アンリミテッドペイン

チョーカー

彼女の動機

 翌日の朝。
 登校中、春日あかりを見かける。
 普段どおり、挨拶をするも無視をされる。

 昼。
 向里佳那と昼食を共にする。
 特に変わった様子もない。

 そして、放課後・・・・・・

 「それで、なんの用かな?向里佳那ちゃん」

 俺と佳那は春日あかりと対峙している。

 彼女は、俺が存在していないように振舞う。
 それは徹底していて、俺自身、俺の存在を疑うほどだ。
 俺は本当に存在しているのだろうか?
 もしかしたら、本当の俺は死んでいて、それに気がつかずに幽霊になっているのではないか?
 面白い。それだと『アンリミテッドペイン』の俺は魂がアバターに憑依しているわけだ。
 それはそれで、理想的な生物じゃないか。
 そんな妄想に囚われてしまう。
 嗚呼、駄目だ。ダメ・・・・・・。
 そんな事を考えている場合じゃないのに、それはわかっているはずなのに
 彼女を前にすると、思考が持っていかれる。

 「しっかりしてください。城一郎さん」

 佳那の呼びかけで正気に戻った。
 これは逃げだ。現実逃避だ。
 今するべき事は逃げる事ではなく、彼女に立ち向かう事。
 戦い。
 「大丈夫だ、佳那。俺は戦える」
 俺の言葉を受け、佳那は一歩後ろに引いた。
 この場を俺に任せると言うことなのだろう。
 よし―――

 「あかり・・・・・・お前、ネット上に俺の個人情報を流したのか?」
 「何のこと?」

 あかりは俺の方へ顔を向ける。
 いつ以来だろうか?彼女の顔を正面から見るのは。
 彼女の表情は、まるで仮面でもつけているかのように、変化がない。
 彼女の目。俺を見ているはずの目に、俺は写っていない。
 ただの虚無を相手取っている。
 少なくとも彼女は俺のことをそう認識しているようだ。
 「俺のタブレット端末に細工をしたのも、お前なのか?」
 俺は、あかりに自分のタブレット端末を見せる。
 同期は解除済みだが、そのデータは残っていて、はっきりと表示されている。
 しかし―――
 「何それ?自分で私のアドレスを入力したの?早く消してよ、気持ち悪い」
 「なっ、お前・・・・・・」
 彼女の口調はまるで吐き捨てるような口調だった。
 自分は関係ない。自分ではない。一貫して繰り返す。
 しかし、それを論破する証拠を俺は持っていなかった。
 俺達が持っていた彼女を犯人とする証拠。
 それは、俺が被害者であるから成立するものであり、彼女は『俺が被害者』であるという、その前提すら認めようとはしない。
 「言いたい事はそれだけなら、帰ってもいいかしら?」
 そう言い残し、彼女はきびすを返して教室をあとにす・・・・・・
 「でも、貴方なら動機はあるでしょ?」
 あかりの足が止まる。
 彼女を止めた言葉。それは佳那の物だった。
 「動機?物騒な言葉ね。向里さんもこの人の言うことを信じているの?」
 「えぇ、だって・・・・・・

 古来から女性が男性の大切な物を壊す理由って、1つだけでしょ?」

 今まで無表情だったあかりに動揺が見えた。
 「貴方・・・・・・なにを?」
 「でも、貴方の行動は逆効果よ。実際に城一郎さんは、貴方の行動の意味がわかっていない。本当なら、彼自身に気づいてほしい、察してほしい、理解してあげてほしい。と私も思っているのだけれども―――
 けれども、このままじゃ埒が明かないのは明白ね。だから、私は、この場で彼に貴方の心を伝えようと思うの」

 「やめて!?」
 あかりの悲鳴のような声が教室に響きわたる。
 だが、佳那は言葉を止めなかった。

 「城一郎さん、彼女は、春日あかりさんは、貴方が大切にしている物を壊したかったの。
 壊して、貴方が大切にしている『アンリミテッドペイン』という世界を
 貴方が大切にしている『痛み傷ペインウーンド』を
 壊して、自分だけを見てほしかったの」

 佳那が何を言っているのか理解できない。
 それじゃ、それじゃまるで・・・・・・

 「あかりさんは、嫉妬してたのでしょ。貴方が、自分よりも夢中になっている『アンリミテッドペイン』というゲーム、そのものに」

 俺は、反射的にあかりを見る。
 彼女は泣いていた。 


 

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