
熊谷は聖に仕事を頼むというのはこれが初めてであった。
ちなみに、『飛鷲涼様とご一緒しては』などと、涼と一緒に行くのを提案したのも彼であった。
ここまでくると何かしらの意図があるような気がしてならないが……。
「聖、あんなサービスをするからあいつ、『俺は遠慮しておくよ』とかいいながら、常に私たちのところ見ているのよ」
人気のない住宅街を、涼と並んで歩きながら、彼女の『夏目翔馬』についての愚痴を聞く。
姿は見えないが、涼曰く、今も翔馬は見ているのだという。十年会わない間に、彼は中々の変人に育ってしまったようだ。
しかし、学校で普通に話す分にはいたって普通の時もあり、聖も彼の真意についてはよくわかっていなかったりする。
「それよりも、今後のことはどうするのですか?」
「今後……まさか! あいつのために、もっと過激なことを――」
「ちっ、違います! 私たちと第9バーンについてですよ!」
彼女たちには二つの選択肢があった。
一つは、このまま、第9バーンで平穏な暮らしを続けること。
もう一つは、戦うことだ。
前者は聖の微力を使い飛鷲涼の周りの人間だけの安全を確保し、早乙女真珠の後釜が地上から来たときに明け渡す。表面上の穏やかな生活が約束されるというわけだ。
一方、後者を選んだとき、それこそ『この世の全てが敵になる』状況が生まれる。
並んで歩いていた涼は、トントンッと、数歩聖の前に出て、
「もちろん、人間とプレフュードが共に歩める世界を求めるわ」
「それは、私たち一介の女子高生には無理、ではないでしょうか」
涼がいう世界、それを反対するのはプレフュードだけではない。プレフュードを許せない人間たちもまた、敵となる。
当然、味方なんてほとんどいない。
敵だらけの世界で、戦い、その果てに一体何があるのだろうか。
その先には不幸しか、ないのではないか?
「できるわよ」
涼がそう言って、笑いかけてくる。
その顔に見とれてしまった聖は、ああ、ずるい、と思う。
そんな100%の笑顔を向けられたら、不安など消えてなくなってしまうではないか。
「聖、貴女と一緒なら、ね」
「っ!……そうですね」
差し伸べられた涼の手を握る。
今は、はっきり言って、真っ暗な道を進んでいるという状況だ。
前に進んでいるのか、後ろに進んでいるのか、あっているのか、間違っているのかさえ、わからない。
手を握った聖は、彼女の、左右違う光彩を放つ目を見る。
自分でもおかしいとは思うが、どれほど過酷な、先が見えない道でも、隣に彼女がいるならば、こうやって、手を握っていてくれるのならば、不思議なことに、なんとかなってしまうような気がする。
「もう少しだから、走るわよ」
はい、と答えた聖は、涼に引っ張られるように走り出す。
その顔には先ほどまであった迷いの色など、跡形もなく無くなっていたのであった。
そして、走り始めて数分後、目的地に着いた。
「これまた、大分盛大に……」
ビルとビルとの間、四方をマンションに囲まれており、その場だけが空き地になっているその場所に、まるで隕石が落ちたように大きなクレーターが出来上がっていた。そして、その中心部分だけが下へ下へと掘り進められているのだ。
こんなもの、どうやって修復していくのか皆目見当がつかない。
ため息をついた聖は、さて、どうやって熊谷に報告したものかと考えていると、隣にいた涼が、
「ここ元々は公園でね、私が小さい頃に遊んでいた本当に大切な場所だったの。空き地になっていたことは少し残念だけど、遊具が置いてあったら躊躇していて、間に合わなかったかもしれなかったわ」
「…………っ」
彼女は今、なんといったか、小さい頃に遊んでいた『本当に大切な』場所。
その瞬間、熊谷がどうして涼を連れて、聖をここに来させたのか、その理由が分かったような気がした。
一瞬、小さく口元をゆがめた聖は、
「小さい頃の涼ですか、全く想像できませんね。一体どんなお子様だったのでしょうか?」
「あんまり変わっていないわよ、そう、あの時は、毎日皆で遊んだわ。ショウマと、あと二人の女の子とね」
そう、彼女は何も変わっていなかった。容姿では背も伸びたし大人っぽくはなったが、それでも、その優しさと、人を引き付ける魅力だけは一ミリたりとも変わっていない。
何もなくなってしまった場所を見ながら、なお涼は懐かしそうに、
「確か、二人の名前は――」
「『あおちゃん』と、『ことちゃん』……でしょう、スズちゃん?」
聖は涼の口から二つのあだ名が出てくる前に遮ってこたえ、ついでに彼女のあだ名を言う。
先に言われたことに涼は驚いた様子で聖を見て、
「どうしてそれを……」
くすっ、と笑った聖は、さてさて、どこから説明しようかと、思案を巡らせていくのであった。
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