光輝の一等星
第三幕 エピローグ
盛り上がっていたライブの熱が一番集まるのは、それは一体どんな時だろう。
それは、きっと歌手やグループによって違う。
初めを一番盛り上げることもあるし、最後の場合もあるだろう。あるいは中盤を山場に持ってくることもあるかもしれない。
しかし、『GRB』はいつも必ず最後、それもアンコールの一曲の時、会場の熱は最高潮に達する。
『じゃあ、アンコールはいつもの曲だ! 皆、最後までついて来てくれよ!』
そう叫んだ少女は、学帽を被り直し、ギターを持った。他三人の少女たちに目配せをして、彼女は曲名を言いあげる。
「じゃあ行くぜ――『black rings』」
いつも音楽プレイヤーで聞いているはずなのに、無性に懐かしく感じる曲が聞こえてくる。
昴萌詠は無意識に胸の前で手を握りしめていた。
ゲームが終わる直前に『パイシーズ』の放った一発の弾丸。
鉛玉は彼女の胸を正確に射抜いていたはずだった。
詠にとって、彼が武器を持って傷つけてきたことは予想外であり、回避することなど、当然、できなかった。
彼の弾丸が詠の胸をつらなかった理由。
まるでドラマのワンシーンのような奇跡であった。
彼女たちの演奏を聞いてその身を震わせながらも、詠の胸の前にある手だけは決してその前から動かすことなく、開くこともなかった。
曲が終わり、残響さえもが会場から消えたとき、詠はそっとその手を開いた。
そして、手の中にあるものを見て、ふっ、と笑う。
彼女の小さな手の中には物理的に曲げられた後のある一つの金属ピックが握られていたのであった。
詠は『パイシーズ』のゲームが終わった日から一度も彼女たちとは会っていなかった。
同じ『ルード』であったカルとルッカにさえ、会えず仕舞いであった。
だからといって詠が彼女たちのことを忘れたのかと言うとそうではなく、むしろ毎日彼女たちの音楽を聞いていた。
静かに彼女たちのファンであり続けた。
だから、今回も四人の作る歌を聞けるだけでよかったのだが……。
『昴萌詠さま、楽屋の前で、待っている人たちがいます、だから早く来てください』
ライブが終わり、『GRB』を絶賛している二人の姉と共に、帰ろうとホールの受付の前を通り過ぎようとしたときであった。
場内アナウンスとは思えない言葉が流れた直後、周りのファンたちが騒ぎ出す。
当然だ、この声は篝火絆本人のものだったのだから。
人前で自分の名前を呼ばれたことに、恥ずかしくて赤くなっていた詠に、自分とさほど変わらぬ身長の姉である琴織聖が、
「詠、呼んでいますよ?」
「うっ、うん……」
思わず期のない返事をしてしまう。といっても、彼女たち会うのは半年ぶり、どんな顔をすればいいのかわからなかった。
助けを求めて、もう一人の姉である飛鷲涼を見るが、彼女は今の放送に普通に驚いている様子で頼りになりそうになかった。
詠が放送で言われた通りに行くべきか迷っていると、一人の女が走ってくるではないか。
「詠!」
「えっ、ちょっと、わっ!」
特徴的な学帽を見たと思ったら、その人物は詠に飛びついてきたではないか。
ぎゅぅ、と痛いくらいに抱きしめられる。
涼に勘違いされたくなかった詠は、とりやえず、彼女を引き離そうとするが、中々離れてくれそうになかった。
恥ずかしくて、飛びついてきた女――篝火絆を押し戻そうとしたのだが、彼女がボロボロと泣いている顔を見てしまって、その手を止める。
「あたし……ずっと、もう、死んじまったのかと…………」
「……ごめんね」
今更だが、生きていることぐらい知らせておくべきだったと後悔する。
ただ、双子は詠の生存を知っていたはずだったが……。
「でも、どうして私がここにいるってわかったの?」
「……だって、ライブ中に見えたから」
見えた?
本日、この会場は一万人以上入っているのだ。
そんな中から見つけ出せたというのは、偶然を通り越してもはや運命すら感じる。
「本当に、知り合いだったのね……」
「だから言ったでしょリョウちゃん。私、絆たちとは友達なんだよ」
少し誇らしげに胸を張って言ってみるが、絆がまだ話してくれなくて少し間抜けな格好になってしまった。
「えーと、絆、そろそろ放してくれないかな」
「……いやだ」
「えっ?」
思いもよらない絆の返答に驚いてしまう。
絆は、ギュッと、詠の身体を抱きしめたまま、涼の方へと向いた。
隣にいる聖と共に、その姿をじー、と絆は見る。
そして、女の勘と言うものが働いて何かを感じ取ったのか、次の瞬間、絆は大変なことを言い出した。
「渡さない、詠はあたしのもんだ!」
そんな宣言を堂々と、ファンが一杯いる前で絆はしていた。
暴走する絆の頭をポコリ、と手刀で叩いたのは、やはり巫女服の長峰朱音であった。
「貴様はもう少し人前だってことを自覚しろ!」
その後ろからは少しだけ大きくなったような気がする双子の姿があった。
「仕様がないんじゃない、これが普段の――と、これは言わない方がいいね」
「こっ、こんにちは!」
カルは何か言いかけたみたいだが、絆の目を見たら何故か、途中で言葉を切っていた。
一方で、双子の片割れ、ルックは少しだけしっかりした印象を受けた。
「いいじゃねえか、別に……」
印象と言えば、口をとがらせながらも、まだ放してくれない絆だ。
もう少しもろくて、格好良くて、悪く言えばとっつきにくい印象があったはずだが、人はたった半年で変わってしまうものらしい。
でも、そんな年上の彼女を可愛いと思ってしまっている自分もいるわけで……。
一瞬考えてしまって、詠はすぐに頭を横に振る。
(ちっ、違うよ、これは浮気とかじゃない)
昴萌詠にとっての一番は飛鷲涼、彼女は王子(女)?様なのだ。これは揺るがない。
なら絆は……と考えて、頭上を見る。
「お姫様、かな?」
「ん?何言ってんだよ?」
なんでもない、と言った詠は、じゃあ自分は一体どんな身分の人物なのだろうと軽く脳内パラドックスに迷い込む。
どうでもいいことを考える詠に、朱音が聞いてくる。
「そちらの二人を私たちにも紹介してくれないか?」
「……絆のライバル登場って、ところかな」
「でも、私たちはね、絆を応援するから!」
動じない朱音に、からかうカルとルックに、抗議の目を向ける絆。
半年の間に、彼女たちの間も少しは進展しているようだった。
「えっとね、二人は私の大切なお姉ちゃんたちなんだよ。それで――」
詠は自分のことを救ってくれた大切な二人の姉のことを、半ば自慢話のようにして語りだす。
途中真っ赤になった二人に止められたが、彼女の口が止まることはなかった。
二人の話をしていると、絆が、何が気に食わないのか、膨れながら必要以上に抱きしめる力を強めてくる。
あの日のライブ前と同じぬくもりであった。
それを感じた途端、半年前の何処か別の世界で行われたライブの直前に止まっていた時間が戻っていく。
すると、半年の間に変わったはずの彼女たちの見え方が違ってきた。
彼女たちは実際の、根幹部分は変わっていない。
そのことに今更ながらに気づいてしまった詠はなぜか、少し安心してやんわりと笑ったのであった。
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